第17話 秘密にしておくのはよくないよ!
休憩時間を挟んで授業が再開され一真の精神が異常を来たす前に昼休みとなった。
「うひ~~~……」
「おう、大丈夫か?」
「おお、慎也か。見ての通りだ」
「なら、大丈夫そうだな」
「それ何?」
一真の席に近付いてきた慎也の手にはコンビニ袋が握られていた。
「これか? 寮の購買で買ったんだよ」
「そういえば戦闘科の寮は豪華だったな……」
羨ましそうに慎也が取り出した菓子パンを一真は見つめるが、近い内に自分もその寮に住める事を思い出し、視線をもとに戻した。
「食堂に行く奴は多いのか」
「まあな。寮の購買で買う奴は少ない。食堂のほうが人は多いな」
「なんで?」
「安くてボリュームがあるから」
「納得したわ。確かに俺らにとっては死活問題だな」
「俺は小食だからこれで充分なんだが普通の人は辛いだろうよ」
「でも、午後から戦闘訓練だろ? 吐いたりしないか?」
「何言ってんだよ。もう一年近くも繰り返してるんだ。慣れてきたに決まってるだろ?」
「言われてみればそうだったな……」
最初の内は訓練の最中に吐いていただろうが今はそのようなことはない。
戦闘科のクラスメイトはこの一年で逞しく育ったのだ。
「で、お前は食堂に行かないの?」
「ああ。弁当作ってきた」
「ふぁッ!?」
そう言ってから一真は鞄の中から弁当を取り出した。
驚く慎也は弁当と一真の顔を交互に見てから震える声で尋ねた。
「これはお前が?」
「作ったよ。自分で」
「マジか……マジか……」
一真が家庭的な人間である事はすでに周知の事実だ。
ついでに言えば年上の母性溢れる女性が好みだということも。
「とりま、いただきます」
「……一口くれないか?」
「お前……男の手料理食って嬉しいか?」
「いや、そうだけどよ~。美味そうなんだから仕方ねえじゃん」
腐っても家事全般が得意な一真は料理も上手だ。
おかげで慎也の目に映っている弁当のおかずは色とりどり。
しかも、憎たらしい事に栄養バランスまで備わっている。
「そういうことならアタシが貰おう」
「「へ?」」
机の上に広げていた一真の弁当に手が伸びてきたと思ったら、卵焼きが盗まれ、おかず泥棒のアリスの口の中へ消えていった。
「んむ……」
「あーーーッ! 卵焼きは俺の好物なのに!」
大好物である卵焼きを盗まれてしまい、一真は大声を出すも卵焼きはすでにアリスの胃の中に吸い込まれている。
「……美味い」
「でしょ! 自信作なんだ。卵焼きは妥協したくないからね!」
取られたことは頭にきたが自分の作った料理を褒められると嬉しくなる一真。
「もう一個貰ってやるわ」
「やめて! 俺の分がなくなっちゃう!」
アリスから弁当を守るように一真は体を張るが彼女はお構い無しに手を伸ばしてくる。
「いやーッ! 変態~!」
「誰が変態だ、この野郎!」
「あだだだだだッ!」
「痛くないだろ!」
「パワードスーツがないと俺は一般人程度の耐久力しかないんだよ!」
「楓から聞いてるぞ。お前、パワードスーツなしでも充分に強いって」
「……テヘ」
「可愛いくないんだよ!」
「あがががががががッ!」
アリスはアイアンクローで万力のように一真の頭を締め付ける。
ようやく解放された一真は何事もなかったかのように弁当を食べようとしたら、アリスが近くの椅子を引っ張って横に座ってきた。
「アリスちゃんは食堂行かないの?」
「ああ、アタシも今日は購買で買ってきたからね」
そう言うとアリスは慎也と同じようなコンビニ袋を取り出した。
その中には慎也とは違い、惣菜パンがぎっしりと詰まっており、一真はアリスのイメージにピッタリだと思った。
「なんだい、その目は?」
「いや~、アリスちゃんは期待を裏切らないなって」
「あん? どういう意味だい、それは?」
「特に深い意味はないよ」
「ふ~ん、あっそ」
一真の言葉を聞いてアリスは惣菜パンの入った袋をあけて、豪快に食べ進めていく。
その傍らで慎也も菓子パンをモキュモキュと小動物のように食べていたが、一真は二人が正反対なので思わず突っ込みを入れてしまった。
「逆やろがい!」
「何が?」
「何がだ?」
「ああ、いや、こっちの話だ……」
ややこしい話になりそうなので一真は会話を打ち切り、食事に集中することにした。
アリスに卵焼きを一つ食べられてしまったがまだ用意しているので一真は彼女にまた取られてしまうかもしれないからと先に食べるのだった。
「ふい~、ごっそさん」
「お行儀はいいんだな」
「母さんが厳しかったからな~」
「まあ、確かにお前の母親は強烈だもんな……」
「アタシも何度かお前の所にはお邪魔したけど勝てそうにないね」
「勝負しないほうがいいよ。俺より強いから」
物理的には一真の方が圧倒的に強いが色んな意味で言えば穂花の方が強い。
母は強し、その言葉通り一真は決して穂花には勝てないのだ。
昼食を食べ終えた一真は慎也とアリスの三人で雑談をする。
他愛もないことで笑い合い、まったりと昼休みを過ごしていると食堂組が帰って来た。
「お~、なんか盛り上がってるな~」
「俊介。食堂は混んでたか?」
「当たり前だろ。ごった返しだぜ」
「うへ~。行かなくて正解だったわ」
「一真は昼飯どうしてたんだ? 購買で済ませたのか?」
「こいつ、自前の弁当持ってきたんだよ」
俊介の質問にアリスが答えた。
一真を指差してにんまりと笑みを浮かべている。
「マジ!? あ、いや、そういやお前って結構家庭的だったな……」
「普段からは全く想像できないがな」
「それな!」
慎也の一言で教室は笑いの渦に包まれる。
自己紹介の時から分かっているが一真は普段はお調子者であるが家庭的な男性でもある。
そのため、ギャップが激しく一真を知らない者はよく混乱している。
今は一真が家庭的だということをほとんどのクラスメイトが知っているので混乱することはない。
「笑うなんて酷いな~」
「まあまあ、そう言うなよ。褒めてるんだって」
「だったら、いいかな」
「単純だな~」
またしても笑い声が響き渡る。
一真達がくだらない話で盛り上がっていると、そこに香織がやってくる。
彼女は少し恥ずかしそうにして一真へ声を掛けた。
「さ、皐月君。ちょっと、いいかな?」
「え? 別にいいけど、どうしたの?」
「あ~っと、ここじゃちょっと話しにくいからついてきてくれないかな?」
「まさか……告白か!?」
「違うから! 大体、皐月君は知ってるでしょ!」
「あ~、なるほど。そっちの話か」
香織からの告白でもされるのかと一瞬期待した一真であったが、そもそも彼女は兄である辰巳の婚約者なのだ。
兄の彼女に手を出す気もない一真は香織のことな興味がなかった。
「ごめん、ちょっと行ってくる」
「おいおい、俺らには聞かせれない話なのか?」
「夏目さんがそう言ってるからね」
「まあいいけど、昼休みがそろそろ終わるから早く戻って来いよ」
「おっけ~。それじゃ、夏目さん。行こうか」
「あ、うん」
香織に連れて行かれて一真は物陰になっている階段の横に辿り着いた。
覗き込まれなければここに人がいるとは思えない場所で内緒話をするのにはピッタリだった。
「話って兄さん関係?」
「うん。実はまだ皆には私と辰巳さんが婚約したって言ってなくて……」
「あ~、その事を黙っていて欲しいと?」
「うん。お願いできるかな?」
「それは構わないけど、もし夏目さんに告白してくる奴がいたらどうするの?」
「その時はきっちりと断るわ。私には辰巳さんがいるからね」
「向こうが諦めなかったら?」
「え? いや、でも断ったらそれで終わりじゃない?」
「諦めの悪い男はいるよ。こんな言い方はあれだけど夏目さんも諦めの悪い人でしょ? 兄さんと歳が離れてたってことは最初はあしらわれてたんじゃないかな?」
「うッ……」
「兄さんとは小さい頃から一緒だからね。大体、分かるよ。恐らくは最初の内は適当にはぐらかされたりして女性としても見てもらえなかったんじゃないか?」
「……まるで見て来たと言わんばかりに当てるね。そうだよ。最初は妹みたいに見られてた。でも、諦めたくなくて……」
「つまり、そういうこと。中には諦めの悪い人間もいるってことだよ」
「じゃあ、婚約者がいるって公表した方がいいのかな?」
「俺はした方がいいと思う。それだけでも抑止力になるし、第一兄さんの味方として言わせてもらうけど不誠実なのはダメでしょ? 婚約者がいるならきちんと言わないと。隠してると悪い事してるみたいだし」
「確かに……」
「まあでも、そこは無責任になっちゃうけど夏目さんの判断次第だから。でも、何かあった時はいつでも力になるよ。兄さんの婚約者に手を出そうものなら皐月流継承者として思い知らせてやるからさ!」
「アハハハ、頼もしいね……」
少し考え込んで香織は一真に目を向けて、はっきりと婚約者がいることを公表すると告げた。
「私、みんなに言うね。婚約者が出来たって」
「わかった。何か困ったら俺に言って。弟して力を貸すから」
「うん。ありがとうね」
それから教室に戻った香織は婚約者がいることを発表するのだが一緒に教室から消えた一真が婚約者だと勘違いされた。
当然、香織は断じて違うとクラスメイト達を説得し、一真も彼女のフォローに回るのだった。
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