第30話 大丈夫だ、問題ない

 スティーブンへの拷問じみた洗脳解除を行った一真はアリシアと一緒に桜儚のもとへと向かう。


「全く……。俺は洗脳されてないし、そもそも直面すらしてないというのに!」

「いや、ほんとごめん。今度、お詫びするから許してくれ」


 電気ショックでスティーブンの洗脳を解除しようと試みていた一真であったが途中、彼が桜儚と直面すらしておらず洗脳されていないことを聞き、慌ててやめたのだ。

 とんでもない誤解のせいで酷い目にあったスティーブンは大変ご立腹である。

 何度も電気ショックで死の淵を彷徨い、その度に奇跡と呼べるような回復魔法で叩き起こされたのだからスティーブンが怒るのは当然だろう。

 とはいえ、怒っているだけで一真をあまり責めないあたりはスティーブンの人の良さがわかる。

 普通なら恐怖から距離を置き、絶交してもおかしくはない仕打ちであったのにも拘らず、一真の傍にいられるのは大した精神であった。


「(耐えた甲斐があった! これでアメリカの国土、いや、近海を解放してもらうか? さしあたり、完全にイビノムの巣になっているハワイを……)」


 勿論、根っからの善人ということはない。

 スティーブンも打算ありきの行動であった。

 電気ショックを何度も耐えたのは流石と言えよう。

 これくらいの根性を日本も見習ってもらいたいものだ。


 道中、スティーブンが妙なことを考えていることを見抜いていた一真であったが、先程の非があるので追及するようなことはしない。

 それにだ、どうせアメリカの利益の為に少しばかり働かさられるくらいだろうと一真は予想していた。

 それくらいなら全然構わないと一真は達観していたのである。


「ねえ、一真。夢宮桜儚ってどんな女なの?」


 桜儚が収監されている牢獄へ向かっている途中、アリシアが興味本位で彼女のことについて尋ねて来た。

 アリシアが桜儚について知らないのは当然として、どうしてそこまで興味を持っているのか。

 それは単純に一真が嫌悪している女性がどのような存在なのかを知りたいのだ。


「ん~、日本で言う女狐ってやつかな。泥棒猫とは違って男を騙すような女性の事なんだけどあの女は恐らくそれよりも質が悪い。多分、歴史に名を残すような悪女と同類もしくはそれ以上」

「へ~。綺麗な人だったの?」

「まあ、容姿で言えば俺が出会って来た女性陣の中でも上位に食い込む。並大抵の男なら簡単に籠絡出来るんじゃないか?」

「一真は籠絡されなかったの? 尋問された時に会ったって聞いたけど」

「散々、同じような女を見て来たからね。なんとなくやばいってすぐにわかったよ」

「それどういう意味? 桜儚みたいな女に沢山会ったって」

「…………言葉通りの意味さ。俺の事、誑かしては毒を盛ってきたり、罠に嵌めてきたり、美人局してきたり、色々あった」


 どこか遠い目をする一真にアリシアは怪訝そうに眉を顰める。

 彼女は一真の情報をアメリカからもらっているので交友関係から交際相手まで把握している。

 しかし、一真の言っているようなことは一切記録に記載されていないのだ。

 暗殺、美人局などが一真の身に起こっていたなら必ず記載されているはず。

 なにせ、ハニトラが有効であることを決定づける証拠なのだから。


「ねえ、一真。それって本当の話なの?」

「……あ~。そっか。言ってなかったな。俺は異世界から帰って来た魔法使いなんだ」

「「は?」」


 突拍子もない一真の発言にアリシアとスティーブンは呆然とする。


「そんで異世界でよく暗殺されかけてね」

「ま、待ってくれ。ミスター皐月。ちょっと、話の整理をさせてくれ。異世界ってなんだ?」

「そのままの意味だ。ほら、日本のアニメでもよく目にするだろ。俺はそれを本当にやったんだよ」

「頭でも打ったのかと言うところだが……ミスター皐月の出鱈目な力を知っている手前なんとも言えないな……」

「もしかして、一真がそんなに強いのは異世界に行ったから?」

「そうそう。一応、こう見えて魔王を倒したという実績がある」

「……大統領プレジデントに話しても信じてもらえなさそうだな」

「言っておくけど他言無用だからな。お前等のことを信じて話してるんだから」


 一真は特に深い意味を込めていなかったがスティーブンは盛大に勘違いした。

 誰かに伝えようものなら関係を断ち切る、そう言っていると勘違いしたスティーブンは生唾を飲み込んだ。


「(このことは墓場まで持っていこう。日本でも知らぬが仏という言葉もあるしな)」


 生涯口にしないことを決めたスティーブン。


「わかった。誰にも言わないね。ところで一真。私達以外にもその事を知ってるのはどれくらいいるの?」

「う~ん。うちの家族と日本政府のごく一部。それからシャルロットと桃子ちゃんかな」

「…………へ~」


 またしても他の女に先を越されていたことを知り、アリシアは不満そうに口を尖らせた。


「どうした? 顔を膨らませて」

「ぶ~。なんでもな~い。そんな事よりも早く用事を済ませて日本に行こうよ」


 ということでアリシアに急かされ一行は桜儚が収監されている牢獄へ辿り着いた。

 厳重なセキュリティに大勢の異能者が配置されており、かなりの警戒態勢である。

 まあ、それも仕方がない。

 収監されているのはたった一人で日本を破滅寸前まで追い込んだ洗脳使いなのだから。


 彼女がいると言われる部屋にまで一真とアリシアは案内される。

 辿り着いたのは大量のモニターで桜儚の様子を監視している部屋であった。


「もしかして二十四時間監視してる感じ?」

「もしかしなくてもだ。トイレと風呂以外は基本カメラで監視している。それから人と接触しないようにロボットに彼女の世話をさせているんだ」

「なるほど。徹底してますね……。ちなみに洗脳されてる奴は?」

「いない。と言えればいいんだがもしかしたら潜んでいるかもしれない」

「あいあい」


 早速、スティーブンに行ったように一真は監視ルームにいた人間達に電気ショックを行おうとする。

 腕まくりをし始めた一真を見て、嫌な予感がしたスティーブンは焦った表情で彼の前に躍り出る。


「ちょ、ちょっと待て! 何をする気だ? いや、言わなくていい! 恐らく俺にしたことをする気だろう。頼むから、大人しくしていてくれ!」

「え、でも」

「善意なのは分かる! でも、前振りもなくやるのはやめてくれ! それはもうサイコパスだ!」

「一秒でも判断が遅れたら取り返しのつかないことになるぞ?」

「君なら一秒もあればここを制圧できるだろう! だから、俺の言う事を聞いてくれ!」

「まあ、そうだけどさ……」


 一真は異世界で洗脳された人間を救おうとして痛い目にあっている。

 敵は一真が人間相手に攻撃できないと知り、洗脳した人間を爆弾に変えて特攻させるという卑劣な作戦を行ったのだ。

 そのことを思い出した一真であったが桜儚にはそこまでの芸当は出来ない。

 ゆえに一真が心配するようなことは起きないのだが、やはりどうしても心配なのだ。


 とはいえ、スティーブンの剣幕に一真も渋々ではあるが皐月流洗脳解除を止めることにした。


「ふう……。ちょっとここで待っててくれ。彼女に君が来たことを伝えてくる」

「わかった」


 それから、スティーブンが桜儚専用に用意された牢屋にマイクを使って彼女に話しかける。


「聞こえているか。ミス夢宮」

『聞こえているわ。何かしら色男さん」

「……紅蓮の騎士を呼んだ。これでイヴェーラ教の教祖、神藤真人の異能を教えてくれるな?」

『彼と二人っきりで話をさせてくれるなら構わないわ』

「……少し待て」


 桜儚の要望を聞いてスティーブンは嫌そうに顔を歪めながらも一真に確認を取った。


「聞いていたと思うが……OKか?」

「……まあ、多分大丈夫」

「わかった。向こうに伝える」


 再び、スティーブンは桜儚とマイク越しに話し、一真と対面で話すことの許可が取れたことを教える。

 桜儚と話すことが決まった一真は職員の案内に従い、彼女のもとへ向かうのだがその前にやる事があるとスティーブンのもとへ戻った。


「スティーブン。ちょっといいか?」

「ん? どうした? 何か必要なものでもあるのか?」

「ああ。契約書を用意して欲しい。内容は俺が決めるから」

「それくらいは構わないが彼女に契約書なんて意味はないと思うが……」

「大丈夫だ。問題ない」

「君がそう言うなら任せよう」


 その後、すぐにスティーブンは一真の契約内容を聞き、一枚の契約書を用意した。


「これであの女を縛ってくるわ」

「そのようなことが出来るのか?」

「まあ、見てなって」


 準備を整えた一真は職員と一緒に桜儚のもとへと向かおうとしたら、アリシアに呼ばれる。


「一真! 変なことしないでね!」

「安心してくれ。絶対しないから」

「うん。信じてる!」


 契約書をヒラヒラとさせながら一真は職員と一緒に部屋を出て行った。

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