第19話 桃子ちゃんを俺のマネージャーにしてくれ
◇◇◇◇
ついに交渉の日がやってきた。
一真は聞いていた連絡先から電話を受けると、アイビーに迎えを寄越すように伝えた。
そして、こちらの人数が三人であることも伝えた。
「母さんも姉さんもスーツなのに俺だけちょっと違うくない?」
今回、政府と交渉を行うのは一真が主体であるが、彼には政治家とまともに交渉できるような能力はない。
それゆえ、一真のサポートという
その二人はリクルートスーツを身に纏い、バリバリのキャリアウーマン風を装っている。
対して、一真は普段と変わらず、冬服であるコートにジーパンというラフな格好だ。
お洒落にマフラーとかも巻いているが、傍にいる二人のせいで完全に場違いであった。
「お母さん、やっぱりスタイルいいね」
「ふふ、日々の努力の成果よ」
「く~、美魔女って奴よね~! いいな~! 私なんて、最近お肉ついてきちゃった」
「え、姉さんも綺麗だよ。むしろ、男の俺からすればむっちりしてるほうが好みだけど」
「男はだいたいそう言うけど、やっぱり考えが違うのよ。でも、褒めてくれてありがと」
「そうね。男と女じゃ考える事は違うからね」
「うむむ……。難しいものだ」
「理解しようと思わないほうがいいわよ。考えるだけ無駄無駄」
と、自身が女である七海は女がどれだけ面倒で理不尽かを理解しているので呆れるように手を振っていた。
「ところで話は変わるんだけど、一真は好きな子とかいないの?」
「俺を好きでいてくれて、俺のことを殺さないでいてくれる子は皆好き」
「アンタ、一体どんな人生送ってきたのよ……」
とんでもない弟の発言に七海もドン引きである。
「異世界での話は聞いたけど、そんなに価値観歪んじゃうものなの?」
「そりゃ、こっち以上に命の価値が軽かったし、恋愛観も違ったよ。向こうは魔王に支配される寸前だったからね」
「うひ~、やばそう」
「それなら一真は向こうで女の子に好かれなかったの? 勇者でしょ? 引く手数多なんじゃないかしら?」
「魔王軍が俺を殺そうと人間側にスパイを送り込んで、唆してはハニトラを仕掛けられて毒殺された」
「え! もしかして、本当に殺されてたの!?」
「そうだよ、姉さん。俺、向こうで何度も死んでるんだ。まあ、その度に聖女に蘇生してもらってたけど」
「すごいわね、異世界」
一真が殺されていたことも驚きだが、それ以上に死んだ人間を生き返らせる事のできる異世界の魔法に二人は感心していた。
「でも、一真って世界を救ったんでしょ? だったら、お姫様とかと結婚って話はなかったの?」
「そうね。そういうのは定番よね」
「なかった。というか、どちらかと言えば帰ってもらいたかったのか、元の世界に帰れることを教えて貰った」
「ふ~ん、それで帰ることを望んだのね」
「まあね。異世界も悪くはなかったけど、利便性ではこっちが上だったし、家族もいたしね。それに魔王は倒したから勇者は必要ないでしょ」
「それは確かにそうだけど、向こうに未練はなかったの?」
一真の事をよく知っている穂花は異世界にもきっと掛け替えのない友がいることを察していた。
「……正直、離れたくはなかった気持ちはある。お互いに背中を預けて、死地を駆け抜けた大切な友であり師匠であり、大切な仲間たちだったからね」
少しだけ寂しそうな表情を見せる一真。
哀愁漂う一真を見て、七海はなんと声をかければいいのだろうかと戸惑っている。
彼女には一真と同じような体験はない。
それゆえにどう声をかければいいかわからないのだ。
しかし、穂花は違った。
彼女は元国防軍であり、愛しい人を戦地で亡くしている。
一真の気持ちを少しだけ理解している穂花は近付いて頭に手をポンと置いた。
「後悔しない選択なんてないわ。でも、負担は減らしてあげる。私は貴方が帰ってきてくれて嬉しいわ」
「……うん。ありがと、母さん」
ほんの少しだけ気持ちが軽くなった一真は瞳を閉じて、過去を振り返り、やはり碌な思い出はすくないなと笑うのであった。
それから程なくして一真達のもとに月海が現れる。
どうやら、迎えに来たのは彼女であったようだ。
一真は以前、会っている月海に挨拶をすると彼女が乗ってきたリムジンに乗り込んだ。
「リムジンなんて初めて乗ったわ! 凄いわね、一真!」
「ふっ、姉さん。俺はVIPなんだぜ~」
「お~! はは~って頭を下げればいいの?」
「靴をなめろ!」
「ほっぺにちゅーじゃダメ?」
「沢山してくれるならいいよ!」
月海がいるのにも拘わらず、二人はいつものようなノリで過ごしていた。
彼女はその様子を静かに見つめていたが、内心では混乱していた。
「(え、え、え? 確か、彼女は
一真達にとっては普通だが一般人からすれば少し異常だ。
同じ施設で育ったとはいえ、二人は血の繋がっていない赤の他人である。
しかし、血よりも固く深い絆で結ばれているのだ。
教育者であり保護者であり、二人の育ての母親である穂花によって逞しく育てられたおかげだ。
打倒、穂花を掲げて協力し、時には裏切り、共に歩み続けてきた二人である。
「二人とも、はしゃがないの。綾城さんが困ってるでしょ」
「そうだよ、姉さん! もう大人なんだから常識ある行動してよ!」
「流石は私の弟よね。あっさりと手の平を返すこところがそっくり」
「間違いないわ……」
「(私がいるのを忘れてるのでしょうか……)」
そうこうしている内に目的地に辿り着いたようでリムジンが止まった。
一真達はリムジンから降りて、目の前にある料亭を見上げる。
庶民ではお目にかかれないような高級料亭であるが、一般人とは少し違う感性を持つ三人は特に動じることなく、月海の案内に従い中へ入っていく。
奥へ通された三人は、広々とした和室に土下座をして待ち構えている
「ようこそ、おいでくださいました。紅蓮の騎士殿。それとも皐月一真様とお呼びしたほうがよろしいでしょうか?」
顔を上げる慧磨に一真は思わずたじろいでしまう。
まさか、ここまで大層なお出迎えをされるとは予想もしていなかったのだ。
一真の予想ではふんぞり返った老人が、こちらを嘲笑するように待ち構えていると思っていたので、慧磨の対応には驚いている。
「あ、ああ、えっと、とりあえず、土下座はやめてくれない?」
「承知しました」
姿勢を正し、慧磨は正座のまま一真に目を向けた。
真摯な眼差しで見つめられる一真は、どうにも背中がむず痒いと感じて、慧磨の前にドカッと胡坐をかいて座った。
「自己紹介はいらないな?」
「はい。既に存じておりますゆえ」
「あ~……その堅苦しい喋り方どうにかならない?」
「しかし、日本をお救いになられた紅蓮の騎士である皐月一真様に無礼があっては……」
「いや、監視や盗聴しておいて今更だろ。もっと話しやすい感じでいこうよ。あと、腹減った」
「わ、わかり――んん! わかった。君がそう言うのなら普段どおりに話そう。月海君、料理を運んできてもらえるよう伝えてきてくれ」
「畏まりました」
軽く言葉を交わしてから昼食になる。
運ばれてきた豪勢な料理を前に一真は目を輝かせて慧磨を一瞥した。
慧磨はその視線の意味を理解し、一真にどうぞと手を広げた。
「じゃあ、母さん、姉さん。許可も出たんで食べよう!」
「「「いただきます」」」
穂花と七海は綺麗な所作で食べ進め、マナーを守っているが一真は豪快に食べ進めていく。
マナーもくそもない。
好きなように食べるのが一番であると示すように一真は美味しそうに目の前の料理を食べていった。
いの一番に食べ終えてしまった一真は膨らんだお腹を擦って、満足そうに笑みを浮かべている。
少しして、穂花と七海、慧磨達の四人が食べ終えた。
食器が片付けられて、残ったのはお茶のみ。
一真はテーブルの上に用意されたお茶を飲み、本題へと移った。
「さて、お腹も膨れた事だし、本題に入ろうか」
いよいよ、紅蓮の騎士こと一真との交渉が始まる。
慧磨は緊張に喉を鳴らし、身構えていた。
「とりあえず、俺のほうからだが……」
チラリと一真は、いつの間にか斜め後ろに下がっている七海へ顔を向けると、彼女は持参していたバッグから書類を取り出した。
七海から書類を受け取った一真は、そのまま書類を慧磨へと渡す。
中身を確認しなくても良かったのだろうかと慧磨は一真に目を向けたが、彼はお茶を飲んでおり、我関せずといた態度をしていた。
「(……東雲君からの報告に書いてあった通りだな。彼は政治的な能力がないと自ら言っていた。だから、代わりの者に任せたのだろう。賢い選択だ)」
一真への視線を切って、慧磨は渡された書類に目を通していく。
パラパラと書類を捲っていき、全ての書類に目を通した慧磨は言葉を失っていた。
「(え? 本当にこの内容でいいのか? 全国の子供達の支援や児童養護施設への援助に……というか、この内容のほとんどは選挙で政治家が掲げている公約ばかりだ。まさか、これを実現すればいいだけ?)」
七海が書類に纏めていたのは政治家が選挙の際に並べている綺麗ごとだった。
彼女は一人の日本国民として政治家に訴えただけだ。
これを機に日本を転覆、支配などしようとは考えていない。
ただただ、未来の子供達の為に日本を良くして欲しいと願った結果である。
「……この書類に書いてあることがそちらの要求で間違いないだろうか?」
「間違いない! あ、俺のことはなんて書いてあるの?」
「紅蓮の騎士として国防軍への入隊。ただし、非常時のみの特務とせよ」
「それってどういうことだ?」
「つまり、君は国防軍ではあるが普段は学生と変わらず、いつも通りにしてもいいということだよ。ただ、先日のように大規模なテロや災害が起こった際には出動してもらうってところだね」
「卒業した後は?」
「個人的にはそのまま国防軍への入隊をしてもらいたいが、書類のほうには君個人の選択を尊重するようにと記してある」
「じゃあ、俺は基本今まで通り自由でいいわけ?」
「そうなるね」
双方にとって悪くない条件だ。
一真は望み通り、普段は平穏な生活を送ることが出来、政府側はいざという時には紅蓮の騎士に出動を要請することが出来る。
「他にもあるのか?」
「君に関与しないことも書かれているね。これは、監視や盗聴を行わないようにしろということかな」
「ほうほう……」
「後は、ご家族や友人、知人についても書かれている。内容は概ね似ているが、要は必要以上に関与しないということだね」
「なるほど。まあ、そこに書いてある通りだな。ちなみに聞きたいんですけど~」
突然、媚びるように手を揉み始めた一真は厭らしい笑みを滲ませている。
それを見た慧磨は警戒をしたが、すぐに意味がないことを思い知る。
「お給料とかってどうなってるんです?」
「……そ、そうだね。そこら辺については書類に記載さえていないので、要望があるなら聞こうか。出来る限りの願いは叶えよう」
肩透かしを食らった慧磨は渇いた笑みを浮かべて、一真の要求を呑むと伝えた。
色良い返事に一真は飛び上がりこそしなかったが、子供が新しい玩具を貰ったように喜んだ。
「え、マジ!? じゃあ、毎月一億とかでもいいの?」
「むしろ、それだけでいいのかね?」
「えッ!?」
「この際だ。はっきり言おう。こちらとしては国家予算のいくらかを君にあててもいいと思っている」
「ふぁッ!?」
国家予算と言われても咄嗟に計算することが出来ない一真はグルグルと目を回していた。
毎月一億でも破格だと考えていただけに一真には国家予算というワードは重すぎたのである。
「じゃ、じゃあ、その~十億とかでどうすか?」
「本当にそれでいいのかね?」
「え、え、え?」
「君の事は東雲君から聞いている。相手の思考能力を読んだりすることが出来るのだろ?」
「あ、ある程度はですけどね」
「だったら、隠していても無駄だろうから全て話そう。今回のイビノム襲撃で世界にどれだけ被害が出たか君は知っているかい?」
「一応ニュースで少し確認したくらいです。死傷者合わせて五千万人以上の被害が出たとか……」
「そのうち、日本は一万人にも満たない。これは世界的に見ても異常な数字なんだ」
「そ、そうなんですね」
まるで他人事みたいに一真は言うが慧磨は首を振って、どれほどの偉業を成したのか力強く説明した。
「いいかい? これは全て君のおかげなんだ。本来であれば日本も他の国同様に多くの犠牲者が出ていた。しかし、君がイビノムを殲滅し、尚且つ負傷者を全て治した。これがどれほど、凄いかは分かるかね?」
「ま、まあ、キングや太陽王よりも上かなとは思ってるけども……」
「彼等どころの話ではない。過去、現在を含めて君以上の英雄など存在しない。もしかすると、未来でさえも……」
キングや覇王、太陽王は過去の傑物達にも引けを取らないほどの強者だ。
実際、今回のイビノム襲撃でもこの三人は目覚しい活躍を見せている。
しかし、紅蓮の騎士である一真は規模が違う。
前者の三人はイビノム相手に無双はしていたが、人命救助という点では何も成果をあげてはいない。
否、救助活動よりもイビノムの殲滅を優先した結果だが、彼等が救助活動に専念していたとしても意味はないだろう。
なにせ、彼等には一真のように治癒能力など持ち合わせていないのだから。
それだけ一真が異常であり、万能であるのだ。
そんな神に近いような力を持つ一真を月十億で雇えるのならば安いものだろう。
年間で百二十億は消費するが、今回の一件で他国が生じた被害総額に比べれば可愛いものだ。
日本も建物や道路が交通網が破壊されてはいるが、一真のおかげで被害は思った以上に少ない。
おかげでどれだけ助かった事か。
それを考えれば、やはり月収十億など安いものであると慧磨は結論付けた。
「それで、もう一度確認するが十億でいいのかね?」
「えっと、はい……」
慧磨は一真の斜め後ろに控えている穂花を一瞥した。
桃子からの資料で彼女こそ一真の手綱を握る最重要人物だということを知っていたからだ。
彼女が何もアクションを起こさないという事は一真の意思を尊重しているということだろう。
つまり、一真への報酬は月額十億で決まりだ。
しかも、想定していた以上に条件のいいものとなった。
難航すると思われていたが、一真の要求は金銭のみ。
慧磨はお金で解決することが出来て、内心ホクホク顔である。
「あ、そうだ。忘れてたけど、桃子ちゃんを俺の秘書、もしくはマネージャーにしといて。心を読む異能は脅威だからね。こちら側に置いておきたい」
「……」
突然のお願い事に慧磨はフリーズしたが、すぐに計算を始める。
桃子は交渉ごとにおいては無類の強さを発揮する内政特化の異能者だ。
彼女を手放すことは出来ないが、一真とのパイプ役としては特に問題はない。
それに一真も桃子のことを気に入ってるのだろうと慧磨は察して、返答をするのであった。
「それくらいなら喜んで」
「おお! ありがと!」
念のために奥のほうで心を読んでいた桃子は上司が自分を売った事を理解してしまい、ガックリと項垂れるのであった。
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