第23話 わりぃ……俺、わかんねえんだ

 フランス政府庁舎に戻って来た一真はシャルロットを奪還したことを伝えに行った。

 幸い、フランスにも一真の知り合いとまではいかないが、知り合いの知り合いがいたので話はスムーズに進んだ。


「そうか。やはり、犯人はイヴェーラ教であったか……」

「ああ。捕まえることは出来たんだが、どうやら仲間に置換の異能、それも生物と入れ替えるレベルの奴がいる」

「なんと……。それほどまでの実力者が敵側に潜んでいるのか」

「そうだ。聞きたいんだがフランスには戦闘系の異能者で目ぼしい奴はいるか?」

「いや、残念ながら聖女の護衛をしていた者達くらいだ。しかし、その護衛も……」

「なら、提案なんだがシャルロットはウチで預かろうか?」

「え!? いや、それは……」


 唐突な提案に驚く男であるが、脳内では冷静に計算をしていた。

 一真こと紅蓮の騎士のもとならば確かに世界一安全だろう。

 それに、これを口実に聖女と紅蓮の騎士が交際していると大々的に発表し、外堀から埋めていけば紅蓮の騎士と強固な関係を結べるかもしれない。


 ただし、失敗した場合が最悪だ。

 紅蓮の騎士との関係は修復不可能なレベルまで落ちる。

 勝手にありもしない事実を捏造したと知れば、紅蓮の騎士は間違いなくフランス政府に対して敵対とまではいかないが嫌悪感を抱くだろう。


 そうなれば、もう二度と今回のようなことは頼めない。

 であれば、やるべきことは一つだ。

 紅蓮の騎士と良好な関係の内に信頼関係を築き、信用を勝ち取るだけ。


「少々、時間を貰えないだろうか? 大統領閣下にご相談をしなければならない内容なのでね」

「それなら俺が一緒に付いて行こう。俺の力を見せれば納得してもらえるだろうからな」

「そ、そうか。し、失礼を承知で言わせてもらうが、くれぐれも無礼な行いだけはしないでくれ」

「そちらの対応次第だ」

「わ、わかった。肝に銘じておこう」


 と言う訳で一真は大統領のもとへ向かう。

 ちなみにシャルロットは念のために精神鑑定を受けるというこうことで、別室に連れられていた。

 鑑定結果は特に問題は無し。

 というよりも、いささか興奮しているようであったとの報告だ。


 シャルロットがいない間、一真は男の案内に従い、大統領の前に来ていた。


「君が紅蓮の騎士……」

「お初にお目にかかります。大統領閣下」


 礼儀正しく頭を下げる一真を見て、大統領はチラリと後方に控えている男を見た。


「大統領閣下。紅蓮の騎士からご提案なのですが、シャルロット・ソレイユを日本もとい彼に預けてみてはいかがでしょうか? 今回の一件で我が国は多大な犠牲を出しました。今、また襲撃を受ければ聖女を守り抜くことは叶いません」

「ふむ……。ジョゼフ政務官、君の言う事は正しい。しかし、だ。ただでさえ、我が国は他国に比べて異能者の質が低い。聖女のおかげでパワーバランスが取れているというのに、その聖女を他国に預けるなど到底許容できるものではない」

「しかし、先程も言いましたが護衛が全滅した今、襲撃を受けた場合、彼女を守ることは出来ません。ここは紅蓮の騎士を信じてみてはいかがでしょうか」

「ならば、こちらとしては信用に足るものが欲しい」


 静観していた一真に大統領が目を向ける。

 一真は大統領が何を求めているのかは検討もつかなかったが、最悪武力行使しかないと面倒くさそうに息を吐いた。


「私に何をお求めで?」

「簡単なことだ。我が国と平和友好条約を結んでもらいたい。日本とではなく君個人とだ」

「(なんやそれ……? 仲良くしましょうねってことなんか? それくらいだったら、別にいいけど勝手にそういうことすると怒られそうだから一旦帰ってからにしよ)」


 言葉的にしか意味が解らなかった一真は、ひとまず持ち帰って他の人と相談してから決めようと結論を延ばした。


「すまない。少し、他の者と相談をしたので保留にしてもらってもいいか?」

「できれば、すぐに答えを聞きたい」

「むぅ……」


 この一連のやり取りで大統領は一真がそこまで賢くないことを見抜いていた。

 当然、大統領としては余計な入れ知恵を防ぐために答えを急かせる。

 このまま押せば日本人らしい一真なら了承するに違いないと大統領は攻め立てる。


「そこまで難しい話ではない。平和友好条約というのはお互いに手を取り合って仲良くしましょうという言葉通りのものだ。フランスが困ったときは君が手を貸し、君が困ったときは我々が手を貸し、そのようにお互いを助け合う関係になるだけさ」

「むむむぅ……」


 言っていることは分かる。

 恐らくは、本当にそういう内容なのだろうが一真はある程度は相手の思考を読める。

 何か魂胆がありそうだという事までは分かったが、流石は大統領と言うべきか、一真にはそこまでしか読み取れなかった。


 必死で足りない頭を回転させる一真はどのような未来が待っているかを予測してみる。


「(言葉通りなら、あんまり考えなくてもいいんだけど、多分絶対違うよな~。俺のことを懐柔したい感じか? もしくは使い勝手のいい戦力にしたいとか? それとも他の国への牽制か? 抑止力? ダメだ。わかんね)」


 脳がパンクしそうな一真は考えるのをやめて、大統領に一言。


「ちょっと、失礼」


 結局、考えが纏まらなかった一真はその場から逃げる様に転移で消えた。

 突然、消えてしまった一真に驚愕する大統領とジョゼフ政務官は顔を見合わせるが、何が起こったか理解できなかった。


「ジョゼフ政務官……。紅蓮の騎士の能力を把握していなかったのかね?」

「も、申し訳ありません! キング同様に多数の異能を持つことは知っていましたが、その全ては把握していませんでした」

「……はあ。とんでもない者が現れたな。空間転移の異能まで所有しているとは予想以上の怪物だ」

「そうですね。他にもまだまだ持っていますから、敵対だけは阻止しましょう……」

「しかし、頭の方はそこまで良くはないな。上手く丸め込めれば良かったのだが……」

「恐らくはこういう状況に慣れているのでしょうね。すぐに相談してからと言っていましたから」

「う~む……。フランスに生まれてくれれば良かったのだがな」

「ですね……」


 それから間もなく、一真が慧磨を連れて戻って来た。

 突然、日本から連れて来られた慧磨は混乱しており、周囲をキョロキョロと見回していた。

 そして、同様にフランスの大統領とジョゼフ政務官も目を見開いて大層驚いていた。


「よし、あとは頼む」

「後は頼むって……」


 一真に事情を聞かされていたが完全に丸投げされた慧磨は疲れ切ったサラリーマンのように溜息を零し、フランス大統領へと顔を向けた。

 背筋を伸ばし、真摯な態度で慧磨は挨拶から始め、一真の処遇についてを語っていく。


 一方で一真は自分の出番はないと見切りをつけて壁際へ移動し、楽な姿勢を取るように壁に背中を預けた。


 小難しい話をBGMにしながら一真は目を瞑っている。

 眠たくなってしまうほど退屈な時間ではあるが、今後の為には必要なことだ。


 しばらくすると、話し合いが終わったようで一真のもとへ慧磨が歩み寄る。


「終わったのか?」

「ああ。ひとまずはね」

「そうか。基本は日本と同じ感じでいいのか?」


 聞き耳を立てていた一真は少しだけだが内容を理解していた。

 概ね日本の時と同じような内容だが、少し違ってくるのが一真ではなく慧磨が間に挟まることだ。


「詳しい話はあとにしよう。聖女を連れて日本へ戻ろうか」

「わかった」


 その後、少しだけ一真は大統領と会話を挟んでからジョゼフ政務官と慧磨の三人でシャルロットを迎えに向かった。


「慧磨。どこで彼を見つけて来たんだ? もしかして、河川敷に捨てられていた段ボールの中にいたとかじゃないよな?」

「そんなはずがないだろ。お前だから言うが彼はお前達も勧誘しようとしていた皐月一真君だ、言っておくが妙な真似だけはするなよ。彼の力の一端を見たから分かると思うが、敵対すれば間違いなく国が亡びるか、傾くぞ」

「わ、わかってるさ」

「お前等、俺が近くにいるのによくそんな話出来るね」

「君ならどうということはないだろう? それに内緒話をされていた方が不愉快だと思うんだが?」

「まあ、そうだけど……」

「皐月一真君。これは興味本位で聞きたいんだがシャルロットと結婚した場合、フランスに帰化してくれるかね?」

「お、おい! なんてこと聞くんだ!」


 ジョゼフのとんでもない発言に慧磨は割と本気で焦っていた。

 慧磨もシャルロットの美貌は知っている。

 そして、一真が美女に弱いということも。

 もしも、これでイエスなど答えられたら付け入る隙を作ってしまうようなものだ。


「いや、それは無理かな。俺、日本の方がいいし。それに転移があるからいつでも行き来できるから問題なくね?」

「ハ、ハハハ、そうだったね」


 淡い期待であったが見事に打ち砕かれてしまいジョゼフは落胆する。

 その横でホッとする慧磨は胸を撫で下ろしていた。

 それと同時に友人であるが一真をフランスに引き抜こうと画策したジョゼフに掴みかかる。


「お、お前な! 言っていい冗談と言っちゃいけない冗談があるだろ!」

「いや~、ハハ。もしかしたら行けるかと思って……」

「仲がいいのは結構だが、さっさと日本へ帰りたいんだ。早くしてくれ」


 ひと悶着あり、予定より少し遅れて一真はシャルロットと合流するのであった。

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