第4話 セメントで外堀を埋めるのよ!

 アリシアへの仕返しが成功した一真は彼女に見えるようワザとらしく舌を出した。

 一真が舌を出したのを見てアリシアはムッと眉を寄せるが、今のやり取りが恋人のような感じがして先程まであった不満が吹き飛んだ。

 何故かすっきりしたような表情を浮かべているアリシアを見て一真は首を傾げた。

 その時、抱いていた弥生が一真の頬に手を当てて強引に自分のほうへ顔を向けさせる。


「いけずな人やわ。私がここにおるのに他の女性を見るなんて」

「すいません。これからは貴女だけを見ています」


 キリッと気合の入った顔を見せる一真に弥生は可笑しそうにクスクスと笑う。


「フフフ、面白い人やね。そういうところも可愛いわ~」

「ふっ、そういう貴女の方が可憐ですよ」

「まあ、お上手!」


 気持ちの悪い台詞に弥生は否定もしなければ拒絶もしない。

 この時点で一真が弥生に抱いている印象は鰻上りである。

 もしかして、彼女とならば幸せになれるのではなかろうかと結婚生活についてまで妄想していた。


「(金髪ドリルも悪くないよね!)」


 もはや、陥落寸前の一真。

 計算高い弥生であっても一真が予想以上に他愛もないことは見抜けなかった。

 むしろ、彼女は計算高さが仇になってしまい、一真が演技をしているのだと勘違いをしている。


「(まあ、本性は出さへんよね。でも、それでこそ落とし甲斐があるってもんや。覚悟しいや、一真さん)」


 弥生にとって一真は金の卵を産む鶏、金の成る木であった。

 類稀なる戦闘力、キングや魔女、聖女といった幅広い人脈。

 彼を天王寺財閥に引き込むことが出来れば、どれだけの利益が生まれるだろうか。

 予想しただけでも莫大な利益になることは間違いない。

 そう考えれば是が非でも一真を落としたいところであると弥生は気合を入れる。


 その様子を遠目で眺めていた桃子は小さく分けられたきな粉餅を食べながら呑気そうにしていた。

 一真が誰と付き合おうが自分には関係ないとばかりに視線を外し、次のきな粉餅を食べようと箸を動かした時、隣にいた桜儚が口を開く。


「止めなくてもいいの?」

「私には関係ありませんから。誰と付き合おうと彼の勝手ですよ」

「そうじゃなくて彼女、天王寺財閥の娘さんでしょ? 取られてもいいの?」

「すでに政府と契約していますから何も問題はありません」

「貴女、忘れているんじゃなくて? あの子は正真正銘の世界最強で魔法と言う未知の力を持ってるのよ? 嫁の実家から政府とは縁を切れって言われたらどうするの?」

「……義理と人情があるでしょ」

「だから、その義理と人情は家族に向けられることになるわ。つまり、嫁の実家が優先ってことね」

「ま、ままままさか裏切るなんてことは……ないですよね?」

「彼のことを良く知っている貴女なら想像出来るんじゃないかしら?」


 呑気にきな粉餅を食べている場合ではないと桃子は動き出す。

 迅速な動きで一真のもとへ駆け寄り、彼から弥生を引き剥がそうと画策する。

 そこで思いついたのが手に持っているきな粉餅の入った器を投げる事だった。

 あまりにもお粗末な作戦であるが効果的ではあるので彼女は迷わず実行してしまう。


「あ、足が滑ったー!」


 とんでもない大根役者であるがそのようなことを桃子は気にしていられなかった。

 桜儚の言葉が絶対ということはないが可能性は大いにあるので、その可能性を少しでも潰しておきたい桃子は必死の思いだ。


「む!」

「大丈夫です。私に任せて」


 弥生をお姫様抱っこしている一真は桃子が転んだように見せかけ、飛んできた餅を受け止める為に弥生を下ろそうとしたのだが、彼女はそうはさせまいと風の異能で餅を見事に受け止めた。


 桃子の作戦は失敗に終わり、彼女は一真を天王寺財閥に取られてしまうと膝から崩れ落ちる。


「お終いです……」


 突然、膝から崩れ落ちる桃子に周囲の人達は心配そうに見つめ、子供達が彼女のもとへ駆け寄り、元気を出してと彼女の頭を撫でた。

 子供に慰められる桃子はあまりにも自分が情けないと目尻に涙が浮かんでくる。

 このまま泣いてしまうかと思われた時、見かねた桜儚が救いの手を差し伸べた。

 桜儚は近くにいた隼人にちょっかいをかけ、周囲を騒然とさせる。

 隼人の彼女である詩織が桜儚に食ってかかり、いよいよ喧嘩が始まろうとしていた。


「やば! 弥生さん、ごめん! 俺、ちょっと止めてくる!」

「え! 一真さん!」


 喧嘩は不味いと一真は弥生を地面に下ろすと、大急ぎで詩織と桜儚の間に割り込み、喧嘩の仲裁を行った。


「ちょっと、一真君! 邪魔をしないで! そのおばさんを消し炭に出来ない!」

「待ってください、副会長! ちょっと、若い子が沢山いてはしゃいでるだけなんです! 許してやってください!」

「でも、このおばさん、私が隼人の彼女ですって言ってもちょっかいかけてきたのよ!」

「カッコよくて若い男に目がないんです! この前、年下の男に振られたらしいんで勘弁してあげてください!」


 真っ赤な嘘であるが彼氏に振られた挙句、彼氏と同じような若い男性が近くにいたらちょっかいをかけてしまうのも無理はないかと詩織は渋々ながらも納得した。


「む……まあ、そういうことなら大目に見てあげてもいいけど」

「すんません、すんません! ほら、お前も謝れよ!」

「え~、なんで私が~」

「ボケコラ、ケツを蹴り上げるぞ」


 反抗する桜儚に一真は脅すような言葉を耳打ちする。

 流石に今の怒った一真にお尻を蹴られたら無事では済まないと悟った桜儚は眉を八の字にして頭を下げた。


「ごめんなさいね。ちょっと、荒れてたのよ~」

「……今回は見逃してあげますけど次はないですからね!」

「は~い」


 ちなみに隼人も桜儚のような美人に迫られて嫌ではなかったようで、後ほど詩織に追及されてお叱りを受ける事になる。


「全く! 大人しくしてると思ったら急に騒がしくしやがって!」

「だって暇だったから~」

「暇だからって健全な男子高校生を誘惑するな!」

「それくらい別にいいじゃない。減るもんじゃないんだから~」

「色々と磨り減るし、性癖が歪んじゃうだろ!」

「それは私の責任じゃないわ~」

「やかましい! お前は男子高校生の目には毒なんだよ! 刺激が強すぎるんだ!」

「それこそ私の知ったことじゃないんだけど~? それにそこまで言うなら私をどこかに閉じ込めておけばいいじゃない」

「いや、正直言うとお前の見た目は大変素晴らしいので目に焼き付けておきたいという面もある」

「私利私欲じゃな~い」


 一真は桜儚のことを警戒はしているが嫌ってはない。

 むしろ、最近は割と好印象だ。

 余計な事はしないし、気が利くし、一緒にいてもそれほど不愉快ではない。

 そして、何よりも見た目がストライクゾーンど真ん中なので傍に置いておきたいと言う独占欲な部分もあった。


「まあ、目的は達成できたからいいんだけど~」

「目的? なんのだ?」

「それは秘密よ」


 ウインクする桜儚。

 彼女のウインクが向けられたのは桃子であった。

 桃子は桜儚の意図を知り、彼女に感謝の念を抱く。

 とはいえ、気を許せば食いものにされてしまう恐れもある為、桃子はそうやすやすと絆されはしないと誓っているがいつまで保つかは分からない。


「一真さん。もうよろしいやろか?」


 桜儚に説教をしていた一真のもとに弥生がやってくる。

 頃合いを計り、丁度いいタイミングに現れた弥生を見て桜儚は評価を上げる。


「(へ~。よく見てるわね、この子。上手くすればこの子が貰っちゃいそうね)」


 ヒロインレースで言えば出遅れた弥生ではあるが中々に策士であるため、ダークホースとも呼べる。

 そんな弥生は説教を終えた一真に歩み寄った。


「あ、ごめん。弥生さん」

「ええんよ。悪いのは突然押しかけた私ですから」

「そういえば、どうしてここが分かったんです?」

「それはこれやで」


 弥生はごそごそと服の中に手を入れると携帯を取り出した。

 携帯の画面に映し出されていたのは一真がキングと餅つきをしているシーンだ。

 それを見て一真は納得したように手をポンと叩いた。


「あー、なるほど。それでここが分かったんですね」

「そうなんよ。面白そうやから飛んで来てしもうたわ」

「あのヘリって弥生さんのなの?」

「ええ、そうなんよ。アレは天王寺財閥が新しゅう開発したヘリコプターで時速六百キロも出るんよ」

「へー、すげー!」


 よく分かっていない一真だが第二エリアから第七エリアまでは約四百キロほど離れている。

 それを時速六百キロで移動すれば一時間も掛からず辿り着くことが出来るので相当優れたヘリコプターだ。


「もしよかったら後で乗ってみます?」

「え! いいんすか!?」

「ええ、勿論。お子さん達も一緒にどうです?」

「マ、マジっすか! ちょっと、聞いてきます!」


 空を飛べる一真であるがヘリコプターとなれば話は別だ。

 それはそれ、これはこれである。

 滅多にない機会なので一真は興奮を隠しきれず、子供達に一緒にヘリコプターに乗らないかと聞いて回った。

 その様子を見て温かい目で見守っていた弥生は調べた情報通りだと唇を吊り上げた。


「(フフフ、事前に調べた通りやね。お調子者で煽てればすぐに騙される。頭もそこまで良くないから、直感的な人間で実に私好みやわ~。容姿も悪くないし、夫にピッタリや。お父様も一真さんならええ言うとるし、楽しみやな)」


 弥生は天王寺財閥の力を使って一真の身辺調査を行っている。

 一真の性格、評判、そして生い立ちまで調べ尽くしていた。

 そして、充分に勝算があると踏んでの行動であった。

 手応えは感じており、そう遠くない未来で自分は一真の隣にいるだろうと確信している。


「(さて、一真さんがヘリに乗ってる間にお義母様に挨拶しとかんとね)」


 やはり、外堀を埋めるのは重要であると弥生は薄く笑うのであった。

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