第17話 毒殺してこない女性は大当たりだから
◇◇◇◇
祝勝会も終わり、いよいよ一真は第七エリアに帰ることになる。
転移魔法で何度も帰還しているが、それこれとはまた別だ。
一真は試合後のボクサーの様に膨れ上がった顔をしながら荷物を纏めていた。
「全く、こんなになるまで殴らなくてもいいのに」
お土産を鞄に詰め込み、服や下着を畳んでいる一真は祝勝会でやらかしたせいでタコ殴りにされている顔について愚痴っていた。
確かに悪ふざけだとは思うが、男性陣にはウケていてたし、一部の女子からも称賛されていた。
それなのに、ここまでやる必要はないだろう。
あまりにも理不尽な対応に一真は少々苛立っていたが、自業自得な部分もあるので強くは出れなかった。
「ふ~~~。これで終わりだな」
荷物を纏めた一真は時計を確認する。
ロビーの集合時間まではもう少しある。
さて、どうやって時間を潰そうかと考えていた一真であったが、携帯が鳴って電話に出た。
『よう、一真』
「どうしたんすか、宗次先輩」
『ちょっと、最後に話さないか? まだ時間はあるだろ?』
「いいですよ。どこにいるんです?」
『ホテルの休憩所があるだろ? そこに来てくれ』
「うっす」
電話を切って一真はすぐに宗次に指定された場所へ向かう。
そこはカフェの様になっている休憩所。
一真はそこへ着くと、宗次を探して歩き回った。
すると、先に辿りついていた宗次が一真を発見し声を掛ける。
「お~い、こっちだ」
「あ、宗次先輩。どもっす」
「おう」
宗次が座っている席に一真も座ると、店員に注文をした。
注文を終えた一真は宗次の方へ振り返り、何用で呼んだのかと問いかける。
「それで、話ってなんですか? 言っておきますけど、俺にそっちの気はないですからね!」
「俺だってないわ! お前を呼んだのは、まあ、聞きたいことがあるからだ」
「なんです?」
「将来についてだよ。お前も異能学園にいるってことは将来、国防軍や就職を視野に入れてるんだろ?」
「まあ、そうですね。俺は施設育ちなんで大学よりは就職した方がいいんです」
「あ、そうか。そう言えばそうだったな」
「あれ? 俺が施設育ちって教えましたっけ?」
「調べた。俺は学園対抗戦で一番怪しいのがお前だと思ったからな。情報をかき集めたんだよ」
「そうなんですね」
明かされる事実に一真は少し嬉しくなった。
クラウンバトルの時もそうだったが、宗次という男は本当に尊敬できる。
彼は学生最強だからと言って慢心せず、驕ることなく前を歩き続けているのだ。
そのような男が最初から自分を見ていてくれたことは素直に嬉しいのである。
「でも、お前も就職組か~」
「そういえば宗次先輩は今年卒業ですもんね。進路は決まってるんですか?」
「いんや、その事でお前にも相談に乗ってもらおうと思って呼んだんだ」
「あ~、なるほど。何に悩んでるんですか?」
「国防軍に入隊か、国内の企業に就職かだな」
「先輩ならどこでも通じそうですけど、いっそのこと起業とかどうですか?」
「俺みたいな若輩者が今の国内企業を相手に太刀打ちできるわけねえだろ」
「いや、わからないですよ。先輩の実力はこのままいけば間違いなく国内最強になれます!」
「紅蓮の騎士がいるのに?」
「アレは例外中の例外ですよ」
一真の言う通り、宗次がこのまま成長すれば間違いなく国内最強は間違いない。
身体強化に加えて
他者の異能を模倣すればキングすら上回る異能を持つことが出来るのだ。
それら全てを高水準にすれば敵はいないだろう。
実際、学生時代は一真という人外の変態を除けば無敗を誇っていたのだから。
「はあ……。俺はどうすればいいんだろうな」
「国防軍か国内の企業に就職か……。う~ん、待遇で決めればいいんじゃないですか?」
「ぶっちゃけるとサムライの待遇が一番だ。国防軍も悪くはないんだが、どうしても縦社会だろ? 階級や派閥が存在しているから、正直面倒くさいってのが本音だ」
「もう答え出てるじゃないですか~!」
「まあ、待て。サムライは確かに待遇はいいんだけど、国土奪還作戦とかは国防軍が主体なんだ。金銭面はサムライ、俺の目標は国防軍の方なんだよ」
「先輩の目標ってなんなんですか?」
「日本国土全ての奪還。いずれ生まれてくる俺達の子供の為にも成し遂げたいって気持ちがある」
「え……? いずれ生まれてくるって?」
「言ってなかったか? 俺は蒼依と付き合ってるんだよ。所謂、幼馴染って奴でな。まあ、このままいけば結婚する」
「そ、そそそそそんな! 先輩は俺と同士だと思ってたのに!」
まさかの発言に一真は期待を裏切られたと動揺していた。
宗次は自分と同じで誰とも付き合っていないと思っていたのだ。
風呂場でのやり取りを思い出して一真は嘆き悲しんだ。
自分と同レベルのバカをやってくれた親友とも呼べる男は遥か先にいたのだと。
「うぅ……! あんまりだ~!」
「お、おい、一真? どうした?」
「先輩は俺と同じで誰とも付き合ってってない人だと思ってたのに~」
「え、え~……」
泣き崩れる一真を見て呆れる宗次。
一真の容姿、実力、人柄を見ればすぐにでも彼女が出来そうなものなのに、どうして泣いているのか分からなかった。
しかし、先日の一件を思い出し、宗次は一真に彼女が出来ない原因を理解した。
「なあ、一真」
「なんですか?」
「お前は確かに凄い奴だ。普通なら彼女が出来てもおかしくはない。でもな、多分昨日みたいな行動がいけないんだと思う」
「昨日? 俺なんかしました?」
「裸で踊っただろ……」
「アレは面白いと思って……」
「いや、実際面白かった。でも、女の子が見たらどう思う?」
「まあ、下品かと……」
「つまり、そういうことだ」
「そんな……じゃあ、俺は自分でフラグを折っていたわけですか!?」
遂に理解した一真。
数々のフラグを建て、笑顔で自ら叩き折って来た事実を知った一真は驚愕に震える。
「恐らくはな……」
「でも、俺……今更変わる事なんて出来ませんよ!」
「そんなんだと一生彼女出来ねえぞ……」
「ありのままの自分を受け入れてくれる人を探します……」
「その道は果てしなく険しいぞ。それでもいいのか?」
「幾千、幾万もの敵が立ち塞がろうとも俺は進みます」
「茨の道だと知っても尚進むことを選ぶか……。流石、俺の勝てなかった男だよ」
一真の生き甲斐に思わず称賛してしまう宗次。
言っていることはカッコいいかもしれないが、その実態はアホとしか言えない。
「あ、すんません。話が逸れましたね。宗次先輩は結局どうしたいんです?」
「う~ん……。生きていく上では金も欲しいし、未来を考えるなら国防軍だろうし……難しいな」
「気が早いかもしれませんが彼女さんに相談すればいいんじゃないですか?」
「蒼依にか?」
「はい。俺よりも将来のパートナーになるかもしれない彼女さんに相談する方がいいと思いますよ。まあ、でも、最終的には宗次先輩の気持ちが大事だと思いますけどね」
「俺の気持ちか……」
先程の言葉はどちらも本心だ。
金が無ければ生きていけないという事はないが、将来を考えればお金が無くてはならない。
勿論、日本奪還も同じだ。
いくら金を稼いでも日本が無くなれば意味はないし、将来生まれてくるであろう子供達に苦しい思いはさせたくない。
「そうだな。蒼依にも相談してみるよ。サンキューな、一真」
「いや、俺は特になんにもしてないです」
「こうして相談に乗ってくれただけでもありがてえのさ」
「んじゃあ、そういうことにしておきます」
「おう。それよりも時間は大丈夫か?」
「もう荷物は纏めてあるんで、後はロビーに集合するだけですから余裕です」
「そうか。しかし、寂しくなるな。今年卒業したら、お前と会う機会は減っちまうのがな」
「それが社会人の宿命っす!」
「ハハハ、そうだな」
笑い合って二人はそれぞれの部屋へと戻っていく。
一真は時計を確認して、集合時間まで残り十分となっていたので、すぐにロビーへ向かった。
一階のロビーには多くの学生が集まっている。
第七異能学園以外の学生だ。
彼等彼女等も地元へ戻るためにロビーへ集合していたのだ。
勿論、第七異能学園のメンバーもいる。
一真は第七異能学園のメンバーを発見して、そちらに向かおうとしたが阻まれてしまう。
最初は喧嘩でも売ってるのかと一真も身構えたが、どうもそうではない。
一真を囲んだのは先日の祝勝会で彼が披露した芸で盛り上がり、爆笑をしていた者達であった。
彼等は一真を囲むと笑顔で話しかける。
「よう! 昨日は楽しませてもらったよ! また、来年って言いたいけど俺は今年で卒業なんだ。国防軍への入隊が決まってるから、滅多に会えないけどまた会おうぜ!」
「俺も俺も! 皐月君! 君は最高だったぜ! 君なら国防軍も夢じゃないからいつか一緒に仕事しような!」
「昨日は最高だった! あんなに笑ったのは久しぶりだったよ。負けて悔しい気持ちは当然あるけど、それ以上に君のことは色んな意味で尊敬している! 来年も楽しませてくれ!」
「今年で最後ってのが寂しくて仕方がないよ! 君みたいな最高に面白い子と過ごせるのが出来ないだなんて! もっと、早く出会いたかった! 来年も頑張ってね!」
「二年生や一年生が羨ましいよ! 来年も君と会えるんだからね! きっと、今年よりもさらに強くなって、面白くなるに違いない! 僕は今年で最後だったけど、本当に楽しかった! ありがとうね!」
囲まれて、次から次へと押し寄せてくる学生たちに一真はたじたじであったが、誰一人として恨んでもいなければ怒ってもいない。
先日の一発芸のおかげでもあるが、クラウンバトルでの評価も加わっているので誰もが一真を認めていた。
勿論、愛すべきバカであるという認識だが、それで十分だろう。
完璧な一真など気持ち悪い。
少しくらい抜けていた方が人から好かれるというものだ。
そのおかげで男子だけでなく女子からも人気であった。
「皐月君! もし、第三エリアに来ることがあったら私に言ってね! お姉さんが案内してあげるから!」
「すっごい良かったよ~! 君の肉体美! 出来れば下の方も見てみたかったけど、ガードが固くて残念。でも、本当に昨日は楽しかった! ちょっと下品かもしれないけど、私は全然アリ! 来年もするなら是非呼んで欲しいな!」
「よっ! 今大会最大のMVP! 祝勝会でも皆の注目も集めていくなんて流石だね! もっと早くに出会いたかったな。そうすれば、もっと君の事知れたのに! それが残念」
「きゃ~、一真く~ん! これで最後だなんて悲しいよ~! もっと、君と遊びたかった~! 昨日も面白かったし、クラウンバトルも凄かったし、最高だよ~! 来年も出場するなら絶対応援するからね~!」
「は~あ……! 今年で卒業じゃなければ本気でアタックしてたのにな~。強くて面白くて、いい子だってのは分かったんだし~。一真く~ん、もしよかったら私と付き合わない? なんてね~! ライバル多そうだし、私はやめておくよ~。来年も頑張ってね~!」
「あ、あの男に興味とかない? その剣崎くんとか、桐生院くんとか!」
概ね好評であったが最後の方だけはご遠慮くださいと一真は思った。
先輩方に可愛がられ、もみくちゃにされた一真は第七異能学園のメンバーが集まっている場所へ辿り着いた。
「いや~、一真君。人気者だね~」
「これが俺の人望ですよ、隼人先輩!」
「アハハハハ。確かに君は不思議と人を引き付ける魅力はあるよね~」
「カリスマの塊っすから!」
「あんまり調子に乗らない方がいいと思うよ。昨日みたいに痛い目見ちゃうから」
「後悔も反省もしていない。アレが俺の最善でした!」
キリッと真剣な表情を見せる一真に隼人も腹を抱えて笑った。
「アハハハハハハ、それでこそ一真君だ」
と、二人が話していると宗次と弥生の二人が群衆をかき分けて現れた。
「よう、一真。さっきぶり」
「あ、宗次先輩! 見送りっすか?」
「ああ。俺等第一は見送りだよ。まあ、来年は第七がそうだけどな」
学園対抗戦は優勝した学園のエリアで行われる。
今までは第一か第二であったが、今年は第七が優勝を果たした。
つまり、来年は初となる第七エリアでの開催だ。
「おお! そういえばそうでしたね! これで移動しなくて済む!」
「そうだな。でも、油断してたら足元掬われるぞ。来年はきっとみんなお前対策を練ってくるからな」
「人気者は辛いっすね~」
「ぶっちゃけ俺以外に負けたら許さねえ」
「なるほど。確かに俺が勝ち続けることで先輩の威厳も保たれますもんね」
「いや、そうじゃねえ。お前を倒すのは俺だからだ」
「先輩……。留年する気ですか?」
「ちげえよ。いつか、公式な手続きでお前に挑むのさ」
「わお……! それは楽しみです! 期待してますね!」
「ククク! ああ、期待して待っておけ」
「はいはい、お二人さん。そこまで。私からもいいですか?」
再戦を誓い合う二人の間に割り込む弥生。
宗次との話も区切りがついた一真は弥生に目を向ける。
昨日やらかしたので嫌われていると思ったが、見る感じ嫌悪感はない。
はて、お別れの挨拶にでもきたのかと一真は首を傾げた。
「先日は面を喰らいましたが、アレも貴方の一部。受け入れることにしました。それで、どうです? 私とお付き合いしません?」
「な、なにぃッ!?」
まさかの発言に動揺する一真は思わず後ずさってしまう。
先日見せた姿さえも彼女は受け入れると言ったのだ。
それはつまり、一真が宗次に言っていた通り、ありのままの自分を受け入れるということ。
一真は最大最高の決め顔を作り、弥生の手を取ると返事をする。
「よろこ――」
「もうバス来たから行くよ」
「ああ! 待って! 俺史上最大の瞬間なんです! たとえ、打算目的でもいい! 俺のこと殺さないでくれる人となら愛を
楓に念力で金縛りにされた一真はそのまま引きずられていく。
呆気に取られる弥生はそれが可笑しくてお腹を抱えた。
「はー、面白い人」
「お嬢、本気になったのか?」
可笑しくて笑い泣きしていた弥生が目じりを拭っていたら宗次が話しかけた。
「せやね~……。あの人と一緒に歩む人生は面白そうではありません?」
その言葉に虚を突かれた宗次は一瞬唖然としたがすぐに笑った。
「クク、そうだな。アイツと一緒にいると退屈はしなさそうだ」
ホテルの前に待機していたバスに乗った一真は涙を流していた。
一世一代の告白がなかったことになったのだから。
弥生は天王寺財閥の娘にしてドリルのように髪を巻いている麗しいお嬢様。
打算目的、下心見え見えで近づいてきたが異世界のように暗殺目的ではないので一真からすれば最高の相手であった。
というよりも、一真からすれば自分を殺しに来なければ女性はほとんど大当たりである。
「弥生さ~~~んッ!」
バスの最後尾まで走っていき、遠ざかっていくライバル達と一真は涙を流しながら別れるのであった。
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