第50話 頼れない上司だからこそ

 ◇◇◇◇


 クリスマスから一夜あけて一真の携帯に一通のメールが送られてきた。

 メールの送り主は慧磨からだ。

 中身を読んで見ると、近々国際会議が行われるので参加をして欲しいというものであった。


 非常に面倒ではあるが現在政府所属の身である上に色々と面倒をみてもらっているので一真は二つ返事で了承した。

 詳しいことは直接会ってから話すとのことなので一真は準備を整えて、アリシア達のもとへ向かった。


 彼女達は穂花の手伝いをしており、すぐに見つかった。

 アリシア達を見つけた一真は彼女達に慧磨のもとへ出かけることを伝える。


「アリシア、シャル。今日、ちょっと出かけるんだけど二人はどうする?」

「出かけるってどこに?」

「総理のところ。なんか、国際会議があるらしくて、それに参加して欲しいって言われたんだ」

「あー、なるほど。国際会議には各国から一番強い異能者を連れて行くからね。アメリカはキングが来ると思うけど、日本は紅蓮の騎士か~……」

「なんか問題ありそうなのか?」

「個性豊かで我が強い奴ばっかりだから、バトル展開もありえるわ。特に気をつけておかないといけないのは中華の覇王ね。彼、斉天大聖よりもバトルジャンキーだからあからさまな挑発してくるかも」

「手合わせくらいなら別に問題ないさ。殺し合いに発展したら不味いけど」

「多分、それは大丈夫。あのおっさんもバトルジャンキーだけどそういう分別はついてるから」

「それなら安心かな」

「そもそもどうしてバトル展開に発展するんですか? 私も参加したことありますけど、基本は別室で待機ですから、そこが分からないんですよ」


 シャルロットはフランスを代表する有名な異能者だが実力では最弱の部類に入る。

 いくら、治癒と再生の異能が優秀でも一人ではイビノムどころか同じ人間にすら勝てない。

 それゆえに彼女は国際会議の際は非常時のために医療班の一人として別室で待機をしていたことがある。

 ただし、現在は世界でも屈指の実力者なのでフランス代表として選ばれてもおかしくはないが、そのことをフランス政府はまだ知らない。


「首相とか大統領とか止めないのか?」

「要はマウント合戦なのよ。自分達の国の力を誇示したい感じ」

「なるほど~。確かに異能者の質や数なんかは国力みたいなものですもんね」


 現状、今の力関係はアメリカと中華のツートップである。

 しかし、そこに新星が現れた。

 紅蓮の騎士こと一真である。

 一真が現れたことにより、日本は現在鰻上りだ。

 このままいけば数年と経たずに日本は経済、武力においてトップに立つだろう。


「ふ~ん……。共通の敵がいるのに足の引っ張り合いするのはどこいっても変わらんな~」


 これに限ってはどうしようもない話だ。

 異世界だろうとこちらの世界だろうと人間は浅ましく欲深い生き物である。


「それぞれ事情があるのよ」

「汚い大人にはなりたくね~って言いたいけど、いつかはそうなるんだろうな~」

「清廉潔白な人間なんて赤ん坊くらいなものよ」

「悲しいな~」


 桜儚に真理を説かれて一真は嘆く。

 結局、誰も彼もが私利私欲の為に生きているのだ。

 一真もそうだ。

 自分と近しい人達の為には勇者として培った力を振るうことを躊躇わないが赤の他人の為にまで頑張る気はない。

 ただ、最近は慧磨に上手い事乗せられて、世の為、人の為、ひいては日本の為に一真は働いているが本人は自覚していない。


「それより、首相のもとに行かなくてもいいの?」

「転移できるから時間はまだあるさ」


 一真の言う通り、面会まで時間はたっぷりある。

 それもそのはず。

 転移魔法ですぐに慧磨のもとへ行けるので移動時間が掛からない為だ。

 その気になれば今すぐにでも慧磨のもとへ行く事ができる。


「で、アリシアとシャルはどうする?」

「私達は関係ないから遠慮しておくわ」

「そうですね。私もアリシアと同じ意見です。いても意味がないでしょうし」

「そっか。わかった。それじゃあ、桜儚は……二人に見ててもらおうかな」

「いいの? 置いていっても?」


 桜儚は一真の契約魔法と隷属魔法で従順な下僕となっている。

 しかし、ある程度の自由はあるのでアリシアは不安に思っていた。

 一真のいないところで悪さをするのではないかと。


「う~ん。アリシアが不安に思うのも分かるけど、連れて行っても意味がないしね」

「それはそうだけど見てないところで何するか分からないわよ?」

「見てるところでもやらかしてるんだよな……」


 先日、行われたクリスマスパーティでは男子高校生を骨抜きにしていた。

 勿論、一真がいる目の前でだ。

 妙な真似かと言われればそうでもないだろう。

 大人の女性が子供をからかうことは犯罪ではない。

 手を出せば犯罪だが、彼女は手を出すことなく、仕草と巧みな話術で男子を篭絡しただけだ。


「言われてみればそうよね……」

「なんていうか、こいつ。法の隙間を突いて来るのが得意なんだよ……」

「さすがは女狐! ここはやはり邪悪を成敗する忍者の出番ですよ!」


 ジャパニーズニンジャを崇拝しているシャルロットは女狐を断罪するべきだと主張していた。

 とても興奮しており、キラキラとした純粋な目を一真に向けている。

 どうしても一真の忍者スタイルを拝みたいようだ。


「どうどう、落ち着いて、シャル。こいつは邪悪だが使い道はあるんだ」

「なるほど。清濁併せ呑む、ということですね!」

「そんな感じ」


 一応、桜儚は役に立っている。

 その美貌もさることながら、一真が暴走している横でキャバ譲として培った話術を持って男達を統制していたりしているのだ。

 男性の扱いが上手い彼女は今後も大いに役立つだろう。


「今更なんだけど、桃子ちゃんは?」


 一真が首相に呼ばれるということは、彼の部下である桃子も出勤しなければならない。

 そのはずなのに、何故か彼女の姿はなく、話題にも上がっていないので桜儚が部下として一真に問いかける。


「ああ。年末年始はゆっくりしたいって言ってたから、今は休暇中だよ。まあ、パワードスーツも完成したし、特に仕事はないからね~」

「今回の件は重要な仕事じゃないの? 貴方のスケジュール管理も桃子ちゃんの仕事だと思うのだけど」

「それはそうだけど、別にそこまでじゃないだろ?」

「そうやって甘やかしてばかりいると、付け上がるわよ? この人なら多少の我が侭を言ってもいいんだって覚えたらどうするの?」

「その時はちゃんと叱る!」

「普段から桃子ちゃん、桃子ちゃんと可愛がってる貴方に出来るの?」

「ごめん。無理かも。桃子ちゃんは不憫で可愛いから叱れない」

「なら、私のほうから連絡するわ」


 そういうわけで急遽、年末年始を自宅でゆっくりと過ごしていた桃子のもとに桜儚から連絡が来る。

 桃子は嫌な予感がしながらも出ないわけにはいかないと桜儚からの電話を取り、一真が首相に呼ばれていることを知った。

 本来であれば紅蓮の騎士のお付きである桃子に連絡が行くはずだったのだが、一真が気を使って慧磨に桃子ではなく自分に連絡をするようにしていたため、今回のような悲劇が起こった。


 桃子は一真が国際会議に参加する旨を聞いて、絶叫を上げそうになるも寸前のところで堪え、大急ぎで仕事着に着替えた彼女は一真に連絡を取る。


『どうして、そういう重要な話を私にしなかったんですか!』

「ごめん。桃子ちゃん、疲れてるだろうから仕事の話は悪いと思って」

『くだらない用件であれば私も文句は言いますが今回の件は最重要事項でしょう! 私をマネージャーにしたのなら変に気を回さないで下さい! 大体、首相が貴方に口答えできるわけないでしょ!』

「上司の上司に向かってなんてことを言うんだ」

『所詮、権力者も圧倒的な暴力の前には屈服するんです!』

「間違ってはいないけど……」

『それよりも首相のもとへいつ行くんですか?』

「え、あ~、桃子ちゃんが準備でき次第ってところかな」

『では、すぐに迎えに来てください。すでに準備は終わりました』

「は~い」


 電話を切った一真はすぐさま桃子を迎えに行き、それからすぐに慧磨へ連絡を入れると転移でアイビーに戻る。

 アイビーに戻ってきた一真はアリシアとシャルロットに挨拶を告げて、桜儚と桃子の三人で慧磨のもとへ転移した。


 予め、連絡をしていたので慧磨は驚くことなく一真達を迎え入れて、国際会議の件について話を始めた。


「メールで案内したとおりだが、君には私と一緒に国際会議に参加してもらいたい。主な仕事は護衛だが、まあ、アリシア・ミラーとシャルロット・ソレイユから聞いているとは思うが他国への牽制も含まれる」

「それは聞いてます。まあ、仕方ないですね。イビノムという共通の敵がいますけど、一致団結しながらもお互い利益を求めてますもんね」

「残念ながら人間とはそういう生き物だ。イビノムがいなくなれば、次に待っているのは人間同士の戦争だろう」

「嫌な話ですね~」

「仕方がないことさ。それよりも、今回の国際会議について詳細を話していこう」


 それから、一真達は慧磨から国際会議の開催場所から日時まで教えてもらい、当日のスケジュールの確認を行った。

 途中から一真は聞いていなかったが桃子と桜儚が代わりに聞いていたので問題はない。

 頼りにならない上司である為、部下の二人は自分達がしっかりしなければと意気込むのであった。

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