第32話 待ってくれ、これには深いわけが!

 桜儚を完全に自分の支配下に置いた一真は早速、彼女に屈辱的な命令を下した。


「とりあえず、犬の様に媚びろ」

「ッ……!」


 一真の前に正座をしていた桜儚は四つん這いになり、彼の足元へ犬の様に近づくと頬をこすりつけ始めた。


「クゥ~ン……」

「(こいつ、恍惚とした顔してやがる……)」


 悔しそうに歯を縛る姿を想像していたのに、桜儚は一真の足に喜んで頬を擦りつけており、はっきり言えば発情していた。

 ある意味で無敵の桜儚には効果がないことを知ると、一真はすぐに命令を解いた。


「鬱陶しい。元に戻れ」

「あら? もう雌犬プレイは終わり? 私はもっとしてもいいんだけど」

「無敵か、テメエ……」

「フフ、蹂躙されるのも好きよ、私は」

「ちッ……! まあいい。神藤真人の異能を教えろ。これは命令だ」

「命令なら仕方ないわね」


 忠実な下僕であることは間違いないのだが、いかんせん癖が強すぎて扱いに困る。

 一真はこちらの世界に戻って来て初めて敗北を感じた。


「神藤真人の異能は強奪。条件はあるけど異能を奪えるそうよ」


 彼女から放たれた衝撃の事実に監視ルームで聞いていた全員が驚愕に目を見開いた。

 詳細は不明であるが彼女の説明を聞く限りでは強力無比な異能であることは間違いない。

 そして、何よりも気になるのは強奪した異能の数々だ。


「お前が知っている異能はいくつある?」

「そうね。私が戦った時――」

「ちょっと待て。お前、戦ったのか?」

「ええ。同じ監獄にいたから脱獄する際に狙われたわ。私の洗脳が欲しかったみたいよ」

「そうか。確かにお前の洗脳があれば色々出来るからな……。しかし、気になるな。何故、お前はこうして無事なんだ?」

「他の脱獄囚を洗脳してたの。彼等をぶつけている間に私は洗脳を駆使して逃げ切ったわ」


 その話を聞いて一真は溜息を零し、疲れたサラリーマンの様に目頭を揉んだ。


「やっぱり、お前は敵に回したくないくそ野郎だな……。それで、お前が戦った時に確認できた異能は?」

「まず教えてもらったのが強奪でしょ? 次に不老。なんでも二百年も生きているそうよ」

「不死ではないんだな?」

「老化しないから不死ではあるでしょ。ただ、心臓を止めれば死ぬとは思うけど」

「そうだな……。で、他は?」

「私が逃げる時に確認したのは地水火風、雷、重力という自然系の異能だけよ」

「それだけか?」

「残念ながら私も命からがらだったもの。それ以上は知らないわ」

「……本当に厄介な教祖様だぜ。部下には空間操作までいるんだからよ」

「どうかしら? 私、役に立ったと思わない?」

「非常に不愉快ではあるが敵組織の首領の異能が知れたのは大きな収穫だ」

「頭をなでなでしてくれてもいいのよ?」

「調子に乗るな。殺すぞ」

「きゃっ、こわ~い」


 桜儚はプルプル震えて怯えたフリをしている。

 本気で殺意を抱いても恐らく桜儚は平然としているだろう。

 そう思うと一真は相手にするのが面倒なってきたと早々に切り上げることにした。


「スティーブン! 聞こえてるな? こいつは俺が預かる。外に出してくれ」


 監視ルームで二人のやり取りを見ていたスティーブンは頷いて、一真達を外へ出した。

 そして、同時にこれからどうしようかと頭を悩ませ、キリキリと痛み始めた腹部を押さえて蹲った。


「(大統領閣下になんて報告すればいいんだ……)」


 今回、得た情報はイヴェーラ教の教祖について。

 その脅威をどのように報告すればいいか。

 そして、桜儚が紅蓮の騎士預かりになった件についてもだ。

 勿論、今回の件については大統領から許可は得ている。

 なにせ、スティーブンはアメリカ政府で唯一、紅蓮の騎士とコンタクトの取れる人間であるからだ。

 そのような貴重な人材を失う訳にもいかないし、責任を追及して逃げられても困るのである程度の裁量権はもらっている。

 とはいえ、あまりにも目の余るようであればはく奪されているだろうが、そこはスティーブンという人間を信じての結果だ。


 監視ルームの扉が開く音が聞こえてスティーブンはそちらに顔を向ける。

 すると、そこには一真と桜儚が立っていた。

 一真が自分の方に目を向けているのを知って、立ち上がり歩み寄る。


「驚いたよ。ミスター皐月。君は本当に何者なんだい? ああ、いや、この話はよそう。それよりも、そちらの彼女は本当に大丈夫なのか?」

「ああ、問題ない。少し、実験してみようか」


 一真は心配そうにしているスティーブンを安心させるために一つ実験をすることにした。

 斜め後ろに控えている貞淑な妻のような雰囲気を出している桜儚に一真は視線を向けてスティーブンに洗脳をするように命じた。


「おい、スティーブンを洗脳してみろ」

「え!? おい、ミスター皐月! 一体何を!」

「落ち着けよ、スティーブン。お前もあの契約内容を読んでるだろ? だったら、安全なのはわかってるだろ」

「それはそうだが……本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。俺がついてる。俺を信じろ」

「……電気ショックの件は忘れてないぞ」


 その一言に一真は忙しなく目をキョロキョロさせて口笛を吹き始めた。

 見るからに動揺している一真を見てスティーブンはふっと鼻で笑い、洗脳されることを承諾する。


「まあ……君の無茶ぶりは今に始まったことじゃないからな。わかった。実験台として手伝おう」

「おお、そうか! まあ、でも、そこまで構えることはないさ。あの契約書に書かれている内容通りになるから」

「実際に見るまではにわかには信じられないがね……」


 というわけで早速、実験開始である。

 桜儚とスティーブンが向かい合い、洗脳の準備を整えた。


「そういえば、お前の洗脳はどうやるんだ?」


 ど、ここで桜儚の洗脳はどのようにして発動されるのかが気になった一真が口を開いた。


「私の洗脳は相手の目を見るだけね。基本は抵抗されないように相手の意識が混濁した状態で行うの。たとえば、お酒で相手を泥酔させたり、性行為の最中とかね」

「目を見るだけでいいのか。中々に強力だが、必ずしも洗脳出来るわけじゃないのか」

「そうね。でも、男性の場合は簡単よ。大抵の男は私に見惚れるから、その時に洗脳を掛ければイチコロね」

「女性の場合は?」

「それこそ、さっき言ったみたいにお酒とかね。まあ、女性の場合でも男性のように上手くいくこともあるけど」

「さっき、抵抗って言っていたがお前の洗脳は抵抗できるのか?」

「意識がはっきりとした状態で私に対して不信感を持っていたりすると抵抗できるはずよ。でも、念入りにすればかかるけどね」

「そうか。よくわかった。それじゃあ、始めてくれ」

「ええ、わかったわ」


 洗脳について詳しく聞いた一真は桜儚に実験を開始するように命じた。

 彼女は一真に命じられた通り、スティーブンに洗脳を施す。


「きゃああああああッ!!!」


 しかし、桜儚が洗脳を発動しようとした瞬間に彼女を電撃が襲った。

 部屋中に鳴り響く桜儚の悲鳴に職員たちは驚き、目を丸くしていた。

 当然、目の前で桜儚が電撃で崩れ落ちる瞬間を目にしていたスティーブンが一番驚いていた。


「本当に契約書通りになったのか……」

「ああ。こいつが勝手に誰かを洗脳しようとした瞬間、電撃でこいつを気絶させる。まさに書いてある通りだっただろう?」

「凄まじいが……君の許可があれば可能なのだろう? 今回は何故発動したんだ?」

「そりゃ、実験だからやってみろって言っただけで許可を出したわけじゃないからな」

「なるほど……。それよりも彼女を放っておいていいのか?」

「死んでないから気にするな」

「……虫の息のように見えるが?」

「生きてさえいれば俺が治せる。問題は何もない」

「よっぽど嫌いなんだな……」


 ピクピクと虫の息になっている桜儚を放置して一真は話を進めた。


「まあ、くそみたいな奴だけど洗脳は使えるからな。とりあえず、俺はこいつを連れて日本に帰るよ」

「ああ、それは構わないんだが……あちらでお姫様が拗ねているぞ?」


 気まずそうに頬をかくスティーブンが指を差した方向には職員が座っていたであろう椅子に膝を抱えて座っているアリシアがいた。

 それを見た一真はスッと顔から血の気が引いていく。

 彼女をずっと放置していた上に桜儚にばっかりかまけていたので怒っているに違いない。

 慌ててアリシアのご機嫌を取りに行く一真。


「ア、アリシア! えっと、ホラ、俺は特に何も変なことは」

「一真もああいう女が本当は好きなんでしょ。しかも、下僕にしたりして。やっぱり、男の人はそういうのがいいんだね」

「いや、そんなことないって! アイツは例外中の例外みたいなもんだからさ!」

「ふーんだ!」


 プイッと顔を背けるアリシアに一真は嫌われてしまったのかと落ち込んでしまう。


「そ、そんな……アリシア」

「一真なんて嫌い、嫌い、大っ嫌い!」

「ぐはァッ!」


 ベーと舌を出して一真から見えないように顔を背けたアリシア。

 一真は彼女からの大嫌いという一言によって沈む。

 大袈裟に血を吐いて彼は絶望の海に沈むのであった。

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