第63話 増殖は本当に厄介なのよ

 日本の首相である慧磨のもとへ一真は転移した。

 すでに首相官邸のもとへ戻っていた慧磨は戦況の報告を聞きつつ、指示を飛ばしていた。

 すると、そこへ拘束した真人を連れて一真が現れる。

 相も変わらず、突然連絡も無しに現れる一真にギョッと目を見開いたが、いつもの事だと割り切って慧磨は冷静に尋ねた。


「そこにいるのは、まさか神藤真人かね?」

「そうだよ。強奪の異能って犯罪者に対して便利そうだから捕まえることにしたんだ」

「言いたいことは分かるが、そういうことは事前に言って欲しい。心の準備もそうだが色々と手を回さなければならないんだ」

「それは毎度すいません」

「まあいい。神藤真人については把握した。君はこれからどうする?」

「そりゃ当然、イヴェーラ教の残党及びにイビノムの殲滅です」

「そうか。わかった。こちらは任せておいてくれ」

「お願いしますね~」


 片手を振って一真は転移でどこかへ消え去った。

 残された真人を見て慧磨はこれからのことを考える。

 真人はイヴェーラ教の教祖であるが、そもそも関与していないと言う。

 正確に言えば彼が好き勝手やっていると知らない間に自分を崇拝して出来上がった組織ということだ。

 イヴェーラ教の立ち上げに関与こそしてはいなが、その後の活動には何度か協力している。

 よって、真人を無罪放免には出来るわけがない。

 そもそも、真人は強奪の異能で数多くの異能者を殺してきた大罪人だ。

 本来であれば正当な手順で真人を裁き、罰を与えるべきだ。


 しかし、一真が言っていたように強奪の異能は有用性のある能力だ。

 それこそ、一真の言っていたように犯罪者の異能を奪い、二度と悪事が働けなくなるようにしたり、異能で苦しんでいる人を救ったりと活用方法はある。

 であれば、死刑にして罪を償わせるよりは死ぬまで扱き使った方が合理的だ。

 とはいえ、世論がそれを認めてくれるかどうかだが、秘匿することになるので問題はないだろう。


「ふむ……。神藤真人、君に質問をしたいのだが強奪の異能はどのような方法で異能を強奪するのだ」

「二パターンだね~。相手の意識がない時、もしくは相手が許可をした時だよ」

「許可と言うとそのままの意味でいいのか?」

「そうそう。どうぞ、どうぞ、奪ってくださいって意識していれば強奪できるよ」

「では、意識がない時と言うのは睡眠も含まれるのか?」

「そうだね。寝ている時でも奪えるよ。まあ、気配に敏感な人間だと難しいから結局殺すのが一番手っ取り早いね~」

「なるほど……。君は過去の英霊の墓を暴こうとは思わなかったのか?」

「あ~、死んでから日数が経ち過ぎるとダメなんだよね。七十二時間過ぎたらアウト。その時点で強奪は出来ない」

「そうか。ところで君はどれだけの異能を奪ったんだ?」

「さあ。数えてないし、覚えてないや」

「では、質問を変えよう。鑑定や分析、解析と言った異能は持っているか?」

「持ってるよ。鑑定をね」


 鑑定の異能はとても貴重な異能であり、隠蔽という異能を持っていない限りは個人情報を見抜くことが出来る。

 その上、あまり数がいないのでとても重宝されている。

 慧磨は真人が鑑定の異能を持っていると知ってゴクリと喉を鳴らした。


「もしや、紅蓮の騎士の正体を君は知っているのか?」

「知っているよ~。それから魔法使いだってこともね」

「まさか、お前の鑑定はそこまで見えるのか!?」

「いや、彼が教えてくれたよ。そもそも鑑定した時に置換しか持ってなかったし」

「……そうか。お前の鑑定でも魔法のことについては分からなかったのか」


 一真の魔法が真人の鑑定でも分からないことを知って慧磨は安堵すると同時に大きな溜息を吐く。


「はあ~~~。何故、魔法使いだということペラペラと教えてるのか」

「それは絶対的な強さがあるからじゃない。アレだけ強かったら、有象無象がどれだけ束になっても勝てないし、秘密を探ることも出来ないでしょ」

「まあ、そうだな。我々も随分彼には振り回されたからな」

「だったら、今更でしょ~。もう考えない方がいいよ~。脳のリソースが勿体ない」

「随分な言い方だな……」


 しかし、真人の言う事も分からなくはない為、慧磨は言われた通り、これ以上を一真について考えるのを止めた。

 今は目の前にいる真人の処遇について考えなければならない。

 色々な所に手を回しておかなければならないと慧磨はまた頭を抱えるのであった。


 慧磨のもとから転移した一真は中華に戻ってきていた。

 会場の周りにいるイビノムを駆除しに外へ向かったのだが、中華の異能者がすでに殲滅済みで一真の出番はなかった。

 これなら自分は必要ないと一真はアメリカ、イギリス、エジプトと見て回ったが、どこも現地の異能者がイビノムを討伐しており、救援の必要がなかった。

 それゆえに一真は日本に戻ることに決めた。


 先程、いきなり慧磨のもとに転移して叱られたばかりなので一真は学習した猿のように携帯を取り出して、帰還することを伝える。


「もしもし、慧磨さん」

『もしもし、一真君か。何かあったのかね?』

「いえ、何もないです。一応、各国を回って救援が必要かどうか見たんですけど、現地の戦力だけで問題なさそうでした」

『それはよかった。ということは君の出番がなくなったということかな?』

「ですね~。俺はもう必要なさそうなので帰ってもいいですか?」

『う~む……』


 一真から帰還しても良いかと聞かれた慧磨はしばし考える。

 一真が嘘を吐いているようには思えないが、万が一ということもある。

 対処できない問題が発生した場合、一真を自由にしておいた方が何かと便利であろう。

 慧磨は一真にしばらく待機しておくことを命じた。


『悪いがもう少しそちらで待機していてくれ。各国の首脳陣もいることだろうし、君がいた方が安全だろう』

「そういうことなら分かりました」


 と言うわけで一真は国際会議が行われていた会場の警備を務めることにした。

 すでに中華の異能者が警備を務めており、各国の首脳陣の安全は確保されていたが一真が加わることで万全を期した。

 各国の首脳陣も紅蓮の騎士が警備に戻ってきてくれたことを知り、実家に戻って来たような安心感を抱くのであった。


 それからしばらく、一真は首脳陣の警備を務める。

 首脳陣は各自用意された部屋に籠り、自国の状況を確かめており、忙しそうにしていた。

 結界を張り、周囲の警戒を行っている一真は手持無沙汰でただただ暇を持て余していた。


 あとはイビノムの駆除が完了し、犯罪者の確保及びに討伐が完了すれば終わりだ。

 もう一真の出番は完全になくなったかと思われた時、近くから戦闘音が聞こえてくる。

 イビノムか犯罪者でも現れたかと一真は持ち場から離れて、戦闘音の聞こえた場所へ向かう。

 すると、そこにはイビノムのマスクを被った集団が中華の異能者と戦っていた。


「イヴェーラ教か……?」


 イビノムのマスクはイヴェーラ教の信者を意味しているが、おかしな部分がある。

 それは襲撃犯の服装が全員一緒だということだ。

 流石に疑問を感じた一真は真人にしたように魔法で襲撃犯を調べる。


「おいおい、マジか……」


 分かったことは襲撃犯が全員同一人物であること。

 真人以外にも増殖の異能を持つ人間がいることを知って一真は辟易する。

 魔法で簡単に一網打尽が出来るとはいえ、数を把握しなければならない。

 真人は戦っていた個体以外にも世界各地に潜んでいた。

 それら全てを把握し、魔法で特定するのは非常に面倒であることをすでに身を以て経験している一真は嫌そうに襲撃犯を見詰めた。


「(嫌だな~。また数えなきゃいけない……)」


 一から数えるのは本当に心が折れそうになる。

 幸い、真人は四桁届くか届かないかだったので大変だったが数えれないほどではなかった。

 しかし、もしも目の前の襲撃犯が万単位で存在していた厄介極まりない。

 負けることはないが数えるのがとても大変な上に一人でも見逃したら、そこから無限に増殖されるので一人たりとも見逃せない。

 それを考えると、本当に増殖の異能者は一真にとって天敵とまではいかないが苦戦を強いる相手である。


「(う~……。嫌だけど戦うしかないよな~)」


 数を自動で数えてくれる魔法があれば良かったのだが、そのような魔法はない。

 一真は心底嫌そうな顔をして中華の異能者達に助太刀をするのであった。

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