第26話 報われない努力はあるし、報われる努力もある

 慧磨は秘書の月海にすぐさま指示を飛ばし、パワードスーツの開発に携わっている企業の資料を纏めた。

 紅蓮の騎士という破格の異能者がパワードスーツの開発に協力してくれるというのだ。

 この絶好の機会を逃す手はないだろう。


 慧磨は国内の大手から中小企業まで目を通してく。

 出来れば国内の発展に繋げたいと大手を省いていった。

 施設や資金に人材を考えれば大手の方が圧倒的に有利なのだが、国外との関わりも深く、他国に技術の流出を防ぐためだ。


 一真がそのことを知ったら機嫌を悪くするだろう。

 イビノムという共通の敵がいる今、人間同士で足を引っ張ってどうするのかと。


 しかし、慧磨の考えも分からなくもない。

 イビノムがいなくなれば次に待っているのは人間同士の争いだ。

 今はイビノムがいるおかげで目立った争いはないが、それでも一真が知らない場所では物資や土地などの奪い合が起こっている。


「これを機に国力を上げることが出来れば……!」


 日本も近海の多くを他国に奪われていた。

 レアメタルといった資源の山を中華やアメリカに奪われているのだ。

 名目上はイビノムからの奪還と言われているが、実際は資源の独占である。

 それゆえ輸入に頼らざるを得ず、日本は食いものにされていたのだ。


 だが、ここに紅蓮の騎士という最大の戦力が日本に現れた。

 これで日本の立場は大きく変わる。

 日本の近海は勿論のこと、他国の土地すらも一真ならば奪還することが可能だろう。

 そうなれば土地の所有者、つまり他国に対して大きな恩を売ることが出来る。


 今まで苦しい立場であった日本が優位に立てるのだ。

 そうと分かれば慧磨も出し惜しみなどしていられないだろう。


「……忙しくなるな」


 ただでさえ忙しかった慧磨は一真からの要求でさらに忙しさを増す。

 過労でぶっ倒れる寸前まで身体を酷使して、なんとか一真の要求に答えてくれるであろう企業のピックアップを終わらせるのであった。


 ◇◇◇◇


「すまん、お前達。うちはもうダメだ。銀行からの融資も切られた。来年には会社を畳む事になる……」


 沈痛な表情で四人しかいない社員に社長である倉茂くらしげ昌三しょうぞうは頭を下げていた。

 倉茂工業は昭和から続いている金属加工の老舗であったが、時代の波に逆らえず、ひっそりとその姿を消そうとしている。


 一発逆転をかけてパワードスーツの開発に尽力したが、結果は伴わず、銀行からの融資も打ち切られてしまい、借金だけが残った。

 再起する手立ては残されておらず、会社を畳むほかなかった。


「そ、そうですか……」


 社長からの倒産宣言を聞いた社員達は、これまで世話になってきた会社が潰れてしまう事に嘆いていた。

 しかし、いずれこの時が来るであろうということも前から理解はしていた。

 赤字経営が続き、残業代も支払われていなかったのだから、それも当然だろう。

 それでも社員達が残っていたのは社長の人柄と会社の雰囲気が良かったからだ。

 給料が低くとも社員は一丸となって頑張ってきた。

 それゆえに悲しくもあり、悔しくもあった。

 誰よりも働き、誰よりも踏ん張ってきた社長の努力が報われないことが、何よりも悲しかった。


「でも、大丈夫だ。俺の知り合いに頼んでお前達の面倒は見てもらえる。残業代も払えなくて、今まですまなかったな。苦労ばかりで本当に……」

「そ、そんなこと言わないでくださいよ! 俺、社長と一緒に働けて幸せでした! ろくな異能も持ってなくて腐っていた俺を社長は誰にでも取り柄はあるんだって言って雇ってくれたじゃないですか……! それだけでどれだけ救われたか……」

「ぼ、僕もです、社長! 人と上手く話せない僕を社長は雇ってくれただけじゃなく、喋らなくてもいいように工夫してくれたのが嬉しかったです! そんな社長だから僕は、僕は最後まで一緒にいたいんです……!」

「オヤッさん。俺もです。働いた事もない、どうしようもないヤクザの俺を何も言わずに雇ってくれたご恩は今でも忘れちゃいません。地獄の底まで付き合うと決めてるんですわ」

「お、お前達……うっ、うぅ……」


 人情溢れる光景に誰もが涙を流しているところへ、昌三の娘であり、最後の社員である麻美あさみが走ってきた。

 息を切らして、肩を激しく上下させている麻美は昌三に近付き、お客様が来たことを告げる。


「お、お父さん! 大変なの!」

「麻美! 今、大事な話をしている最中なんだ!」

「見れば分かるわよ! でも、それよりも大変なんだってば! とにかく、こっちに来て! とんでもないお客様が来てるんだから!」

「とんでもないお客様だ? 詐欺師じゃあるめえな? ウチみたいな零細企業を食いものにしようってのか?」

「違うわよ! 今、お母さんがお茶を淹れて相手をしているところだから、早くして!」


 流石に昌三の言動が許せなかったのか麻美は怒鳴り声を上げた。


「お、おう。わかったよ。すぐに行くから……」


 麻美に叱られた昌三もこれ以上とやかく言うことは出来ず、黙って従うのみ。


「すまねえ、お前達。ちょいと、待っててくれ」

「「「わかりました」」」


 早く、早くと昌三は麻美に服を引っ張られて、作業場から事務所へと向かう。

 プレハブのような小さな事務所に戻ってきた麻美は昌三を押して、中へと入った。


 事務所の中には一真こと紅蓮の騎士と彼の秘書である桃子が昌三の妻、麻由美まゆみとお茶を飲みながら談笑をしていた。

 談笑していた麻由美が昌三の姿を目にして、椅子から立ち上がり、彼が社長であると紹介を始めた。


「お待たせしました。こちらが主人の昌三でございます~。倉茂工業の社長をしております」

「ど、どうも、初めまして」


 昌三は間近で見る紅蓮の騎士に圧倒されており、少々腰が低くなっていた。

 紅蓮の騎士に頭を下げて昌三は麻由美が座っていた椅子に腰を下ろす。


「貴方が倉茂昌三様ですね。私は国防軍特務部隊所属の東雲桃子と申します」


 そう言うと桃子は懐から名刺を取り出して昌三へ渡した。


「こ、これはご丁寧にどうも。それで、本日はどのようなご用件でうちに?」


 名刺を受け取った昌三は書かれている文字を見ながら答えるが、やはり隣に座っている紅蓮の騎士が気になりすぎて何度も視線を向けている。


「本日、私達が訪問したのはとある依頼をこちらの倉茂工業様にお任せしようと思い、お訪ねさせていただきました」

「え、ええ!? ちょ、ちょっと待ってください。その……大変失礼なことを言いますが……本物でしょうか?」


 紅蓮の騎士が国防軍に入隊した事は既にニュースとなっている。

 勿論、昌三もそのことは知っていた。

 しかしだ、紅蓮の騎士はあまりにも有名の為、偽物がいてもおかしくはない。

 似ている鎧を身に纏えば、詐欺を働く事は出来るだろう。

 その可能性があるので昌三は本物かどうかを疑っている。


「バカ! アンタ! この人達は本物だよ!」

「いてッ!」


 すかさず、麻由美が昌三の後頭部を叩いた。

 昌三が来るまでの間に彼女は本物かどうかを確認していたのである。

 とはいえ、昌三はそれを知らないため、疑ってしまうのも無理はない。


「いや、万が一ってこともあるだろ?」

「アタシが騙されたって言いたいのかい!?」


 喧嘩に発展しそうだったので桃子が仲裁に入る。


「お二人とも、そこまでにしてください。倉茂社長の懸念も分かります。ですので、もう一度、我々が本物である事を証明しましょう」


 桃子は隣に座っている一真に目を向ける。

 合図を受け取った一真は手の平に魔法を発動させて、昌三に分かるよう大袈裟に見せた。


「これで信じてくれましたか?」

「……あ、ああ。す、すいません。疑ってしまい」

「いえ、お気になさらず。それでは話を戻しますが、本日はある依頼について伺いました」

「は、はあ。うちみたいな零細企業に依頼とは……?」

「倉茂工業様ではパワードスーツの開発に尽力されていましたね?」

「……よくご存知で」


 出来ればあまり思い出したくない過去の失敗に昌三は奥歯を噛み締める。

 だが、よく考えてみればおかしな話だ。

 何故、そのような話をするのか。

 少し考えれば分かる話だった。

 桃子が依頼したいのはパワードスーツの開発だということが。


「もしや、パワードスーツの開発をうちに?」

「ええ。ご想像通りです。私達は倉茂工業様にパワードスーツのご依頼に参ったのです」

「えええ~~~ッ!?」


 驚天動地の昌三は驚きのあまり後ろに倒れそうになるくらい身体を仰け反らせた。

 信じられない話に昌三は自身の頬を抓ってみたが痛みはしっかり感じたので夢ではないことを確信した。


「あ、あの何故うちなんでしょうか? 自分で言うのもどうかと思うのですが、うちよりも天王寺グループといった大手の方がいいと思いますよ?」

「そうですね。確かに国内にはいくつかの大手と呼ばれるパワードスーツを作っている会社はあります。ですが、今回求めているのは完全オーダーメイド及びに新技術の確立。既存の概念に囚われている大手よりも新たな試みにチャレンジした倉茂工業様がもっとも相応しいと判断したまでです」


 その言葉を聞いて昌三は涙を流す。

 かつて失敗したパワードスーツの開発。

 正確に言えばパワードスーツ自体は完成したのだが、既存のものではなく全くの別物と呼べるような代物を作ったのだ。

 奇をてらって注目を浴びようとしたのだが、その思惑は失敗に終わり、開発にかかった莫大な費用も回収できず、止む無く会社を畳む事を決めた。


 しかし、その結果が今に繋がったのだ。

 あの日々は無駄ではなかった。

 あの努力は無意味ではなかった。

 思い描いたものにはならなかった。

 それ以上に最高の形となって叶う日がやってきたのだ。


「うっ、うぅ……うぅ……」

「え、あの……え?」


 目の前で男泣きを始めた昌三に焦る桃子は一真に助けを求めるように目を向けた。


「(心を読んでごらん)」

「(え、あ、そうですね。読むまでもないと思って読んでませんでした)」


 ごく自然に桃子と心の中で会話をする一真。

 そのことに関して動じなくなった桃子は一真に言われたとおり、昌三の心を読み、泣いている理由を察した。


「(ドラマがあったんですね)」

「(固定観念に囚われない人達は貴重だからね! 今の内に懐柔して政府ご用達及びに俺専用の職人にしよう!)」

「(今は黙っててくださいよ!!! 折角の感動が台無しです!)」

「(でも、そういう魂胆だったでしょ?)」

「(ぐむぅ……!)」


 一真の言っていることは本当なので桃子も言い返すことが出来なかった。

 二人が内心で漫才をしているとは知らず、倉茂一家はこれまでの努力が実を結んだことに抱き合って泣いていた。

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