第36話 男は女の手の平で踊っていればいいのよ
アリシアから修業をつけて欲しいと頼まれた一真はシャルロット達と同じように時空魔法で体感時間を変更し、彼女に適した戦闘方法を教えていく。
「うん。やっぱり、基礎が出来ているから俺の指導はここまででいいな。後は俺が用意したゴーレムを相手にしていれば自ずと実力は向上するはずだ」
「え、えっと、その、もしかして何か用事でもあったりするの?」
不安そうな目でアリシアは一真を見詰めている。
「ああ。ちょっと、日本政府から頼まれたことがあるからな。アリシアには悪いんだが、俺はしばらく用事で出かける。桃子ちゃんを置いておくから、何かあったら彼女に伝えてくれ」
「わ、わかったわ……。ね、ねえ、一真。私もついってっちゃダメ?」
「う~ん、今回は一人の方が楽だからごめんな」
「あ、そっか。わかった。我が儘言ってごめんね」
「いいよ、気にしてない。アリシアの頼みなら大抵のことは聞くから」
「あ、ありがと……」
「おう。それじゃ、少しの間、頑張っててくれ」
二ッと笑って一真は異空間ら出て行く。
残されたのはシャルロット、桃子、桜儚を含めた四人だ。
アリシアは一真を見送った後、シャルロットと桃子を呼び寄せた。
「どうしたんです?」
「何かありましたか?」
「あ、うん。実は一真のことなんだけど……」
「一真さんがどうかしましたか?」
「なんか前みたいに壁があるっていうか、余所余所しいっていうか……。その上手く言えないんだけど変な感じなの」
「そうですか? 私にはいつも通りに見えましたけど……」
アリシアの言葉を聞いてもいまいちピンとこないシャルロットは桃子に目を向ける。
「ふむ……。私にもさっぱりですね。普段とあまり変わらないように見えましたけど」
「私の勘違いなのかな~……」
「あら、勘違いじゃないと思うわ」
と、アリシアが肩を落としているところに桜儚が割り込んできた。
「どこから……って、ずっといたわね」
「ええ。申し訳ないけど話は聞かせてもらったわ」
「聞き耳を立てるなんて下品ね」
「昔の仕事の癖が抜けなくてね。それよりも彼のことが気になるんでしょう?」
「うっ……。何かわかるの?」
嫌な女ではあるが人生経験豊富であり先輩な桜儚の存在は有り難い。
藁にも縋る思いでアリシアは桜儚に尋ねる。
「私の見立てでは貴女は女として見られなくなったってことよ」
「はあ? なんで!」
「落ち着いて。女として見られなくなっただけで嫌われたわけじゃないわ。多分、親友ポジションってところかしら~」
「て、適当な……」
咄嗟に言い返そうとしたが、違和感の正体をなんとなく察したアリシアは開きかけた口を閉ざした。
「その反応を見る限り、なんとなく分かったんじゃないかしら。自分は彼の中で特別じゃないってことが」
「……なんでそうなったの」
「さあ? でも、思い当たるものがあるとしたら、さっきの説教かしら」
「え、あ……」
言われてみれば先程の説教から急に一真との間に壁を感じるようになったのだ。
とはいえだ。
先程の説教はごくごく一般的な感性の持ち主であれば同じようなことを言っていたに違いない。
それが何故、壁を作ることになったのかが分からないのである。
「で、でもアレは別に普通に言っていただけで……」
「でも、説教をしている時、貴女は彼に対していつもとは違う感情を乗せたでしょう?」
「そ、それはそうだけど……」
「あ……」
桜儚とアリシアの会話を聞いていた桃子が思い当たる節があったようで声を出してしまった。
二人は唐突に声を漏らした桃子に顔を向ける。
「あ、えっと……実は彼、ある程度なら相手の思考が読めるんです」
「え、待って。それってつまり、あの時私が一真に抱いてた気持ちが伝わってたかもしれないってこと?」
「先程の会話から察するにそうではないかと……」
「そ、そんな……!」
アリシアは一真に説教していた時に抱いていたのは嫌悪と落胆である。
勿論、それは一般的な感性からすれば抱いてもおかしくはない感情だ。
一真がシャルロットに行ったことを思えば人としてそう思うのは仕方ないことだろう。
ただ、本当に悲しい事に一真は桃子の言う通り、ある程度は相手の心情を読み取ることが出来る。
そのせいで一真はアリシアに嫌われたと思っており、自ら彼女への思いを断ち切ったのだ。
今後は良き友人として接しようと決めてしまっている。
「わ、私、別にそんなつもりは……」
「なかったんでしょう。でも、彼は愛されることに慣れ過ぎている。ここを見ればよくわかるわ。とても子供思いの良い施設ね。小さい頃から沢山多くの愛情を注がれて来たんでしょう。だからこそ、愛されてないと分かればあっさり身を引くのよ。つまるところ、彼は幼稚なの。それにどこか壊れている部分もある。それも相まって彼は普通じゃないわ」
「そんなはず……」
「心当たりはあるんじゃない?」
「…………」
沈黙は肯定である。
アリシアの表情が全て物語っていた。
一真の感性がどこかおかしいという所は分かっていた。
しかし、さほど気にするようなところは普段はない。
ただし、争いごとが絡まれば彼の異常性は浮き彫りになる。
「そっか……」
ようやく理解した。
幼いころから多くの愛情を受けて育ち、本人は気がついていないだろうが捨てられたという事実が影響を及ぼしている。
それに加えて異世界に行っていた奇想天外の経験。
恐らくは異世界で彼は倫理観を失ってしまったのだろう。
否、正しく言えば一真は倫理観が大きく変わったのだ。
アリシアはそのことをついに知るのである。
「ねえ、どうしたら男女の関係になれる?」
振り出しではなく、別のゴールラインに辿り着いてしまったアリシアは非情に腹立たしいが桜儚にアドバイスを求めた。
彼女はアリシアよりも年上であり、尚且つ人生経験も豊富な大人の女性だ。
しかも、男性の扱いについてはこの場にいる誰よりも頼り甲斐がある。
「難しいわよ。あの手の人間は一度そうだと決めたら中々心変わりなんてしないから」
「それでも私は諦めないわ。だって、好きなんだもの」
「フフ、若いっていいわね~」
「あ、あのそれなら私もいいですか?」
「「「え?」」」
今の今まで静観していたはずのシャルロットまで参戦してきた。
突然の参戦に三人は驚いて、一斉に顔をシャルロットへ向けた。
三人から同時に顔を向けられてシャルロットは怯んだが、意を決して本音を告げる。
「その私も一真さんのこと好きというか愛してるんです。そもそも、こんな風になった責任を取っていただきたいです!」
彼女の言葉には重みがあった。
処女を奪われたわけでもないが心身共に一真によって変えられたのは間違いない。
責任を取ってもらいたいというのは当然の権利であろう。
「あら~。いいじゃない。その体を使って迫ればイチコロよ」
「持てる武器は全て使います! 教えてください、先生!」
「フフフ、先生ね。いいわ。教えてあげる」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! シャル、貴女酷い事されたのにまだ好きなの?」
「だって、その……壊しても大丈夫なのは一真さんだけでしょうし」
その一言に三人が絶句した。
壊すというのは精神的な意味ではなく物理的なことであろう。
一体、彼女は男女の関係をなんだと思っているのか小一時間ほど問い質したいところである。
「まあ、愛の形は人それぞれだから……」
シャルロットのハイライトが消えた瞳を見て桜儚は苦笑いをしながら話を纏めたのであった。
◇◇◇◇
女性陣が知らない間に盛り上がり、一真を篭絡しようと画策している中、彼はたった一人で沖縄にやってきていた。
慧磨から聞いていた通り、沖縄本土は完全にイビノムの巣窟となっており、ウジャウジャとイビノムが街を歩き回っていた。
「さくっと終わらせて素材を集めるか~」
まるでゲーム感覚のように一真は沖縄本土へ降り立ち、襲い来るイビノムを倒し回った。
今回、沖縄本土の奪還もとい素材集めなので楽な仕事である。
これで臨時報酬も貰える上に自身専用の装備に必要な素材を集めることが出来るのだ。
「悪いが俺の夢の為に犠牲になってくれ」
軽く肩を回した一真はまるで散歩でもするかのように蔓延っていたイビノムを一匹残らず殲滅するのであった。
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