第40話 恋のボディブローを喰らわせろ!

 天国から地獄に落とされた気分であったが桃子は久しぶりの休暇を得たので、一真に一言告げてから自宅へ戻ることにした。


「では、私は休暇を頂きましたのでこれで失礼します。緊急事態以外はくれぐれも連絡をしないでくださいね」

「いや、さっきも言ったけどパワードスーツの件は言うよ」

「では、メールのみでお願いします」

「そんなに電話は嫌なの?」

「休日に来る上司からの電話以上に嫌なものはありませんよ」


 闇の深そうな発言に加えて淀んだ目をしている桃子を見て、一真もそれ以上何も言えなかった。


「それでは失礼します」


 社会人として礼儀正しくお辞儀をすると桃子は一真の部屋からそそくさと出て行った。

 まるで、一秒でも早く帰りたい会社員のような動きである。

 もっとも、彼女はこの中で唯一社会人だ。


「さてと、クリスマスパーティまで俺はちょいと用事があるから出掛けるけど、アリシアとシャルはどうする? 母さんに言ってここでゆっくりしててもいいし、日本の観光でもする?」

「用事ってさっき言ってたパワードスーツのこと?」

「あれ? 俺言ったっけ?」

「桃子さんに言ってましたよ。パワードスーツが完成したら呼ぶって」

「そう言えばいったわ……。まあ、いいか。どうせ、完成したらシャルにも渡すんだし」

「え! 一真。私には?」

「アリシアも欲しいの? それなら、考えてみるわ」

「え、あ、いいんだ……」

「いらないのか? だったら、作らないでおくけど」

「いる!」


 と言う訳で一真は急遽アリシアのパワードスーツも開発することにした。

 しかし、彼女は念力とバリアの二種類の異能を持っているのでパワードスーツなど必要ない。

 勿論、肉体面は一般人と変わらないので打たれ弱いが、バリアがあるのでそもそも攻撃を受けることがない。

 前回は油断していたというよりも市民の安全を優先したために攻撃を受けただけで、本来の彼女ならば余程のことがない限り無敵である。

 とはいえだ。

 パワードスーツのような肉体面をカバーするものはあってもいい。

 そうすれば、前回のような醜態は晒さないだろう。


「ふむ。わかった。こっちで上手くやっとくよ。おい、桜儚。お前は一人にしておけんからついてこい」

「強引ね。どこに行くの?」

「パワードスーツの開発を行っている工場だよ。転移で行くから俺の傍に寄れ」

「わかったわ」


 転移魔法を発動しようとする一真の腕に抱き着く桜儚。

 その豊満な胸を惜しみなく一真に当てて、腕に巻き付いている桜儚は妖艶な笑みを浮かべる。


「傍に寄れとは言ったがくっつけとは言ってないぞ」

「別にいいじゃない。これくらいは」

「離れろ。鬱陶しい」


 桜儚を軽く振り払い、一真は彼女を自分から遠ざけた。


「あん。酷い人ね」


 虫を払うかのように振り解かれた桜儚はワザとらしい反応を見せる。


「頬を染めるな。言っておくが俺は虐めて喜ぶタイプじゃないからな」

「もしかして、虐められて喜ぶタイプかしら?」

「断じて違う」

「あら? 分からないわよ。強い男に限って支配されたいという欲が眠ってたりするのよ?」

「……お前に口で勝てんことは分かった」


 どう転んでも桜儚に口で勝てないことを改めて思い知った一真は天を仰ぎ見た。


「はあ……。さっさと行くぞ」

「は~い」

「あ、ちょっと待って!」


 さあ、転移しようという時にアリシアが一真に待ったをかける。


「どうした? まだ何かあるのか?」

「私達も付いて行っていい?」

「ん~……あー、多分ダメ。こいつは俺の部下だからいいけど二人は友達であっても部外者だ。パワードスーツを提供することは出来ても開発している最中を見せるのは無理……ごめんね」

「そっか。そうだよね。こっちこそ無理言ってごめんね」

「ほんとすまん。今度埋め合わせはするから」


 手を合わせて謝る一真はそれからすぐに桜儚と倉茂工業へと転移して部屋から消えた。

 残されたアリシアとシャルロットはこれからどうしようかと話し合う。


「一真がいなくなったけど、どうする?」

「言われたとおり、日本の観光でもします? それとも一真さんが残してくれた訓練所にゴーレムはいますから、訓練でもしますか?」

「それでもいいんだけど……そうだ! 義母様に一真のことについて話さない? ほら、桜儚に言われたでしょ? 一真は人と違うって」

「それはそうですけど、穂花さんに話した所で解決するでしょうか? 彼女は一真さんの母親ですし……」

「そこは問題ないと思うけど……」


 一真を育てた母親である穂花ならば彼が抱えている問題は解決できるかもしれない。

 とはいえ、穂花は一真の母親であり味方だ。

 一真が望まないのであれば彼女はアリシア達の味方にはならないだろう。

 しかし、アドバイスくらいはしてくれるかもしれない。


「まずは相談してから考えましょ。今の一真だとイエスマンかママの二択しか彼女になれないわ」

「それは嫌ですね~。なんとかして矯正しないと……」


 現在、友人判定を受けているアリシアに曖昧な感じになっているシャルロット。

 二人はどうにかして一真とお付き合いしたいのだが、いかんせん彼の性癖というか倫理観が非常に致命的なものになっている。

 そのせいでアリシアは友人以上恋人未満から友人へ降格したのだ。

 しかも、少し説教をして嫌悪感を露わにしただけでだ。

 これは相当酷いと女性陣は判断しており、どうにかして矯正したいと考えていた。


 ひとまず話は纏まったのでアリシアとシャルロットは一真の部屋を後にして、仕事をしている穂花のもとへ向かう。

 彼女はアイビーの管理室で書類仕事をしており、忙しそうにしていたが見た目だけである。

 サボっているわけではないが適度に休憩を挟みつつ、穂花は書類を片付けていた。


 そこへアリシアとシャルロットは先程の相談していた件を穂花に伝える。


「あら、どうしたの? 貴方たちだけ?」

「一真は用事があるらしくて私達だけです。それで少しお話したいことがあるんですけど今いいですか?」

「いいわよ。応接室で待っててもらえるかしら」

「わかりました」


 言われたとおり、二人は応接室へ移動し、穂花を待った。

 しばらくして穂花がお茶とお菓子を持って応接室に入ってきた。

 二人の前に彼女は座ると、お茶とお菓子を中央のテーブルに置いて顔を二人へ向ける。


「どうぞ。遠慮なく食べて」

「ありがとうございます」


 お茶を飲んでから穂花は二人が何を相談したいのかを尋ねた。


「それで話とは何かしら? もしかして、一真のこと?」

「察しがよくて助かります……」

「その表情から察するにあまり良くなさそうね」


 沈んだ表情をしているアリシアとシャルロットを見て穂花は一真がまたやらかしたことを察した。


「聞かせてもらえるかしら」

「はい……」


 まずは一真が何をしたかだ。

 穂花はアリシア達から一真がこれまでに何を彼女達にしてきたかを詳しく聞いた。

 そして、その内容を知り、大きな溜息を吐くと同時にこめかみを押さえた。


「そう……。ごめんなさいね。バカな息子と私のせいで」

「い、いえ、悪いのは……その彼に惚れた私達というか、なんというか……」

「ありがとう。気遣ってくれて」


 二人に慰められて穂花は冷静になろうとお茶を飲み、一服する。


「ふう……。あの子がなんとなく拗れてるのは分かっていたけど、まさかそこまでとは思わなかったわ。説教だって何度もされてきたでしょうに……」

「でも、それは一真さんのことを思ってで、別に軽蔑や嫌悪はしてなかったんですよね?」


 シャルロットの質問に穂花は頷き、一真への嫌悪は一切抱いていなかった事を告げる。


「そうね。あの子がバカをしても嫌いにはならなかったわ。でも、そのせいで少しでも嫌われたと思ったら見限るようになったなんて想像もしてなかったわ……」

「どうにかならないのかしら……」

「こればっかりは私が言っても意味がなさそうなね……。本人が自覚しない限りは」

「どうすればいいでしょうか?」

「難しい話ね~。そもそも、あの子は自分を好きでいてくれる子が好きとか言ってたから、恐らく本当にその通りなんでしょうけど……まさか、異世界での経験が影響を及ぼしてるのかしら?」


 思い当たる節はそこだろう。

 もしくは捨てられたというコンプレックスもあるのかもしれない。

 どちらにせよ、一真が彼女を作りたいのならば致命的な欠点だ。


「……強力な一撃が必要ね」

「強力な一撃? 殴るの?」

「殴ってあの子の目が覚めればいいのだけれど、そうじゃないわ。あの子に思いの丈をぶつけるしかないわね」

「え! 告白すればいいんですか?」

「普通に告白してもダメね。たとえ、付き合えたとしてもすぐに別れる羽目になるわ。だから、一真に気づかせるしかない」

「つまり、私達が頑張らないとダメってこと?」

「情けない話だけど私にはどうすることも出来ないわ。貴女の言う通り、一真と本気で添い遂げたいのならそれしかないわね……」


 穂花は目の前の二人を見て思う。

 アリシアもシャルロットもアイドルや女優にも引けを取らない美女だ。

 間違いなく引く手あまたな存在であり、男などとっかえひっかえできるだろう。

 一真のように面倒な男よりも誠実で本当に彼女達のことを愛してくれる男性は必ずいる。


「こんなことを言うのはどうかと思うけど、貴女達ならもっといい男がいるんじゃないかしら?」

「そうかもしれないけど、一真がいいの。惚れた弱みってやつね」

「私もです。そもそも一真さんには色々と責任を取ってもらわなければなりませんから」

「待って。まさか、一真は貴女達に手を出したのかしら?」

「……ある意味では」

「お願い。詳しくとは言わないから、やったかやってないかだけ教えてくれないかしら?」

「そういう意味では何もありません。健全なお付き合いとだけ」

「そう……。一応、その辺りについても言い聞かせてるけど、あの子の年頃なら興味津々でしょうし、やるなとは言わないけど無責任なことだけはやめてね。あの子にも今度言い聞かせておくから」

「「はい!」」


 具体的な解決策は何も思い浮かばなかったが穂花に一真の現状を知らせることが出来た。

 これでどうにかなるわけではないが穂花の協力を取り付けることは出来るだろう。

 育ての親という最大の協力者を得た二人は一真を篭絡しつつ、倫理観の改善を目指して手を取り合うのであった。


 ◇◇◇◇


 その頃、一真は桜儚と一緒に倉茂工業に来ており、パワードスーツの開発に着手していた。

 慧磨から電話で聞いていた通り、倉茂工業には多くの作業員が集まっている。

 少なくとも五十人以上はいるだろう。

 しかも、経験豊富なベテランばかりで開発陣に至っては日本政府の秘蔵の存在である。


「ふ~む……。工場が狭く感じるな」

「それは仕方ないんじゃないかしら~。ここって見た目通り下町の工場でしょ。だったら、この人数はちょっと多いわよ」

「仕方ない。広げるか」


 一真は昌三を呼び出し、工場を拡大することを告げた。


「昌三さん。ちょっと工場を広げるけど問題ないよな?」

「え……?」

「まあ、言っても分からないだろうから見た方が早い」


 そう言って一真は空間魔法で工場の中を異空間化して何倍もの広さに変えた。

 狐につままれたようにあんぐりと口を開けている昌三に一真は声を掛ける。


「どう? これくらいあれば十分でしょ」

「ア、ハイ……」


 もう一真については突っ込まないでおこうと昌三は決めた。




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