第65話 ハイリスク・ハイリターンの結末
加速した世界で一真はアムルタートと向き合う。
周囲の時間がまるで止まったかのような世界で二人は熾烈な争いを繰り広げるかと思いきや、一真が放った魔法によってアムルタートは呆気なく死んだ。
肩透かしを喰らい、先程の緊張感は一体なんだったのかと一真は大きく息を吐いた。
「なんだったんだ、いったい……」
これからイヴェーラ教との因縁に終止符を打つべく、これまでにない激闘が待っているかと思われていたが、呆気ない幕切れである。
流石の一真も呆れて物も言えなかった。
「おいおい、何終わった気になってるんだ?」
「ああ、増殖で加速する個体を増やしたのか……」
「そうだ。これで――」
喋っている最中に一真は容赦なく魔法を放ち、アムルタートを消し去った。
アムルタートは異能を増やし、強化できるとはいえ、最大でも二つしか異能を持てない。
それゆえに増殖と加速の異能だけでは一真に到底勝つことなど出来はしない。
先程は単に一真が油断をしていた為、微小化による異能で不覚を取ったが今は体にバリアを張っており、完全に対策している。
つまり、アムルタートにもう勝ち目はないのだ。
「言っておくが増殖と加速だけで俺と戦おうなんて考えないほうがいいぞ。最初は油断したけど、もうお前に勝ち目はない」
「どうやら、そうみたいですね~。これは困りました……」
新たなアムルタートが現れて、顎に手を添えて困っている仕草を見せている。
それを見た一真は本当に困っているようには思えず、気になってしまう。
「本当に困ってるのか? 随分と余裕そうに見えるが?」
「ああ、そう見えます? でも、本当に困っているのですよ?」
「どうだかな。まだ奥の手が残っていたりするんじゃいないのか?」
道化師のようにふざけた態度をしているアムルタートに一真は怪訝の目を向ける。
まだ奥の手を隠して持っているのではないかと一真はアムルタートを疑っていた。
対してアムルタートはそのような目を向けられても態度は変わらず、へらへらと笑って一真の神経を逆撫でしている。
無論、アムルタートはイビノムのマスクを被っているので表情は見えないが、不規則に体を揺らし、肩を震わせているので笑っていると推測出来るだろう。
「(加速した俺に対応は出来てもまともに戦うことが出来ないはずだが……あの余裕そうな態度が不気味なんだよな~)」
アムルタートの増殖と異能増幅剤と異能強化薬はどちらも厄介極まりない。
個体数を増やし、そこから薬で異能を二つにし、強化するのだから普通であれば絶対に倒せないような相手であろう。
一人倒しても十人、百人、千人と増殖し、尚且つ、先ほどまでなかった異能を所持し、それが信じられないくらい強力なのだ。
一真でなければ即座に敗北を受け入れている。
「あ~、困ったな~、ホントに困ったな~」
あからさまな態度に一真はますます疑念を抱く。
目の前のアムルタートを魔法で倒した所で意味はない。
かといって、これ以上放置しておくわけにもいかない。
精神の安定を保つ為に一真は手の平に魔力を込める。
苛立ちを消すように一真はアムルタートに向かって魔法を放った。
「おやおや、酷い事をしよる」
「さっきから気になってるんだが、どうして口調がそうコロコロ変わるんだ? キャラ作りでもしてるのか?」
「ああ、これは増殖による弊害だ。ワシは異能の特性上、多くの自分を生み出した。それによって本来の自分を見失い、こうして別の何かになっているのだ」
「ふ~ん」
心底どうでもいいとばかりに一真はアムルタートの言葉を聞き流した。
自分から聞いたくせにとんでもない態度である。
態々、説明したというのに一真のような態度を取られたら誰だって癇に障るだろう。
しかし、アムルタートは一真の態度に苛立つ事もなく、平然と話を続けた。
「まあ、理解されなくても構わんさ」
聞かれて答えはしたが別に理解して欲しいとは思わなかった。
すでに本来の自分を見失っているアムルタートにとって個性というのはさほど重要ではなかったのだ。
「それよりもお主を倒す方法を考えた」
「なに?」
半分以上アムルタートの話を聞き流していた一真であったが、聞き捨てならない台詞に彼はまともな反応を見せた。
「この異能増幅剤を過剰に摂取した場合、どうなると思う?」
「……死ぬんじゃないか?」
異能を増やすというだけでも破格な性能だが、そのようなものを過剰に摂取すればリスクは大きいだろう。
それこそ、一真の考えているように死亡する危険も当然あるはずだ。
「ククク、そう思うだろう。しかし、実は違うのだよ」
「なんだと? それなら理性を失うとかそういうことか?」
「半分正解だな……」
勿体ぶる物言いに一真は焦れったくなり、苛立ちを含んだ声で答えを聞いた。
「一体どうなるんだ。早く教えろ」
「そう焦るな。今から見せてやろう」
そう言うとアムルタートは手の中にあった異能増幅剤を増殖させた。
そして、大量の増幅剤を口に含み、水で流し込むことなく、口の中で増幅剤を噛み砕いて飲み込んだ。
あまりにも暴力的な飲み方であったが、手の平一杯にあった増幅剤を飲み干すならば仕方のないことであろう。
「ぷは~~~ッ!!!」
大量の増幅剤を飲み込んだアムルタートは大きき息を吐いた。
一見、何の変化も見られない様子に一真は怪訝そうに眉を顰める。
「(何の変化もないが……)」
すると、次の瞬間、アムルタートの体が一際大きく跳ねた。
ビクンッと大きく体が跳ねるアムルタートを見て一真は警戒心を強めて、これからどうなるのかと見つめる。
「キタキタキターッ!」
ハイテンションなアムルタートではあるが、彼の体はおかしなことになっている。
そうと分かっていながら、アムルタートは何が起ころうとしているのかを一真に説明していく。
「最後に教えておこう! この増幅剤は一つ飲めば一つの異能が手に入る。二つ飲めば当然二つの異能が! だが、個人差があって、一つしか飲めない者もいれば二つ以上飲める者もいる。残念な事に俺は一つしか飲めない。そして、メリットが大きいほどリスクもまた大きくなる」
喋っている最中もアムルタートの体は膨張を続け、メキメキと音を鳴らし、体の形が変形していく。
その光景に一真は嫌な汗をタラリと一筋流す。
「それが今の光景だ。過剰に摂取した場合、服用者は……イビノムと化す。そして、増幅剤を摂取した分だけの異能を持つ化け物が産まれるのさ。ただ、その頃には俺の理性も感情も何もないがな」
その言葉を最後にアムルタートという人間は消失する。
目の前には異形の化け物であるイビノムが気持ちの悪い鳴き声を上げていた。
「キエエエエエエエエエッ!!!」
どれだけの異能を持っているのか分からないイビノムが産声を上げ、目の前にいる一真に襲い掛かる。
あまりにも信じられない光景に一真は驚いたが、動揺に動けなくなるような男ではない。
襲い掛かってくるイビノムを一真は魔法で吹き飛ばそうとしたが、魔法はイビノムを通り抜けた。
「はあ?」
「キエエエエエエエエエッ!」
「グブフッ!」
強烈な体当たりを受けた一真は吹き飛んでしまう。
空中で身を翻し、地面に着地すると一真はイビノムを睨んで先程の現象について考察を始めた。
「(魔法がすり抜けた? 姿は見えていてから透過の異能か? 壁抜けとか出来るし、魔法がすり抜けるのも分かるが……ちょっと難易度跳ね上がりすぎじゃない? 向こうの攻撃は当たるのにこっちの攻撃は当たらないなんて反則じゃないか。まあ、攻撃の瞬間は透過の異能を切っているだろうから、その瞬間に攻撃すればいいんだろうけど……)」
これまた面倒な異能を身につけたイビノムに一真は辟易する。
増殖だけでも厄介であったのが、加速に加えて透過まできた。
しかも、まだ判明していないだけでまだまだ異能を持っている。
真人以上に凶悪なイビノムに一真は立ち向かうのであった。
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