第20話 笑顔で好感度を底値にする男

 概ね満足のいく交渉を終えた二つの陣営。

 ただし、桃子だけは不満爆発しているが、彼女は所詮社蓄のように上司の言う事を聞かないといけない立場なので何も言えない。

 一真は要望通りに、政府は紅蓮の騎士という世界でも唯一無二な万能の戦力を得ることが出来た。

 これで文句を言うような者が出ようものなら慧磨はどんな手を使ってでも排除するだろう。

 不満をぶつけられても堪らないし、他国に亡命されたら目も当てられない大惨事だ。


「それでは後日、正式に書類を持ってくるのでサインをお願いできるかな?」

「オッケー。ついでに桃子ちゃんもよろしく」

「承知した。通達しておこう。君の部下になるよう手配しておく」

「助かる~」


 両者は笑顔で握手を交わす。

 これで終わりかと思われた時、不意にポケットにしまってあった一真の携帯が鳴り響いた。

 マナーモードにしておくのをすっかり忘れていた一真は素早くポケットから携帯を取り出して、相手を確認した。


「アリシア?」

「アリシア・ミラー!? 魔女と交流があるのか?」


 思わず零してしまったアリシアの名前に慧磨は大きな反応を見せる。


「俺の交友関係に何か問題でも?」

「ッ……。失礼した」


 プライベートに口を挟むなと言わんばかりに一真は慧磨を鋭い目で睨みつけた。


 慧磨から携帯に視線を戻し、一真はお構いなしに電話に出た。


「はい、もしも――」

『一真! ニュース見た!?』


 焦った声を出すアリシアに驚いて一真は電話口から耳を離した。

 電話口からアリシアの声が矢継ぎ早に聞こえてきて、しかめっ面を浮かべる一真は一旦落ち着くように伝えた。


「落ち着け、アリシア。早口過ぎて何を言ってるか分からない」

『ごめん! でも、シャルが大変なの!』

「シャルロットが? 何かあったの?」

『緊急速報で知ったんだけどシャルが誘拐されたの!』

「なんだって!?」


 アリシアからの報告を聞いて一真はネットで速報を確認した。

 すると、ニュース一覧の一番上にフランスの聖女が誘拐されたと書かれている。

 内容は先日のイビノム襲撃事件で傷ついた人達の治療中にイヴェーラ教が病院に訪れていた聖女シャルロットを襲撃。

 護衛が抵抗するも敵わず、シャルロットはイヴェーラ教に攫われてしまった。


 現在、フランス政府は各国に呼び掛けており、聖女奪還を掲げている。

 尚、聖女を奪還してくれた場合、フランス政府から莫大な報酬が与えられるとのこと。


「アリシア。シャルの居場所は分かるのか?」

『あの子にはGPSが埋め込まれてるの。耳にマイクロチップみたいなのが埋め込まれてるらしいんだけど……』

「けど、なんだ?」

『フランス政府も把握しているのに、まだ彼女を特定できてないことが気になるの……』

「ちッ! 内通者がいたか!」


 シャルロットはその希少な異能によりフランスどころか世界各国から最重要人物として保護されており、監視対象となっていた。

 当然、彼女の居場所はリアルタイムで分かるようにされている。

 勿論、彼女にGPSが埋め込まれてるのは多くの者が知っていたが、どこに埋め込まれたかは把握していない。


 しかし、一部の者は知っていた。

 つまり、内通者がいたということだ。


「アリシア、すぐに動けるか?」

『ごめんなさい。私の方もまだ忙しくて……』

「わかった。俺が行く」

『ありがとう、一真』

「礼なんていらないさ。友達を助けるのは当然だからな」

『シャルをお願い……』

「任せておけ」


 電話を切って一真は慧磨に視線を移す。

 先程の会話をずっと聞いていた慧磨は一真が何を言いたいのかを察していた。

 それゆえに彼はフランスの友人こと同じ政治家に一報を入れた。


「もしもし、私だ。これから、そちらにこちらの最高戦力を送る」

『最高戦力? もしかして、真田信康か? だとしたら、あまり期待できないんだが……』

「いいや、彼ではない。飛びっきりの戦力だ。きっと、聖女を無事に連れ戻すことが出来るだろう」

『まさか……!』

「ヨーロッパ圏に注意喚起しておいてくれ」

『ああ、くそ! わかったよ!』


 慧磨からの話を聞いた男は悪態を吐いていたが少し高揚していた。

 日本の最高戦力は真田信康であるというのは、すでに過去となった。

 今の日本最高戦力は紅蓮の騎士。

 慧磨からの話で容易に想像できた男は自然と口角が吊り上がっていた。


「仕事が早くて助かりますわ」

「こう見えても友人は多い方でね。何かほかに必要なものは?」

「ない。翻訳機も軍事用の携帯端末もアメリカの友人からもらった」

「そ、そうか……。それなら、私の連絡先も登録しておいてもらえないかな? 何か困ったことがあれば力になれるだろう」

「おお、確かに! それじゃ、早速こいつに登録しておくわ」


 一真はスティーブンからもらった携帯端末に慧磨の連絡先を登録した。

 これで困ったときには慧磨に丸投げすることが出来るだろう。

 政治家であるから隠蔽や偽造などはお手の物。

 犯罪行為を犯すつもりはないが、とても使い勝手のいい友人を手に入れた一真は満足そうに頷いた。


「じゃあ、俺はちょっと行ってくる」

「ああ、聖女を頼んだ。彼女は君に次ぐ、治癒系の異能者だ。もし、失われたら世界の損失は計り知れない」

「そんなのはどうでもいい。友達なんだ。助けるのは当たり前さ」


 損得など関係ない。

 ただ友達だから助ける。

 果たして自分にはそう言ってくれる友人がいるだろうかと自問自答する慧磨。


「(いるはずもないか……。少し、羨ましい限りだ。彼の様な友人がいることが)」


 利益にもならない行為を平然と行えるような一真が眩しいと慧磨は目を細めた。


 一真は立ち上がり、踵を返すと部屋の外へ向かって歩いていく。

 途中、穂花と七海に顔を向けて一真は挨拶をするのであった。


「ちょっと、行ってくる」

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

「余裕があったらお土産とかよろしくね」

「うい! んじゃ!」


 軽く手を挙げて挨拶を済ませると、一真は外へ向かって駆け出し、空へ飛び立った。

 一瞬で空の彼方へ消えていく一真を見て、一同は改めて規格外の存在であることを理解する。


「ねえ、お母さん」

「なに?」

「聖女様って当然女の子だよね?」

「ええ、そうね。一度、会ってるから分かるけど、とても可愛らしい子だったわ」

「え!? そうなの?」

「学園祭でね」

「ああ、そういえば来てたんだっけ」


 ポンと手を叩いて思い出す七海。


「て、そうじゃないよ。一真ってホラ、天然たらしな部分あるじゃない? 聖女様大丈夫かなって」

「大丈夫よ。あの子は稼いだ好感度を笑顔で底値まで落とす天才でもあるから」

「そういえば、中学の時、バレンタインのチョコをお友達に配って女の子を撃沈させたんだっけ……」

「しかも、手作りで無駄に凝ってたものを渡して、女子のプライドを砕いた男よ」


 ◆◆◆◆


 これは一真が中学時代の話だ。

 バレンタインということで一真はスーパーでチョコレートの材料を購入し、大量にお友達用のフォンダンショコラを作った。


 百均でラッピング用の素材も買っており、無駄に凝ったものを作って一真は不敵に笑っている。


「ククク、これで明日はワイの独壇場や」


 決して女子に嫌われているとかではない。

 単純にサプライズのつもりだ。

 一真はクラスメイトの顔が驚愕に染まるのを楽しみにしていただけなのだが、これが悲劇につながる。


 バレンタイン当日、一真は大きな紙袋にお手製のフォンダンショコラを詰めて学校に登校した。

 最初はバレンタインのチョコを大量に貰ったのかとクラスメイトに問い詰められたが、これはお友達用に作って来たものだとクラスメイトに一つずつ渡した。


 男子達には喜ばれる反面、女子からは微妙な反応に一真は首を傾げた。

 おかしい、女子は甘いものが大好きなはずだ。

 それなのに何故眉を顰めているのだろうかと一真は疑問を抱いていた。


 結局、その疑問は解けず、一真はバレンタインを終えた。


 その日、一真の家であるアイビーに何人かの女子生徒が訪れてチョコを寄付していった。

 アイビーに住んでいた子供達は大喜びであったが、受け取った七海は女子から事情を聞いており、素直に喜べなかった。


「……一真。アンタって子はどうして……」


 悪い子ではないのだ。

 それは一緒に住んでいる七海がよく知っている。

 むしろ、そこらの男よりもよっぽど有能で勇敢で優しい子である。

 だが、少々お調子者であるのが欠点だった。


「お母さん。どうしよっか?」

「可哀想だけど縁がなかったということよ。あの子は悪い事はしてないし」

「そうだね……。悪い事はしてないんだよね」


 こうして、一真の知らないところでフラグは消滅するのであった。


 ◆◆◆◆


 昔を懐かしむ七海はやるせない気持ちになった。


「顔が良くて家事も万能で子供の面倒見もいいのに……」

「教育は悪くなかったはずなのよね」


 困ったように頬へ手を添える穂花と七海。

 一真の母と姉である二人は幼少期から面倒を見ており、教育に携わっている。

 そのおかげで一真は女子受けもいいのだが、いかんせん二人の言う通り、やらかし具合も半端ないので彼女いない歴、生まれてからずっとだ。


 異世界でも当然同じである。

 一真はパーティメンバーと仲良くはなっても男女の関係には一切発展しなかった。

 勿論、一真の子種が争いの種になるという面もあったが、基本は本人が女性陣の好感度を上げては下げたりを繰り返していたせいでもある。


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