第21話 敵なら老若男女関係ないけど、そうでないなら許される事ではない
◇◇◇◇
時は少し遡り、フランスでは聖女シャルロットがお勤めに励んでいた。
彼女はイビノム襲撃時には最優先で保護されており、厳重に守られていた。
おかげで彼女は無事だったが、彼女の住んでいた街は半壊。
犠牲者の数も相当なものとなっていた。
とはいえ、シャルロットには癒す力はあっても戦う力はないので彼女が戦場に残っていたとしても戦力にはならない。
それに、もしも彼女が戦場に残っていればそれこそ迷惑であった。
なにせ、彼女には自身を守る術がない。
それゆえにどうしても彼女へ護衛を回さなければならなくなるので、その分戦力が減ってしまうのだ。
流石にそのような事態は避けなければならないというわけでシャルロットは早々にシェルターの奥へと避難させられたのである。
そして今、聖女シャルロットの為に用意された教会に多くの怪我人が押し寄せていた。
シャルロットにとっての戦場であり、彼女がその真価を発揮する場面である。
「次の患者をこちらに」
「はい!」
シャルロットは聖女らしく白い法衣を身に纏い、治癒の異能と再生の異能を駆使して多くの命を救っていた。
今も一人の人間を救い、すぐに次の患者へと移っている。
一真のように複数の人間を同時に治すことは出来ないが、それでも彼女は世界で唯一無二の存在である。
運ばれてきた患者をシャルロットは治癒と再生の異能を使い、完全に治療を終えると、またすぐに部下へ指示を出し、患者を運ばせた。
そのような作業が数時間と続き、シャルロットの体力と気力が限界へと近づいている。
聖女らしく祈りを捧げ、手を組んでいる彼女はその白く美しい額に玉のような汗をかき、大きく肩を上下させていた。
「聖女様。これ以上はお体に障ります。一度、休憩をされてはいかがでしょうか?」
シャルロットの傍にいた護衛の一人が彼女を労わって、休憩するように提案をするも彼女は首を横に振って拒否した。
「なりません。私は聖女としての務めを果たします」
「しかし、これ以上続けていては倒れてしまいます! 今はどうか体力の回復を専念することをお選びください!」
「私はまだやれます。それに、他の人に比べて私は沢山休んでいますから」
「我々は戦士です! 聖女様とは体力が違います。ですから、無理をして倒れる前に休息を取ってください!」
「…………ごめんなさい。不甲斐ない聖女で」
「何を言うのですか。貴女がいてくれるから我々は安心して戦えるのです。たとえ、志半ばで倒れることになっても貴女を守れるなら我々は喜んで死にましょう」
聖女と違って護衛の人間は替えがきく。
言い方は悪いが消耗品なのだ。
護衛の人間がいくら死のうとも新たに雇えばいいだけ。
しかし、聖女は替えがきかない。
治癒の異能を持つ者はいるだろう。
再生の異能を持つ者はいるだろう。
だが、その両方を併せ持つ者は聖女シャルロット以外に存在しない。
一真という例外が最近現れたが、彼はフランスの異能者ではない。
「そんなこと言わないで――」
「泣かせる話の所悪いが、聖女さんはちょっと来てもらおうか」
「なにも――」
「遅すぎる。外の奴等もそうだったがフランスには骨のある奴がいないな」
突如、現れたイヴェーラ教の幹部アズライールは飛び掛かって来た聖女の護衛を空間操作で細切れにし、シャルロットへと近づいた。
「あ、あ、あ……」
「さて、これで邪魔者はいなくなったな」
先程まで話していた護衛が目の前で細切れにされてしまい、シャルロットは恐怖に腰を抜かしてしまう。
へたり込んでいたシャルロットをアズライールは無理矢理立ち上がらせて、空間操作で外へ出ると、そのまま散歩でもするかのようにゆったりと歩いて裏路地へと向かう。
「わ、私をどうするつもりですか……?」
「さあな。俺にはよくわからん。まあ、実験体かなんかに使われるんじゃねえのか?」
実験体と聞いてシャルロットは顔面蒼白となり、無駄だと分かっても必死に抵抗した。
「いや、いや、いやッ!!!」
「おい、暴れるんじゃねえ」
「離して! 誰か! 誰か助けて!」
「誰も来る分けねえだろ。お前の護衛は俺が全員片づけた。外にいる連中はお行儀よく待ってるだけで中の確認をしないから、お前がいなくなったことすら知らない連中だ。期待するだけ無駄だ」
アズライールの手から逃れようとシャルロットは藻掻くが、彼女の非力な力では振り解くことすらできない。
「お、そうだ。確か、お前、GPSが埋め込まれてたんだったな。耳に」
「え……」
次の瞬間、アズライールはシャルロットの耳に手をかけると、強引に引き千切った。
ブチブチッと嫌な音が聞こえたと思ったら、べちゃっと地面に何かが落ちる音が聞こえて来た。
シャルロットはそちらに目を向けると、そこには鏡で何度も目にしたことのある自分の耳が落ちているのを知り、理解した途端に激痛が彼女を襲った。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」
「うるせえな。少し黙ってろ」
「うぶッ!?」
絶叫を上げるシャルロットにアズライールは容赦なく顔面に拳を叩きつけた。
鼻をへし折られたシャルロットは顔面を押さえて崩れ落ちるが、アズライールに無理矢理立たせられる。
「なに、勝手に倒れようとしてるんだ。さっさと歩け」
「う、うぅ……」
しばらく裏路地を歩き続けると、二人の前にルナゼルが姿を現した。
「待たせたか?」
「いいや、それ程待ってはいない。それよりも聖女は何故血を流している?」
「ああ。うるせえから顔面に一発叩き込んだんだわ」
「あまり乱暴な真似はするなよ。聖女には使い道があるのだから」
「へいへいっと」
ルナゼルに咎められてアズライールはシャルロットを解放した。
支えを失ったシャルロットは地面に崩れ落ち、横たわるものの二人は一切許しはしなかった。
「なに寝てるんだ。さっさと立て」
「うぐぅ……ッ!」
倒れているシャルロットの横っ腹をアズライールは蹴り上げた。
呻き声を上げてシャルロットは脇腹を押さえて涙を零すが、ここには慰めてくれる者など一人もいない。
「アズライール。乱暴はよせと言っただろう」
「これくらいどうってことないだろ。いざとなったら、自分の異能で治せばいいんだからよう」
「そういう問題ではないのだが、まあいい。それよりもさっさとアジトへ戻るぞ」
「おう。りょう――」
最後まで言い切ることが出来ずにアズライールは奇襲によって吹き飛んだ。
突然の奇襲に驚くルナゼルは茫然と立ち尽くし、アズライールを襲った相手を確認する。
「紅蓮の騎士……ッ!!!」
そこにいたのは紅蓮の鎧を身に纏いし、憤怒に染まった騎士であった。
◇◇◇◇
少しだけ時は遡り、一真がフランスに到着した。
謎の飛行物体が超高速でアジア圏を横切り、ヨーロッパに突入した速報はすぐに流れた。
新たなイビノムの襲来だろうかと国民はザワついていたが、慧磨から紅蓮の騎士が派遣されたことを聞かされていた政府の役人が上司及びに大臣等へ報告。
そのおかげですぐに混乱は落ち着いたのである。
「紅蓮の騎士! ようこそ、フランスへ!」
「歓迎はあとでいい。シャルロットの居場所は?」
「これが彼女のGPSだ。幸い、まだ遠くまでは行っていない」
「ニュースになってから時間は経ってたと思うが、誘拐犯はわかってるのか?」
「まだわかってはいない。しかし、相当な実力者だということは確かだ」
「すぐに救出へ向かう。それを貸してくれ」
「ああ、わかった」
一真は端末を借り受けると、すぐにシャルロットの救出へ向かった。
嵐のように過ぎ去った一真を見て、政府の役人はただただ圧倒されるだけであった。
「ハハハ……。アレが紅蓮の騎士。キング以上にとんでもない男だな」
渇いた笑みを浮かべる男は一真が去って行った方向をしばらく眺めるのであった。
一真は受け取った端末を使い、シャルロットに埋め込まれたGPSの居場所に来ていた。
そこで発見したのは強引に千切られたシャルロットの耳。
しゃがんでシャルロットの耳を確認する一真は怒りに肩を震わせた。
「下衆め……」
眉間に皺を寄せて怒りを露わにする一真は千切られていたシャルロットの耳を燃やし、すっと立ち上がる。
「振り出しに戻ったか……」
GPSがなければシャルロットの居場所は分からない。
ここが異世界ならばシャルロットの魔力を探し出すことが出来たのだが、この世界に魔力は存在しない。
「仕方がない……」
出来れば使いたくなかったが一真は人海戦術でシャルロットを探す事に決めた。
探索用のネズミ型と鳥型の
「うっ……! やっぱり、これ気持ち悪い」
今、一真の視界は複数のモニターが接続されたようになっている。
膨大な情報が一気に流れ込んできており、一真は眩暈と吐き気を覚えていた。
しかし、今はシャルロットの救出が最優先の為、フラツキながらも懸命に彼女の探索を行っている。
「見つけた……ッ!」
しばらく経って、ようやくシャルロットを見つけた一真。
だが、事態は急を要するようであった。
傷つけられたシャルロットの前にイビノムのマスクを被っている二人のイヴェーラ教が立っており、何かを話している。
会話の内容までは聞き取れなかったが、シャルロットが危ないと分かった一真は即座に動き出した。
◇◇◇◇
そして、今に至る。
アズライールを殴り飛ばした一真はシャルロットを尻目に確認し、唖然としているルナゼルへ目を向けた。
「お前等か……! お前等がシャルを傷つけたのか……ッ!」
「ッッッ……!」
圧倒的なプレッシャーにルナゼルは全身の毛が逆立つ。
ここにいては危険だと本能で理解し、今すぐにも逃げ出さなければならないと脳が警告を出していたのに動くことが出来なかった。
今ここで動けば殺される未来が見えたのだ。
「お前は後だ……」
「~~~ッ」
一真はルナゼルを一瞥すると倒れているシャルロットのもとへ向かい、彼女にだけ分かるよう幻影魔法を解いて優しく抱き起した。
「女の子に酷い事をしやがる……」
「あ、う……」
「もう大丈夫だ。すぐに綺麗にしてやるから」
シャルロットを安心させるように一真は微笑むと、彼女の顔に手をかざし、回復魔法で顔と耳を治した。
傷跡が消えており、元の美しい顔になったシャルロットは安心感から涙を流し、一真にお礼を述べる。
「あ、ありがとうございます。一真さん」
「礼なんていいさ。それよりも怖かっただろ。ごめんな、助けに来るのが遅れて……」
「あ……」
決壊する。
怖くて怖くて堪らなかったが泣くのをずっと我慢していたシャルロットは一真の優しい目を見て子供の様に泣き始めた。
「うわあああああああああああああッ! 怖かった! 怖かったよぉぉぉ! 殺されるんじゃないかって! 私は死ぬんだって! 護衛の人達もみんな殺されちゃって、もう助からないんだって思ってたから……! 私、私ぃッ!」
「うんうん。そうだね。怖かったね。でも、もう大丈夫。安心して。俺が来たからもう怖くないよ」
「う、うぅ! 一真さん! 一真さぁんッ!」
怯える子供の様に泣きわめくシャルロットは一真の胸にしがみついて安らぎを求める。
泣いている子供をあやすように一真は慈愛に満ちた手つきで彼女の頭を撫でて安心させた。
「おいおいおい! 俺を忘れてんじゃねえぞ、紅蓮の騎士ィッ!!!」
「止せ! アズライール! アレは俺達の敵う相手ではない! 逃げるぞ!」
「やられっぱなしは性にあわないんだよ! アイツはここで俺が殺す!」
「今ここでお前を失う訳にはいかん! 言う事を聞け!」
激昂しているアズライールを必死に宥めるルナゼルだが、彼は怒り心頭で聞く耳を持っていなかった。
「シャル。少し、ここで待っててくれ。すぐに片づけてくるから」
「あ……一真さん」
「大丈夫。俺は最強だから」
シャルロットを引き離した一真はもう一度優しく頭を撫でて彼女を安心させ、アズライールへと振り返り、彼等と対面する。
「雑魚がキャンキャン吠えてんじゃねえよ」
「なんだと、テメエ……!」
「図星だから怒ったか? だったら、すまんな。気に障ることを言っちまった」
「ぶっ殺す!!!」
見え透いた挑発にまんまと引っかかったアズライールはルナゼルの忠告を無視して、一真に向かって飛び出すのであった。
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