第66話 え? これで終わりですか?

 イビノムと化したアムルタートと対峙する一真は軽く魔法を撃ってみるが透過の異能で当たらない。

 分かっていたことだが、やはり攻撃を仕掛けてくる瞬間を狙ったカウンターしか効果はないようだ。

 そうと決まれば話は早い。

 一真は効くかどうかは分からないが、アムルタートを挑発するように手をくいくいっとした。

 どこぞの達人のような仕草を見せる一真にアムルタートは突撃する。

 挑発が効いたのかは分からないが、狙い通りに動いてくれて一真は感謝した。


「そこだッ!」


 先程と同じく突進を仕掛けてくるアムルタートに対して一真は直撃する瞬間に魔法を叩き込んだ。

 決まったと確信を得る一真であったが次の瞬間、信じられない光景を目にする。

 魔法が直撃した瞬間、アムルタートの姿が霧のように消えてしまい、地面が一真の魔法で爆散したのだ。


「なにッ!?」

「ギイイイイイイッ!」


 霧のように消えたアムルタートが背後から現れる。

 驚きに反応が遅れてしまったが、そう何度も攻撃を受ける一真ではない。

 竜巻のように旋廻し、アムルタートの攻撃を避けると同時に魔法を放つべく構えた。

 その瞬間、横っ腹に衝撃を受けて吹き飛ぶ。


「ぬわーッ!?」


 横転する一真は情けない声を出していた。

 突然の衝撃に倒れてしまったが、即座に立ち上がり、衝撃がきた方向に一真は顔を向ける。

 そこにはもう一体のアムルタートがカエルのように舌を伸ばしていた。

 アムルタートは舌を口の中にしまうと、すうっと姿を消した。

 カメレオンのように周囲と同化したのか、それとも透明になったのかは判別できない。

 それでも鬱陶しいことに変わりはなかった。


「マジかよ……」


 今の時点で判明した異能は増殖、加速、透過といった三つ。

 残りは分身、幻覚、透明、同色、同化、といったものだと思われるが確信は持てない。

 ただ一つ言える事はこちらの世界に帰って来てから、今までにない危機的状況で間違いないということだ。


「やべ~。もしかしてガチでやらなきゃ俺死ぬんじゃね?」


 少なくともアムルタートが飲み込んだ増幅剤は百は超えている。

 増幅剤はタブレットと呼ばれる形状をしており、お手軽に摂取できるものだった。


「パワードスーツ……。今回が初めての出番だったのに」


 一真の本気の速度にパワードスーツは追いつけない。

 元々、一真のスペックが異常なのでパワードスーツは意味がないのだ。

 とはいえ、正体を隠すのに便利であり、見た目がカッコいいという面があるので捨て難いが今回の戦いにおいては足枷である。


「光栄に思えよ。こっちの世界に戻ってきて初めて本気を出すんだ! お前を最初で最後にしてやる!」


 まるでラスボスが言いそうな台詞を口にした一真はパワードスーツを解除して普段着に戻る。

 そして、身体強化だけでなく感覚強化に加えて、ありとあらゆる強化を施した。

 魔王戦で使用した全ての魔法を解放した一真は腰を落とし、今までにない真剣な目付きで拳を構える。


「武器があればよかったんだけど仕方がない。これで行く!」


 加速した時の中で一真は地面を蹴ってアムルタートに迫る。

 これが一般的な相手であれば一秒もかからず決着がつくのだが、相手は一真と同じ土俵に上がれるアムルタート。

 そう簡単に勝負はつかない。


 透明になったのか、それとも景色と同化したのかは分からないアムルタートに一真は拳を放つ。

 しかし、やはり透過の異能もあってか一真の拳はすり抜けてしまい、致命的な隙が生まれてしまう。

 そこに姿を現したアムルタートが鋭い爪で一真に襲い掛かる。


「その程度の攻撃が通じるはずがないだろう!」


 迫り来る爪を一真は紙一重で避けると同時にアムルタートに触れる。

 透過の異能が効果をなくした瞬間を狙って一真はアムルタートの体内に電撃を流し込んだ。


「ぐがあああああッ!」


 だが、電撃を浴びたのは一真である。

 プスプスと黒煙を上げる一真は何が起きたのかと考える。

 その結果、辿り着いたのが反射の異能。

 相手の攻撃をそのままそっくり相手に返すというシンプルな異能だが、見て分かるとおり相手が強力であればあるほど強力になる。

 そのせいで一真は甚大なダメージを受けてしまったのだ。


「透過に加えて反射まで持ってるなんて卑怯すぎない?」


 魔法を使える一真が言っていい言葉ではないが確かにアムルタートの異能は反則であろう。

 透過の異能で相手の攻撃を無力化し、反撃を受けても反射で相手にそのままダメージを与える。

 ゲームであったら理不尽極まりない相手だ。

 クソゲーと称されてコントローラーを投げられてもおかしくない仕様である。


「ギイイイイイイイイイッ!!!」


 増殖によってアムルタートは増える。

 数匹だけでも厄介だというのに数百匹もいたら一真にとっても脅威と言えるだろう。

 襲い掛かってくるアムルタートの大群に回復した一真は迎え撃つ準備をする。

 透過と反射で相手にダメージを与えられないことを把握した一真は手に魔力を纏わせてアムルタートの攻撃してきた瞬間を狙って反撃をする。


 襲い来るアムルタートの大群を一真はすり抜けて、一匹に絞り、魔力を纏わせた拳で殴る。

 魔法すらも反射されてしまったが相手の体内に魔力を注ぎ込み、体内から破壊する技でアムルタートを倒した。

 問題なく通じることが判明したが、それと同時に闇魔法で真人にやったように魂を破壊したほうが早いことを思い出した一真は自己嫌悪の陥った。


「……切り替えよう」


 アムルタートを分析した結果、魂までは変質していなかったので一真は闇魔法で魂を破壊し、アムルタートを次々と倒していくが、次から次へとアムルタートは増殖する。

 一網打尽にしなければいけないのだが増殖するスピードがあまりにも速すぎて一真の魔法が追いつかないのと同時に彼の計算速度が遅すぎた。


「イタチゴッコじゃねえか!」


 一真がどれだけ闇魔法でアムルタートを倒しても、増殖するので意味がない。

 一網打尽にしなければならないのだが、その魔法を開発する時間がない。

 アムルタートを拘束しても別の個体が襲い掛かってくるので時間を稼ぐ事もできない。

 これではいつまで経っても戦いは終わらない。


「なんて地味な戦いなんだ……」


 折角、本気を出したというのに闇魔法で魂を消滅させるだけ。

 しかも、やっていることはアムルタートの数を数えて闇魔法を発動するだけといった単調な作業。

 一真の言うとおり、地味な光景である。


 それに、アムルタートには自我がなく理性もない。

 おかげでバカの一つ覚えのように一真を襲うばかりで逃げ出そうとしない。

 生存本能もなく、恐怖も感じないのでアムルタートが逃げ出す気配は一切ない。

 そのため、一真にとっては非常に有り難いことなのだが、いかんせん数が多すぎるのがネックである。


「致し方なし!!!」


 この地獄の無限ループを終えるために一真は覚悟を決めた。

 大量の虫型ゴーレムを作り出して、全世界に放ち、視覚を共有してアムルタートを一匹ずつ捉える。

 膨大な量の情報が一真に集まり、脳の負担が尋常ではない。

 眩暈を起こし、吐き気を催し、酷い頭痛に苛まれる一真は闇魔法で確認できたアムルタートを一気に倒した。

 世界各地に隠れて散らばっていたアムルタートを倒し、目の前のイビノムと化したアムルタートだけとなる。


「ようし、これでお終いだ」


 残っているのは目の前にいるアムルタートだけだ。

 それ以外のアムルタートは虫型ゴーレムと視覚共有した一真によって倒された。

 後は目の前のアムルタートさえ倒せばお終いである。


「さっさと終わらせて家に帰る! そんで風呂に入って寝るんだ!」


 壮絶な戦いではなく、地味な戦いであったが一真は心身ともに疲れていた。

 それゆえに、さっさと終わらせて眠りたかったのである。


「キエエエエエエエッ!」


 アムルタートが増殖をし、自身を増やそうとした時、一真の闇魔法によって倒される。

 呆気ない幕切れにギャラリーは開いた口が閉じないだろうが、ここには一真とアムルタートしかいない。


「……あっさり終わったな~。本気でやらなきゃ不味いと思ってたのに、いざ戦ってみればそうでもなかったな。まあ、俺としては大助かりだけど」


 魔法を防ぎ、魂の変質さえも可能であったのならアムルタートもいい勝負は出来ただろう。

 しかし、アムルタートにそこまでの異能はなかった。

 それが勝敗の行方を決めたのだ。

 魔法という反則な能力がなければ結果も違っただろう。


 何とも言えない微妙な結末であるが、どうあれ勝ちは勝ちだ。

 一真は勝利を掲げて会議場へと帰還するのであった。

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