第33話 な、な、な、な〜〜〜ッ!?

 血の海に沈んだ一真であったが奇跡の復活を遂げており、桜儚を回復魔法で復活させていた。


「新しい放置プレイかと思ったわ」


 復活早々にそのようなことを言えるのは桜儚くらいだろう。

 どこの世界に虫の息にまでして放置する者がいようか。

 恐らくは異世界くらいにしかいないはずである。


「死なないところを見極めてやってるからな」


 簡単に言うが並大抵の人間ができることではない。

 一真のように常軌を逸した変態にしか出来ない芸当である。

 異世界で死にもの狂いで戦い、何度も死の淵を彷徨い、挙句の果てにはハニトラで何度も死んだ一真にしか出来ないだろう。


「さて、日本に帰るか」

「そういえば聞いていなかったけど、日本にはどうやって戻るの?」

「転移だ」

「貴方って本当にとんでもない規格外ね」


 一真の実力はすでに知っているが、その全容までは知らない桜儚はあまりにも規格外な能力を持っていることを知って呆れていた。


「こちらからも言わせてもらえばお前の洗脳も規格外な能力だけどな」


 目を合わせるだけで洗脳できるというのは、やはり尋常ではない能力だ。

 一真が持っていれば確実にムフフなことに使っていたに違いない。

 そういう意味で言えば桜儚は恐ろしい。

 国家転覆まであと少しというところまで洗脳を使って日本を追い詰めたのだから。


「一真!」

「は、はい!」


 まだ不機嫌そうなアリシアは一真が自分ではなく桜儚ばかりに構っているのが気に食わなかった。

 やり取りは物騒なものであるが見ている側としては、どことなく楽しそうの見えるのだ。

 一真は良くも悪くもお喋りなので友好的な人間であろうと敵対的な人間であろうと口数は多い。

 今はアリシアも近くにいるというのに桜儚が声をかければ答えている。


「早く日本に行きましょ!」

「お、おう!」


 怒っているのが見てわかるので一真はアリシアに逆らえない。

 物理的には一真のほうが圧倒的に上ではあるが精神的にはアリシアに軍配が上がる。

 これは一真が育ての親である穂花に育てられた影響が大きい。

 女性を大事に。

 そう教え込まれてきたので基本は女性に対して紳士的な一真だ。

 ただし、異世界の経緯を経て敵であれば女性であろうと高齢者であろうとも容赦なく牙を剥く。

 そのため、桜儚に対しては強気な一真である。


「フフ、嫉妬してるのかしら?」

「あ? 頭潰すわよ?」


 当然、そのような光景を見た桜儚が何もしないはずがない。

 彼女はアリシアの嫉妬心を煽るように挑発的な笑みを浮かべている。


「ちょ、アリシア。落ち着いて」

「一真は私とその女どっちの味方なのよ!」

「アリシアに決まってるだろ。比べるまでもないって」

「それじゃあ、どうしてそいつも連れて行くのよ!」

「えっと、それは……」

「決まってるじゃない。私がいい女だからよ」


 自分はいい女であると胸を張ってアリシアを見下ろす桜儚。

 彼女はアリシアよりも背が高い上にスタイルも勝っている。

 唯一、負けているといえば若さくらいだろうが、それを補うほどに彼女は美しい。


「な、なによーッ! ちょっと、私よりもスタイルがいいからって調子に乗るんじゃないわよ! 一真の一番は私なんだから!」

「あら、そうなの? そんなこと一言も聞いてないけど? 貴女が勝手に言ってるだけじゃないの?」

「そ、そんなことないもん! 一真は私がピンチのときに颯爽と現れて助けてくれたもん!」

「ふ〜ん。でも、それって彼からすれば普通なんじゃないかしら? まだ、彼のことはよく知らないけど、お人好しな感じがするもの」

「うぐぐ……! 私は一真とキスしたことがあるし!」

「欧米なら挨拶のようなものでしょ。それにキス程度でマウント取るなんてお子様ね。底が知れるわ」

「う〜……!」


 生きてきた年数も潜ってきた修羅場の数も違う桜儚は強かった。

 噛み付いてくるアリシアを軽くあしらっている。


「ミスター皐月。止めなくていいのか?」

「割り込んでどうにかなると思ってるのか?」

「……少なくともお姫様のご機嫌は取ったほうがいいと思うぞ。あっちはどんなことされても大人の対応をするだろうし」


 あっちというのは桜儚のことだろう。

 スティーブンの言うように一真がどのような扱いをしようとも腐らず、凹たれない鋼の精神を持っているのだ。

 丸焼きにしても感電死寸前にまで追い込んでもあっけらかんとしている無敵の人間である。

 とはいえ、これ以上アリシアを刺激すれば本当に頭を潰されかねないので桜儚は自ら勝負の土俵から降りた。


「これ以上言い争っても仕方ないでしょう。決めるのは彼なんだし」

「(こ、こいつ! 俺に丸投げしやがった!)」


 確かに最終的に誰と付き合うかは一真が決めることだ。

 今はアリシアが一番リードしていると言っても過言ではないが心変わりをしないわけではない。

 しかし、一真の理想は一般人よりも低い。

 自分を殺そうとしない素敵な女性がタイプであるのだ。

 そういう意味では桜儚は物理的には最下位に位置する人間なので一真の理想のタイプである。

 ただし、外見はトップクラスでも中身がワースト一位に匹敵するので一真が靡くことはない。

 とはいえ、将来どうなるかはわからないので断言は出来ない。


「……ア、アリシア。とりあえず、日本に行こうか」

「…………うん」

「(くっそ! アイツのせいでめっちゃ落ち込んでるじゃねえか!)」


 明らかに意気消沈しているアリシア。

 アメリカに来た時はとてもはしゃいでおり、日本に一緒に行くことが決まったときは非常に喜んでいたのに、今は見る影もないくらい落ち込んでいる。

 桜儚の言葉が効いているのだろう。

 どうにかしようと一真は試みを考えるが上手くいきそうにない。

 今、告白しても信じてもらえないだろうし、彼女を慰めるような事を言っても届くかはわからない。


「……スティーブン。それじゃあ、少しの間アリシアを預かる。何かあったら、また連絡してくれ」

「ああ、わかった。アリシア。ゆっくり休んでこい」

「うん。行ってくるね」

「私には何も言ってくれないのかしら?」

「貴重な情報は感謝する。それと同時に疫病神がいなくなって清々するよ」

「酷いこと言うのね。フフ、でも、保護してくれたことは感謝しているわ。また会う機会があれば、その時はゆっくりとお茶でもしましょ」

「出来れば遠慮しておくよ」

「妙なこと行ってないでこっちに来い」

「あん。乱暴ね」


 少し離れていた桜儚を強引に引き寄せて一真はスティーブンにサムズアップして転移魔法を発動した。

 三人の姿が消えるのを確認したスティーブンは大きなため息を吐く。


「はあ〜〜〜。これから大変だな」


 これからが大変であるスティーブンは背筋を伸ばし、報告書を纏めに仕事場へと帰っていった。


 ◇◇◇◇


 日本に戻ってきた一真はまず最初にアイビーへと向かい、アリシアをシャルロットたちと合流させる。

 シャルロットはアリシアを見て仲間が出来たと大喜びして、彼女に飛びついてはしゃいでいた。


「アリシア〜!」

「シャ、シャル? どうしたの? そんなに大喜びして」

「えへへ〜。仲間ができると思ったら嬉しくて」

「仲間? 私達、友達じゃない。仲間ってどういうこと?」

「あれ? アリシアも一真さんの修行を受けに来たんじゃないんですか?」

「修行? なにそれ、どういうこと?」


 両者の間にはすれ違いが起きていた。

 アリシアはシャルロットが一真のもとでのびのびと安全に暮らしてるものだと思っており、シャルロットは彼女も自分と同じように拉致され地獄の修行を施されると思っていた。


 二人が和気あいあいとしているのを見た一真はシャルロットにアリシアを任せて、自分は後ろで口をあんぐりと開けて桜儚を見て驚いている桃子と一緒に首相官邸へ向かおうと、二人を連れて転移した。


 首相官邸についた一真は放心している桃子と優雅に髪を靡かせている桜儚を伴い、慧磨のもとへ向かった。

 勿論、国外から逃亡した桜儚を連れて戻った一真を見て慧磨は泡を吹いて後ろに倒れるのであった。


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