第24話 聖女はね、武闘派か腹黒って決まってるんだ

 シャルロットと合流した一真は日本で彼女を預かることを説明した。

 預かると言っても実際は一真のもとで、しばらく暮らすことになっている。

 日本が信用できないという点もあるが、一番は紅蓮の騎士こと一真のもとがもっとも安全だということで決まった。


「で、もし、嫌なら護衛をつけておくけど、どうする?」


 護衛とは一真が作った自動人形ゴーレムだ。

 バリエーション豊かな自動人形だが、基本は脳筋暴力マシンである。

 見た目は騎士の姿形をしているが戦法は大体ステゴロ。

 見た目詐欺がとても酷い。

 普通、騎士といったらカッコ良く剣や盾を使って戦うものだろう。

 なのに、一真ときたら素手による徒手空拳ばかりを好む。

 武器があれば話は別なのだが、今は手持ちにないので一番の武器である己の体を使うのは何もおかしくはないだろう。


「え、えっと、それじゃあ、一真さんのお傍がいいな~って……」

「ん、わかった。じゃあ、俺の家に連れて行くわ」

「ひえッ!? あ、あの、それは急展開すぎませんか?」

「大丈夫。ウチが一番安全だから」


 言っていることは本当なのだが、いかんせん言葉が足りない。

 シャルロットは同棲すると思っており、一真の方はアイビーで保護すると考えている。

 見事に勘違いしているシャルロットは、顔を赤くして一真をチラチラと見ていた。


「(や、やっぱり、一真さんも男なんですよね。わ、私も覚悟決めなきゃ!)」


 盛大に勘違いしたままシャルロットは腹を括り、一真の目を真っすぐ見詰めた。


「か、一真さん! 不束者ですがよろしくお願いします!」

「まあ、気楽にすればいいよ」


 その様子を横で見ていたジョゼフと慧磨は二人に聞こえないように小さな声でシャルロットが勘違いをしているのではないかと話し合う。


「なあ、聖女様はもしかして二人きりになると思ってるのではないか?」

「みたいだな。あの様子を見る限り、彼女は同棲すると思っている」

「言わなくてもいいのか?」

「すぐに勘違いだと分かるだろう。ここは温かい目で見守ろうじゃないか」

「……まさか、まだ諦めていないのか?」

「……さて、なんのことやら?」


 ジョゼフとしてはそのままシャルロットが勘違いし、暴走の果てに一真と交際してくれればいいと思っている。

 まだほんの少ししか一真のことを知らないが、シャルロットを大事にしているあたり、彼女と結ばれれば彼女の故郷であるフランスも気にかけてくれるに違いないと打算的なことを考えていた。


「いい加減諦めたらどうだ?」

「わずかにでも可能性があるのなら賭けたいと思うのは普通だと思うが?」

「……それは分かるが」

「まあ、そう心配するな。可能性は低いだろうから」

「……余計な真似だけはするなよ?」

「そこら辺は弁えてるつもりさ。彼に嫌われたくないのでね」


 出来ればフランスに帰化して欲しい所だが、今は味方でいてくれるだけ有難いと言うものだ。


「そろそろ帰るぞ」


 と、そこで一真がジョゼフと慧磨の二人に声を掛けた。


「ああ、すまない。今行く」


 声を掛けられて慧磨は一真のもとへ向かう。

 そこにジョゼフも続き、最後の挨拶を済ませる。


「紅蓮の騎士、いや、一真君。聖女をよろしく頼んだ」

「……ちょっと相談がある」


 ガシっと一真はジョゼフと肩を組み、他の二人に聞こえないよう防音結界を張った。


「相談とは何かね? もしかして、彼女の好みとかか?」

「そんなんじゃないわ。シャルを鍛えてもいいか?」

「鍛える? それはどういうことだ?」

「フランスにはシャルを守れる戦士はいないだろ? それなら彼女自身が強くなればいい」

「理屈は分かるが流石に無理ではないか?」

「いいや、俺なら可能だ。だが、シャルはフランスの聖女だ。流石に相談も無しに彼女を鍛えることは出来ん」

「まあ、そうだが……」


 チラリとシャルロットに目を向けるジョゼフ。

 彼女は治癒と再生の二つの異能を持つ世界最高峰の治癒系異能者だ。

 しかし、戦闘能力に関しては世界でも下から数えた方が早い。

 そんな彼女を鍛えると一真は言っているが、果たしてどうなるか。

 ジョゼフも日本で行われた学園対抗戦は観戦していたから分かるが一真の戦闘力は恐らく世界でも最高水準だ。

 もしも、シャルロットがその一真に鍛えてもらえれば少なくとも自衛くらいは出来るようになるだろう。


「……わかった。私の方から閣下に報告をしておく」

「サンキュ。了承を得たら、この端末にメールを送ってくれ」

「承知した」


 ということで約束を交わした一真はジョゼフに連絡先を渡して、二人の元へ戻り、いよいよ日本へ帰る準備を進める。


「それじゃ、俺等はこれで」


 軽く手を挙げた一真は転移魔法を発動してシャルロットと慧磨を連れて日本へ戻った。

 三人を見送ったジョゼフは大統領に先程の話をするために来た道を一人戻っていくのであった。


 ◇◇◇◇


 一真達が日本に帰ったころ、イヴェーラ教の本部では片腕を失ったアズライールが怒り狂っていた。


「くそがぁッ!!!」


 手当たり次第に近くのものに当たり、部屋を滅茶苦茶にしているアズライールの目は血走っていた。

 口の端からは涎が垂れており、完全に理性を失った獣の様にアズライールは暴れている。


「くそ、くそ、くそ!!! 紅蓮の騎士ぃッ!」


 なくなった腕の付け根を掻き毟り、大量の唾をまき散らして叫んでいるアズライール。

 彼は自身の力に絶対的な信頼を寄せていた。

 なにせ、空間操作は異能の中でも最上位に入り、キングや覇王ですら相手にならない。

 転移、切断、置換といった空間系の能力は何でも出来るのだ。

 しかも、侵入されないように空間を作る事すら可能である。

 それほどまでに絶大な力を持っていたのにも関わらず、一真に手も足も出なかったアズライールはその事実を認められないのだ。


「あああああああああああッ!!!」


 病室で暴れているアズライールは慟哭にも似た咆哮を上げるのであった。


 その外ではルナゼルとアスモディがアズライールの絶叫を耳にして大きな溜息を吐いていた。


「はあ~。目を覚ましてからずっとなんだけど……」

「仕方ないだろう。今まで最強だと思っていた自身の能力が全く通用しなかったんだ。発狂するのも無理はない」

「まあ、空間操作って初見相手なら確実に殺せるもんね、太陽王だけは例外だったけど」

「アレもまた別格だ。全身を炎に変えて物理攻撃を無効化など理解出来んわ」

「いや~、太陽王の異名は伊達じゃないよね~」

「全くだ。それよりも教祖様はどこに?」

「君達を助けた後は散歩に行ったよ。久しぶりの外だからね」

「そうか。お手を煩わせて面目ない……」

「まあ、いいんじゃない。僕らには期待して無さそうだし~」

「そう……だな。それよりも、そちらの方はどうだ?」

「薬は完成したよ~。今回の襲撃で大量の囚人たちも取り込めたから、人員は十分。魔女、聖女あたりは制圧できたから戦力として合格だね」

「ならば、次の舞台は国際会議だ」

「それしかないよね~。恐らく今回の一件で各国は僕達に対して本格的に排除するように動くだろうからね」

「その場には太陽王、キング、覇王、アーサー王といった名だたる異能者も集まってくるだろう」

「紅蓮の騎士は?」

「日本の代表と共に来るだろうな。ただ、問題は……」

「誰が足止めするかだよね~~~」

「アズライールがあの有様だ。紅蓮の騎士を押さえることが出来るのは……」

「私が適任でしょうかね」


 ルナゼルとアスモディが話しているところに割り込んできたのはアムルタートであった。


「アムルタート。帰って来たのか?」

「ああ……。しっかし、アズライールがやられたってホントかよ?」

「そうだ。完膚なきまでにな」

「ククク……。ギャハハハハ! いい気味だぜ~。人の事散々罵ってたくせに手も足も出なかったとはな~」

「今のアズライールは荒れに荒れている。余計なことは口にするなよ」

「大丈夫でしょ~。この人、死んでも死なないんだし~」

「おいおい、痛いもんは痛いんですよ?」

「ほら、言動がめちゃめちゃになってる」

「おっと、油断したらすぐに狂っちまう」

「増殖の異能は凄まじいが、性格が乖離かいりするのは厄介だな」

「気を付けているのですがね~」


 アムルタートの異能は増殖。

 分身や分裂と違い、細胞一つから自分を増やすことが出来る上に全てが本物であり、一人倒しても意味がない。

 ただし、あまりにも増やしすぎると人格崩壊を起こし、支離滅裂な言動を取ったりするようなことが起こる。

 なにせ、自分がもう一人いるのだ。

 しかも、さらに増えて二人、三人、四人、五人と増えていけば正常な思考など出来なくなるだろう。


「まあ、紅蓮の騎士も無敵に近いけどアムルタートみたいなタイプの敵は流石に一瞬で終わらせれないでしょ」

「無限の名に相応しいからな」

「では、俺が紅蓮の騎士を引き付けるってことでいいか?」

「ああ。もう少し作戦を詰めていこう」


 こうしてイヴェーラ教は新たなる作戦を立てていくのだが、魔の手はすぐそこに潜んでいることを知らない。

 アズライールとルナゼルに一真はマーカーと呼べる自身の血液を付着させていたのだ。

 それを辿れば二人がどこにいるかなど探し出すことは容易である。

 ただ、今は自陣の戦力強化を図っている最中なのでイヴェーラ教の寿命はほんの少し伸びたのだった。


 ◇◇◇◇


 アイビーへとシャルロットを連れて来た一真は家族に彼女を紹介する。

 子供達はテレビやネットの中でしか見たことのない本物の聖女に興奮し、穂花は一真とどういう関係なのかと詰め寄った。


「あの子とはどういう関係なのかしら?」

「ひえッ! え、あ、あの、一真さんとはそのお友達というか……でも、将来的には――」


 最後の方はゴニョゴニョと小さな声で聞き取れなかったがシャルロットが悪い子ではないこと穂花は見抜き、彼女の肩を優しく撫で受け入れるのであった。


「一真から事情は聞いてるわ。しばらくはここで暮らすんでしょ? 自分の家だと思ってゆっくりしていいわ」

「あ、ありがとうございます!」

「でも、最低限のことはやってもらいます。ウチでは家事を分担でやってるから、貴女にも手伝ってもらうから、そのつもりでいてね」

「は、はい! 頑張ります!」


 二人が話している間にフランスからメールが届いた一真は内容を見て、ほくそ笑む。


「大統領の了承は得た、と。ふふ、これでシャルを鍛えることが出来るな」


 一真の思い描く未来は治癒と再生を駆使するゾンビ神拳を会得した聖女の爆誕であった。

 何も知らない彼女は穂花と楽しそうに談笑している。

 これから何が待ち受けているかも知らないで幸せそうにしているのだ。

 敵も味方も絶望の底に追い込む姿は勇者とはかけ離れたものであろう。

 とはいえ、これはシャルロットにとっても悪くはない話。

 一真の指導ははっきり言って人外の領域であるが、間違いなく世界最高峰のもの。

 鍛錬が終わった暁には完全にキマッた聖女が生まれるに違いない。

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