第55話 私は復讐者であり血に飢えた獣!

 一真が大群の真人と対峙している頃、各国ではイビノム、犯罪者、そしてイヴェーラ教の幹部と激しい戦いを繰り広げていた。

 その中の一つに因縁の相手と対峙している者がいた。


「まさか、貴方と会えるとは……」

「奇遇だな。俺もそう思ってたぜ」


 フランスに帰ったシャルロットは今回の国際会議でもいつもと同じように救護班として控えていた。

 真人の侵入により会場が騒然とし、外ではイビノムが暴れているとのことで彼女は会議場の近くで戦っていたのである。

 そこへ仕事を終えたアズライールが現れたのだ。

 奇しくも因縁の相手が目の前に現れたシャルロットは臨戦態勢に入った。


「ハハハハ! 様になってるじゃねえか。もしかして、紅蓮の騎士から玩具を貰った程度で俺と戦えると思ってんのか?」

「フフ、何を言うかと思えば面白い事を言いますね。戦える? まさか! 貴方じゃもう私の相手にもなりませんよ」


 シャルロットのあまりにも傲慢な発言にアズライールはピクリと眉を上げた。


「ほう。随分と強気じゃねえか。俺に耳を引き千切られてピーピー泣いてたくせによ」

「昔の私は弱かった。それだけです。でも、今は違う。私は貴方程度軽く捻ってあげますよ」

「上等だ! 吐いた唾は呑み込めねえぞ!」


 空間操作を持つアズライールは目の前にいるシャルロットに手を向けて、空間を切断する。

 それだけで大抵の人間は空間ごと体を切断されてお終い。

 だが、シャルロットは並大抵の人間ではなくなっている。

 新型パワードスーツに加えて一真からの手解きを受けた彼女は世界でも屈指の実力者だ。

 切断されたはずの空間を彼女はパワードスーツに搭載された次元刀を用いて防いだ。


「は?」

「驚きました? バカな貴方に説明してあげます。この次元刀はかず……ううんッ! 紅蓮の騎士と科学チームの叡智によって生み出された空間を切り裂く刀です。とはいっても、貴方の空間操作程の力はありません。精々、先程みたいに貴方の空間切断を防げるだけですよ。だから、安心してください。貴方は私自らの手で葬ってあげます」

「何を馬鹿な――」


 跳躍、瞬きの合間にシャルロットはアズライールの懐に潜り込んだ。

 突然、目の前に現れたシャルロットに目を見開くアズライールは空間操作で咄嗟に無限の空間を生んだ。

 これでシャルロットの攻撃がどれだけ強力であろうと自分に届くことはないと確信したアズライールであったが、彼女の拳は空間をぶち抜く。


「ぐはぁッ!?」

「甘い、甘いですよ。次元刀を忘れましたか? 他にも貴方への対策はあるに決まってるじゃないですか」

「な、何をしやがった!」

「貴方の能力は知っています。空間操作で自身の周囲に何重にも空間を生み出し、敵の攻撃を無効化することが出来る。ですが、その空間を通り抜ければ問題はありませんよね?」

「ふ、不可能だ! 今の技術じゃ俺の空間を通り抜けて……まさか、それも紅蓮の騎士が?」

「ご名答です。透過、これを使って貴方の何重にも重ねた空間をすり抜けたんですよ、私の拳は」

「バ、バカな……。紅蓮の騎士は一体どれだけの手札を持ってやがる!」

「少なくとも貴方程度では計り知れないでしょうね」

「こ、このクソアマがぁッ!!!」


 激昂したアズライールは空間操作でシャルロットのいる空間を圧縮し、そのまま縮小させ彼女をこの世から抹消しようとする。

 シャルロットは自身の立っている場所が収縮しているのを感じ取ったが、何一つ恐れることはなかった。

 すでに同じ技を経験済みであるからだ。


「ハアッ!!!」

「な、は!?」


 空間を圧縮し、極限にまで小さくして彼女を消滅させようとしていたアズライールは空間が弾かれて驚きの声を上げる。

 気合で吹き飛ばしたわけではない。

 円を描くように手を動かし、そこから両手を横に広げてシャルロットは空間を弾き飛ばしたのだ。

 何かの武術のように見えたが原理は一切分からないアズライールはただただ困惑するだけ。


「お、お前……一体なんなんだよ!」

「言ったじゃないですか。以前の私ではないと」

「だからって限度があるだろうが! そこまでの力はお前にはなかった! まさか、お前等も異能を増やす薬を作ったのか!?」

「そのような薬はありません。むしろ、貴方達はそのような薬を作ったのですか? 敵ながらあっぱれですね。素直に称賛です」

「よ、余裕かましてるんじゃねえぞ!」

「おやおや、随分と余裕がなさそうですね。あ、もしかして立場が入れ替わったからですか? ついこの前は自分が圧倒的に優位でしたもんね。でも、今は立場が逆転。だから、そんなに強がってるんでちゅね~」


 あからさまな挑発である。

 シャルロットはアズライールの神経を逆なでるように赤ちゃん言葉で彼を刺激した。

 その結果、アズライールは青筋を立てて、憤怒に染まった。

 先程、自分がどういう立ち位置だったのかを忘れて。


「ぶっ殺してやる、クソアマがぁッ!!!」

「図星だからってそんなに怒らなくてもいいじゃないですか~」


 激昂したアズライールはシャルロットに飛び掛かる。

 空間操作で切断、圧縮といった攻撃を仕掛けた。

 しかし、分っていた通り、シャルロットには通じない。

 彼女は襲い来るアズライールの空間操作をいとも容易く防ぎ、華麗に反撃を叩き込んだ。


「ぶへぇッ!」


 頬を拳で打ち抜かれたアズライールは地面をゴムボールの様に何度もバウンドして瓦礫の山に突っ込んだ。

 頭から瓦礫の山に突っ込んだアズライールの下半身が無様に晒されており、間抜けな光景となっていた。


「ぷっ、もしかして私を笑い殺すつもりですか。そういうことでしたら大成功ですよ」


 クスクスと笑い、お腹を抱えているシャルロットは目に涙を浮かべていた。

 ひとしきり笑ったシャルロットは目じりに溜まった涙を指で拭い去ると、瓦礫の山から抜け出して肩で息をしているアズライールのもとは歩いていく。


「もう少し、埋まっていても良かったんですよ? 現代アートみたいでカッコ良かったのに」

「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ……! さっきまで笑い泣きしてたじゃねえか! そこまで面白かったか、ああ!」

「面白いに決まってるじゃないですか。写真を撮って一真さんたちに送ったほどですもん」

「なッ!? テメエ、ふざけんじゃねえぞ! 戦ってる最中に悠長に写真なんて撮りやがって!」

「戦い? どこが? 先程のはお遊びですよ。貴方、何か勘違いしてませんか? 私とまともに戦えもしないのに戦ってるだなんて口にしないでください」

「あ、う……! うるせえ! 大体、そのパワードスーツが無ければお前なんてただの小娘だろうが! 敵にどうのこうの言う前に道具頼りのお前の方こそ弱者じゃねえのか!」

「…………」

「ホラ、見ろ! 図星だから何も言い返せねえのか!」

「プッ……! アハハハハハハハハッ! 何を言い出すかと思えばそんなことですか。パワードスーツが無ければ弱者? 貴方はバカなんですか? 戦争している相手に銃を使うのは反則だって言ってるようなものですよ?」

「ぐ……!」

「そもそも使えるものは何でも使うのが戦いです。パワードスーツがダメというならルールありの試合でもしていればいいじゃないですか。良い大人が随分と情けないことを言うんですね」

「こ、このクソアマぁ……!」

「ああ、それも仕方がありませんね。だって、ご自慢の空間操作が全く通じないのですから、貴方がそのような自棄やけを言うのも理解できます」


 シャルロットはアズライールの眼前にまで足を進めて、にんまりと口元を歪めた。


「これ外してあげましょうか?」

「は?」

「ですから、このパワードスーツが卑怯なんでしょう? でしたら、外してあげますよ?」

「正気か、テメエ? それが外したら――」

「ただの小娘に過ぎない。勝てるも同然。ですよね?」

「……随分自信がありそうじゃねえか」

「ありますよ。そもそも、このパワードスーツは貴方への慈悲ですよ?」


 ピキピキとこめかみに力が入るアズライールは怒号を上げるのをなんとか堪えてシャルロットに言い返す。


「ほほう。そこまで言うならやってみてくれよ」

「いいですよ」


 シャルロットは何のためらいもなくパワードスーツを解除した。

 アズライールは戦いの最中に無防備になったシャルロットに目を丸くしたが、これ以上ない好機だと踏んで空間操作を発動する。


「後悔するなよ、クソアマァッ!」


 非情に情けないばかりであるがアズライールがシャルロットに勝つにはここしかない。

 彼はそれを理解し、シャルロットを亡き者にしようと空間操作で彼女の首を切断した。


「は……?」

「慈悲と言ったのは本当です。だって、パワードスーツが私の力を抑えていたんですから」

「な、なんで……! 今、確かに首を刎ねたはずだ!」

「ええ。確かに首を刎ねられる感触がありました。ですから、瞬時に治癒と再生でくっつけただけです」

「んなッ!? お前にそこまでの力はなかったはずだ!」

「最初に言ったでしょう。今は違うとッ!」


 シャルロットは言い切ると同時に踏み込み、アズライールの腹部目掛けて拳を打ち上げる。

 当然、アズライールは空間を何重にも重ね彼女の拳が届かないようにしていたがシャルロットの拳は空間をぶち抜き、彼の腹部を打ち抜いた。


「ガ、ハッ……!?」

「爆ぜろ」

「ぐぼあぁっ!!!」


 アズライールの腹部が奇妙に膨れ上がるとまるで体内に爆弾が仕込まれていたかのように破裂した。

 腹の真ん中が破裂し、大量の血をまき散らすアズライールは堪らず、その場に崩れ落ちたがシャルロットの治癒と再生により、すぐさま傷は治った。


「な、は? なんで? いや、それよりも今のは?」


 傷を治された事よりも気がかりなのはシャルロットが素手で空間を貫いてきたことだ。

 先程まではパワードスーツの補助によるものが大きかったが、今は何の変哲もない素手である。

 それがどうして何重にも重なり、近いように見えて決して届かない距離にあったアズライールを捉えることが出来たのか。

 そのことがどうしても気になるアズライールは疑問の目をシャルロットに向けた。


「これは一真さんから教えてもらった絶技です。貴方の様に空間を利用して絶対無敵の守りを持つ相手に拳を届かせる唯一の方法。それは空間を飛び越えればいい」

「はあ? そんなことが出来るわけ――」

「ええ。そうです。普通は出来ません。どれだけ人が足掻こうと空間を飛び越えるなんてことは出来ません。本来ならばですが」

「じゃあ、一体どうやって……」

「努力と研鑽によるものです。音を置き去りにし、光すら超えて、さらにその先の領域へ踏み込むんです。そうすれば空間を超えることは可能でした」

「言ってることが無茶苦茶だ! そんなこと出来るはずがないだろ! ましてやただの人間に!」

「お忘れですか? 私の異能は治癒と再生。死んでさえいなければ不可能すら超える。それが私です」

「ば、化け物か、テメエは……!」

「フ、フ、フ、フフフフ! アーハッハッハッハッハ!!! その顔、その顔が見たかった! 手も足も出ない圧倒的な敵を前にして何もかもに絶望する貴方の顔が! ようやく、ようやく、これで私は復讐を果たせます」

「うあ……! な、なんなんだ、お前は……」

「ただ一匹の獣。復讐を果たさんとする血に飢えた獣ですよ」


 ねっとりとした目でアズライールを覗き込むシャルロット。

 かつていいように弄ばれるだけだった聖女はいない。

 アズライールはついにそのことを思い知るのであった。


「くッ!!!」


 最早、自分に勝ち目はないと判断したアズライールは転移で逃げ出す。

 しかし、シャルロットはそれよりも早くアズライールを殴り飛ばし、パワードスーツに搭載された次元を隔離する装置を使用した。


「て、転移が出来ねえ!? そんな……」

「ご安心を。この装置の中であれば転移も切断も圧縮も可能ですよ。さあ、思う存分戦いましょう」


 両手を広げ、まるで女神の様に微笑むシャルロットであるがアズライールから見ればラスボスにしか見えなかった。

 絶望に打ちひしがれるアズライールはせめてもの抵抗とばかりに空間操作でシャルロットを攻撃するも彼女はその悉くを粉砕。

 治癒と再生を繰り返し、不死身の化け物と化しており、尚且つ一真の地獄の鍛錬により光さえ超える拳を放てる彼女はアズライールなど敵ではなかった。


「人にパワードスーツが無ければただの小娘も同然と言っていた割には貴方も空間操作が無ければただの雑魚ですね。あ、ごめんなさい。空間操作があっても貴方は雑魚でした」

「う、う、うわああああああああッ!」

「ああ、自棄になって空間切断を乱用しても意味がありませんよ。私は死んでさえいなければ蘇りますから」

「普通はそんだけズタズタ斬り裂かれたら発狂するだろうが!」

「ウフフフ。私は一真さんのおかげで痛みには耐性があるんです。これしきの事で動揺するはずがないじゃないですか」

「ど、どんな拷問を受けたらそうなんるんだよ……」


 恐怖、絶望、負の感情がアズライールの心を蝕んでいく。

 ガクガクと脚が震え、立っているのもやっとな状態だ。

 見詰める先にはアズライールの攻撃など意にも介さず、ただ狂気染みた笑みを浮かべて真っすぐ歩いているシャルロットが彼の目に映っていた。


「ふざけんな、ふざけんな。俺は沈黙のアズライールだ! 俺の空間操作は最強なんだよぉッ!!!」

「アハハハハハハハハッ! 無駄! 無意味! 惰弱! 脆弱! 貴方の攻撃など一真さんに比べれば貧弱過ぎて笑いが止まりませんよ!」


 アズライールの空間操作でシャルロットの体は斬り裂かれ、血飛沫が舞っている。

 その中を平然と歩いている彼女はまさに恐怖の象徴でしかない。


「ハア……ハア……。そんだけ血を流してなんで平気なんだ」

「愚問ですね。私の再生は血すら再生します」

「つまり、お前は本当に不死身ってことか?」

「理解するのにどれだけ時間がかかってるんですか?」


 やれやれと肩を竦めるシャルロットは復讐を果たすべく、最後の構えを取った。

 腰を深く落とし、拳を弓の様に引き絞り、弾丸の如く、シャルロットは最高の一撃をアズライールの顔面に叩き込む。


 刹那の時間、アズライールは迫り来るシャルロットの拳を捉えた。

 それはアズライールの空間を飛び越える。

 しかし、人間の身でそのようなことをすればまず間違いなく肉体が耐え切れず崩壊する。

 例に漏れずシャルロットの拳は光を超えた速度に耐え切れず自壊する。

 通常であればここで拳はアズライールに届かず、終わりを迎えるのだが彼女の異能は治癒と再生。

 砕け散った拳を骨から再生した途端に血肉が弾け飛び、再び拳が砕け散っても再生を繰り返し、やがてアズライールの頬にまで届く。


 アズライールはその工程を刹那の合間に理解し、シャルロットが正真正銘の怪物であることを思い知った瞬間に彼は意識を失った。


「ぶべらぁッ!!!」

「慈悲です。貴方は法の下に裁いてあげましょう」


 吹き飛んでいくアズライールは瓦礫の山に頭から突っ込み、完全に意識を失ったが命までは取られなかった。

 最後の最後にシャルロットが慈悲を与えたのだ。

 治癒と再生の異能を注ぎ込み、アズライールの一命を救ったのである。


「……やっぱり、一真さんじゃなきゃダメですね。私の全力を受け止めてくれる人は一真さんしかいません!」


 きゃっと可愛らしく恥じらう乙女のように頬を赤く染めているがアズライールの返り血に加えて自身の血で真っ赤に染まっているシャルロットは凶悪な殺人鬼にしか見えなかった。

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