第22話 ドーモ、カズマデス

 イビノムのマスクをしているので表情こそ分からないがアズライールが激怒し、こちらに向かって来ていることが分かった一真は不敵に笑う。

 どのような異能かまでは判明していないが、怒りに我を忘れてくれているなら雑な攻撃しかないだろうと予測して一真は微動だにしなかった。


「死ねッ!!!」


 一真に向かって突撃したアズライールは手を前に翳し、空間操作の異能を発動する。

 空間系で最上位にあたる空間操作。

 転移や置換など造作もなく、他人の体を自由に空間を切断して、分離することも容易であった。


 一真の首と胴体がアズライールの空間操作により離れ離れになってしまう。

 この時点で勝利を確信したアズライールが得意げに笑うも、次の瞬間には驚愕に目を見開いていた。


「んなッ!?」

「ふむ。空間切断または空間操作か……。いや、空間操作か。さっき殴った時、変な感触だったのは自身の周囲を何重にも空間を挟んでるんだろうな」

「(こ、この一瞬でそこまで分かったのか!? いや、それよりもなんで生きてる!? 確かに首と胴体を切り離したはずだ! 普通なら、即死だぞ!)」


 焦るアズライールだが彼は知らない。

 いや、理解も感知も何も出来ないのだ。

 一真が時空魔法で体感時間を停止させ、瞬時に分離した首と胴体を繋げている事など分かるはずもない。


「テメエ……! 何をしやがった」

「教える必要があるのか? 俺は冥土の土産に優しくご高説を垂れる人間じゃないんでね」

「そうか、よッ!」


 首と胴体を切り離しても死なないのならば、全身を細切れにすればいいとアズライールは考え、一真に向かって空間操作を発動する。

 普通の人間ならば、アズライールが異能を発動した時点で敗北は確定だが一真は別格。

 体感時間を停止させ、細切れになった身体を再生し、体感時間を元に戻してアズライールの眼前に移動。


「はあッ!? いつの間に!」

「ふんッ!」


 驚くアズライールに向かって一真は拳を放つ。

 アズライールは自身の周囲を空間操作で何重にも折り重ねているので普通の攻撃は通じない。

 だが、一真もアズライールと同じく空間の使い手であるため、どれだけ空間を折り重ねていても意味はなかった。

 アズライールの顔面に一真の拳が突き刺さり、衝撃によろけた。


「うぶぉッ!」

「まだまだ行くぞ」


 ふらついているアズライールに一真は容赦なく連打を浴びせる。

 執拗に同じ箇所を狙い、アズライールの顔面を何度も一真は殴った。

 その度にアズライールが苦悶の声を上げるが一真は止まらない。


「やっぱり雑魚だな……」

「あ、が……」


 完全に戦意を喪失したアズライールが崩れ落ちそうになった所を一真は襟首を掴んで無理矢理立たせた。


「まだ生きてるだろ?」

「あう……ぐぁ……」

「このマスク、邪魔だな」


 アズライールが被っていたイビノムのマスクを一真は強引に剥ぎ取り、素顔を見た。


「ダメだ。顔が陥没しすぎててよくわからん」


 シャルロットへの仕打ちに腹を立てて、何度も顔面を殴ったのはいいが顔が分からなくなってしまい、一真は非常に困り果てた。


「まあいいか。とりあえず、シャルと同じ痛みを味わってもらおう」


 そう言って、一真は耳に手をかけたが引きちぎる直前で考え直した。

 シャルロットと同じ目に合わせたところで何も意味はない。

 むしろ、それ以上のほうがいいだろうと一真はアズライールの片腕をもぎ取った。


「ぐッ、ぎゃああああああああああああッ!?」

「喚くな」

「ぷぎぃッ!」


 痛みに覚醒したアズライールが絶叫を上げるも一真が鬱陶しそうに殴りつけて口を塞いだ。


「死なれても困るから止血だけはしておいてやるよ」


 回復魔法で傷口だけ塞いだ。

 さて、これからどうしようかと思案する一真は後方にいるシャルロットへ目を向けた。

 今までの行動を見ていたシャルロットは若干一真に対して恐怖心を覚えたが、それも全て自分の為にやってくれたことだと思うと、少し嬉しくなった。


「(私の為に、あんなに怒ってくれたんだ……)」


 アズライールの片腕をもぎ取るというスプラッタな光景を目にしていたシャルロットであるが、それ以上に一真の思いが彼女の心をときめかせていたのである。


 一方で動けずにいたルナゼルは、どうにかこの場からアズライールを連れて逃げ出せないだろうかと算段を立てていた。

 アズライールは空間操作の異能者で組織にいなくてはならない必要不可欠な存在。

 しかし、今は虫の息と言ってもいい。

 紅蓮の騎士こと一真によって片腕まで失っており、もはや見るも無残な状態だ。

 とはいえ、ここで失うにわけはいかず、ルナゼルはなんとか離脱できないかと考える。


 そこでシャルロットの存在に目を付けた。

 彼女は今、一真の魔法によって守られているのだがルナゼルはそれを知らない。

 無防備のまま放置されているシャルロットを人質に取り、紅蓮の騎士に牽制を行うべくルナゼルは傍観していた彼女へ向かって走った。


 しかし、後少しというところで一真がシャルロットを守るように張っていた結界に阻まれてしまい、ぶつかった衝撃で後ろに倒れてしまう。


「は?」

「へ?」


 茫然とするルナゼルとシャルロット。

 ルナゼルは見えない壁に戸惑い、シャルロットは何がなんだかわかってない様子だ。


「俺が何もしてないと思ったのか?」

「ッ!」


 アズライールを片手に持った状態で一真はルナゼルの背後へ移動していた。

 いつの間にか背後に立っていた紅蓮の騎士にルナゼルは驚愕し、咄嗟に距離を取ろうと跳ねるが拳骨を喰らい、その場に倒れ伏した。


「他愛なし……」


 聖女誘拐の容疑者二名を確保した一真。

 これにて一件落着かと思われたが、片手に持っていたアズライールと倒れ伏していたルナゼルが突如として姿を消した。

 正確に言えば、二人は爆弾と入れ替わったのである。


「な――」


 この能力は置換であると気がついた時には遅く、一真は二つの爆弾によって吹き飛んだ。

 結界に守られて爆発から逃れたシャルロットは目の前で吹き飛んだ一真の名前を叫ぶ。


「一真さんッ!!!」


 もくもくと黒煙が舞い上がり、一真の姿は全く見えない。

 あれ程の力を持っていても、先程の爆発をまともに受けてしまえば怪我では済まない。

 最悪の想像をしてしまうシャルロットは顔を青ざめて震えていた。


 しかし、全く問題はない。


 黒煙の中から無傷の一真が現れたのである。

 彼はまるで埃でも払うように体を軽く叩きながらシャルロットの前に姿を見せた。


「ふう。まさか、敵側に置換の持ち主がいるとは思わなかったな」

「か、一真さん! へ、平気なんですか?」

「ん? ああ、怪我一つないさ。それよりもそっちは平気か?」

「は、はい。私の方はもう大丈夫です。それよりも、さっき置換と言っていましたが、確か置換の異能は生物を転移させることは出来ないのでは?」

「普通はね……。でも、爆弾と入れ替えられたってことは多分、置換の異能だと思う。もしかすると、かなりの使い手なら生物の置換も可能なのかもしれない」

「そんな……」

「まあ、大丈夫。一応、マーキングしておいたから」

「マーキング? え? 一真さんってそんなことも出来るんですか?」

「そうだよ。俺は魔法使いだからね」

「え! そんな……ニンジャじゃないんですか」

「なんで落ち込んでるの?」


 一真が魔法使いということよりも忍者でないことにシャルロットは酷く落ち込んでしまう。

 今までずっとジャパニーズニンジャだと思っていたシャルロットはとても悲しそうにしていた。


「ニンジャじゃないんだ……」

「え、え~……」


 彼女の呟きを耳にした一真はどうしようかと悩んで、彼女が喜ぶのであればやぶさかではないと幻影魔法で忍者の格好になる。

 突然の衣装チェンジにシャルロットは驚いたが、一真の格好を見て目を輝かせる。


「きゃ~ッ! ジャパニーズニンジャだ! 一真さん、大好き~!」

「アハハハ……。俺もだよ」

「そこはそれがしも、ですよ!」

「……姫、某が助けに参った」

「はわわわ! 夢にまで見たシチュエーションです! あの忍法とかないですか?」


 先程まで誘拐され怯えていたとは思えないはしゃぎっぷりである。

 シャルロットは一真に忍者として色々と求めていた。

 具体的には忍法である。

 一真は魔法は使えるが忍法は使えない。

 ただし、魔法で忍法の真似事は可能である。


「火遁の術!」


 それらしい印を結んでから一真は口から火を噴く。

 二次元でしか見たことのなかったリアル忍法にシャルロットは大喜びである。


「わあ~ッ! すごい、すごい! 他には何かないんですか?」

「ちょっと、俺の事叩いてみて」

「も、もしや、変わり身の術ですか?」

「そうそう。それが出来るから試してごらん」

「で、では失礼して。えい!」


 ポカッと可愛らしく一真を殴るシャルロット。

 殴られた一真はボフンと白い煙とともに消えると、そこにあったのは小さな丸太であった。

 完璧な変わり身の術にシャルロットは大興奮し、その場を跳ねまわった。


「すっご~い! ホントに変わり身の術だ!」

「こっちでござる」


 少し離れたところに現れる一真。

 本物の忍者と遜色そんしょくない一真に子犬の様に近づくシャルロット。

 そのままの勢いでシャルロットは一真に抱き着き、可愛らしい笑みを浮かべる。


「えへへ~」

「姫、一度本陣へと戻るでござる」

「は~い」


 なんとも気の抜けた状況であるが一真がいる限り、安全なのは間違いなく、シャルロットは身を委ねる。

 一真は折角だからとシャルロットの要望に応え、空を大きな凧で飛行し、フランス政府庁舎へ向かうのであった。

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