第62話 俺は強い! お前より!

 潰すと決めたものの一真は決定打に欠けていた。

 真人は増殖で無尽蔵に自身を増やしている。

 そのおかげで一真と互角とはいかないが、長い間戦えることが出来ている。

 どちらもお互いに消耗しているだけで中々決着がつかないでいた。


「いい加減飽きてきたな!」


 襲い来る真人の大群を一真は薙ぎ払い、そう叫んだ。


「そうだね。そろそろ僕に強奪されようよ」

「誰が!」


 四方八方から襲い掛かる真人を振り払い、一真は打って出る。

 負けることはないが、このまま無為に時間を潰すだけしかない。

 そのため、一真はある方法を試すべく、一人の真人を捕らえた。


「捕まえたぞ!」

「一人捕まえた所で意味はないよ~」

「そうだよ。僕達、無限にいるから」

「いくら君が強くても無限の敵はどうしようもないでしょ」


 周囲を囲んでいる真人達がそう口にするも一真は意にも介さない。

 すでに目的は達成されたのだから。


「いいんだよ、これで」

「何をする気?」

「お前は知らなくていいさ」


 一真は掴んでいる真人の身体を隅々まで調べた。

 勿論、服を剥ぎ取って裸にすることはなく、魔法で真人の体内から魂までを目視する。

 そして、別の個体へ目を移し、肉体の構造から魂の構造まで同一であることを確かめると掴んでいた真人を潰した。


「うへ~。酷い事するな~」


 頭部を破壊され、死んでしまった自分を見て真人は一真を非難する。

 先程から虫のように蹂躙されているのだから、今更どうということはないのだが少しでも一真にストレスを与えるべく、真人は言葉を続ける。


「いくらなんでも、もう少しやり方ってものがあるんじゃないか?」

「どうして、そんな酷い事するの?」

「君には人の心がないのかな?」

「ああ、だから、そうやって簡単に人を殺せるんだね」


 耳障りな言葉に一真は耳を全く傾けない。

 真人の攻撃を防ぎつつ、彼は意識を集中している。


「(百、二百、三百……)」


 数を数えてしばらく経ち、一真はようやく真人の言葉に耳を傾けた。


「君のせいで沢山の人が死んだんだ」

「言いたい事はそれだけか?」

「あれ? ようやく口を開いた。さっきまでだんまりだったのに」

「ああ、少し集中してたからな」

「ふ~ん。何か作戦でも考えてたのかな?」

「そうだな。お前を一網打尽にする作戦を思いついたんだ」

「へ~。面白そうだね。やってみてよ」

「後悔するぞ?」

「するといいね」


 真人の言葉を聞いて一真は薄く笑うと、闇魔法を発動した。

 隷属魔法と同じ原理の闇魔法で敵対者の魂を束縛し、安らかな眠りを与える魔法。

 魔法を受けた真人達はパタンと倒れて二度と起き上がらない。

 次々と倒れていく自分を見た真人は驚きの目で一真を見つめる。


「一体何をしたんだい?」

「魔法だよ、魔法。数が多くて大変だったけどな」

「ハハハ、アニメの見過ぎなんじゃない? って言いたいけど、これはもうそうとしか言えないね……」


 タラリと冷や汗を流す真人は楽しみにしていた一真の異能を鑑定で見ることを決めた。

 そうしなければ確実に負けてしまうと悟って。


「(本当は楽しみに取っておきたかったんだけど、こうなったら仕方ないよね)」


 鑑定の異能を発動し、紅蓮の騎士を覗き込む。

 そこに映し出されたのは名前、年齢、生年月日といった詳しいプロフィール。

 その中に表記されている異能を真人は確かめると驚愕に目を見開き、間違いなのではと何度も瞬きをした。

 しかし、何度瞬きを繰り返し、目を擦っても、そこに記載されているのは置換という二文字だけであった。


「は……?」

「どうした、その顔は? もしかして、俺の異能を見てしまったか?」

「そんな、まさか、嘘でしょ? もしかして、君は本当に魔法使いなの?」

「先程言ったじゃないか。俺は魔法が使えると」

「じょ、冗談じゃない! 君みたいな正真正銘の化け物と戦っていられるか!」


 真人の仕事は一真の足止め。

 出来れば打倒し、強奪が理想であった。

 しかし、一真の異能が置換しかなく、魔法という未知の力であると判明した今、真人の事情は変わる。

 置換は強奪できたとしても魔法は奪えるか分からない。

 唯一の楽しみが奪われた上に得体の知れない力を持つ一真に真人は恐れを抱いた。

 やってられないと憤慨し、脱兎の如く真人は逃げ出した。


「強奪できなきゃ意味がないよ! 骨折り損のくたびれもうけじゃないか!」


 転移で逃げ出したま真人は誰もいないビルの中で地団太を踏む。

 余程悔しかったようで真人は壁に八つ当たりして破壊する。

 それでも気が収まらないようで手当たり次第に周囲のものを壊した。

 ようやく落ち着いてきたのか、大きく肩を上下させて息を整えていた。


「はあ~。全く散々だよ! 面白そうだから話に乗ってみたけど、蓋をあけて見れば空っぽどころか得体の知れない化け物! やってられないね! 僕はいち抜けた~っと」


 真人はやる気を完全になくし、崩れた瓦礫の上に腰をかけた。

 さて、これからどうしようかと真人が考え始めた時、彼は悪寒を感じて後ろを振り向く。

 しかし、そこには何もなく、崩れた壁があるだけ。

 先程感じた悪寒は何かの間違いだったのだろうと真人は気分を落ち着かせるように息を吐こうと前を向いた瞬間、息を呑んだ。

 そこには不気味な仮面を被った一真が真人の顔を覗きこむようにしゃがんでいたのである。


「う、うわあああああああッ!?」

「よう」


 驚いて腰を抜かす真人はぶるぶると震えながら一真を指差して叫んだ。


「な、なんでここに! いや、そうか! 君も転移出来るんだった! でも、どうして僕の居場所がわかったんだ?」

「簡単だ。マーキングしておいたんだよ」

「マーキング!? まさか、それも魔法か!」

「ご名答。言っておくがどこへ逃げてもすぐに見つかると思え」

「そ、そんな……」


 勝ち目どころか逃げ出すことすら叶わないことを理解してしまった真人は絶望に染まる。

 まさか、自分がかつて強奪してきた人間と同じような目にあうとは夢にも思わなかった。

 真人は今はっきりと分かった。

 目の前にいる一真は正真正銘の化け物であり、絶望の象徴であると。


「ハ、ハハ……。最初から僕達は間違ってたんだね」

「だから、言っただろう。お前たちは虎の尾を踏んだのだと」

「君に手を出さなければ別の未来があったのかな……」

「どうかな。遅かれ早かれ、お前らは俺の家族や友人に害を及ぼしていただろうから最終的には同じ結末を辿るだけだと思うぞ」

「そっか……」


 どのみち、一真が同じ時代に存在しているだけで結末は同じだと断言されて真人は肩を落とす。

 彼の言っている事は正しく、自分達が意図しようがしまいが活動を続ければいずれは激突し、倒されることは間違いない。

 ならば、この結末も当然であろうと真人は戦うことも逃げる事もせず、ただ自分の運命を受け入れるように諦めるのであった。


「増殖しても君なら関係ないんでしょ? 殺せば?」

「洗脳と服従のダブルでこれから世の為、人の為に尽くすってのはどうだ?」


 正直、強奪の異能は失うにはあまりにも惜しい。

 犯罪者から異能を取り上げ、二度と悪さを出来ないようにするだけでなく、異能によって苦しんでいる人を救うことも出来る。

 他にも活用方法はあるだろう。

 一真はそれらのことを踏まえると真人を飼いならすべきだと判断したのだ。


「それって僕に政府の犬になれってこと?」

「そうだな。お前は確かに多くの人を殺し、沢山の人に迷惑を掛けただろう。でも、俺からすれば大した問題じゃない。所詮は他人だ。俺の家族や友人が殺されていたら、この場で有無を言わさず殺していた」

「つまり、僕は犯罪者だけど君からすればどうでもいいってこと?」

「ああ。俺は聖人君子でもなければ正義の味方でもない。一人の人間だ。まあ、お前らに人生を狂わされた友人はいるが生きている。恐らく、己の弱さに向き合い、前を向いてしっかりと歩いているだろう。なら、俺はもうお前に対して思うことはない」

「さっきまでは許さないとか言ってたのに?」

「言ったな……」


 戦っている最中に一真は激昂し、真人に対して決して許さないと叫んでいた。

 ということはここで真人を断罪するのが普通だろう。

 しかし、冷静になって考えた結果、真人の異能は有用だと判断し、許しを与えてしまった。


「どうするの? 殺すの? 殺さないの?」

「……う~ん」

「そうやってコロコロと意見を変えるのは良くないと思うけどな~」


 若干の余裕が出来てきたようで真人は一真を煽るように口を開く。


「そうだな。決めたよ。お前は上の人間に任せる!」

「え……」


 真人は殺されることはなかったが魔法で逃げ出せないように拘束されてしまう。

 そして、気が済んだのか一真は晴れやかな表情で真人を連れて日本へ帰るのであった。

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