第12話 久しぶりの登校日

 ◇◇◇◇


 覇王との模擬戦を終えて一真は登校日を迎えることとなった。

 久しぶりに制服の袖を通し、姿見の前で身だしなみ整える一真はある変化に気がついた。


「身長が伸びてるな」


 制服の袖が少し短くなり、ズボンの丈も短くなっていた。

 一真はこの一年で身長が伸びていたことにようやく気がついた。

 他人の変化には鋭いが自分の変化には鈍い男である。


「新しい制服を支給してもらうか」


 窮屈になってしまった制服に身を包み、一真は桃子に一緒に登校しようと連絡を入れる。


「もしもし、桃子ちゃん! 一緒に学校行こう!」

『私は行きませんよ?』

「なんでーッ!?」

『私が学園に行っていたのは貴方を監視する為です。しかし、今はその必要もありません。何せ、貴方が自ら正体を明かしてくれたので監視する必要もありませんから』

「そんな! JK桃子ちゃんはもう見納めだって言うのか!」

『変なこと言わないで下さい! ぶっ飛ばしますよ!』


 二十歳のJK桃子ちゃんはもう二度とお目に掛かれない。

 その事実に一真は泣き崩れてしまう。


「うっ、うぅ……。JK桃子ちゃん! フレッシュヤングなモノホンJKの中で一人混じってるJK桃子ちゃんがもう見られないなんて~」

『そこを動くな。今すぐにその頭を吹き飛ばしてやります』


 自分でも痛いほど理解している桃子は一真の言葉を聞いて我慢ならなかった。

 今すぐに一真の頭を吹き飛ばし、二度とバカなことを口に出来ないよう物理的に破壊するべきだと考えている。

 とはいえ、相手は非常識な変態であるので勝ち目はない。

 無駄な労力を使う羽目になるので桃子は深呼吸をして落ち着いた。


『ふう~……』

「え、急にどうしたん?」

『なんでもありません。それから、先程の件ですが私はお伝えしたように学園には行きませんので。何かありましたらご連絡します』

「え! 桃子ちゃん、ちょっと待って!」

『それでは』


 ブツリと電話が切られ、虚しい電子音だけが一真の耳に残った。

 耳から電話を離して真っ黒な画面になった携帯を見つめる一真は寂しそうに溜息を吐く。


「仕方ないか~。桃子ちゃんがいたらよかったんだけどな~」


 なんだかんだと言っても桃子は一真にとって本音を言い合える数少ない存在だ。

 紅蓮の騎士ということを知っており、尚且つ荒唐無稽な話である異世界を救った勇者であることも桃子は知っている。

 そのため、一真にとっては心置きなく話すことのできる貴重な人間が桃子というわけだ。

 ちなみに桜儚はアイビーで穂花に扱き使われている。


 まだまだ寒い季節が続く中、一真は制服の上からコートを羽織り、マフラーを首に巻いて寒空の下、一人寂しく登校する。

 道中、同じように第七異能学園に向かっている生徒を目にしながら一真は吹き抜ける冷たい風を切って学園へ向かった。


 学園の校門を潜り抜けて以前と同じように昇降口へ向かおうとしたら一真は自身に多くの視線が集まっている事に気がつく。

 はて、自分の格好がおかしいのだろうかと一真は自分の姿を確かめるがおかしな所は見当たらない。

 であれば、他に要因があるはずだと一真は髪の毛を触ったり、携帯で自身の顔を映してみたりしたが、やはりおかしな点はない。


「(ふむ……。好奇心、羨望、畏怖といったところか)」


 自分におかしな点がないことを知った一真が次に行ったのは視線の分析であった。

 勇者時代に培った技術を用いて一真は自分にどのような目が向けられているのかを察し、ようやく理解した。


「(あ、そっか~。学園対抗戦にキングと餅つきしてたからか~)」


 なるほど、これで合点がいったと一真は手をポンと叩いた。

 分かってしまえばどうということはない。

 暗殺される恐れも襲撃される恐れもないので一真はいくつもの視線を浴びながら平然と昇降口に向かう。

 道中、声を掛けようかと何人かの生徒が一真に近付いたが、学園対抗戦の映像のおかげで下手に触れると何をされるか分からないということで誰も話しかけることはなかった。


 結局、誰にも声を掛けてもらえず寂しく一人教室に向かう一真。

 以前と変わらず、支援科の教室に向かい、普段どおりにドアをあけて教室の中に足を踏み入れたのだが今日はいつもと様子が違った。

 一真が中に入ってきたのを見たクラスメイトの大半が目を逸らし、腫れ物を扱うかのように距離を露骨に離したのだ。


「(わ~お……。嫌われてはいないけどどう接すればいい分からないって所か。まあ、学園対抗戦であれだけど派手に暴れたから仕方ないか~)」


 クラスメイトは一真の事を良く知っているが学園対抗戦で見せた新たな一面は正直驚きでもあり、恐怖を抱く事にもなった。

 普段はお調子者で愉快な人間ではあるがその実、凶暴性を秘めているの知ってしまい、怖くなってしまったのだ、一真の事が。

 無理もない話しだろう。

 隣人が殺人鬼だと分かれば恐怖するようなものなのだから。

 いくら普段は面白い人間であっても、いつどこで豹変するか分からない。

 ならば、近づかないのが身の為である。


「(…………桃子ちゃんがいて欲しかった)」


 クラスメイトから怯えた目で見られながら一真は席に着き、心底桃子がいて欲しかったと嘆く。

 少なくとも桃子がいれば多少居心地が悪くても楽しくやっていける。

 心の支えを失った一真は悲しそうに肩を落とし、机に突っ伏して時間を潰す事に決めた。


 だが、それを許さない者達がいた。

 一真が机で突っ伏して朝のHRまでやり過ごそうとしていた所に幸助がやってくる。

 彼は机で突っ伏している一真の背中を叩いてワザとらしく大きな声を出した。


「いてッ……」

「よう、一真! 登校初日からしけた面してんじゃねえよ!」

「幸助……」


 顔を上げるとサムズアップしてウインクをしている幸助が目に映る一真は開いた口が閉じなかった。

 一真は幸助が気遣ってくれていることを察し、普段と変わらぬ態度で笑みを浮かべた。


「サンキュー! 俺らしくなかったぜ! ガハハハハ!」

「いつもの調子に戻ったな! この野郎!」


 一真と肩を組み騒がしくする幸助。

 それを見てクラスメイト達は考えを改めた。

 確かに一真の新たな一面を知って恐れを抱いたが、彼がその力を無闇矢鱈に振りかざす事もしなければ、理不尽に誰かを傷つけることもない。

 一年未満の付き合いだが、それだけは確かであるとクラスメイトは一真への恐怖心を徐々になくすのであった。


 一真と幸助が冬期休暇中の出来事について話し合っていると太一が教室に姿を現した。

 いつもなら暁が隣にいたのだが彼は現在、服役中であるので学園に顔を出す事は二度とないだろう。


「あれ、暁は?」


 暁がいないことを不審に思った幸助は太一に所在を尋ねるが彼は首を横に振り、暁の両親から聞かされた偽の事情を伝える。


「暁は一身上の都合で学園を辞めたらしい。今は別の場所で頑張ってるんだって」

「そうなのか……。別れの挨拶もないなんて」

「……」


 二人は知らないが一真だけは暁がどこで何をしているかを知っている。

 そのことを話せればいいのだが機密事項の一つなので口には出来ない。

 出来る事は沈黙と幸助や太一の話に同調して相槌を打つだけで精一杯だった。


 それから程なくして朝のHRの時間がやってくる。

 幸助や太一は自分達の席へ戻り、一真も前を向き、朝のHRが始まるのを待っていた。

 すると、その時、教室に飛び込んでくる人影が一つ。

 チャイムと同時に教室へ飛び込んできたのは桃子であった。

 まさかの人物に一真は驚くも彼女が再び登校してくれたことに歓喜した。


「(も、桃子ちゃん! やっぱり、俺のことを心配してくれたんやね!)」

「(勘違いしないでください! 私は上からの指示で貴方の傍にいるよう言われただけです! 不本意ながらこれまで通り、学園には通う事になりました!)」

「(そんな言い訳しなくてもええんやで! 俺のことが好きなんやろ!)」

「(ぶっ飛ばしますよ!)」


 相も変わらず二人は目線と心の声で会話を成立させる。

 桃子は忌々しそうに一真を睨みつつも自分の席に座り、乱れた髪の毛を整えるのであった。

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