第54話 一匹見たら三十匹いると思え

 会議が始まり、一真は静かに耳を澄ましていた。

 内容はほとんど理解していないが、とりあえずイヴェーラ教を国際指名手配して全面的に叩き潰すというものだった。

 それさえ分かっていれば問題ないかと一真が思っていた時、イヴェーラ教で大きな動きが確認された。


 一真がマーキングを施したルナゼルとアズライールが瞬時に別の場所へ移動したのである。

 それも前回同様に各国の主要都市へとだ。

 どうやら、前回と同じように混乱を招くようだ。

 一真は全員に伝えるべきかと悩んだ。

 伝えれば混乱は招くだろうが早い対策をとれるだろう。

 しかし、それと同時に怪しまれる上に余計な怒りを買うことになる。

 何故、もっと早く伝えなかったのかと。

 何故、そのようなことを知っているのかと。


「(……まあいいか。事が起こった後でも俺が転移魔法で全員を防衛に送り込めば問題ないだろう)」


 内心でそんなことを考えていた一真。

 背後に控えていた桃子は一真の内心を聞いてしまい、彼の肩を叩いた。


「(ん?)」

「(何が起ころうとしているんですか?)」

「(イヴェーラ教が動いた。恐らくだけど前と同じ大規模テロかな)」

「(なッ!? 早く伝えた方が!)」

「(もう遅いわ)」

「(え……?)」


 その言葉のすぐ後に地響きが起こる。

 何事かと会議場にいた者達が騒然とする。

 しばらく揺れが続いていたが、やがて収まると会議場の天井が崩れ落ちてきて、そこから人が現れた。


「やあ」


 瞬時に動き出す、キング、覇王、太陽王、アーサー王。

 侵入者に対して一切の容赦なく彼等は襲い掛かったが、目に見えない壁によって阻まれた。


「まあ、落ち着いてよ。僕はお話に来ただけなんだから」

「抜かせ、ド阿呆」

「わ……ッ」


 当然、一真も動いていた。

 侵入者の背後を取っており、固く握られた拳を叩きつけた。

 紅蓮の騎士による一撃必殺の拳。

 まともに受けた侵入者は間違いなく絶命しただろう。

 誰もがそう思っていた時、地に伏せた侵入者がユラリと立ち上がる。


「結界を張ってたのに僕の背後を取るなんて流石だね~」

「……お前が神藤真人か?」

「ご名答。僕こそがイヴェーラ教の教祖、神藤真人だよ。よろしくね~」

「敵陣の真っただ中に単身乗り込んでくるのは強者ゆえの余裕か?」

「そんなことないよ。僕はただ宣戦布告に来ただけさ」

「全面的に世界と戦争するってわけか?」

「そうそう。テレビ見てもらえれば分かるけど、もう戦争は始まってるから」


 真人の発言に各国の首脳陣はタブレットや携帯端末でネットを確認する。

 すると、そこには各国の主要都市に脱獄した犯罪者及びにイビノムが跋扈していた。

 阿鼻叫喚の光景に首脳陣は憤慨し、真人に怒号を上げる。


「貴様らは一体何がしたいんだ!」

「僕は特に何も? 大体、イヴェーラ教は僕が作ったわけじゃないしね。勝手に僕を崇めて信者が作りあげた組織だし」

「な、なんだと!? では、お前には目的が無いのか?」

「ないよ。僕は好き勝手に生きてるだけ。それ以外どうでもいい」


 イヴェーラ教の教祖とは思えない発言に首脳陣は言葉を失った。

 多かれ少なかれ何か目的があるものだと思っていたのに、その目的すらなく、ただ好き勝手に生きているだけ。

 それがどれほど理不尽極まりないか、迷惑極まりないか。

 目の前の男のせいでどれだけの犠牲者が生まれたか。

 腸煮えくりかえる首脳陣はありったけの思いをぶつけた。


「うるさいな~。僕を怒鳴るのもいいけど早く国に帰った方がいいよ? このままだと国が亡くなっちゃうよ?」


 真人の言葉は正しい。

 現在、各国の主要都市には尋常ではない数のイビノムに加えて犯罪者までいるのだ。

 配置されている軍隊では対応しきれない。

 それこそ、首脳陣の護衛にいる有力な異能者達を送り込まなければ敗北は必至。

 ここで言い争っている場合ではないのだ。


「キング、太陽王、アーサー王! 俺のもとに来い! 転移でお前等を送り返す! 桃子ちゃん、桜儚、悪いが二人でアイツを押さえていてくれ!」

「そ、そんな無茶ぶりな!」

「この為のパワードスーツだったのかしら~」


 首脳陣が悔しさに奥歯を噛み締めている時、一真の声に反応した三人が集まる。

 覇王だけは現場から近いので呼ばれなかったが、その意図を理解している覇王は即座に会場を飛び出していった。

 一真は自身のもとに集まった三人に触れると、転移魔法を発動してアメリカに移動した。


「おお! これが紅蓮の騎士の力か!」

「援護はいらないな?」

「俺を誰だと思ってる? キングだぜ!」


 アメリカに着いたキングはすぐさま飛び立ち、イビノムと犯罪者を殲滅していく。

 残された一真達は転移魔法で移動しようとしたが、一真の転移魔法は一度行った場所にしか行けない。

 それゆえに一真は太陽王とアーサー王を両脇に抱え込むと風のバリアを張って音速を超える速度で飛翔する。


「こ、これが紅蓮の騎士の本気か!?」

「君が心底味方で良かったと思うよ!」

「イギリスはどっちだ! 指を差して指示してくれ!」

「わかった!」


 尋常ではない速度で一真はイギリスに到達した。

 タワーブリッジに降り立った一真達はイビノムを一掃する。


「ここから先は一人で問題ないな?」

「問題ないよ。他の円卓の騎士達が戦ってくれている。僕も本気を出そう」


 アーサー王の足元から黄金の光り輝く剣が現れた。

 彼の異能である聖剣召喚。

 それは御伽噺に存在する伝説の聖剣を召喚することの出来る能力だ。

 そして、聖剣召喚で呼び出された聖剣は本物と遜色ない力を発揮する。

 つまり、彼の二つ名であるアーサー王のエクスカリバーはまさに世界最高の聖剣である。


「邪悪を斬り裂け、エクスカリバーッ!!!」


 エクスカリバーの刀身から金色の斬撃が飛び出し、周辺にいたイビノムを斬り裂いた。


「おお……。これがエクスカリバーか」

「うむ、凄まじいな……」

「感心してる場合じゃないでしょ。早く君達は自分の国へ」

「そうだったな。それじゃ、エジプトまで案内してもらえるか?」

「任せてくれたまえ」


 一真は残った最後の太陽王を引き連れてエジプトに向かう。

 エジプトも襲撃されているが太陽王が生み出した炎の番兵に太陽神殿が敵を焼き尽くしていた。

 しかし、それでも敵の数は多く、徐々にであるが押されている。

 このままでは都市が陥落するのも時間の問題であった。


「間に合ったか」

「凄いな。流石は究極の一と称えられてるだけある」

「言い過ぎさ。バカの一つ覚えに過ぎない」

「いや、そんなことはない。炎をここまで扱うことが出来る人間を馬鹿の一つ覚えなんて言葉で片付けていいはずがない」

「むず痒いがそこまで言われたら、少しは胸を張るべきだろうな。ここはもういい。君は戻って教祖を頼む」

「わかった」


 太陽王は火の鳥を召喚すると一真のもとから去っていく。

 たった一つの異能を極限にまで鍛えた太陽王はまさに人々の憧れだ。

 誰にでもその可能性があると示してくれているのだから。

 火の鳥に乗って街へ飛んでいく太陽王を見て一真は転移魔法で会議場に戻った。


 そこには瓦礫の山と化している会議場と、そこで激闘を繰り広げている桃子と桜儚、真人の姿があった。

 桃子と桜儚は新型パワードスーツを身に纏い、全力で敵を排除しようと全ての兵装を用いて戦っているが真人はそれ以上の存在であった。

 彼は強奪の異能で奪って来た数多くの異能を用いて二人を圧倒している。

 戦闘技術だけは二人の方が上だが手数の多さは相手に軍配が上がる。


「ごめん、お待たせ!」


 両者の間に一真は割り込み、今まで真人を押さえていてくれた二人に顔を向ける。


「遅いですよ! 何してたんですか!」

「いや~、イギリスとエジプトには行ったことがなかったから時間かかっちゃった」

「来てくれて助かったわ~。正直、無理だと思ったもの」

「よく頑張ったと言いたいがお前等は他の相手をしてくれ。俺がこいつを倒す」


 残念なことに真人を倒せば終わりと言う訳ではない。

 ここ国際会議が開かれている中華をはじめとした各国でイビノムや犯罪者が暴れ回っているのだ。

 一真は実力のある二人を転移魔法で日本へ送り返した。

 日本にも多くの異能者はいるだろうが桃子と桜儚が加われば心配はないだろう。


「さて、待たせたな。お前の相手は俺がしよう」

「あははは。やっとだね~。僕も君には興味があったんだ。どんな異能を持ってるんだろうって」

「聞いているさ。お前の異能は強奪なんだろ? 俺から異能を奪うつもりか?」

「そうだよ。それだけ強力な異能を持っているんだから奪いたくなるものさ」

「そうか。まあ、そう簡単には奪えないけどな」

「それはやってみないと分からないよ~」


 真人は一真の異能を奪うべく、飛び掛かった。

 手を伸ばし、サルの様に掴みかかる真人を一真は一撃で粉砕する。

 頭部を吹き飛ばされた真人は一瞬で絶命したが一真は違和感を拭えなかった。


「(なんだ? 確実に殺したはずなのに、この気持ち悪い感じは?)」


 警戒を解かず、周囲を警戒していると現れたのは真人。

 しかも、一人ではない。

 次々と全く同じ顔の人間が現れ、流石の一真も頬が引き攣っていた。


「どう? 凄いでしょ~」

「これだけの数を相手に出来るかな~?」

「言っておくけど、僕たちは全員同じ異能を持っている」

「つまり、一人殺した所で意味はないってこと」

「さあ、始めようか」


 襲い掛かってくるのは数百か数千はいるかもしれない真人の大群。

 ゴキブリ以上の嫌悪感に包まれながら一真は真人の大群を迎え撃つのであった。

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