第18話 未亡人属性なら俺はいける
◇◇◇◇
第七エリアに戻った一真は学園で隼人達と別れると、寮ではなくアイビーへと急いで帰った。
帰り道、イビノムの襲撃によって破壊された街が復旧作業に励んでいるのを一真は尻目に駆け抜けた。
アイビーへ帰ってきた一真はいの一番に穂花へ会いに行く。
奥の職員室へ向かい、扉をあけると、そこには陽向を始めとした多くの職員が働いていた。
そして、その最奥にいるのが管理人であり支配者の穂花である。
「ただいま、母さん」
「おかえりなさい、一真」
「お土産沢山買ってきたよ」
そう言って一真は鞄にしまっていたお土産を取り出して職員に手渡した。
「子供達の分もあるんで配っておいてください」
「ありがと、一真君」
お土産を渡し終えた一真は穂花のもとへ近付き、政府との話し合いが二日後にあることを他の者には聞かれないように伝える。
「母さん。明後日なんだけど、政府のお役人と話す事になった」
「なんですって? もしかして、紅蓮の騎士関係について?」
「そうそう。正体バラしたから、交渉する予定。そんで一緒について来てくれない? 俺、政治関係には疎いからさ」
「そういうことならわかったわ。ついでに
「まあ、母さんの顔写真つきで下着を売りさばいていた姉さんだからね……」
「余計な事を思い出すな、バカ!」
「いてーっ!」
ゴチンと頭に拳骨を喰らい、火花が散っているような音を響かせた一真は頭を擦っていた。
そして、アイビーの悪ガキトップスリーであり、歴代ナンバーワンの姉こと七海について思い出していた。
女の敵は女と言わんばかりに七海はあくどい手段で穂花を苦しめていた。
先程、一真が言っていたように穂花の使用済みの下着をブロマイド付きでSNSを通じて販売して荒稼ぎをしていたり、他にも彼女の生理用品に悪辣な悪戯を仕掛けていたり、盗撮映像を会員限定の動画サイトで流そうとしたりと、色々やっていた。
最終的に本気で怒った穂花が七海を締め上げて、彼女を無事に更生させることができた。
当時を知っている一真は思い出すと今でも震える。
そんな七海も今では立派な大人となり、結婚し、家庭を持った主婦として頑張っている。
娘の
血縁上は何の繋がりもないが七海の弟である一真にとっては可愛い姪っ子なのだ。
「ちょっくら、七海姉さんの所にでも行ってくるか」
「そうしなさい。向こうも話したい事があるでしょうし」
「やっぱり、紅蓮の騎士についてかな?」
「それ以外ないでしょ……」
呆れるように呟く穂花に一真はだらしなく笑い、七海へ会いに行くことにした。
「あー、それと久美子さんにも顔を見せて上げなさいよ」
「……わかった。クソババアにも会いに行くわ」
職員室を出て行こうとした時、穂花から実の母親にも顔を見せてあげるように言われた一真は職員室を後にするのであった。
◇◇◇◇
七海が住んでいるマンションにやってきた一真だったが、彼女が住んでいたマンションはイビノムの襲撃により半壊。
取り壊し作業を行っている現場を見て、一真は七海に電話をかけた。
「もしもし、七海姉さん。今、どこにいるの?」
『あ、一真! 今は仮設住宅に住んでるの。もしかして、マンションの前にいるの?』
「そうそう。用があって来たんだけど、姉さんの住んでるマンションが取り壊しになってたから、どこにいるんだろうと思って」
『そうなのね。今から住所送るから、そこに来て』
「わかった~」
電話を切ると、すぐに七海から住所が送られてきたので、一真は早速移動する。
やってきたのは半壊した街にできた広場。
そこには沢山の仮設用住宅が並んでおり、その中に七海が住んでいる。
仮設用住宅が並んでいる広場にやって来た一真は七海へ電話をかける。
「もしもし、姉さん。着いたけど、どこにいるの? 全部同じでよくわからん」
『ちょっと待ってて』
それからすぐに八雲を抱っこした七海が一真のもとにやってきた。
一真は七海のもとへ駆け寄り、八雲を引き取る。
「お~、八雲。久しぶりだな~」
「かじゅま、かじゅま!」
「そうだよ~、一真だよ~!」
八雲を高く持ち上げて、喜ばせる一真は親戚の叔父さんみたいに笑っていた。
「久しぶりね、一真と言いたいところだけど、一昨日には会ってたわね」
「まあね。でも、俺も色々とやってたから姉さんとはゆっくり話せなかったけどね」
「そこのところ、詳しく知りたいわ」
「そのことで相談があるんだ。一旦、姉さんの家に行ってもいい?」
「いいわよ。あ、今は旦那いないから背徳プレイでもする? 人妻のお姉ちゃんとなんて興奮しない?」
「う~ん! 人妻には手を出さないって。でも、未亡人になったらめちゃくちゃ興奮する。旦那の事忘れて、俺を見ろよって感じで」
「それは私も興奮するわ。弟だと思ってた男の子が野獣みたいに私を求めてくるって考えただけでご飯三杯はいける」
「なんのはなし~?」
「おっと、流石に子供の前でする話じゃないな」
「そうね。八雲にはまだはやいでちゅよ~」
「ぶ~!」
大変教育によろしくない発言の数々である。
ここに穂花がいたら、間違いなく拳骨が落ちていたであろう。
しかし、ここにはボケの二人しかいないので止める事が出来ない。
辛うじて、娘の八雲がストッパーになるくらいだろう。
くだらない話を終えた一真は七海が住んでいる仮設用住宅に案内してもらった。
簡素な作りとなっている部屋の中央で一真は座り、八雲を膝に乗せたまま七海と話す。
「ごめんね、今はお茶とか出せなくて」
「いいよ。大変なのは姉さんの方なんだし。てか、どうしてアイビーに戻らないの」
「迷惑かけるわけにはいかないじゃない。確かにあそこは安全だけど、物資なんかは別でしょ?」
「ああ、そうか。ごめん」
「いいのよ。一真が謝る事じゃない。むしろ、助けてもらったのはこっちなんだから」
「いや、俺には力があるんだ。もっと、色々と俺がしっかりしておけば……」
「それはお母さんも言ってたでしょ。考えすぎなのよ、一真は」
「う……」
「それで、今日は何しに来たの? もしかして、私に会いに? だったら、嬉しいな~、お姉ちゃんは!」
「それもあるんだけど、実は紅蓮の騎士ってことを政府にバラしたんだ。明後日、交渉に行くから姉さんにも手伝ってもらえないかと」
「ほほう。それは面白そうね。何か要求する気?」
「特に考えてない。俺はそういうの苦手だし」
「そう。じゃあ、私のほうで考えておいてもいいのね?」
「いいよ。あ、俺の希望としては今みたいに普段は平穏な感じがいいかな」
「わかったわ。とりあえず、一真の要望を含めて考えておいてあげる」
「よろしく~」
「よろしく~」
真似をする八雲に一真は微笑むと高く持ち上げた。
「そういえば旦那さんは?」
「仕事。こんな時でも働かないといけないのよ」
「社会人は大変だな~」
「だな~」
ひとしきり、八雲と遊んだ一真は七海と別れて、久美子のもとへ向かった。
幸いにも彼女の自宅はイビノムの襲撃にあっておらず、一軒家である彼女らの家は無事であった。
インターホンを鳴らすと、出てきたのは旦那の聖一だった。
聖一は一真の姿を見ると、目を大きく開いた。
そして、すぐに笑みを浮かべると一真を中へ案内するのであった。
「ようこそ、一真君。我が家へ」
中へ案内されると、そこには一真の
そして、奥のキッチンで久美子が皿洗いをしている。
これは間が悪いときに来てしまったと一真は遠慮して出て行こうとしたのだが、子供達に止められる。
「お兄ちゃん!」
「おにい!」
ガシッと足にしがみついてきた妹と弟を見ては一真も帰ることは出来なかった。
一真は二人を引き剥がして、腰を下ろすと二人の頭を撫でた。
「この前はろくに挨拶できなかったな。俺は皐月一真。お前らのお兄ちゃんだよ」
そう言って一真が微笑むと、二人も嬉しくなったようで笑顔を浮かべる。
僅かな時間で仲良くなった三人は一緒に遊び始めた。
「うえ~い!」
「うえ~い!」
「うえ~い!」
鍛えている一真は二人を持ちあげて、クルクルと回って楽しませる。
調子に乗って回転速度を上げた結果、一真は足元の玩具を踏んでしまい盛大に倒れるが二人をしっかりと守った。
「あでぇっ!」
「大丈夫!? お兄ちゃん!」
「にいに、痛い痛い?」
「大丈夫だ。これくらいは痛くも痒くもないさ」
実際、その通りなので無用な心配である。
頭をかち割られて、血が噴き出さない限りはノーダメージなのだ。
ただし、穂花の鉄拳制裁だけは愛の力で一真の防御をぶち抜く。
それからも三人は遊んで楽しい時間を過ごした。
◇◇◇◇
夕飯時となり、一真はそろそろお暇しようかとした時、聖一が呼び止める。
「食べていきなよ。久美子も子供達もその方が楽しそうだし、何よりも君ともっと話してみたいからさ」
「いや、でも、それは流石に迷惑じゃ」
「迷惑なんかじゃないよ。ねえ、久美子。一真君一人増えた所で問題はないよね」
「ええ、勿論」
「……お兄ちゃん、帰っちゃうの?」
「にいに、バイバイ?」
流石にこうまで言われてしまえば一真も帰ることは出来なかった。
寮生である一真は寮の食堂か、もしくは自分で夕食を用意することなっている。
今日はアイビーで夕食を取る予定であった一真は電話で穂花に夕食は必要ないと伝えると、聖一にお世話になると頭を下げた。
「すいません。じゃあ、今日はお言葉に甘えてご馳走になります」
「じゃ、じゃあ、私が腕によりをかけて美味しいもの作るわ!」
「~~ッ……!」
久美子がはりきって夕食を作ると言い出し、一真は思わず「お前が作るんかい、クソババア!」と口にしかけたが、なんとか寸前のところで抑えることができた。
「あの……聖一さんはご飯とか作らないので?」
キッチンで久美子がいつも以上にやる気を出して料理を作っている間、リビングで一真は子供達の相手をしながら、聖一に小さな声で話しかけた。
一応、久美子を思ってのことだった。
「えっと、僕は料理のほうはからっきしでね……。久美子さんに出会ったときも実はお惣菜とかを買いに行ってた時なんだよ」
「そ、そうですか……」
聖一の外見はいかにも仕事が出来そうな見た目をしている。
スラッとした細身で高身長の知的な眼鏡をかけた優しそうなイケメンだ。
しかし、料理が出来ないときた。
やはり、人は見た目では判断出来ないなと一真は改めて思った。
「そういえば、今更なんですけど、子供達の名前はなんていうんですか?」
「あれ? まだ言ってなかったっけ? 長女の方が
「美希に聖太ですか。いい名前ですね」
「ありがとう。これからも時々でいいから仲良くしてあげてね」
「はい、勿論です」
「何の話してるの~?」
「コショコショ話~?」
「大人だけの秘密なお話さ」
お茶目にウインクして一真は誤魔化した。
それからしばらく、一真は美希と聖太の二人と遊んで夕食が出来るまで時間を潰した。
「出来たわよ~」
キッチンのほうから久美子の声が聞こえてくる。
夕飯が出来たようで聖一がキッチンへ向かい、テーブルに料理を運んでくる。
一真も手伝おうとしたが、お客様でもあるのでゆっくりしていてくれと聖一に言われてしまったので美希と聖太の面倒を見ていた。
その後すぐに、テーブルへ料理が並べられ、一真は美希と聖太の二人の間に座り、久美子と聖一と向かい合って料理を眺めた。
「あ、あの、不味かったら食べなくてもいいからね……」
先程までははりきっていた久美子であったが、いざ一真と対面し、夕食となると情けなくも恐怖で震え始めていた。
一真とのわだかまりはなくなったとはいえ、自身の手料理を振る舞うのは初めてなのだ。
そのせいか、彼女は酷く緊張していた。
「いただきます」
一真は箸を持ち、静かに久美子が作った肉じゃがやから揚げを食べ始めた。
黙々と料理を食べ進めていく姿を見て久美子は嬉しい反面、不安で仕方がなかった。
もしかして、口に合わないのではないか、不味くはないかと一真の様子を何度も窺っている。
「…………母親の手料理は美味いもんだな」
「……え?」
「二度も言わん。クソ――んんぅ! 早く食ったらどうだ。いらないなら俺が貰うが」
「か、一真……」
素直ではない息子からの賛辞に久美子は思わず涙ぐんでしまう。
横に座っていた聖一は崩れ落ちそうになる久美子を支え、優しい手つきで彼女の背中を擦っていた。
「良かったね、久美子さん」
「うん……うん!」
「ママ、泣いてるの?」
「ママ、痛い痛い?」
「ううん、これはね嬉しくて嬉しくて、心が暖かいから泣いてるの。だから、痛くなんてないのよ」
「美希、聖太。そんな奴、放っておけ。早く食べないと全部俺が食べちゃうぞ~?」
「わ~、駄目!」
「ダメダメ~!」
一真は二人を煽って、競い合うように料理を食べていく。
味付けから何もかも好みとは違うが、それでも久美子が作った料理は確かに美味しかったと一真は思うのであった。
夕食を終えて一真は今度こそ帰ることにした。
聖一達もこれ以上引き止めるわけにはいかないだろうと玄関まで見送る。
玄関にまでやってきた一真は靴を履いて、ドアに手をかけると、聖一達のほうへ顔を向ける。
「それじゃ、俺は帰るわ。ご馳走様でした」
「一真君、またいつでもおいで」
「一真、いつでも来ていいからね」
「ああ、また今度来るわ。それと、聖一さん。過去の事を知っているから言いますけど、愛想尽かしたら俺にいつでも言ってください! 跡形もなく消し炭にしてやりますから!」
「ア、アハハハ……」
「か、一真! もうそんなことしないってば!」
「黙れい! 人は同じ過ちを犯すもんじゃい!」
「じゃい!」
「じゃい!」
一真の口調を真似して美希と聖太もドヤ顔をしている。
それを見た一真は二人の目線に合わせるように腰を下げると頭に手を置いた。
「二人も何か困ったことがあったら、お兄ちゃんを呼びな。助けてやっから」
「「うん!」」
元気良く返事をする二人に一真は笑顔を浮かべると、曲げていた膝を伸ばし、背筋を伸ばした。
「聖一さん。どうしようもない母ですが、どうかよろしくお願いします。もしもの際は俺を呼んでください。俺に出来る事なら何でもしますんで」
「一真君……。それじゃあ、一つだけいいかな」
「なんでしょうか?」
「僕が勤めている会社は玩具メーカーなんだ。で、僕は玩具の開発チームのリーダーをやってる」
「…………まさか、DXソードは聖一さんが?」
「察しが良くて助かるよ~! 今度、紅蓮の騎士verを出したいんだけど協力してもらえないかな? 勿論、報酬は弾むから!」
「…………それが聖一さんの頼みならば」
「ホント!? いや~、言ってみるもんだね! ありがとう、一真君!」
「ハハハハ……」
聖一も意外とちゃっかりしていることを知った一真は頬を引き攣っていた。
しかし、まあ、悪くはないと一真は溜息を零した後、聖一達に別れを告げて家に帰るのであった。
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