第27話 変態は浪漫を求める
ようやく落ち着きを取り戻した昌三は目元を拭い、桃子へと向き直る。
「すいません。お見苦しい所を……」
「いえ、構いません。反応を見る限り、依頼を受けてもらえるのでしょうが、その前に一つだけ注意事項がございます」
「注意事項ですか?」
「これは国家機密にあたる重要な案件ですので他言無用は勿論のこと、技術の流出も絶対に禁止です。それらを守っていただくに当たってこちらの書類にサインをしていただきたいのですが……」
剣呑な目付きで桃子は昌三を捉え、ゴクリと誰かが息を呑む音が妙に鳴り響いた。
「契約を守らなかった場合、命の保証はいたしかねます」
「そ、それは誰かに喋ったら殺すということでしょうか?」
震える声で昌三は桃子に尋ねる。
彼女はゆっくりと瞬きだけをして頷いて見せた。
「この条件が呑めないのでしたら、お断りしていただいても結構です。こちらは困りませんから」
非情な言葉を突きつける桃子であるが、彼女の言っている事は正しく、昌三には反論の余地がない。
彼が出来るのは選択をすることだけ。
このまま借金だけを残して会社を畳むか、悪魔とも天使とも言える誘いに乗るか。
その二つのどちらかを選ぶことしか出来ない。
だが、昌三が迷う事はなかった。
退く道はすでにない。
彼は今、崖っぷちに立たされているのだ。
ならば、何を迷う必要があるだろうか。
「わかりました。その条件でお願いします」
「二言はありませんね?」
「ええ。知っていると思いますがうちはもう後がありません。生き残る手段があるのなら躊躇う事はないでしょう」
「わかりました。では、こちらの書類に倉茂昌三様及びに従業員の皆様のサインをお願いします」
「わかりました」
桃子から契約書を受け取った昌三は内容をよく読んでいき、不備がないことを確かめると署名のところにサインをするのだった。
その後、彼は妻と娘に勝手に契約を決めた事を謝った。
「気にしないで。私達は一蓮托生。貴方がそう決めたのならどこまでもついて行くわ」
「死ぬのは怖いけど、どっちみち会社が潰れてたら借金地獄で死んでたでしょ! それなら、当然こっちを選ぶって!」
「麻由美、麻美……。ありがとう」
快く受け入れてもらい、昌三はまたも涙を流した。
「(いや~、いい家族だな~)」
「(勝手に決められて怒らないのは凄いですね)」
「(桃子ちゃんはお父さんが勝手にそういうこと決めたら怒ってた?)」
「(当たり前じゃないですか。喋ったら死ぬんですよ? 何勝手に決めてるんだって怒りますね)」
「(ま、そういう人もいればああいう人たちもいるってことよ)」
「(理解は出来ませんが素敵だとは思います)」
当たり前のように心の中で会話をしている二人。
やはり、相性がいいのではないだろうか。
そのことを桃子に伝えると、恐らくはとてつもない勢いで否定するであろう。
それから、昌三は作業場へ戻り、残っていた最後の社員達に桃子からの話をして契約を結ばせた。
今後の人生を大きく変えるような選択であったのにも拘わらず、三人は昌三を信じて何も言わずについてくることを選んだのである。
昌三の人柄がよく分かる光景であった。
「これでよろしいですか?」
従業員全員分のサインを受け取った桃子は確認をする。
「はい。確かに」
契約書には従業員全員分のサインがあることを確認した桃子は営業スマイルを昌三に見せて安心させた。
「契約はこれで終わりです」
「あ、あの一つよろしいでしょうか?」
書類を鞄にしまっている桃子に麻美が声をかけた。
彼女はおずおずと手を挙げており、不安そうな目をしている。
「なんでしょうか?」
「その……先程、秘密を話したら死ぬと言いましたけど、具体的にはどのように死ぬんでしょうか?」
「ああ、そのことでしたらここにいる人間以外、それから私達政府の人間以外に話せば死にます。勿論、すぐには死にませんが口外しようとした瞬間に呼吸が出来なくなり、喋れなくなります。それでも秘密を話そうとしたら……」
「したら?」
「心臓が完全に停止します。言っておきますけど、紙に書いて伝えようとしたり、メールとかもアウトです。誰かに伝えるという時点で契約書の効果が発揮されますのでお気をつけ下さい」
「無知ですまないが、そのようなことが可能なのか?」
元ヤクザの社員が桃子の話を聞いて、どうしても信じられず、疑心に満ちた目を向けながら彼女へ尋ねた。
「すでに契約されたのでお教えしますが、政府の中に契約の異能を持つ者がおります。その能力は契約を破った者に罰を与えるものです」
「なるほど……。その罰とやらが契約者の死というものか?」
「はい。とはいっても、先程言ったように部外者に伝えようとしなければ普段は何もありませんので大丈夫です。お酒の席で思わず、ポロッと喋っちゃいそうになっても喋れなくなるのでそう簡単には死なないので安心してください」
「そ、そうか……」
ちなみに桃子の言っている契約の異能を持つ人間は存在しない。
一真が契約魔法と呼ばれるものを使って契約書を製作し、死の呪いが発動するようにしたものだ。
この魔法の恐ろしい所は賢者ルドウィンであっても解除できないところである。
一度、正式に契約を結んだ時点で詰みなのだ。
これの他にも隷属魔法というものも存在するが、隷属魔法は契約主を殺しても解除出来る上に解除魔法でも簡単に解除できるので、そこまで脅威はない。
「他に何かご質問があればお答えしますが?」
事務所にいる従業員全員の顔を見回すが、誰も質問はないようで口を閉ざしている。
桃子は質問もないようなので、これで話は終わりだと立ち上がり、綺麗にお辞儀をした。
「では、お話は終わりました。これより先はこちらの紅蓮の騎士に説明をお任せします」
彼女は沈黙を貫いていた紅蓮の騎士に手を向ける。
全員の視線がそちらへと向けられ、緊張の糸が張り巡らされた。
今の今までずっと沈黙していた紅蓮の騎士が立ち上がり、何を言うのだろうかと全員が緊張していた時、一真は幻影魔法を解除したのである。
『へ?』
昌三を始めとする従業員達は突然、紅蓮の騎士から青年に変わったのを見て唖然としている。
その横では呆れたように溜息を吐いている桃子が額に手を当てていた。
「お初にお目にかかります! 紅蓮の騎士こと皐月一真にございます! 以後、よろしくね!」
場の空気を和ませようとお茶目にウインクをしている一真であったが、事務所内には驚愕に満ちた絶叫が鳴り響くのであった。
「いや~、ずっと紅蓮の騎士の格好してると肩が凝っちゃってね」
「は、はあ……」
「あ、言っておくけど俺が紅蓮の騎士だってことも秘密だからね。誰かに教えようとしたら死ぬから気をつけてね」
「わ、わかりました……」
契約書にも紅蓮の騎士については口外禁止ということを書かれていたので従業員達は何度も首を縦に振る。
「さて、今回、皆さんにお願いしたいのはパワードスーツの開発です! 先ほども彼女が話していた通り、従来品とは異なるものを作っていただきたく、こちらの会社を選ばせていただきました」
今回、一真が倉茂工業に目を付けたのは彼等が異色のパワードスーツを開発したからである。
従来品は一真が学園対抗戦で使ったようなものであり、見た目はボディに沿った伸縮性の高いスーツである。
基本は身体能力の向上及びに身体の保護を目的として作られているので見た目はどこの会社も似たようなもの。
しかし、倉茂工業が作ったのはロボットアニメにでも登場するような武装されたパワードスーツだった。
当然、使用者の負担は大きくなる上に機動性も最悪なものとなったが副兵装として取り付けられたバルカンなどは実に男心をくすぐらせる。
そのようなものを一真が見てしまえば、即決するのも無理はない。
彼はここなら自分の要望に答えてくれるろうと確信して倉茂工業を選んだのである。
ようは浪漫を求めた結果であった。
「今回、開発費用はこちらが負担させていただきます! もしも、必要な素材があれば私に言ってくださいね。たとえ、地の果て、空の果てだろうと手に入れてきますから」
紅蓮の騎士というとんでもない人材が手伝ってくれるということが判明した昌三は雄叫びを上げそうになったが寸前のところで耐えた。
新規のパワードスーツで一番ネックになってくるのは資金もそうだが、調達する素材などだ。
それを紅蓮の騎士が自ら調達してきてくれるというのだから、昌三が発狂してしまいそうになるのも無理はない。
パワードスーツの素材となっているイビノムなどは基本、業者が加工したものを購入するのだが天王寺グループといった大手企業のほとんどは自社の異能者に依頼し、捕獲しているのだ。
そうすることで費用を安く抑えることが出来る。
だが、倉茂工業では業者からの購入で費用がどうしても高くなってしまっている。
解決するには他の企業のように戦闘系の異能者を雇い、素材となるイビノムを入手することだ。
もっとも、倉茂工業にはそれだけの財力はない。
なにせ、戦闘系の異能者は命を賭けているので人材費用がバカみたいに高いからだ。
「ほ、本当にどのようなものでもいいのかね?」
「構いません。私の力を知っているなら不可能はないとお分かりでしょう?」
そう、誰もが知っている人型イビノムという国内外含めて最悪の厄災。
それを圧倒的な力でねじ伏せたのが紅蓮の騎士。
彼が全面協力をしてくれると言うのだ。
これ以上の手はないだろう。
ゴクリと生唾を飲み込んだ昌三はこれからの未来に目を輝かせた。
紅蓮の騎士が力を貸してくれる言うのなら、出来ない事はない。
そして、費用についても政府が負担してくれる。
もはや、不可能はない。
夢を、希望を、浪漫を全て詰め込めることが出来ると確信した昌三は立ち上がり、一真に手を差し出した。
「これからよろしくお願いします!」
「こちらこそ!」
情熱を秘めた男と変態が手を取り合った。
この日、確かに世界の歴史は大きく動いたであろう。
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