第8話 触れちゃならねえもんは誰にでもあるんだよ~!

 非常に悩ましい提案であったが聖一は一真の提案を呑む事にした。

 勿論、責任は聖一が取るつもりだ。

 一真は関係者とはいえ、まだまだ子供だ。

 であるのならば、大人として責任を取るのは当たり前だろう。


「わかった。一真君。僕に任せといて。上司を説得してみるよ」

「よろしく頼みます!」


 恐らく、いや、十中八九、会社側も相当思い悩むことになるだろう。

 無論、大変喜ばしい話ではあるが扱いきれるかどうか。

 機嫌を損ねでもしたら社会的にではなく物理的に消す事の出来る存在が多数もいるのだ。

 当然、会社としては慎重にならねばならない。


「これ以上の面倒事は抱え切れませんよ?」

「大丈夫だって。多分……」

「貴方ってトラブルメーカーだから心配ね~」

「ハハハハ、まあまあ。そんなに心配する事はないよ。何かあっても僕が責任を取るからさ」

「その時こそ国家権力を使います!」


 一家の大黒柱である聖一を失うわけにはいかないので一真は国家権力を使うことすら厭わない。


「アハハハ……。なるべく穏便にね」


 出来れば国家権力を行使させないように聖一は努力する事を誓う。

 会社全体に悪影響を及ぼす事は間違いない。

 最悪の未来を想像してしまった聖一は苦笑いを浮かべたのだった。


「そういえば気になったんですけど、クソ……んん! アレはどこにいるんですか?」

「ああ。久美子さんなら買い物に行ってるんだ。もうそろそろ帰ってくる頃だと思うけど」


 そう言って聖一が壁に掛けられている時計に目を向けた時、話題の主が帰ってきた。

 玄関の方から「ただいま~」という声が聞こえてきて、子供達が出迎えに向かう。

 そして、すぐに買い物袋を持った子供達と手を繋いだ久美子がリビングに現れた。


「あ、一真。来てたのね。いらっしゃい」

「ああ」

「も、もうそろそろお昼だけど一緒にどう?」


 一真は両隣にいる桃子と桜儚に目を配り、二人の意思を確認する。

 二人はどちらでも構わないといった素振りを見せた。

 それを見た一真は立ち上がり、久美子に目を向けてから聖一に戻す。


「それじゃ、俺等はこの辺でおいとまします」

「え? お昼は食べて行かないのかい?」

「俺一人でしたら甘えましたけど今日は部下もいますので。ご迷惑になる前に帰ります」


 言い訳を述べて一真はそそくさと聖一に別れを告げて玄関に向かう。

 そのまま出て行こうとしたのだが慌てたように後ろから久美子が駆け寄ってきた。


「ま、待って!」


 靴を履き終えて背中を向けている一真は振り返ることもなく久美子に返事をする。


「なんだ? 何か用か?」

「こ、これ……」


 震える声で久美子が差し出したのはお年玉。

 背中越しから一瞥する一真は目を丸くして久美子のほうに振り返った。


「……これはお年玉か?」

「その、えっと……聖一さんとは相談してね。一真はあの……私の息子だからお年玉をあげようって。紅蓮の騎士の一真には少ないと思うけど! う、受け取って欲しいの」


 どれほどの思いが込められているのだろうか。

 たかがお年玉。

 されどお年玉だ。

 アイビーで多くの人から愛情を注がれて育ってきた一真にとっては大したことではない。

 だが、実の母親からというお年玉を受け取るのは生まれてきてから初めての経験だった。


「……有り難く頂くぜ、クソババア! これで美味いもんでも食って帰るさ!」

「か、一真……。うん。好きに使って」

「またな……」


 クールに立ち去ろうとした一真だったが玄関の取っ手を掴み損ねて頭をぶつけてしまう。

 それを見ていた桃子と桜儚は思わず噴き出して笑ってしまい、一真から睨まれるも咄嗟に顔を逸らした。

 久美子だけは頭をぶつけた一真を心配し、声を掛けて怪我はないかと問い掛ける。


「一真、大丈夫? 怪我はしてない?」

「この程度でするか! また飯を食いに来る! 俺は基本なんでも食べるが肉が好きだ! から揚げやハンバーグとかな!」


 悪態を吐きつつ一真は玄関をあける。

 去り際に一真はさりげなく久美子に料理のリクエストをして一人先に出て行った。

 残された久美子が呆然としている時、一真の後を追いかけるように桃子と桜儚の二人が靴を履き始めた。

 そして、靴を履き終えた二人は追いかけるように出て行くのだが去り際に一真同様に久美子へ一言。


「先ほどのは紛れもない本心ですよ」

「彼なりのアプローチだから答えてあげてね~」


 と、二人は言い残すと一真を追いかけて出て行った。

 三人を見送った久美子は呆然と立ち尽くしていたが、やっと先程の言葉を理解し、嗚咽を漏らし始める。

 そこに玄関から中々戻ってこない久美子を心配した聖一と子供達が現れ、泣き崩れている彼女の話を聞いてそっと寄り添うのであった。


 一方で早々と聖一宅を出て行った一真は久美子から貰ったお年玉を掲げていた。


「…………二万も入ってるのか」


 多いか少ないかで言えば多いほうだろう。

 二人も子供がいて出費も多いはずだ。

 それなのに二万もお年玉を一真に出すとは大したものである。

 一真は聖一がどれだけ稼いでいるかは知らないが一軒家を持っている辺り、相当稼いでいることは分かった。

 だからと言って懐に余裕があるかは別だ。

 ローンを組んで毎月安くない金額を支払っているはずなのに二万もお年玉を出してくれた事に一真は温かい気持ちになった。


「何、感傷に浸ってるんですか?」

「可愛いところもあるじゃな~い」


 いつの間にか背後にまで忍び寄っていた二人はお年玉を見て微笑んでいる一真の脇を突いたり、肩を叩いたりした。


「……いつから見てた?」

「ついさっきですよ」


 この機会に普段のお返しとばかりにからかおうとしていた桃子は気が付いていない。

 一真から滲み出ている殺意の波動に。

 ただ桜儚のほうは気が付いていたようで桃子を犠牲に距離を取っていた。


「そうか……。敵意も殺意も感じられなかったから油断していたらしい。俺もまだまだだな」

「えっと、なんだか雰囲気がおかしいのですが……」


 ようやく一真が照れ隠しで怒っているのを察した桃子はジリジリと後ろの下がっていくが、もう遅い。

 一真は桃子を捕まえてヘッドロックを決める。


「このアマ! 調子に乗ってんじゃねえぞ!」

「きゃあーッ! 暴力反対! 女性差別主義者!」

「俺は男女平等主義者だ! 上司をからかいおってからに!」

「パワハラ、セクハラ案件ですよ! これは!」

「ええい、黙らっしゃい! 俺が法だ! 誰も俺を裁くことは出来んのだ!」

「いたたたたたッ! 締め付ける力強くなってますって! このままだと頭の形変わっちゃいますよ!」


 きゃあきゃあと往来で騒いでいる一真と桃子の二人。

 いち早く危険を感じて離脱しておいてよかったと安心する桜儚は遠くから二人を見ていたが一真がグルリと首を回した。

 ホラーのような光景に桜儚も恐れを抱いて息を呑む。


「次はお前だ」

「あら~……」


 一真は桃子を解放してから桜儚に向かって一直線。

 身体能力では決して一真に勝てない桜儚はせめてもの抵抗としてパワードスーツの展開を試みるが、変身の最中に襲わないと言う鉄則など一真にはない。


 桜儚を捕まえた一真は彼女を持ち上げてアルゼンチン・バックブリーカーを繰り出した。


「さ、流石にこんな往来でプロレスをやるのは不味くないかしら!?」

「安心しろ。魔法で認識阻害している。今の俺達を視認できる人間は誰一人としていない」

「ひぎぃッ!」


 メキメキと背骨が悲鳴を上げる桜儚は一緒になって悲鳴をあげた。

 照れ隠しに暴力を振るう最低最悪な男の一真は笑い声を上げながら彼女を苦しめ続けた。


「ハーッハッハッハッハッハ!」


 しばらく経って解放された桜儚は焦燥しきっており痛そうに腰を押さえている。

 そこに同じく一真によって痛めつけられた桃子が合流し、お互いの安否を確かめた。


「無事ですか?」

「手加減はしてくれたようね~」

「こちらもです。痛みはありましたが怪我はありませんでした」

「はあ~……。どうやら、この手のことでからかうのはやめましょう。今度は命が危ないわ~」

「そうみたいですね……」


 一真のもっともデリケートな部分である久美子の件に関して二人は二度とからかわないことを誓うのであった。

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