第2話 そいつチョロいっすよ

 盛り上がりを見せていた餅つきであるが一真とキングの二人ははしゃぎ過ぎて餅のことを全く考えていなかった。

 その結果、どうなったかというと餅は臼の中から消え去っていた。

 一体どこに消えたというのだろうかと一真とキングはお互いに顔を見るが、謎は深まるばかりで迷宮入りも確実かと思われた。

 その時、屋内で作業していた穂花が餅つきの様子を見にやってくる。

 一真とキングが二人して怪訝な表情をしているので穂花は何かあったのかと尋ねた。


「どうしたの? 何か問題でもあった?」

「いや、餅がなくなっちゃった」

「は?」


 どうして餅つきをしていて餅が消えてしまうのか全く理解できなかった穂花は呆然とする。

 ほんの少しの間、穂花は理解できていなかったが目の前にいるのは問題児の一真と同調するキングだ。

 類は友を呼ぶという言葉通り、キングは一真同様にお調子者であることは世間一般に知られている。

 そのことを踏まえて穂花は迷宮入りするはずであった謎を名探偵の如く解き明かした。


「貴方達、どれくらいの力と速度で餅をついてたの?」

「どれくらいって……こんな感じかな?」

「そうだな。これくらいだな」


 一真とキングは穂花に聞かれて、実際にどれくらいの力と速度でやっていたかを見せる。

 餅はないがすん止めのような形でキングが杵を振るい、一真がそれに合わせて餅を引っくり返す動作を挟んだ。

 二人の動作を見て穂花は大きな溜息を吐くと一真の頭を餅つきのように叩いた。


「少しは餅のことを考えなさい!」

「あいたーッ!」

「そもそも途中で気がつかなかったの? 餅が小さくなってることに」

「それは気がついてた。なんか最初より小さくなってるな~って」

「どうしてそこで止めなかったの?」

「餅つきってこんなもんだったような気がして……」

「このお馬鹿ッ!!!」

「ぐはぁッ!」


 今度は拳骨を喰らい、一真は完全に沈む。

 頭にたんこぶを生やし、倒れ伏している一真を一瞥して穂花はキングにも注意を促す。


「キング」

「はい!」

「流石に貴方を殴るのは色々と問題なので説教だけに留めておきます。節度を守り、危ないことはしないこと。いいですね?」

「イエス、マム!!!」

「次のもち米を用意するから手伝いなさい」


 目の前で自身よりも遥かに強い一真が手も足も出ずに倒されたのを見てキングは理解した。

 真に最強なのは母親なのだと。

 逆らってはいけないと悟ったキングは穂花の言う事に従い、蒸篭で蒸し終わった新しいもち米を臼へ運んだ。

 もち米の用意が出来たので穂花は倒れている一真のケツを蹴り上げて叩き起こし、餅つきを再開させる。


「今度はちゃんと丁寧にしなさい」

「「はい!!!」」


 一真とキングは元気良く返事をするとこねこねと餅をこねていき、ペッタンペッタンと餅をついていく。

 先ほどとは違って、とても丁寧に正確に餅を叩き、二人の力で消し飛ぶようなことはなかった。

 一真が頃合いを計り、餅が完成すると準備していた大きなトレーに餅を移す。

 そこに待機していたアリシアとシャルロットに桃子と桜儚の四人が一真から餅が入ったトレーを受け取り、子供達と一緒に適当な大きさに分けていく。

 見ているだけでは申し訳ないと一真が呼んだ友人達も加わり、餅を分けていく作業が進んでいく。


 残ってしまった者達は一真達と交代して餅つきを行い、最後のもち米が無くなるまで交代しながら餅つきを行った。


 そして、全ての工程が終わり、残るは食べるだけとなる。

 きな粉、砂糖醤油、あんこ、といった材料で味付けを行い、いざ実食。


「え~、では、謹賀新年あけましておめでとうございます。今年もいい一年が過ごせますように願っていただきます!!!」

『いただきます!!!』


 一真の号令のもと、それぞれお餅を食べていく。

 出来たてホヤホヤの熱いお餅に舌が火傷しそうになったり、食べ過ぎて喉を詰まらせそうになったりと楽しく、騒がしい時間を過ごす。


 きな粉餅を口いっぱいに頬張り、ハムスターのように口を動かしている一真のもとにアリシアとシャルロットが近付く。


「ねえ、一真! あーんして!」

「一真さん。あーんしてください!」


 砂糖醤油に浸された餅とあんこの乗った餅を両側から押し付けられる一真。

 まだ口の中に餅が残っているので喋れないし食べられない。

 急いで飲み込もうと口を必死に動かし、ゴクリと餅を飲み込んだ一真はどちらから食べようかと悩んだ。

 アリシアの方から食べてもシャルロットの方から食べても変わらないのだが、後を引くことになるのは確実だ。


「一真」

「ん?」


 突然、名前を呼ばれた一真は声のほうに振り向くと、そこには楓がお椀に入ったぜんざいを掬っていた。


「楓か。久しぶり!」

「ん、久しぶり。はい、あーん」

「むぐ……」

「「あーーーッ!!!」」


 口を開いた瞬間に一真は楓からぜんざいを流し込まれる。

 容赦なく口の中に流し込まれたぜんざいに一真は舌を火傷しそうになりながらも味わって食べた。


「い、いきなりだな……」

「一真、もう一口あげる」


 悪戦苦闘したが楓から流し込まれたぜんざいを食べた一真は涙目であった。

 そこに追撃とばかりに楓はぜんざいを一真の口に運ぼうとしたのだが邪魔をされてしまう。


「ちょっと待った~! 次は私よ!」

「何を言ってるんですか! 次は私です!」


 アリシアとシャルロットが楓を阻んだ。

 元々、最初は二人が争っていたのに突然割り込んできた楓に二人はご立腹である。


「どうどう、二人とも落ち着いて」

「「じゃあ、はいどうぞ!」」

「ぶぼぉッ!」


 落ち着かせようとしたところに二人は一真の口へ強引に餅を突っ込んだ。

 不意を突かれた一真は後ろに吹っ飛ぶも口の中にある餅は吐かなかった。

 穂花による教育で一真は食べ物を粗末に決してしない成果が発揮された瞬間である。


「お餅に殺されちゃうよ~……」


 泣き言を言いつつも、まだ余裕があるのか一真はもごもごと口を動かして二人から貰った餅を食べた。

 ようやく餅を食べ終えた一真が次に待っていたのは弟子達の来訪であった。


「やあ、一真君。お招きどうもありがとう」

「お、会長! 楽しんでます?」

「うん、勿論。ところでキングとはどういう関係なんだい?」

「スカウトしに来たらしいっす。なんでも学園対抗戦の俺の活躍ぶりを見て是非アメリカにって」


 すらすらと出てくる嘘には脱帽である。

 しかし、真実味を帯びているので隼人には嘘だと見抜けなかった。


「そうなんだ! 流石だね。キングが直々に来るなんて凄いじゃないか」

「へへ~、そうなんすよ~」

「普通ならそこは謙遜すべきなんだろうけど……一真君らしいわね」


 隼人に褒められて頬が緩んでいる一真を見て詩織は呆れる。

 とはいえ、それが一真であると納得した。


「「一真君!」」


 と、そこへ現れたのは雪姫と火燐の二人。

 彼女達も一真によって魔改造された犠牲者だ。

 ただ、シャルロットに比べると些か劣ってしまうが、それでも充分に強く逞しく成長している。


「あ、どうもです。お二人も楽しんでます?」

「ええ。それは勿論です」

「お餅とっても美味しいわ。呼んでくれてありがとうね」

「いえいえ、喜んで頂けたようで何よりです」

「ところで魔女と聖女とはどういう関係なんですか?」

「とっても気になるんだけど、勿論教えてくれるのよね?」

「二人ともお友達っす! 学園祭と学園対抗戦で仲良くなりました!」


 一真の言っている事は間違っていない。

 何一つ間違っていないので二人も追及できなかった。


「ねえ、どう思う?」

「先程のやり取りからするにただのお友達ということはないでしょう!」

「私達もやっちゃう?」

「ええ~……恥ずかしくないですか? 沢山の人がいるんですよ?」

「でも、そうしないと私達は先輩後輩、師匠弟子の関係で終わっちゃうわよ!」

「う~、それはなんだか嫌です!」

「だったら、ここで私達もアピールしとかないと!」


 一真の目の前でコソコソと話す二人は結託する。

 ここらで一つ自分達が魅力的な女性である事をアピールするのだと。

 決意した二人は一真に他の女性陣同様に餅を食べさせようとしたが、彼は引っ張りだこであるため、二人が背を向けている間に姿を消していた。


「あ~……一真君なら同級生の子達に連れて行かれたわよ」

「「そ、そんな~~~」」

「ま、まあ、まだチャンスはあるんだし、頑張って!」


 隼人と詩織は今年卒業の為、もう学園にはいないが雪姫と火燐は二年生だ。

 つまり、あと一年だけ猶予があり、一真を落とせるチャンスはまだ残されている。

 ただし、アリシアやシャルロットといった手強いライバルがいるのでそう簡単にはいかないだろう。


 もっとも一真は乙女ゲーの攻略難易度が一番易しいキャラよりも簡単に落とせる。

 唯一の欠点は見切りをつけるのが早い点ということだけだ。

 それさえ分かっていれば一真を篭絡するのは容易い事である。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る