第34話 いい夢みれたか?

 少しの間、意識を失っていた慧磨は悪夢を見ていたかのように唸り声を上げながら目を覚ました。


「う、うぅ~ん……」

「ようやくお目覚め?」

「ぽ?」


 慧磨の視界には桜儚がいた。

 なんと彼女は倒れた慧磨を介抱していたようで膝枕をしていたのだ。

 慧磨はまさか桜儚に膝枕をされているとは思ってもおらず、まだ悪夢を見ているのではないかと混乱していた。


「お、目が覚めたか? 斎藤さん、大丈夫か?」

「へ、あ? 一真君? 夢じゃない?」

「ん? どうした? もしかして、倒れた時に頭の打ち所が悪かったのか? それなら俺が治すけど」


 一真の言動を聞いて慧磨はどうやら夢ではないということを思い知った。


「ああ、いや、いい。もう大丈夫だ。大体理解した」

「お、そうか? それなら話が早い。この女をアメリカから預かったんだ。一応、契約魔法と隷属魔法で縛ってるからそう簡単には洗脳されないから安心してくれ」

「安心できる要素が一切ないが……まあ、君の出鱈目な力は知っているからね。一応は信じよう」


 契約魔法も隷属魔法も慧磨は一真から直に見せてもらい教えてもらっているが、やはりあまりにも出鱈目な力のため信用性が薄い。

 とはいえ、凶悪極まりない力だということは十分に把握している。

 その力を悪用すれば世界を掌握するこなど簡単に出来るだろうに、それをしない一真の人間性は信じていた。


「とはいえ、今回のは流石に一言くらい説明して欲しかった」

「いや、急に決まったことだったからね」

「ハア……」


 大きな溜息を吐くと慧磨は起き上がり、倒れていた椅子を起こして座ると一真の方に顔を向けた。


「それで、彼女をどうするつもりなんだい?」

「とりあえず、俺の部下にしておく。洗脳の異能は使えるしね」

「なるほど……。だが、衣食住はどうする?」

「そこんところ、頼めない?」

「はあ……なんとなく、そんな気はしてたよ。東雲君の部下ということで話を進めておこう。紅蓮の騎士の管理下ということであれば他の反発は防げるだろう」

「助かる~」


 上司の一真がいる手前、何も話せないでいた桃子は涙目であった。

 一真という悪魔よりも質が悪い上司に加えて、日本をたった一人で崩壊寸前まで追い詰めた女狐が部下になるのだ。

 彼女が涙を流してしまうのも無理はない。


「(どうして、どうして……)」


 何故、自分はこのような目にあっているのか。

 紅蓮の騎士が現れる前までは犯罪者への尋問や外交の付き添いといった比較的簡単な仕事ばかりであったのに、今はどうだ。

 一真の部下として使いっ走りだけでなく、地獄の鬼すら裸足で逃げ出すような過酷な訓練を施され、心身共に擦り切れている。

 それに加えて超ド級の問題児である桜儚の面倒まで見ないといけないのだ。

 ハードワークなどではない。

 ブラック企業でもここまでの仕事は振ってこないだろう。


「これからよろしくね~」


 笑顔で手を振ってくる桜儚を見て桃子は殺意が沸いた。

 今すぐにここでぶちのめしてやろうかと拳を固く握りしめて震える桃子は桜儚を睨みつける。


「そんな怖い顔してないで、気楽にいきましょ。ほら、上司が彼なんだし」

「…………確かにその通りですが、彼は貴女と違って犯罪者ではありませんからね」

「言われてみればそうね。破天荒なだけで犯罪者じゃないものね」


 一真に常識があるかどうかは定かではないが、少なくとも犯罪行為には一切触れていない。

 その点で言えば桃子など真っ黒である。

 個人のプライバシーを侵害していたのだから。

 相手が一真であったから助かったものの、一歩間違えれば前科は免れなかったであろう。


「あ、桃子ちゃん。俺の命令権を桃子ちゃんにも渡しておくから、そいつは煮るなり焼くなり好きにしていいよ」

「……だそうです」

「私の意思は無視かしら?」

「お前は俺の下僕だから拒否権は一切ない。個人の尊厳なんてあると思うな」

「隷属するのは嫌いじゃないわ~。むしろ、貴方がご主人様なら興奮する要素でしかないわね」

「桃子ちゃん。そいつは好きに扱っていいから」

「はい。わかりました」


 不承不承ではあるが一真からの命令であるならば桃子に拒否権はない。

 彼女は桜儚の面倒を見ることを決めたのである。


「さて、こいつに関しては終わりだ。本題は別にある」


 桜儚が桃子の横に並んだことを確認した一真は慧磨のほうへ向き直る。

 その表情は先程とは打って変わって真剣そのものであった。


「そこの女からイヴェーラ教の教祖の異能を聞いた。斎藤さん、貴方は知っていたのか?」

「いや、初耳だ。そもそも、それほどの大物が日本の監獄にいたこともだ」

「情報規制されていたのか? それとも内側にスパイでもいたか?」

「どちらもだろう……。前内閣総理大臣が死んだのは内側に敵がいたという話だ」

「イヴェーラ教か」

「恐らくはな……」

「まあ、すぐに潰せるけど」

「はあ?」


 唐突に素っ頓狂なことを言う一真に慧磨は思わず呆けた声が出てしまう。


「いや、実は聖女を助けた際にイヴェーラ教の奴らにマーキングしておいたんだよ。だから、今すぐにでも潰せる」

「…………どうして、君はそういう重要な話をすぐにしてくれないんだね?」

「特に脅威じゃないからだな。それに今はシャルロットたちを鍛えるのに時間を使いたいし、俺専用のパワードスーツが欲しいから」

「東雲君。後で皐月穂花さんに報告しておいてくれ」

「はッ! 畏まりました!」

「あッ! 狡いぞ! 母さんを使うなんて!」

「仕方ないだろ! 君を叱ることの出来る人物など数えるほどもいないんだから!」

「だからって、母さんを出すのは卑怯だろ!」

「だったら、最初からそういった重要な話は報告してくれ!」

「今後、努力するわ」

「それはしないも同義だ!」


 ぎゃあぎゃあと一真と慧磨は言い争いを続けており、蚊帳の外である桃子と桜儚はそれを眺めていた。


「ふふ。彼の周りはいつも賑やかね」

「……まあ、良くも悪くも彼は人を引き付ける魅力を持っていますから」

「貴方もそのうちの一人なのね」

「断じて違います」


 力強く否定しているが間違いなく桃子も一真に影響は受けていた。

 良くも悪くも一真のせいで桃子は昔とは変わってしまったのだ。


「で、だ。君なら神藤真人に勝てるのかね?」

「もちのろんよ。強奪でどんだけ異能を奪っていようが敵じゃない。いや、まあ、時間停止やら因果逆転やら概念操作なんか持ってたら厳しいけど」

「そんな出鱈目な異能あってたまるか……」


 一真が口にしたものはほとんど創作物や空想上にしか出て来ないもので、基本は神のような人ならざるものにしか扱えないものばかりだ。

 実際、一真も似たようなことは魔法で出来るがあくまで似ているだけであって別物である。

 流石の一真も自身が口にした能力を敵が持っていれば苦戦は免れないどころか下手をしたら死闘を繰り広げることは確実だ。


「とりあえず、イヴェーラ教については終わりだ。君のパワードスーツの方はどうなってるんだい?」

「目途は立った。あとは素材集めと人材確保」

「ふむ。素材集めか」


 慧磨は一真の戦闘力を知っており、どのように活用すればいいのか計算していた。

 一番は日本の領土の奪還だ。

 次に他国の領土の解放に助力及びに権利を貰うこと。

 ようは日本の利益になることをさせようとしていた。


「ならば、沖縄はどうかね? あそこは離島になっているせいで手つかずだ。今はイビノムの巣窟になっているが君からすれば素材の宝庫だろう。ついでに近海も開放するといい」

「おお! それは名案だ! すぐに……っとその前にアリシア達に一言伝えておかないと」

「アリシア? まさかとは思うが魔女のことではないよな?」


 慧磨の怪訝そうな目つきに一真は分かりやすいくらい目を泳がせて嘘を吐いた。


「……おう!」

「どうして、君はそんな分かりやすい嘘を吐くんだ!」


 その後、数分ほど一真は慧磨にぐちぐちと文句を言われるのであった。



****

あとがき


新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

年明けから大分時間が経ってしまいましたが、今日からまた一日おきに連載していきます。

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