第16話 お前は良い奴だったよ……

 ◇◇◇◇


 学園対抗戦は第七異能学園の優勝で終わったものの、暁の襲撃により閉幕式は有耶無耶になったままだった。

 そのため、第七異能学園はまだ優勝トロフィーと優勝旗を貰っておらず、学園に帰れなかったのだが、紅蓮の騎士のおかげで問題は解消されたので閉幕式を行う事になった。


 観客もいない寂しい閉幕式になってしまったがイビノム襲撃という事態があったのだ。

 それも仕方がない事だろう。

 しかし、それでもこうして第七異能学園の代表選手たちは他の学園の選手達に見守られる中、優勝トロフィーを受け取り、首には栄冠のメダルが授けられていた。


 万雷の拍手とはいかないが、他の学園の選手達から大きな拍手を貰った。

 第七異能学園の選手達は競い合い、健闘したライバル達に大きく御礼をすると、胸を張って堂々とトロフィーを掲げるのであった。


「一時はどうなるかと思いましたけど、こうしてメダルを貰うと優勝したんだなーって実感します」

「そうだね。ところで、一真君はどこに行ってたんだい?」

「トイレに行ってました」

「また? 前にいなくなった時も同じ事言ってたよね?」

「一度、お腹が痛くなると何度も行っちゃうんですよ」

「そういうものなのかな?」

「そういうものなんです」


 隼人と話している一真はのらりくらりとしていた。

 すると、そこへ宗次が会話に混ざりこんでくる。


「よう、優勝おめっとさん」

「あざっす!」

「ありがとう」

「お前ら、この後、どうするんだ? ホテルは無事らしいから祝勝会を兼ねたパーティはできるって話だが」

「あ~、そうだね。多分すると思うよ。紅蓮の騎士のおかげで心配事はなくなったからね」

「お、そうか。それなら、最後の晩餐会だ。楽しもうじゃないか」


 ニヤリと笑う宗次に一真がある提案をした。


「それなら宗次先輩! アレをお披露目しましょうよ!」

「いや、流石にアレは不味い。男だけだったら良かったんだが、女性がいると失敗した時のリスクがやばい」

「俺は完璧っすよ!」

「お前のレベルなら余裕だろう。だが、俺は無理だ」

「そうっすか……。じゃあ、俺は一人でもやります!」

「今大会のMVPがやっていいことじゃねえだろ……!」

「為さば成る、為さねばならぬ何事も!」

「いいこと言ってるが、やろうとしていることは最低だぞ」

「先輩……。俺の骨は拾ってくださいね」

「お前、マジでやる気か?」

「祝勝会を兼ねたパーティのプログラムに組み込んでおきます!」

「止せ、早まるな!」


 手を伸ばして一真を止めようとしたが、スルリと抜けられてしまい、見えなくなってしまった。

 親友とも呼べる後輩を止める事ができなかった宗次は悔しそうに歯を食い縛るが、それもすぐにやめて、あっけらかんとした表情を見せる。


「宗次。一真君は何をしようとしてるんだい?」

「後でわかるさ。まあ、その時は温かい目で見守ってやろう」

「気になるけど、そう言うならそうするよ」


 二人は一真が走っていった方向を見詰めていたが、宗次のほうから隼人に質問をする。


「なあ、隼人。お前、進路は決まってるのか?」

「え? ああ、一応国防軍を志望してるけど、宗次は?」

「俺はまだ考え中だ。サムライや国外からもオファーが来てるからな」

「ハハハ、流石だね。でも、もう時間はあんまり残ってないよ?」

「そうなんだよな。二月末には卒業だから、それまでに決めておかないと……」

「学生最強が浪人だなんてやめてよ?」

「今から大学目指してもいいかもな」

「大学受験に向けて勉強している人達に失礼だよ、それは」

「冗談だよ。まあ、早く決めないとな~」

「何に迷ってるの?」

「う~ん、国防軍にするか民間の企業にするかだな。もしくは自分で会社を設立するのもありかと思ってる」

「会社を設立って……。今の日本だと参入は難しいんじゃないかい? サムライを筆頭に異能者を派遣する会社は沢山あるんだし」

「そうなんだよな~……」


 隼人の言うとおり、新規の会社では太刀打ちできない。

 サムライを筆頭に数多の会社が存在しているのだ。

 いくら剣崎宗次が学生最強と謳われていても、実績もない新参者に仕事を任せる人間はいないだろう。


「やっぱり、サムライか国防軍の二択か」

「海外は? さっき国外からもオファー来てるって言ってたけど」

「ああ、そっちはいいんだ。俺は日本人だし、故郷を離れたくないってのもあるが……恋人を置いていきたくない」

「なるほど。そういうことなら、仕方ないね」


 それなら仕方がないと隼人も理解した。

 遠距離恋愛が悪いということはないが、やはり恋人とは傍にいたいのだ。


「ま、もう少し考えてみるわ」

「手遅れにならないようにね」

「そうだな。最悪、留年でもするわ」

「普通は退学なんだろうけど、君なら特例で許されそうだね」


 他愛もない話で盛り上がった後、二人は他の代表選手と合流し、ホテルへと戻った。


 ◇◇◇◇


 なにはともあれ、無事に学園対抗戦の全プログラムを終えた各学園の代表選手たちは第七異能学園の祝勝会を兼ねたパーティを行う事になった。

 代表選手たちが宿泊していたホテルは運よくイビノムの襲撃から逃れており、全ての施設が無事であった。


 おかげで何の支障もなくパーティが開かれる。


『かんぱ~いっ!!!』


 カチンとグラスのぶつかる音と共に選手達の楽しそうな声が重なる。

 まだ学生なので酒は飲めないが、雰囲気は完全に飲み会のようなもの。

 あらゆる方向から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 彼等彼女等は競い合うライバルであったが、いつかは一緒に肩を並べる仲間。

 決して、その仲は悪くないのだ。


 しかしだ。

 仲は悪くないがライバルである事は間違いない。

 当然、将来有望な相手にはつばをつけておく必要がある。

 それが男であれ、女であれ、やる事はいつだって同じだ。


 第七異能学園の風雲児にして今大会のMVPでもある一真に一人の女性が近付いた。

 第二異能学園の生徒会長にして天王寺財閥の御令嬢である天王寺てんのうじ弥生やよいである。


「今、よろしいですか?」

「んあ? ああ、第二異能学園の生徒会長さんじゃないですか!」


 近くに寄ってきた弥生に一真は気がついた。

 特に何の警戒心も抱かずに彼女の接近を許すあたり、過去の経験は無意味だったらしい。

 とはいえ、ここでハニトラからの毒殺はあり得ないので、流石に一真も殺される事はないと分かっている上での対応だった。


「うふふ、今回は見事にしてやられましたわ。まさか、第七にこんな隠し玉がいただなんて……」

「いや~、ハハハ!」

「ところで一つお聞きしてもよろしいです?」

「ええ、なんなりと!」

「お付き合いされてるお人はいるんですか?」


 弥生の発言に一真の近くにいた女性陣がざわついた。


「いや、残念ながら縁がなくて……」

「まあ! そんなにお強いのに、まだ誰ともお付き合いしてないと?」

「はい。まあ、実力を見せたのは今回が初めてなんですけどね!」

「(ふむふむ……。彼女がいないのなら好都合! 全国ネットにも中継されていたはずやから、お父様も視聴しているはず。この男の価値はとんでもなく高い! 今の内に私のものにしなければあきまへん!)」


 天王寺財閥は幅広いビジネスを展開しており、その中にはパワードスーツといった兵器関連についても携わっていた。

 一真のポテンシャルを知った弥生は会社の利益に繋がると判断して近付いたのである。

 勿論、強い男という彼女の好みでもあるのでしっかりと下心は持っていた。


 一方で一真は近付いてきた弥生について考えていた。


「(むむむ。今まで接点もなかったのに、急に何でだ? クラウンバトルでの評価か? 待てよ? 宗次先輩はモテるって言ってたな。つまり、これがモテ期! そうなんですね、宗次先輩!)」


 ハニトラからの毒殺はないと確信している一真は、これがモテ期かと宗次へ熱い眼差しを向ける。


「(いや、それは違う……! それは違うんだよ、一真! 天王寺はそんな女じゃねえ! 俺も前にアプローチされたから分かるけど、そいつは損得を考える女だからモテ期じゃねえぞ、一真!)」

「(な、なんやてーっ!?)」


 親友レベルが上限に達している二人は完璧なアイコンタクトで会話を成立させていた。

 宗次から真実を聞いてしまった一真は悲しみに打ち震えるが、それでも弥生は魅力的な女性なので抗えない。

 悲しき男の宿命である。

 一真は弥生を無碍に扱うことができなかった。


 しかし、その時、救いの手が現れた。

 弥生と良い感じになっていた一真を楓が強引に引き離したのだ。

 突然のことに驚く一真は目を丸くして楓に話しかけた。


「えっと、楓さん?」

「一真は渡さない」


 楓の発言に虚を突かれた弥生は思考が止まる。

 すぐに正気を取り戻した弥生は突然現れた楓に対して問い質した。


「はい? あの、貴女は彼のなんなんですか?」

「彼女ではないけど……友達」

「ただのお友達でしたら、女と男の話に口を挟まないでもらえるでしょうか?」

「貴女からは邪な感じがするから駄目」

「下心があるということでしたら、まあ当然ありますわ」


 バチバチと視線がぶつかる二人に挟まれている一真はあわあわとしているだけで何の役にも立たない案山子であった。

 そこへさらに火燐と雪姫の二人が加わり、一真の周囲は修羅場と化す。


「私達の師匠をそう簡単には渡さないわ」

「一真君は私達の大切な後輩であり仲間ですからね」


 そこへ第二異能学園の石動神奈も参戦してくる。

 もっとも、彼女は面白そうだからといういかにも関西人らしいノリであるが。


「なんや、面白いことしてるやん。うちも混ぜてえな」

「あら、神奈さんもどす? ライバル多くて敵わんわ~。まあ、でも、そっちの方が余計に燃えるんですけどね」

「あわわわわ……」


 思っていたものとは違うと一真は助けを求めるように周囲へ顔を向けるが、全員顔を逸らすばかりで助けようとしない。

 むしろ、面白い見世物であると愉快そうにこちらを見ていた。

 しかも、他の学園の女性陣もちょっと楽しそうだからと参戦しようとしている。


 この状況をどう収めればいいのかと困った一真は天才的な閃きで思いついた。

 元々、今回のパーティで一真は一発芸を披露する予定であったので、それを使って笑いに変えればいいのだと考え、こっそり修羅場から抜け出した。


 パーティ会場の一部が修羅場と化してからしばらくすると、会場が突然真っ暗になる。

 一体何が始まろうとしているのかと会場にいた選手たちがざわついていたら、どこからともなく音楽が流れ始め、スポットライトに照らされ、素っ裸に蝶ネクタイだけをつけ、股間をお盆で隠した変態が壇上に現れた。


 それを見て、選手一同はフリーズ。

 ほんの少しして男子一同は爆笑、女性陣は悲鳴をあげるが一真の無駄に美しい筋肉に何人かは見惚れていた。


「フッフッフ! 刮目せよ! これが皐月一真の一発芸なりぃぃぃ!」


 スポットライトに照らされた変態が銀色のお盆を手に股間を隠し、華麗な音楽と共にお盆を高速で引っくり返しては踊っている。

 あまりにも間抜けな光景に男性陣は爆笑の渦に飲まれ、ヤジを飛ばし始めた。


「ハーッハッハッハッハ! いいぞ~、もっとやれ~!」

「ヒューヒュー! 最高だぜ~!」

「ワハハハハハハ! さすがMVP! やる事が一味違うぜ~!」

「ガハハハハハハハ! 間違いなく最強だわ~!」

「流石だぜ、一真。この状況でそれをやるなんて……お前は勇者だよ」


 宗次達が爆笑し、賞賛している一方で女性陣は悲鳴をあげているものの目が離せない様で食い入るように見ていた。


「…………」


 その光景に先ほどまで一真を手中に収めようとしていた弥生は言葉が出てこなかった。

 クラウンバトルではあれだけの戦いっぷりを見せていた一真が今ではアホ丸出しの格好に下品としか言い様がない芸をしている。

 もはや、落胆どころではない。

 落胆を通り越して怒りが湧いてくる。


 勝手に期待して、勝手に計算をしていたのは彼女の方だが、そのようなことはどうでもいいのだ。

 今は、あのアホを一発ぶん殴らなければ気がすまない。


「わかるよ、その気持ち」


 壇上でお盆一枚で股間を隠し、多くの笑いを取っている一真に一発お見舞いしようとしていた弥生は背後から肩を叩かれる。

 後ろへ振り返ると、そこには優しい眼差しをした第七異能学園の女生徒たちがいた。

 ああ、きっと彼女達も自分と同じ思いを抱いた仲間なのだと理解した弥生はただ黙って頷いた。


「一発ぶちかましてやりましょう」

「協力する」

「援護するわ」

「任せてください」

「おお、こわ。でも、面白そうやからうちもやったるで」


 たった一人のアホを倒す為に彼女達は手を取り合った。

 先程まではそのアホを巡って喧嘩をしていたというのに仲がよろしい事である。


 壇上でフィニッシュを迎えた一真はいい汗をかいたと鮮やかな笑みを浮かべていたら、数名の女性陣からの熱烈なラブコールもとい異能が放たれた。


 勿論、彼女達も一真を殺そうなどとは考えていない。

 それゆえに手加減されて放たれた異能は一真の立っていた壇上を破壊し、その余波で変態は吹き飛んでいくのであった。


「ふっ……。最後は爆発オチか。懐かしいものだ」


 変態は滅びた。

 とはいかず、見えない場所にまで吹き飛んだ一真を追いかけて介抱する宗次は涙ながらに褒め称えた。


「お前って奴はホントすげえよ……! ここまで計算して、皆を楽しませてくれるなんてよぉ!」

「先輩……。俺、頑張りました」

「ああ、ああ! 俺が、俺だけが知ってる! お前は良い奴だ!」

「へ、へへへ……グッバイ」

「か、一真ーーーッ!!!」


 パタリと力尽きる一真。

 茶番に付き合う宗次は親友を失った悲しみにうちひしがれるのであった。

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