第56話 そんな異名は欲しくありません!

 シャルロットはアズライールを瓦礫の山から引っ張り出した。

 意識を失っているだけで命に別状はない。

 先程の一撃を当てた際にシャルロットが治癒と再生で治したからだ。

 とはいえ、完全に治してしまったため、シャルロットは以前の恨みを込めて顔をビンタし、原形が分からないくらい膨れ上がらせた。


「よし!」


 何がよし、なのかは一切不明だが彼女の恨みが晴らされたのは間違いない。

 その後、シャルロットはアズライールをパワードスーツに搭載されている拘束機能を使って拘束した。


「確かこれでいいんですよね?」


 事前にパワードスーツに搭載されている機能を説明してもらっているが、あまりにも数が多くて全てを把握できておらず、シャルロットは搭載されている説明事項を読んだ。


「え~っと……なになに? 拘束機能は対象の脳波を読み取り、異能を発動しようとした瞬間に電流を体に流して阻止します。決して味方には使わないようにですか」


 ちなみに一真は桃子に拘束機能で一度捕縛されている。

 勿論、一真は魔法を使って拘束を解除しているので問題はなかったが普通の異能者ならば抜け出せることは出来ない。


「とりあえず、ここに放置しておくのもなんですから連れて行きましょうか」


 拘束したアズライールをシャルロットはパワードスーツに搭載されているビットを使って運ぶ。

 これで両手が塞がる心配もなく、奇襲されても対処できる。

 もっとも、今のシャルロットに奇襲を仕掛けても殺せる者は一真という例外を除けば太陽王しかいない。

 太陽王ならば圧倒的な火力でシャルロットの再生速度を上回り、焼き尽くすことが可能である。

 ただし、一真の所業により彼女は地獄の業火ですら耐え切るので殺すならば認知されていない場所から一瞬で燃やし尽くす必要があるので、シャルロットを殺すのは極めて困難である。


「そういえば会場の方で一真さんが戦ってるみたいですけど……加勢は必要ありませんね。というわけで私は市民の救助及びに敵の殲滅といきましょうか」


 まるで散歩にでも行くかのようにシャルロットは拘束したアズライールを引き連れて戦場へ飛び立った。

 後日弾であるが、シャルロットは戦場での華々しい活躍により多くの異名を授かることになる。

 鮮血女神、血染めの聖女、殲滅の天使、殺戮の乙女といった彼女がどういう戦果を挙げたか容易に想像できる異名を授かるのであった。


 ◇◇◇◇


 アメリカではキングとアリシアの活躍により、多くのイビノムと犯罪者が討伐される。

 前回、不覚を取ったアリシアだったが今回は一真からもらったパワードスーツに加えて訓練のおかげで強化された犯罪者も難なく討伐した。


 その一方でキングは少々手こずっていた。


「う~ん……」


 目の前にはイビノム、犯罪者の軍団。

 徒党を組むおかしな光景にキングは首を傾げている。

 だが、考えるのを止めた。


「まあいいか。こういうのは俺の専門じゃないし」


 高速飛行で上を取ると、上空から雷撃で一掃。

 残ったイビノムと犯罪者は直接殴って退治するといったキングのルーティーン。

 基本いつもと変わらない光景なのだが今回は一つだけ違った。


「わ~……。やっぱり、キングは強いや~」


 イビノムの大群と犯罪者の軍団を仕留めたキングの前に姿を現したのは怠惰のアスモディ。

 キングの鮮やかなお手並みに拍手を送りながら、アスモディは物陰から出てくる。


「ん? おや、俺のファンかい? だったら、大変だ。今、ここはとっても危険なんだ。俺が安全な場所まで連れて行ってあげよう」

「アハハハ~。流石承認欲求の塊~。ヒーローっぽいね~」

「ぽいじゃなくてヒーローなのさ! それよりも早く……いや、待て。どうして君のような子がこんな危険地帯に一人いる? しかも、服に汚れもない。もしかして……敵か?」

「ウフフ~。さあ、どうでしょう」

「憶測では判断したくないんだが…………」


 前回の一件がイヴェーラ教のテロだということはキングも知っている。

 そして、今回の襲撃も教祖である真人から聞いているのでイヴェーラ教が関わっていることは把握していた。


「とはいえ、今回はイヴェーラ教の教祖様自らが宣戦布告してたからな~。君、イヴェーラ教でしょ」

「違いま~すって言ったら?」

「悪いが緊急事態なんだ。多少、手荒な真似をしてでも君を安全な場所に連れて行ってあげるさ!」


 キングはアスモディの正体がイヴェーラ教だろうが一般人だろうがお構いなしに攻撃を仕掛けた。

 当然、一般人ならば無事では済まないがアスモディは腐ってもイヴェーラ教の幹部。


「おっとっと~。危ない、危ない」

「避けたか……。つまり、敵ってことだな!」

「いやいや、普通に今のは誰だって避けるよ~」

「普通は避けられないんだよ」

「ありゃ、カマかけられちゃったのか」

「ということで覚悟はいいかな、悪党」

「む~り~!」


 再びキングがアスモディに攻撃を仕掛けようとしたが、それよりも早くアスモディが懐に手を突っ込んで煙玉を地面に投げつけた。

 ボフンと視界一杯を覆う煙がキングを包み込み、彼はアスモディを見失ってしまう。


「しまった! 煙玉なんて持っていたのか!」

「それじゃ、ここは大人しく退散しま~す」

「待て!」


 煙を振り払うと、そこには誰もいなかった。

 キングは周囲を飛び回り、アスモディの行方を捜すが見つからなかった。

 敵を見失ってしまった失態にキングは悪態をつく。


shitくそ! さっきの奴、只者じゃないな。すぐに見つけないと面倒なことになりそうだ」


 アスモディを見失ってしまったが、そう遠くには行ってないだろうとキングは判断して近場を探すことにした。

 皮肉な話であるが今はイヴェーラ教のおかがでアスモディのような犯罪者を探すのは容易である。

 なにせ、街で暴れ回っている犯罪者やイビノムが沢山いるからだ。


「悪党どもを見つけるのは苦労しないんだが、その中から特定の人物だけってのは骨が折れるな……。まあいいか! いつもみたいにすればいいさ!」


 キングは上空を移動し、雷撃で地上の敵を一掃。

 そして、地上に降りて残っている敵を剛力無双の力で粉砕。

 銃弾どころかミサイルですら傷つけられないキングの体はまさに無敵。

 パンチ一発でビルを崩壊させることも出来るキングはやはり敵なしであった。


「ありゃりゃ……。やっぱり、そこら辺の雑魚じゃ束になっても勝てないか」

「お、発見。今度は逃がさないぜ~」


 建物の上からキングの戦いを観察していたアスモディだったが呆気なく見つかってしまう。

 もっとも、隠れているわけではなかったので当然であるが。


「ま、準備は出来たし。こっちも本気出しちゃうよ~」

「へ~。そいつは楽しみだな!」

「じゃあ、みんなやっちゃって!」


 アスモディが手を叩くと飛び出して来たのは異形の生物。

 人間のような形をしているがあくまでも形だけで見た目はイビノムのようなものだった。


「人型イビノム? いや、違う……! 成り損ないか?」

「半分正解~。そいつらは僕が作った人間のイビノムなんだ~」

「…………そこまでの科学力をイヴェーラ教は持っていたのか」

「僕の異能は分析だからね~。イビノムの構成物質や細胞組織を分解、解析、再現することは楽勝!」

「それはいい。捕まえて是非ともアメリカの役に立ってもらおう」

「え~。そこはこの外道がッ! って怒るところじゃないの?」

「何、こういうことを言うのはヒーローとしてどうかと思うがアメリカも中々に非人道的な行いを散々やってるからね」

「なるほど~。キングは寛容なんだね~」

「そういうことさ!」


 襲い掛かってくるイビノムの成り損ないをキングは殴り飛ばし、アスモディに向かって飛んだ。

 当然、アスモディはキングの行動を計算しており、自身の護衛に強化している犯罪者を用意していた。


「げひゃひゃひゃッ~~~!」

「ちょっと、お薬の量多くしちゃったから狂っちゃったけど実力は保障するよ~」

「そいつはどうも!」


 異常に膨れ上がった筋肉、焦点の定まっていない血走った目、口の端からとめどなく流れる涎。

 アスモディの言う通り、完全に狂っている犯罪者がキングに飛び掛かる。

 避けては通れないと判断したキングは犯罪者に向かって拳を突き出した。

 同じく犯罪者もキングに向かって拳を突き出して、お互いの拳がぶつかり、大きな衝撃波が生じる。

 その結果、二人はお互いに後ろへ吹き飛び、キングは互角だったことに目を丸くして驚いた。


「おいおい、マジか……」

「驚いている暇はないよ~」

「んなッ!?」


 アスモディの言う通り、キングが驚いている間に犯罪者は復活しており、再び彼に襲い掛かった。

 攻撃力もさることながら機動力も中々のもので何十メートルも離れていた距離を即座に詰めて来た。

 後手に回ったキングは回避が間に合わず、両手をクロスして犯罪者の拳を防いだ。


「うおおおおおッ!?」

「アッハッハッハ~! いけ~、やれ~!」


 防御の上から殴り飛ばされたキングは建物にぶつかる。

 そこへ追撃とばかりに犯罪者が飛び込んで、壁にぶつかったキングに向かって息をも吐かせぬ驚異の連打を繰り出す。

 ドンッドンッとハンマーでコンクリートを叩いているような音が何度も住宅街に鳴り響いた。


「これで死んだかな~?」


 その言葉と共に鳴り止む轟音。

 どうやら、決着がついたようだ。

 アスモディはキングの死体を確認しに向かおうとしたら、音のしていた方向から何かが飛んできた。

 よく見ると、アスモディが魔改造した犯罪者の上半身であった。


「あちゃ~……。これは不味いね」


 いくらか自信があっただけに犯罪者がキングに負けたことを知ったアスモディは冷や汗を流した。

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