第28話 おかしい。俺の教育は完璧だったはず……
◇◇◇◇
翌日、一真はシャルロットと桃子の修業の進捗を確かめる為、アイビーへ来ていた。
一真はアイビーの一角を完全に異空間化している。
その異空間ではシャルロットと桃子が一真の作った自律型ゴーレムと戦っていた。
「
拳法家のような雄叫び上げながらシャルロットがゴーレムと肉薄していた。
迫り来る拳を紙一重で避け、懐に侵入したシャルロットは力強く踏み込んで背面から体当たりをぶつけている。
その衝撃でゴーレムが少しだけ地面から離れた。
普通ならばそのようなことは起こらないがシャルロットの
彼女がやったことは至ってシンプル。
人間が普段は制限をかけている力を解除しただけ。
いわゆる、火事場の馬鹿力というものをシャルロットは自由自在に操れるようになったのだ。
一真が施したのは治癒と再生の異能を持つシャルロットにゾンビ神拳と称した人間の潜在能力を解放し、驚異的な力を発揮させるもの。
本来、人間は自らの力を三割程度しか使えない。
十割の力を発揮すると肉体が耐え切れず崩壊するからだ。
そこで一真はシャルロットの治癒と再生に目を付けた。
自壊する肉体を治癒と再生の異能で修復すればよい、と一真はシャルロットに使い方を叩き込み、拷問と言えるような過酷な特訓を彼女に施したのだ。
具体的には一真がシャルロットを相手に手取り足取りといったもの。
比喩表現ではなく本当に一真はシャルロットの手足を
最初は魔法で痛覚を遮断してしてたが、それが当たり前と思ってはいけないと、途中から痛覚遮断を解除して彼女が泣き叫ぼうとも一真はやめなかった。
DV彼氏よりも酷い。
「君の為を思ってやってるんだ」とのたまう一真だがはっきり言って鬼か悪魔である。
百年の恋も冷めるような光景であろう。
「うんうん。順調みたいだな」
薩摩藩もビックリするくらい豹変しているシャルロットを見て一真は感心するように頷いていた。
ここで修業を始めた時は非力な少女であったが、今はイビノムも恐怖から逃げ出そうと考えるような獣である。
ゴーレムと戦っていたシャルロットは一真の気配を感じ、そちらへと顔を向ける。
一真の姿を確認したシャルロットは闘気を解放し、怨敵を見つけたと喜びから拳を固く握り、不敵に笑った。
「見敵必殺。今宵の我が拳は血に飢えているッ!
嬉々として一真の方へ飛び掛かり、猛攻を仕掛けるシャルロット。
兎の様に跳ねて来たシャルロットに対して一真は弟子が成長したことを喜び、彼女の拳を真っ向から受け止める。
「フフフ……いいぞ。シャル!」
「爆ぜろッ!」
「ぬぅッ!?」
治癒と再生の異能は自身の回復にも当然使えるが、一真の指導のせいで反転して使う事も可能となっている。
花に水をやりすぎれば枯れてしまうように再生と治癒を過剰に注げば肉体が崩壊する。
シャルロットが一真にしたのは治癒と再生の異能を過剰に注ぎ、肉体の破壊を招いたのである。
結果、シャルロットの拳を受け止めた一真の両腕は亀裂が入ったと思ったら風船のように破裂して弾け飛んだ。
返り血がシャルロットの頬にべったりとついたが、彼女は妖艶な美女のように頬に着いた血を舌を伸ばして舐めとった。
「ああ……好き……! 大好きです、一真さん! だから、死んで? 真っ赤で綺麗なお花を咲かせてください!!!」
「おおう……。この
恋い焦がれている乙女の様にシャルロットは上気したように頬を赤く染めていた。
その瞳は狂気に染まっており、深淵を映しているように淀んでいるが、見詰めている先は怨敵であり最愛でもある一真だ。
熱烈なラブコールに一真も思わずたじろいでしまう。
そもそも、シャルロットがこうなってしまったのは一真が原因である。
一真が施した拷問とも呼べるような訓練は温厚な上に自堕落な聖女には耐えられなかった。
それゆえに彼女の本能が自己防衛のため取ったのが新たな人格の形成である。
普段は温厚で優しいシャルロットであるが、一真との訓練のおかげで戦闘面においては別人格が顔を出すようになったのだ。
それが狂戦士モード。
治癒と再生の聖女は殺戮と破壊を愛する聖女に変貌してしまった。
とはいえ、私生活に問題はない。
普段はいつも通り温厚で優しく自堕落な聖女であるので皆に愛されている。
ただし、戦闘面に陥ってしまえば彼女は豹変する。
「やめて……私に戦わせないで!」と悲劇のヒロインっぷりを見せた後に待っているのは慈悲と慈愛を捨てた狂戦士である。
「墓前に供える花は何がいい?」と不敵な笑みを浮かべて襲ってくる可愛らしい顔をした殺戮者。
それが今のシャルロットである。
「
「まずいッ!」
胸部に叩き込まれた拳は一撃必殺の絶技。
過剰回復を心臓部に叩き込み、相手を粉々に爆破する凶悪な技だ。
技名の由来は夜空に咲く花火のように人間の体が木っ端微塵になるから。
直撃を受けてしまった一真は即座に回復魔法でシャルロットの過剰回復を押し返し、ギリギリのところで持ち堪える。
「実に素晴らしい……」
「
「うひょッ!?」
一撃を受けて感服する一真に向かってシャルロットは後ろ跳び回し蹴りを放つ。
的確に意識を狩ろうと側頭部目掛けて飛んでくるシャルロットの蹴りを一真は仰け反るように避けた。
反撃に一真はシャルロットの軸足を蹴り飛ばし、彼女の体勢を崩しにかかる。
軸足を蹴られて体勢を崩したシャルロットに一真は飛び掛かり、彼女の意識を奪おうと試みるも彼女は崩れた体勢から反転。
一真の顔を両足で挟み、華麗なフランケンシュタイナーを叩き込んだ。
シャルロットの程よいムチムチな太ももに挟まれ、ほんの一時だけ幸せが訪れた一真は脳天から地面に叩きつけられる。
「うごぉッ!」
「くらえ、変則式エビ固め!」
垂直に地面に突き刺さった一真にシャルロットは襲い掛かり、完全に殺すため下半身をもぎ取ろうとした。
「させるかーッ!!」
「きゃあッ!」
両足を掴まれた一真だったが身体強化でシャルロットを弾き飛ばし、反撃とばかりに彼女を押さえつけた。
「一旦、落ちろ!」
「甘いッ!」
「なにぃッ!?」
完全に技を決められたはずのシャルロットは関節を外して軟体動物の様に一真の拘束から逃れることに成功した。
「知らない間にここまで成長していたか……」
「執念が私を強くしました! ただ、全ての元凶であるお前を倒すことを胸に誓い、私はここまで来ました! 覚悟、一真ッ!」
「上出来だ! シャル! だが、すまんな。
シャルロットの成長に喜ぶ一真は彼女を完全に止める為、睡眠魔法で強制的に眠らせた。
耐性も持っておらず、対抗手段も知らないシャルロットは成す術もなく睡眠魔法によって眠りに就くのであった。
「おっと……。よく、ここまで頑張ったな」
睡眠魔法で意識を失ったシャルロットを一真は受け止め、優しく彼女の髪を梳いた。
先程からは想像できないような可愛らしい寝息を立てるシャルロットを一真は土魔法で作った簡易ベッドの上に寝かせた。
「さて、それじゃ、次は桃子ちゃんの番だね」
「……別にやらなくてもよいのでは?」
ずっと二人の戦いを見学していた桃子はついに自分の番が来てしまったかと溜息を零す。
ゴーレムを相手に体感時間で十数年戦っていたのだ。
すでに桃子の戦闘力はそこらの兵士など足元にも及ばないものとなっている。
それに加えて対人なら一真以外であればほぼ無敵だ。
なにせ、心を読むことが出来るのだから。
「相手の心が読めるのは確かに無敵だけど、覇王やキング、太陽王といった規格外には勝てないよ?」
「貴方は一体どこを目指しているのですか……」
とんでもない者達を引き合いに出されて呆れ果てる桃子。
「大体、最初は自衛のためだったじゃないですか。それなのに何故ここまでする必要があるのです?」
「俺も万能じゃないからね。戦力は多いに越したことはないでしょ?」
「それはそうですがあまりにも過剰では? 聖女など見る影もないくらい変貌してますよ?」
「え? そう? あれくらい可愛いと思うけど」
「アレを可愛いと言えるのは貴方だけですよ……」
血に飢えた獣を可愛いと言えるのは同じく非常識な存在である一真だけであろう。
「まあ、とりあえず、その話は置いておいて始めようか」
「上手く誤魔化してたのに、本当に貴方は唐突なんですから!」
桃子は一真と戦いたくなかった。
ゴーレムは仮想空間で戦っているような感覚であったからマシであるが、一真は別格だ。
心を読んでも行動パターンが一切分からないのだ。
フェイントを織り交ぜる戦い方で厄介な上に心もかき乱してくるのだから、桃子としては一真以上に戦い辛い相手はいない。
出来る事なら、このまま誤魔化して訓練を終えたかった。
「くぅ……! こうなったら、とことんやってやりますよ!」
「ようし、その意気だ! 来い、桃子ちゃん!」
「くたばれ、クソ野郎ッ!!!」
シャルロットのように特殊な戦法を持ち合わせてはいないが純粋な技量ではほぼ同じ。
それに加えて心を読む桃子は対人戦最強クラスへと至っているが、変態には勝てなかった。
「うぐぅ……」
「いい感じだったよ。パワードスーツが完成すれば桃子ちゃんも世界屈指の実力者は間違いないね!」
「嬉しいやら悲しいやら……」
地面に倒れ伏す桃子は複雑な心境を語るのであった。
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