第68話 皆で初詣に行こう!

 ◇◇◇◇


 イヴェーラ教による全世界同時多発テロが終わってから数日が経過していた。

 今回の一件でイヴェーラ教は完全に組織は崩壊、幹部達は全員が牢獄の中に入ることとなったが実際は違う。

 ごく一部の者達しか知らないがイヴェーラ教の幹部は有能な異能者であるので一真の隷属魔法によって極刑は免れている。

 ただし、その能力を死ぬまで国家の為に捧ぐことになっているので、ある意味終身刑と言えるようなものであった。


「う~ん……」


 今回の件で一番の功労者である一真はベッドの上でSNSを見ていた。

 彼が唸り声を上げて悩ましそうに見ているのはシャルロットを含めた新型パワードスーツを身に纏った彼女達の戦闘シーンだ。

 前回と違って、今回はネットが無事だったので彼女達の戦闘シーンはSNSに出回っているのである。


「とんでもなく話題になってるな……」


 世間を騒がせているのはイヴェーラ教の凶行ではない。

 シャルロット達だ。

 彼女達の華々しい戦果が世間を今も賑わせていた。


 アリシアは魔女としてその名を轟かせているから今更であるがシャルロットはそうではない。

 彼女の異名は聖女。

 清廉にして純粋な乙女であると誰もが信じていた。

 そう信じていたのである。


 が、一真の魔改造によって彼女は生まれ変わってしまった。

 手の施しようがないくらい変わってしまったのだ。


 白と青を基調とした新型パワードスーツに身を包んだシャルロットは縦横無尽に跳び回り、何十体ものイビノムを狩り尽くした。

 その動画がSNSに投稿され、一億再生を突破するほど有名になっている。

 コメント欄には彼女を称えるものもあれば、かつての彼女を返して欲しいと嘆いているものまであった。


『俺は悪夢でも見ているのか?』

『これが聖女だってのか……』

『おお、神よ……』

『おっぱい、ぷるんぷるん!』

『揺れてる!』

『圧倒的な胸部装甲だ……』

『あの太腿のデザイン考えた奴、控えめに言って天才だろ』

『嘘だろ? 俺が怪我した時に治してくれた彼女と同一人物だって!?』

『元の聖女を返して……返して……』


 などといった感じである。

 一真は特にコメントなどはしていないが、共感するようなものはあった。

 彼女の体が大変素晴らしいものであるということだった。


「うむ」

「何がうむですかーッ!」

「いでッ!」


 唐突に投げられたのはペットボトル。

 一真の頭にクリーンヒットしたペットボトルは宙を舞い、地面に落ちてカラカラと虚しい音が鳴り響く。

 さて、一体誰がペットボトルを投げ付けてきたのかと一真は顔を上げる。

 そこには息を荒げ、髪の毛が乱れている桃子の姿が映った。


「桃子ちゃん。いくら俺と君の仲でも部屋に入るときはノックくらいしなきゃ駄目だよ」

「それはすいません!」


 ペットボトルを頭にぶつけられたことをスルーした一真に当たり前のことを言われて桃子はきちんと謝る。

 謝罪を聞いた一真は桃子を許し、話を続けた。


「ところでいきなり何?」

「何? ではありませんよ! これはどういうことなんですか!」


 桃子が突き出してきたのは一真が見ていたものと同じくSNSに投稿された動画であった。

 そこには桃色を基調としたパワードスーツを身に纏った桃子がイビノムを相手に奮闘している戦闘シーンである。

 特に何の違和感もなく、一真はこの動画が問題ないことを指摘した。


「これが何? 桃子ちゃんの頑張ってる姿じゃん」

「コメント欄ですよ!」


 そう言われて一真はコメント欄を覗く。


『可愛いけど顔見えない』

『バイザー邪魔』

『ピンクちゃんのファンになりました』

『パープルとの胸部装甲に格差がありますね~』

『貧弱な胸部装甲だ……』

『アレはまな板シールドです』

『滑走路にもなるんやで』

『貧乳はステータス!』

『希少価値が高いからワイが保護すべきや』


 他にも多くのコメントが寄せられており、桃子のほうも賑わいを見せていた。


「これで有名人だね!」

「戦後処理で人が苦労している間にこのような不適切な動画が流されているなんて……!」


 桃子は一真と違って戦後処理に勤しんでいた。

 そのおかげでここ数日はネットを見る暇もないくらい忙しくしていたのである。

 犯罪者相手に尋問を行い、読心で証言に間違いないかを確かめ、それを何十何百と繰り返していたのだ。


 それがようやく終わり、激務から解放された桃子が最初にやったことがネットの閲覧である。

 別にこれといってやることがなかったゆえの選択だ。

 彼女は今の情勢を知るべく、ネットを開いたら、一番上に出てきたのがシャルロットをはじめとした桃子達の戦っているシーンだったのだ。


 日本では桃子と桜儚の二人が健闘している。

 桃色の新型パワードスーツに身を包み、身バレを防ぐ為にバイザーで顔を隠した桃子と紫色の新型パワードスーツに身を包み、同じくバイザーで顔を隠した桜儚の二人。

 彼女達は惜しみなく新型パワードスーツの力を発揮し、イビノムを倒して、多くの人々を救っている英雄なのだが、いかんせんパワードスーツのデザインがエロティックなので目に毒なのだ。


 特に成人男性に対しては非常に効果を発揮する。

 有り体に言えばとても興奮してしまうのだ。


 そして当然ながら批難の声も多い。

 やはり、扇情的なデザインの為、女性を軽視しているなどといった意見も出ている。

 下手をしたら彼女達を守るためと言って反対運動まで起きてしまいそうな勢いだ。

 イビノムによって大きな被害が出た後でも元気な人間は元気だが、時と場合は選んでもらいたいものである。


「ううぅ……。もう外を歩けません」

「身バレはしてないんだから大丈夫さ!」

「していなくても関係ありません! ようは私の気持ちの問題です!」

「あ、はい」


 身バレはしていないとはいえ、桃子には関係ない。

 不躾な視線が向られるたびに彼女は恐怖を感じてしまうだろう。

 もしかすると、正体を知られているのではないか、気付いたのではないかと外出するたびに彼女は不安に駆られるのは間違いない。


「はあ……。もういいです。今は考えないようにします。それよりも報告があります」

「報告? なんの?」

「イヴェーラ教についてです。すでに壊滅し、組織としては機能していませんがまだ各地に信者は潜んでいるそうです。今は夢宮の洗脳を使って拠点を洗い出している最中ですね」

「あいつ、便利だな~」

「信者も彼女の洗脳で上書きされており、今は回復傾向にあります。時間はかかるでしょうがイヴェーラ教によって植えつけられた常識や教義は書き換えられるでしょう」

「とんでもねえ~」


 心底味方でよかったと思える異能である。

 常識改変まで出来る洗脳はやはり末恐ろしい。


「それから彼女のおかげで復旧作業もかなり捗ってるそうです。なにせ、捕らえた囚人達を洗脳し、率先して働くように命じているので瓦礫の撤去や復旧工事の作業効率が上がってます」

「ラスボスだったら間違いなく苦戦してる相手だわ……」

「絶対に手綱を外さないで下さいよ。紅蓮の騎士と女狐の戦いなんて想像もしたくありません」


 桜儚がラスボスであったならば一真は苦戦することは間違いない。

 一真と親しい人間を洗脳し、襲わせるだけでも精神的苦痛は大きい。

 その上、直接対峙する事になっても一真の親しい人間を物理的に盾にすればいいだけ。

 真人やアムルタートのした闇魔法を受けようとも洗脳した人間に自身が死んだ場合、自害するように命じておけば一真は手出しが出来ない。


「ところでまだ初詣に行ってなかったな」


 大晦日に国際会議を行い、イヴェーラ教との決戦を終えた一真はいつの間にか新年を迎えていたことを思い出す。

 ここの所、忙しかったので初詣に行けてないことを思い出し、一真は桃子に提案する。


「ねえ、桃子ちゃん! 振袖着て初詣に行こうよ!」

「お断りします」

「なんでーッ!?」


 初詣に桃子を誘うも断られてしまい、一真はどうしようかと考えていた時、電話が鳴り響いた。

 表示されているのはアリシアの名前。


「はい。もしもし」

『あ、一真! もう初詣には行ったの?』

「まだ行ってない。ここ最近忙しかったから」

『それなら皆で行かない?』

「お、いいよ! 迎えに行こうか?」

『うん! シャルにも連絡してるから迎えに来て頂戴!』

「オッケー! 準備が出来たらすぐに行くよ!」


 電話を切り、一真は勝ち誇ったような笑みを浮かべると桃子へ向き直る。

 彼女は一真の不気味な笑みを見て悪寒を感じ、後ろへと下がるが逃げられない。


「上司命令だ! 振袖を着てみんなと一緒に初詣に行くぞ!」

「くだらないことばかりに権限を振りかざして! 恥を知りなさい!」

「ふッ……! それが力というものだー!」


 高笑いを上げる一真に桃子はこめかみを押さえるが元から分かっていたことなので彼女は呆れるように溜息を吐くと、振袖のレンタルを探す事にしたのであった。

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