第35話 そんな……嘘だろ……! フラグが折れたって言うのか!?
◇◇◇◇
ようやく解放された一真はぶつくさと愚痴を言いながら桃子と
桜儚の二人を連れてアイビーへと戻っていた。
「全く……! そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
「むしろ、あれだけで済んだことを喜ぶべきでは?」
「事実を言っただけだぜ?」
「貴方にとってはそうかもしれませんけど、私達凡人からすれば脅威となる芽は早めに摘み取ってもらいたいものなのです」
「そりゃわかるが、今のところ怪しい動きはないから問題ないと思うが」
「そこまで分かるんですか?」
「俺がマーキングしている二人は一定の場所から目立った動きはしてない。恐らくアジトに引きこもって作戦会議でもしてるんじゃないか?」
「でしたら、さくっと片づけてはいかがですか?」
「さっきも言ったけど、今は彼女達の強化に俺専用のパワードスーツの開発が忙しいから放置でいいよ」
「今もイヴェーラ教のせいで被害者が生まれていると知ってもですか?」
「言っておくけど俺は聖人君子じゃないぞ。身近な人間が危機に陥れば助けるがそうでない大多数の人間は知ったことじゃない」
目の前で困っているなら助けるが、知らないところで死にそうになっている人間を助けるほど一真はお人よしではない。
そもそも日本人とはそういう人間が多いだろう。
自分の住んでない地域で震災が起きた場合は心配こそするが、基本は無関心である。
募金や物資の支援をする者などほんの少しいるくらいだ。
日本人は情に溢れていると思われがちだが実際は冷酷な人間である。
「それだけの力があるのに……」
「これだけの力があっても俺は全知全能じゃない。世界中全ての人間を救えるなんてことは出来やしないさ。そんなことよりも、手の届く範囲を全力で守る方が大事だ、俺にはな」
「そうよね~。有象無象のことなんて知ったことじゃないわよね」
「お前も有象無象の一人だから死にかけても助けんがな」
「あ、ひど~い!」
冗談か本気なのかは分からないが一真は桜儚が危機に陥ったとしても助けないと口にした。
それを聞いて桜儚は不満そうに口を尖らせているが、本当に不満に思っているかは分からない。
この状況でさえも楽しんでいるのだから、桜儚の真意は桃子の読心をもってしても読み解けないであろう。
「一真~~~!」
アイビーへ戻って来た一真をいの一番に出迎えたのはアリシアだ。
彼女は大型犬のように一真のもとへ走っていき、そのまま胸元にダイブである。
「おっと……! 遅くなってごめん、アリシア。ちょっと、色々と話し込んでたら長引いちまった」
「全然気にしてないよ。シャルと久しぶりにお話ししてたからね。それよりも、気になることがあるんだけど」
「ん? なんだ?」
「シャルを何度も地獄の淵に落としたってホント?」
「多分、ホント。俺にそのつもりはないんだけどね」
「聞いたよ? 護身術だって言っておいて腕や足をもぎ取られたって」
「シャルの能力を最大限生かすなら慣れておいた方がいいかなと思って」
「うんうん。その理屈は分かるけど女の子になんてことしてるの?」
「いや、これはシャルのことを思って」
「それは一真側の意見でしょ。シャルロットの気持ちを本当に考えてあげたの? 凄く泣いてたんじゃないの?」
「……最初の方はそうですね」
段々とアリシアの口調が冷淡なものに変わっていき、彼女の表情も曇っていく。
「私もね、同じような経験があるんだ。小さい頃に念力とバリアの異能を発現したせいで親元から引き離されて、施設で拷問じみた訓練を毎日してた。電気ムチで何度も叩かれて凄く泣いたもの。だから、シャルの気持ちはよくわかる。しかも、シャルの場合は信じてた一真が相手だったから余計に辛かったと思う」
彼女の言う通り、シャルロットは自身を守るために第二人格を作り出すなどして自己防衛を行っている。
第二人格は戦闘面において浮き出てくるものなので彼女は知らないが、もしその事を知った時一真のことを本気で叱るだろう。
下手をしたら愛想を尽かして二度と顔を合わせないようにするかもしれない。
「一真がね、ホントにシャルのことを思ってるのは分かる。でも、限度ってものがあるでしょ? 私なら過去にも同じような経験があるから耐えられると思うけど、シャルは争いごとから離れた場所にいたんだから耐えられるはずないじゃない……」
「あい……」
アリシアの説教が大変効いたようで一真は凹んでしまった。
良かれと思ってやったことだが、アリシアの言う通り、第三者からすれば一真の行いは鬼畜外道の極みだろう。
時空魔法で何十年も拉致監禁していた上に拷問とも呼べる訓練を施していたのだから。
とはいえ、シャルロットの戦闘力も向上したので全てがダメだったというわけではないが、その代償があまりにも大きいのは考えものである。
「それよりも」
一真からアリシアは桃子へと顔を向ける。
突然、自分の方に顔を向けたアリシアに桃子は首を傾げた。
「私になにか?」
「学園祭では失礼な女だと思っていたけど、考えを改めるわ。シャルと同じくらい一真にしごかれたのに正気を保っている貴女を私は尊敬する」
「ああ、そのことですか。そもそも前提が違うんです。私とシャルロットでは」
「どういうこと?」
「先程、貴女が言っていたようにシャルロットは彼を信じていた。私も信じていましたが、どちらかと言えばマイナス方向にです。絶対に碌なことにならないと。それが見事に的中し、私は彼に一泡吹かせる為だけに死に物狂いで努力しました。それだけの話です」
「それでも私は貴女を尊敬するわ。怒りという感情はもっともシンプルで強力だけど冷めやすいものを貴女は数十年も燃やし続けたんでしょう。それは並みの人間には出来ない事よ」
「そう言われるとこそばゆいですね。ですが、私は先程も言ったように彼に一泡吹かせることだけを考えて来た人間ですから尊敬されるような人間ではありませんよ」
「フフ、貴女がそう言うならそういうことにしておくわ」
クスクスと笑った後、アリシアは桃子に手を伸ばし、握手を求めた。
それを見て桃子はアリシアの顔を一瞥し、彼女が何を求めているのかを理解して握手に応じた。
「これからよろしくね」
「ええ。こちらこそ」
笑顔で握手を交わす二人。
何か通じるものがったのだろう。
これからは友人として生涯を共にすることは間違いない。
「私が慰めてあげましょうか?」
「いらん……」
感動的なシーンの傍でがっくりと項垂れている一真を慰めようと近寄った桜儚であったが軽く一蹴されてしまう。
しかし、以前までの覇気は完全になくなっていた。
どうやら、相当アリシアの説教が効いたようだ。
「(アリシアに嫌われたかな~……)」
こちらの世界に戻って来た中で一番いい雰囲気までいったアリシアだが今回の件で一真は嫌われてしまったと思い込んでしまう。
「(ふっ……。ま、こういうことって何度もあったし! 前向きにいこう! これからはアリシアとは友人として接しよう!)」
アメリカにいた時はアリシアとゴールインするところまで妄想していた一真であったが今回の一件で自分はまたもやらかしてしまったことを思い知り、彼女との関係を清算することにした。
清算とはいっても別に関係を断ち切るわけではない。
前と同じように仲の良い友人に戻るだけである。
決して勘違いしないようにすると一真は誓ったのである。
「あ、そうだ。一真! 私も前回の件でまだまだだって知ったから私も修業をつけてほしいの!」
「いいぞ。でも、俺の修業は厳しいぜ?」
「流石にシャルと同じレベルはやめてね」
「ああ。その辺は大丈夫だ。元々、アリシアは念力やバリアといった戦闘系の異能があるからな。シャルとは違う修業になる」
「じゃあ、よろしくね!」
「任せておけ」
ふと、アリシアは違和感を感じた。
一真の様子はいつもと変わらないのだがどこか遠くにいるように思えたのだ。
「ね、ねえ、一真……」
「ん? どうした?」
「あ、いや、うん。なんでもないの」
「そうか。何かあったら言ってくれ」
「うん……」
ほんの少しだけ壁のようなものを感じたアリシアは口を固く閉じてしまい、遠ざかっていく一真の背中を追えなかった。
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