第5話 無意識のコンプレックス

 外堀を埋めていく作戦の最大のポイントはやはりご家族の了承である。

 つまるところ、一真とは大変仲良くさせていただいてますというアピールが重要だ。

 弥生は事前に一真の家族構成を調べ尽くしており、育ての母親、産みの母親、兄、姉、妹、弟と熟知している。

 そして、その中で最も重要な相手が一真の根幹を築いた育ての母親である皐月穂花。

 彼女に気に入られれば一気に他の女性を出し抜けると確信している弥生は挨拶をしに穂花のもとに向かった。


「お初にお目にかかります、皐月穂花様。私の名は天王寺弥生。以後、お見知りおきを」


 丁寧に且つ綺麗な動作でお辞儀をする弥生に穂花は返答する。


「これはどうもご丁寧に。天王寺さんと言ったかしら? もしかして、あの天王寺財閥の娘さん?」

「ええ、そうです。とはいっても私は天王寺の苗字を名乗っているだけの小娘に過ぎません。どうぞ、今後は弥生とお呼び下さい」

「そんなに畏まらなくてもいいのよ。貴女にどんな思惑があるかなんて私は気にしないから」


 穂花は一真と違ってバカではない。

 弥生が何故自分のもとに挨拶をしに来たのか、どうして第二エリアから態々わざわざ一真に会いに来たのか。

 それら全てが計算され、一真を篭絡しようとしている弥生の企みである事を穂花は見抜いていた。


「まあ、これくらいは考えれば誰でもすぐわかるわ」

「御見それいたしました。ええ、仰る通りです。一真さんと懇意にしたく馳せ参じました」

「素直なのはいいことよ」


 嘘を吐かず、正直に答えた弥生に対して穂花は好印象であった。

 ここで弥生が嘘を吐いていたならば、穂花は一真との交際を許しはしなかっただろう。

 嘘を吐くような相手は信用出来ないからだ。

 人を傷つけないように優しい嘘ならば話は違ってくるが、人を欺き陥れるのならば決して許される事ではない。


「で、私のもとに来たってことは何か聞きたいことがあるのね?」

「お察しが早くて助かります。先ほども話したとおり、私は天王寺財閥の娘。気分を悪くされるかもしれませんが、息子さんの事を調べさせていただきました」

「それで? 何か分かった?」

「彼の人となりについては少々」

「あの子のことを随分と調べたのね。もう答えは出てるのかしら?」

「先ほども言ったように懇意にしたく、いずれは結婚も目処に――」


 と、弥生がそこまで口にしているとアリシアとシャルロットの二人が乱入してくる。


「ちょっと待った~~~ッ!!!」

「その台詞、聞き捨てなりませ~んッ!!!」


 予想はしていたがアメリカの魔女、フランスの聖女が間に入ってきた弥生は澄まし顔で二人を見据える。


「あら、それはどういう意味やろか?」

「一真と結婚するのは私よ!」

「一真さんと結ばれるのは私です!」


 ちなみに一真は弥生が乗ってきたヘリコプターに子供達と乗っており、お空の散策を楽しんでいる真っ最中だ。

 そのため、地上で何が起こっているかなど一切知らない上に関与すらしていない。

 もしも、一真が地上に残っていれば二つ返事でハーレムは形成されていただろう。


 一真を巡り、女性陣の熱いバトルが展開されることとなり、地上は大騒ぎである。


「何かあったのか?」

「ああ。なんでも一真を巡って女性陣がバトルらしい」

「マジかよ! てか、アイツどんだけモテるんだ……」

「知らないのか? アイツは今や世界中でも話題の人物だぞ」

「学園対抗戦に流星のごとく現れた最強の一般人」

「その上、キングとの餅つき動画で話題沸騰のイケメンだ」

「SNSで凄いバズってる……! トレンド一位じゃねえか!」

「俺等はアイツの性格とか知ってるけど、知らない人からしたらキングとも仲が良くて将来有望のイケメンだ。全国の女性は黙ってないさ」


 男性陣の言うとおり、一真は学園対抗戦以降は話題の中心人物だ。

 学園対抗戦で学生最強と謳われる宗次に勝利すると言った華々しいデビューを飾り、先程の餅つきではキングと親しい間柄を世間に知らしめた。

 そのおかげで一真は現在人気絶賛の売れっ子アイドルばりに名前が知られている。


「まあ、現実知ったら何人かは一真を見限るだろ……」

「それは性格や言動だけだろ。後はむしろ結婚してくださいレベルのハイスペックだぞ」

「今まで彼女がいなかったのが不思議で仕方がない……」


 悲しき事実である。

 一真は彼女いない暦、年齢だ。

 言動、行動、性格の不一致などで彼女は出来ず、異世界に行ったせいで価値観や精神面が変化したことも影響している。

 具体的に言えば見切りをつけるのが早いのだ。

 敵であれば殺す、味方であれば仲良く、どうでもよければ関わらないといった具合に一真は瞬時に見切りをつけるようになった。

 そのため、嫌われていると判断した場合は距離を置くか、離されるかだ。

 敵対すれば命はないがその後の対応次第では一真との関係は修復可能。

 ただし、地雷を踏めば命はない。


「で、何を聞きたいのかしら?」


 穂花の周りにはアリシア、シャルロット、弥生をはじめとした女性陣が集まっている。

 一真に好意を寄せている者もいれば好奇心で参加している者といった感じだ。

 彼女達は一真について一番詳しい穂花に色々と尋ねていく。


「はい! ずばり、一真の好きな女性のタイプは!」

「母性的な女性ね。あの子は小さい頃はよく子連れの母親とかを羨ましそうに眺めていたから、恐らくだけど捨てられたと言う事実から無意識の内にそういった女性を求めているわ」

「もしかして、そういう性癖なんですか!」

「そういう本をいくつか隠していたわ。今はネットで見てるから分からないけども」


 一真の性癖が暴露された瞬間であり、一部の女性陣が引いていた。

 しかし、一真を本気で好いている女性陣は有益な情報であると心の内にメモを取っていた。


「どうすれば一真君と仲良くなれますか!」

「あの子は人懐っこいから、普通に話しかけたりすればいいだけよ。そこから恋愛に発展させるかは貴女達次第ね」

「一真君はなんであんなに多才なんですか?」

「ここは施設で大勢の子供達をお世話しているわ。だから、子供達にも自主的に家事や料理に取り組んでもらおうと教育を施したの。その点で言えば一真は秀才ね。教えれば何でも出来たわ。でも、天才じゃないから超一流にはなれないけどね」

「料理、家事、洗濯、掃除、裁縫、日曜大工と器用ですけど教えるのは大変じゃなかったんですか?」

「いいえ。むしろ、あの子が一番教えやすかったわ。知ってると思うけど一真はお調子者だから煽てれば簡単に言う事を聞いてくれるの。だから、凄い、カッコいいと褒めればやってくれるし、プライドを刺激するようにこんな簡単な事も出来ないの~って煽ればムキになってくれるから他の子達よりも扱い易いわ」


 実際に一真は出来ないのかと煽られれば「これくらい出来らぁ!」と簡単に働いてくれる。

 幼少期こそ手を焼いた一真であるが今では簡単に手綱を握れるくらい御し易い人間に育った。


「一真君って今まで彼女はいなかったんですか?」

「いないわ。いい感じのはいたんだけど、あのバカは色々とやらかして発展しなかったわね」

『心当たりが多すぎる……』


 その瞬間、女性陣の内心が見事に一致した。

 一真のやらかしを既に知っている女性陣は納得したように首を縦に振っていた。


「一真さんと結婚する女性に求めるものはなんですか?」

「ないわ。あの子が選んだのなら尊重するし、反対なんてしない。でも、あの子を裏切ったら覚悟はしてもらうだけね」


 一真が浮気、不倫をすれば間違いなく穂花に鉄拳制裁及びに社会的に抹殺されるだろう。

 当然、それは相手側も同じである。


「この中で誰と結ばれたらいいなと思いますか?」

「さっきも言ったけどそういう意見はないわね。あの子が選ぶものだから」


 そこで一真を乗せたヘリコプターが戻ってきて穂花への質疑応答タイムは終了した。

 本人の預かり知らぬところで一真の名誉は失われた。

 マザコン気質であると知られているとは思ってもいない一真は女性陣から変な目で見られていることに首を傾げるのであった。

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