第29話 でぇじょうぶだ、死んでなけりゃ治せる
順調に強くなっているシャルロットと桃子の成長具合に喜んでいた一真のポケットから電子音が鳴り響く。
電話が来たことに気がついた一真はポケットから端末を取り出して、まずは相手を確認する。
画面に表示されているのはアリシアであった。
しばらくぶりに見る名前に一真は顔をほこらばせる。
「もしもし、久しぶり――」
『一真ーーーッ!!!』
第一声からとんでもない音量で一真は思わず電話を切ってしまった。
「しまった……。つい、うるさくて切っちまった」
キーンと残響が耳をつんざき、塞ぐ必要もないのに耳を塞いでいる一真は電話をかけなおそうかと迷っていた。
だが、すぐに悩む必要はなくなる。
アリシアのほうからすぐに電話をかけてきたのだ。
「もしもし……?」
『か――』
先程と同じ失敗はしないと一真は瞬時に電話口を手で覆った。
それでもアリシアの声が漏れており、彼女の声量が凄まじい事を思い知らされる。
さらには怒涛の質問ラッシュに一真も押され気味。
しかし、このままではいつまで経っても進展はしないので一真は意を決して電話に出た。
「あ、あ~、アリシア。ちょっと声を落としてくれない?」
『あ、ごめんなさい。ちょっと興奮しちゃってて』
「いいよ、別に怒ってないから。それにしても久しぶりだな。元気にしてたか?」
『うん! 一真のおかげでね! ただ、今まで忙しかったから中々連絡できなくて』
「忙しかったって何があったんだ?」
『ほら、私を襲った奴がいたでしょ? あいつ以外にも脱獄した囚人が沢山いてキングや他の異能者と一緒に捕まえてたの』
「そうだったのか。もしかして、逃げた囚人は……別の異能に目覚めていたとか?」
考えたくはないがアリシアを襲ったアンソニーと同様に二つ目の異能に覚醒したのではないだろうかと、一真は推測していた。
『その通りよ。スティーブンから聞いたけど、どうやら今回の事件はイヴェーラ教が関わってたみたい。脱獄したほとんどの囚人はイビノムのマスクを被った集団からカプセル状の薬を受け取っていたらしいの』
「おいおい、マジかよ……」
最悪の予想が的中してしまい一真は頭を抱える。
敵側はお手軽に戦力を増強及びに増加できる。
対してこちらはそう簡単には戦力の増強は出来ない。
数を増やしても異能を二つ持っている異能者とでは強さが違う。
とはいえ、一真からすればどれだけ敵が増えようとも相手にはならない。
それこそ、異世界の魔王を召喚でもされない限りは決して負けることはない。
「ちなみに副作用とかは?」
服用すれば必ず死ぬ、もしくは身体機能になんらかの後遺症を残すとったものはないかと一真はアリシアに尋ねた。
『薬がないからまだ詳しい事はわかってないの。ただ、アンソニーの身体を調べた限り、特に副作用のようなものは見られなかったそうよ』
「とんでもないな! イヴェーラ教は!」
『その反応はうちの研究者達も言ってたわ』
敵ながら見事であると一真は褒めた。
何の副作用もなく二つ目の異能を目覚めさせる薬を作ったイヴェーラ教に感服するばかりだ。
『それよりも一真! シャルと結婚するって聞いたんだけど本当なの!?』
「え? 結婚? 俺とシャルが? ハハハ、ないない。そんなの」
『本当? スティーブンから聞いたんだけど今、シャルと同棲してるんでしょ?』
「ああ、それは本当だ。でも、アイビーにいるから二人っきりとかじゃないよ」
『そうなんだ!』
アリシアは分かりやすいくらい喜んだが、すぐに別の事実に気がつく。
「(待って。アイビーにいるってことは一真の育ての義母様であるミズ穂花に挨拶してるってことでしょ? それってつまり、親公認みたいなものじゃない! シャルに先を越された!)」
急に静かになったアリシアに一真はどうしたのかと声をかけたが、彼女はそれどころではなかった。
自分よりも先に一真の母親に挨拶を済ませたであろうシャルロットに対して焦りを感じていたのである。
『一真! 私も行っていい?』
「ん? そっちはもういいのか?」
『うん。私の役目はもう終わったから。今は休暇中なの!』
「そうか。なら、スティーブンにOKもらえたら俺が迎えに行くよ」
『OK! すぐに聞いてくる!』
ブツッと電話が切れたと思ったら、ほんの数分後にアリシアから電話がかかってきた。
どうやら、彼女は相当急いだらしい。
それがよく分かる一真はクスリと笑い電話にでた。
「もしもし?」
『一真! OK貰ったよ!』
「わかった。それじゃあ、アリシアが入院してた病院の屋上に来てくれ。俺はそこしか知らないから」
『わかった! すぐに行くね!』
ドタバタと電話越しから聞こえる音を聞き、まるで大型犬が大好きなご主人様を出迎えるような光景を想像した一真は微笑む。
それからしばらくして、アリシアは以前にアンソニーからの襲撃で大怪我を負い、入院していた病院の屋上に辿り着いた。
そのことを一真に報告すると、病院の屋上で電話をしていたアリシアの前に彼が現れた。
「やっほ~」
「一真ッ!」
転移してきた事に驚くよりも久しぶりに会えた一真にアリシアは嬉しそうに破顔させ、勢いよく飛びつき、首に手を回して抱き着いた。
「おっと。久しぶりだな、アリシア」
「久しぶり、一真!」
一真に受け止めてもらったアリシアは挨拶代わりに「チュッチュッ」と欧米人らしく彼の両頬にキスを落とす。
「お、おおう……」
「フフ! ホントは唇にしたいんだけど、まだそういう関係じゃないもんね!」
「(これは……ゴールちゃうんか?)」
あまりにも眩い輝きを放つアリシアの笑顔に一真は直視が出来なかった。
異世界を含めて苦節十九年と少し。
童貞を貫き、彼女が出来なかった一真はアリシアが運命の相手ではなかろうかと混乱していた。
今の一真ならばハニトラは容易に見抜ける。
見抜けるだけで引っかからないわけではないが、少なくともアリシアは純粋な好意を向けている。
流石にそこまで鈍感ではない一真はアリシアを引き離すと、真剣な眼差しで彼女を見つめる。
「ア、アリシア! お、俺と――」
「ミスター皐月!!!」
一世一代の告白をこれからしようとした瞬間、スティーブンがタイミングよく屋上にやってきた。
ギギギと壊れた人形のように一真はA級戦犯であるスティーブンに顔を向ける。
市松人形のように真っ黒な目を向けられたスティーブンは小さな悲鳴をあげた。
「ひッ!」
「何の用だ、スティーブン。場合によっては俺はお前を……」
ゴキリと手を鳴らす一真は完全に戦闘体勢に入っている。
「い、いや、その……君に会わせたい人物がいるんだ」
「誰だ? 言っておくけど大統領とかなら断るぞ」
「…………
「そんな奴知らん」
「まあ、そうだろうな。なにせ、彼女が起こした事件は表には出さなかったからな」
「まさか、イヴェーラ教か?」
「いいや、違う。彼女は元キャバ嬢だ」
「なんだと……」
「そして、彼女の源氏名は
「な、な、なぁッ! なんでその女がアメリカにいるんだよ!」
かつて国防軍に尋問された時、一真は初音輝夜こと夢宮桜儚と出会っている。
その時に一真の抱いた印象は最悪。
彼女が敵に回れば絶対に厄介なことになると見抜き、最大限の警戒をした相手だ。
「一真……。誰、その女?」
「あ、ああ。正直、二度と面を拝みたくない女だ。洗脳の異能を持つ悪女だよ」
「えッ!? そんな奴がどうしてアメリカに?」
「俺もそれが知りたいんだ。どうしてだ、スティーブン?」
「簡潔に話すと、先日のイビノム襲撃で日本の監獄から脱獄した彼女は洗脳の異能を使ってアメリカに亡命してきたんだ」
「いや、そんなことしてきたら普通洗脳で滅茶苦茶にされるだろ」
彼女の異能である洗脳は凶悪極まりないもの。
他者を意のままに操れる。
自分の手を汚さず、どのような事でも出来てしまう最悪の異能だ。
「確かに彼女の異能は凶悪極まりないがそう簡単にはアメリカを落とせんよ。港に入ってきた彼女を乗せた船を我々は包囲し、すぐさま彼女の身柄を押さえようとしたんだが……」
「洗脳でやられたのか?」
「それもあるが彼女のほうから降りてきてね。アメリカに亡命してきたいと言ったんだ」
「で、受け入れたわけか?」
「最初は拒否しようとしたんだが彼女の口から聞かされた事実に我々は彼女を受け入れる事にしたんだ……」
「その内容は?」
「イヴェーラ教の教祖と言われている
「……なるほど。そりゃ確かに受け入れるわな。でも、情報を聞き出したら用済みじゃないか?」
「まだ聞けてないんだ。のらりくらりとこちらの質問をかわされてしまってね。日本の
「タイミングが悪かったか~……。でも、どうしてすぐ俺に言わなかったんだ?」
「国からの要請なら君は断るだろう?」
「よく分かってらっしゃる……」
告白の邪魔をされたことは許せなかったがスティーブンから教えられた驚愕の事実に一真は彼を責めることをやめた。
「で、俺にどうしろと?」
「彼女は紅蓮の騎士に大層興味を持っている。だから、会ってくれないだろうか?」
「そうだな……」
出来れば顔を合わせたくない相手ではあるがイヴェーラ教の教祖の異能を知っているのなら話は別だ。
イヴェーラ教は必ず潰さなければならない。
家族に友人に手を出したのだから許す道理はないと一真は決めているのだ。
「わかった。会いに行こう」
「いいのか?」
「頼んどいて聞くなよ。二度と会わないと決めてたが、イヴェーラ教の情報を知っているなら話は別さ。俺もあいつ等は潰したいからな」
「え、え~……。一真~。日本に帰るんじゃなかったの~?」
「すまん。少しだけ付き合ってくれ」
「む~……。一真がそう言うなら」
折角、一真と日本に行けると思っていたのにスティーブンからの情報により邪魔をされてしまったアリシアは不満であったが、一真の為ならば仕方がないと溜飲を下げた。
「一応、念のため確認するけど、洗脳されてないよな?」
桜儚の洗脳がどのレベルかは分からないが一真は電気ショックでスティーブンに強めの刺激を与えてみた。
「あがっ!?」
途端に崩れ落ちるスティーブンに一真は回復魔法をかけて抱え起こした。
「いきなり酷いじゃないか!」
「いや、すまんな。洗脳ってどんな感じなのか分からなくて、念のために脳を刺激してみたんだ」
「一歩間違ってたら死んで……いや、さっき死んでたんじゃないか、俺は?」
「大丈夫だ。所謂ショック療法というやつで死んではない」
「本当だろうな?」
「本当だ。死に掛けたが」
半信半疑であるが一真の表情からスティーブンは嘘ではないと判断して起き上がる。
「言っておくが彼女に洗脳されても普段と変わらないから判別できないぞ。唯一、分かるとすれば彼女の言う事に忠実であれば洗脳されている証拠だ」
「それじゃ、俺を呼んでくるように頼まれたのかもしれないのか」
「へ?」
「強めにもう一回」
「ぐがぁッ!?」
異世界で洗脳された相手は基本殺していた。
殺すわけにはいかないという時は解除方法が強めのショックを与えるという荒療治くらいしかなかった。
結論で言えばスティーブンは洗脳などされていない。
なにせ、彼は桜儚と直接対面していないので洗脳されることはなかった。
しかし、そのことを一真は知らず何度かスティーブンに電気ショックを与え続けたのである。
「ねえ、大丈夫? スティーブン死んじゃうんじゃない?」
心配そうにスティーブンを見つめるアリシアは一真に声をかける。
「大丈夫。死んでなければ俺は治せるから」
「そっか! それなら安心だね!」
しかし、一真の言葉を聞いてアリシアは心配するのをやめる。
誰も彼を救おうとはしなかった。
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