第69話 むむッ! もしかして太った?

 初詣に参加が決まった桃子は仕方がないと諦めて振袖のレンタルを検索して、アリシア、シャルロット、桜儚の分まで注文する。

 多少、料金は高くなるが今からでもレンタルから着付け、髪型のセットまで行ってくれる店舗を見つけ彼女はすぐに予約した。

 これで問題はないだろうとサイトを閉じようとした時、男性の着物レンタルを目にしてしまった。


「(どうせなら彼にも袴を着せましょう)」


 普段の仕返しというわけではないが仲間はずれはダメだろうと桃子は一真の袴も一緒に予約した。

 そうとは知らず、一真は普段着に着替えようとしていたが桃子に声を掛けられて止まる。


「着替えるのは少し待ってください」

「え? なんで?」


 流石に部屋着である全身スウェット姿でアリシア達を迎えに行くのは一真も恥ずかしい。

 別に見られるのは恥ずかしくないのだが、常にこの格好なのかと思われるのが嫌なのだ。


「いえ、貴方の分も着物を予約しましたので着替える必要はありません」

「いや、外に出るんなら着替えないとダメでしょ」

「そういうの気にするんですね」

「これでも男子高校生だよ? 自分のファッションは気にするでしょ」

「すっかり男子高校生ということを忘れていました……」


 一真が大人びているということはないが普段から行動を共にし、上司と部下と言う関係の為、桃子は彼がまだ学生だという事を忘れていた。


「こう見えてもおしゃれには気を使ってるんだからね!」

「ツンデレヒロインみたいな言い回しをしないでください」

「意外とそういうの通じるんだ……」

「伊達にぼっちじゃありませんでしたから」


 桃子の発言の意味を知り一真は思わず涙ぐんでしまう。

 彼女は心を読んでしまうという異能の為、学生時代は碌に友達も出来ず、思い出も少ないのだ。

 そのことを察してしまった一真は優しそうな目をして桃子の肩に手を置き、彼女に慰めの言葉を述べる。


「少女マンガが心の拠り所だったんだね。でも、大丈夫。俺がついてる」


 パンッと肩に置かれた一真の手を払い、桃子は冷たい目で彼に一言。


「調子に乗らないで下さい」

「あい……」


 慰めようとしたのだが軽く触れてはならない過去だったようである。

 流石に一真もそのことを理解したらしく、反省したようにシュンと眉を垂れ下げていた。


「それよりも彼女達を迎えに行かなくてもいいのですか?」

「あ、そうだった。ところで振袖のほうはどうなってるの?」

「ここから一番近く、評判が高い所を選びました。経路を調べましたが、ここから歩きで二十分弱ですね」

「予約時間とかは?」

「ありません。いつ行っても大丈夫です」

「評判高いのに予約とかなくてもいいの?」

「使えるものを使っただけです」

「あ~……はいはい」


 桃子の言葉を聞いて一真は理解した。

 彼女が権力を行使したということが。

 使えるものを使っただけということはそういうことだ。

 何も悪いことではない。

 強いて言うなら他のお客に迷惑がかかるだけだろう。

 お店側も多少の被害は受けるかもしれないがアリシアとシャルロットがいれば、それも問題はない。

 二人が来店したとなれば大きな宣伝効果になり、客も急増する事となるのは間違いないため、結果的には儲けるのだ。


「とりあえず、普段着に着替えてアリシア達を迎えに行くか」


 一真は普段着に着替え終わると転移魔法でアリシアのいるアメリカへ向かう。

 彼女から指定された場所は以前と同じものだったのですぐに着いた。

 待っていたのはアリシアとスティーブンに加えてキングがいた。

 何故、キングが一緒にいるのかは分からないが悪い人ではないため、一真はありのままを受け入れた。


「よう。数日ぶり」


 片手を上げて三人のもとへ歩み寄る一真。


「やっと戦後処理も終わったんだよ~」

「そうか。ご苦労さん」

「一真は何してたの?」

「俺はずっとゴロゴロしてた。イヴェーラ教のせいで色々と崩れてたから外出も出来なかったし」

「ハハハ、そいつは羨ましいな。こっちはほぼ不眠不休で書類仕事さ」


 スティーブンが一真を羨んで笑っているが目の下に大きなクマがあるので彼がどれだけ働いていたか一目瞭然だ。


「俺も忙しかったぜ~。ファンのケアも大切だからな」

「キングは平気そうだな」

「まあ、体の作りが違うからな。俺の剛力無双は不眠不休程度じゃビクともしないさ」

「ほ~、すげ~」

「ハッハッハッハ! そうだろう?」

「キング~。一真は紅蓮の騎士よ~。自慢する相手間違えてるわよ」

「自分の力をアピールするのに相手は関係ないさ! それこそたとえ格上の相手であろうとね!」

「相変わらずね~」

「そういうのがいいんじゃね? 俺は気にしないよ」


 キングが自身の異能をどれだけ自慢げに言おうとも一真は気にしない。

 別に自分の方が圧倒的に強いからと自惚れているわけではない。

 単にキングの性格がそういうものだからと理解しているからだ。

 承認欲求の塊で自他共に認めるスーパースター。

 それがキング。

 それゆえに彼の自慢話は対して気にならないのである。


「ところで話は変わるんだが……初詣に行くそうじゃないか」


 唐突に話題を変えてきたキングに一真はアリシアへ確かめるように顔を向ける。

 すると、彼女は申し訳ないというような表情を浮かべて一真に事情を説明した。


「スティーブンに初詣のことを電話で話した時、偶然こいつも近くにいたのよ。それで聞かれちゃって……」

「着いて来たいと?」

「そう。元から興味はあったんだけど時間がなくて断念してたらしいの。でも、一真の転移があるでしょ? それならアメリカで何か事件が起きても一瞬で帰れるからって」

「俺をタクシー代わりにするなんて流石だぜ」

「勿論、お金は払うぜ」

「喜んで!」


 最初こそ自身をタクシー代わりに考えているキングに嫌悪感を示したが、きちんとお代は出すと聞いて一真は手の平を高速で返した。

 清々しいまでの変わり身に速さにキング以外は少し軽蔑していた。

 そのキングはというと爆笑してお腹を抱えている。


「ハハハハハ! サイッコーだぜ!」


 目尻に涙を浮かべているキングはとてもご機嫌であった。

 それからキングとスティーブンも初詣に参加することになり、一真は残る参加者のシャルロットを迎えに行った。


 事前に連絡しておいたのでフランスに着くとシャルロットに出迎えられる一真達。

 フランス政庁で数日振りに再会した一真と再会したシャルロットは思わず抱きついてしまう。


「一真さ~んッ!」

「おっと! 数日――んん?」


 飛びついてきたシャルロットを受け止めた一真であったが違和感を感じて彼女を引き離す。


「シャル、ちょっといいか?」

「はい? なんでしょうか?」

「えっと、少し持ち上げてもいい?」

「それくらいは別に構いませんけど……」

「それじゃ失礼して」


 一真はネコを抱くようにシャルロットの両脇に手を入れ、彼女を軽々と持ち上げる。

 数秒ほどシャルロットを持ち上げた一真は違和感の正体を知り、彼女を地面に下ろした。


「シャル。本当に悪いんだが少しだけ体に触れてもいいか?」

「一真さんならいいですよ! 好きなだけ触ってください!」


 両手を広げて完全に受け入れ体勢のシャルロットに一真は遠慮なく触れる。

 といってもウエスト部分に軽く触れただけで終わった。

 一真はシャルロットのウエストに触れて確信を得た。


「アリシア、桃子ちゃん! ちょっと、こっちに来て!」

「は~い」

「はいはい。なんですか?」


 一真は一旦シャルロットから離れてアリシアと桃子の二人を呼び寄せる。

 キングとスティーブンを呼ばなかったのは非常にデリケートな話だからだ。

 二人を呼び寄せた一真は他の人達に聞こえないように耳打ちする。


「二人にお願いがあるんだけど……」

「なに? 変なことならお断りだけど」

「私もです。まずは聞いてから考えます」

「セクハラ案件になるかもしれないんだけど……」


 瞬間、二人からの殺気が膨れ上がり、一真は身の危険を感じたがまだ彼女達は手を出してこないことを確信し、話を続けた。


「さっきシャルに抱きつかれた時に分かったんだけど、彼女の体重が増えてた。最初は筋肉がついてきたのかと思ったけど違う。もしかして、太ったのかなとウエストも確認したけど違う。で、残された選択肢としてはスリーサイズの計測だ」


 そこまで説明すると二人も一真の言いたい事が理解できたようで殺気は萎み、落ち着きを取り戻した。

 一命を取り留めた一真は胸を撫で下ろし、二人に頼み込む。


「それじゃ、頼んでもいいかな?」

「いいけど……なんで分かったの?」


 一真の頼みを聞くのは問題ではない。

 しかし、アリシアは一つだけ気になった。

 どうして、あの少しだけの触れ合いでそこまで見抜いたのかを。


「ん? 難しいことじゃないさ。それに俺はシャルと手合わせをしてるしね。あとは長年の勘かな。こう見えても弟や妹をよく抱っこしてたから、そういう感覚は鋭いんだ」

「時折、貴方のそういう家庭的な男性らしさを出すのはやめてくれませんか? ギャップが酷くて頭がおかしくなりそうです」

「酷いな~、桃子ちゃん……」


 施設育ちである一真は自分がしてもらったように幼い弟や妹達を良く世話をしている為、意外と体の変化に鋭い。

 しかも、今は勇者としての力も備わっているので鋭さは増している。


「もしかして、私も一真に抱きついたら体重とかバレちゃう感じ?」

「まあ、ある程度の予測は可能かな」

「うぅ……」


 今度から控えようかと葛藤するアリシア。

 しかし、ここで気にして身を引けばシャルロットに先を越されるかもしれない。

 それは嫌なのでアリシアは悲壮な決意をするのであった。


 ちなみにその後、一真に言われたとおり、二人はシャルロットのスリーサイズを測り、バストサイズに差が生まれてしまったことを嘆くのであった。

 特に桃子は打ちひしがれている様子で一真も声を掛けることが出来なかったほどである。

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