第15話 桃子ちゃん、俺のことはかっこよく報告してね!
話し合いは終わり、一真の提案を受け入れた桃子はすぐにでも上司の下へ案内しようとしたのだが、彼の一言によって止まった。
「ああ、悪い。今すぐってわけじゃない。また後日、日を改めてお願いしたいんだ。今日は色々とあっただろ? 政府もその対応に忙しいと思うから、また時間のある時で良い」
「ですが、私の上司は今、現場にいますのですぐにでも話はできますよ?」
「そうしたいのは山々なんだが……いかんせん、俺には政治的な話し合いは無理だ」
「でしょうね」
「でしょうねってなんだ! バカにしてんのか!」
「純然たる事実では?」
「ぐうの音もでない正論だ……」
多少の知恵こそ回るが、一真はそこまで賢くはないと言うことを桃子は知っていた。
恐らく、日本政府の中で一真について詳しい人物は彼女の右に出る者はいないだろう。
なにせ、半年も一真の学校生活や私生活を見てきたのだから。
「まあいい。とりあえず、こちらとしては交渉の場に俺以外の席を設けたい」
「わかりました。そう伝えておきます」
「あれ? 意外とあっさりなんだな」
「はっきり言うと貴方はキングや覇王、太陽王に並ぶ埒外の強者です。そのような方の機嫌を損ねるような真似はしたくありません。ですから、こちらは最大限そちらの要求を呑むつもりですよ」
「監視や盗聴をしておいて今更な台詞だな……」
「そ、それを言われると、申し訳ないというほかありません。ですが、こちらの立場も理解していただければと……」
「……あー、言いたい事はわかった。怖かったんだね」
「はい……」
紅蓮の騎士という圧倒的な力を持つ未知の異能者が恐ろしかったのだ。
そのため、疑いのある者を監視していたわけだが、当の本人は知らぬ存ぜぬのくせに派手に動き回っている。
混乱し、警戒するのも無理はないだろう。
「さて、話は纏まったことだし、ここらでお別れしようか」
「待ってください。私は貴方を探してたんですよ」
「そういえば、クラウンバトルの事があったか~……」
そもそも、桃子がここにいるのは紅蓮の騎士の案件ではなく、クラウンバトルで変態的な強さを見せた皐月一真と接触する為にいるのだ。
「どうしますか?」
「うう~ん……。一度、みんなと合流して今後どうするかを話したい」
「では、そうしましょうか。私は駐屯地に向かいます。そこで貴方の報告を行いますので」
「頼むわ。こっちに来る時は桃子ちゃんはどうすんの?」
「一応、私も身分を偽って学園に潜入していますので駐屯地で待機ですね。恐らくは別の者が貴方と接触してくると思います」
「おけ。把握した」
「あの、言っておきますけど、くれぐれも失礼のないようお願いしますよ?」
桃子は一真が訪れてきた人間に対して失礼な態度を取ってしまうのではないだろうかと恐れていた。
それだけが心配なので念のために釘を刺しておく。
「向こうが誠実な態度だったらな!」
「…………ちゃんと言い聞かせておきます」
下腹部に鈍い痛みを感じる桃子は一真にではなく、同僚達にしっかりと言い聞かせておこうと決めたのだった。
「(怒らせないようにしなきゃ……)」
「(痛そうだね! 治してあげるよ!)」
「ふぁっ!?」
桃子は下腹部に感じていた痛みが消えていくのをはっきりと感じた。
勿論、どうしてそうなったのかは目の前にいる非常識な存在だという事は理解している。
「ほ、本当に痛みがなくなった……」
「ついでにお肌のケアもしておいたぜ!
「よ、余計なお世話です! でも、ありがとうございます!」
「ええんやで! これからは仲良くしようね!」
ニッコリと笑みを浮かべる一真は桃子に手を差し出す。
仲良しの握手だと言わんばかりに一真はニコニコと笑っている。
それがどうしても胡散臭いものにしか見えないが、ここで握手を拒むわけにはいかないと桃子は手を取った。
「こちらこそ……」
「スマイルがないぜ、桃子ちゃ~ん?」
「これでいいですか?」
言われたとおり、引き攣ったような笑みを浮かべる桃子。
百点満点からは程遠い笑顔だが、少なくとも今の状況では
「うんうん! それでええんや!」
「(はあ……。疲れますね、この男の相手は)」
「(最後まで気を抜かない方がいいぞ)」
「…………努力します」
「頑張れよ!」
ごく自然に心の中を読んでくる一真に桃子は、もう何も考えまいと諦める。
握手を終えた二人は、それぞれの居場所へと帰っていく。
桃子は駐屯地に、一真は代表選手たちのもとへと戻っていった。
◇◇◇◇
駐屯地に戻った桃子は急いで上司のもとへ足を運んだ。
報告しなければならないとてつもなく重要な案件があるからだ。
皐月一真、紅蓮の騎士の両名についての最重要案件だ。
仮設されたテントの奥で高級なスーツを身に纏った男が駐屯地のリーダーと話している最中だった。
桃子は話が終わるまで待っていたが、スーツの男が桃子の姿を見ると、リーダーとの話を打ち切り、彼女の方へと近付いた。
「随分と遅かったが、その顔を見る限り、良くないことがあったみたいだな」
「はい……」
「ここではなんだ。場所を移そう」
テントから出て行く二人。
向かった先にはスモークガラスで中が見えないようになっているワゴン車が止まっていた。
その近くには眼鏡をかけた美女が立っており、スーツ姿の男が手を挙げると彼女が車のドアを開けた。
中へ入る桃子とスーツ姿の男、それから先程の眼鏡をかけた美女が車の中へ乗り込むとドアを閉めて鍵をかけた。
「ここは一応、防弾防音仕様になっている。何があったか詳しく聞こう」
「驚かないで聞いてください。監視対象、皐月一真は紅蓮の騎士でした」
「…………あー、すまない。少し、耳が遠かったようだ。もう一度、お願いできるか?」
「では、もう一度言います。皐月一真は紅蓮の騎士で間違いありませんでした。斉藤事務次官。現実を受け止めてください。私がこの目で、この心を読む異能ではっきりと確認しました」
「喜べばいいのか。泣き叫べばいいのか……」
信じられない話にスーツ姿の男、事務次官である
今まで日本政府が皐月一真に行ってきた所業は全て紅蓮の騎士に対して行っていたという事は同然。
果たして、向こうは政府に対して何を思っているのだろうかと想像するだけで胃が痛くなる話だ。
「ふう……。東雲くん。紅蓮の騎士こと皐月一真と接触したのだね?」
「はい。本人の口から自分が紅蓮の騎士であることを教えられ、証拠を突きつけられました」
「……そうか。そうか~~~」
もう嫌だ、やめたいと慧磨はうなだれる。
絶対にこちらのことを理解してのことだとわかる行動だ。
向こうは恐らく政府に対して快く思ってない証拠だ。
これでどうやって交渉しろと言うのだと慧磨は嘆いた。
「朗報もあります」
「聞こうじゃないか」
「向こうが交渉をしたいとのことです」
「なんだって!? 交渉? 要求ではなく?」
「はい。なにやら、考えがあるそうで交渉を持ちかけてきました」
「もしかして、君が何かしたのかね?」
「いえ、私はなにも。先ほども言ったとおり、向こうには何らかの思惑があるみたいです」
「そうか! とんでもない幸運だぞ! 普通なら日本に愛想を尽くして他国へ行ってもおかしくない状況だったのに!」
これは運が回ってきたと慧磨は大喜びである。
今までの所業を考えれば当たり前の話だ。
一真に対して行ってきた監視や盗撮に尋問。
よほど寛大な人間でなければ日本に愛想を尽くしてしまうのは無理もないだろう。
「それで交渉に日時や場所は指定してきたのか?」
「いえ、今回のイビノム襲撃でこちらも忙しいだろうからと、こちらの都合に合わせてくれるそうです」
「聖人君子かなにかか? 私が紅蓮の騎士なら好き勝手させてもらってるぞ……」
人型イビノムを圧倒した光景は国民のほとんどが知っている。
あれ程の力を持っているなら、我が侭を通してもいいはずだ。
しかし、それをしないということは人格者であるのは間違いない。
これならば、交渉の余地はあるだろうと慧磨は予想した。
「よし、現場のほうは別の者に任せよう。まあ、ほとんど紅蓮の騎士がイビノムを殲滅、避難民の救助及びに怪我人の治癒までやってくれたから被害の状況を報告書に纏めるだけだが……」
八面六臂の大活躍である。
キングや覇王、太陽王にも真似できない所業であろう。
まさに破格の存在だ。
そのような存在が交渉のテーブルに態々座ってくれるのだ。
この機を逃す手はない。
「東雲君。今、皐月一真はどこにいるのかね?」
「学園対抗戦の代表選手たちの近くにいると思います」
「それでは、すぐに会いに行こう」
「あ、待ってください。そういうことであれば……その……」
「何か言いにくいことかね?」
「はい……」
「ふむ。ここには私達以外誰もいない。遠慮なく言ってくれたまえ」
「でしたら、率直に言います。彼は美女に弱いので訪問するならその方がよろしいかと」
「…………そういえば、尋問してた際にも夢宮桜儚に大きく反応していたな。演技ではなく本心で間違いないのか?」
「恐らくはそうだと思います」
「そうか、わかった。
慧磨は隣に座っていた秘書の
信頼できる人間であり、尚且つ一真の好みに合うかは分からないが世間一般で言う所の美女であることは間違いない為、彼女に任せることにした。
「承知しました。場所と時間の指定はどうしますか?」
「場所は私がいつも使っている料亭にしよう。日時は念のために先方へ訊いてくれ。何も指定がなければ君の方で調整してほしい。今後のスケジュールで一番の最優先事項だ」
「畏まりました。それでは早速行って参ります」
「よろしく」
月海は言葉通り、すぐに行動を移した。
車から降りて、彼女は一真のもとへ向かう。
桃子と慧磨は待つだけとなったが、そこまで時間は掛からなかった。
十数分後に月海が戻ってきたのだ。
予想以上に早く戻ってきたので慧磨は驚いてしまった。
「随分と早かったな。話はついたのか?」
「は、はい。特に交渉する事もなく、すんなりと終えました」
「そ、そうか。それで日時の指定はあったか?」
「はい。一度、第七エリアに戻って家族と話すとのことで三日後を指定してきました。場所については特に何もなく、時間についてはこちらに合わせるとのことだったので正午を指定させていただきました」
「わかった。三日後の正午だな! 東雲君。三日後までに皐月一真の事を詳しく知りたい。詳細に纏めた報告書を頼む」
「わかりました」
以前に提出したような報告書では間違いなく叱られるだろう。
桃子は再度手直しをして報告書を纏めなければならない。
この半年間で見てきた一真は基本的に下ネタオンパレードのチンパンジー。
しかし、その正体は紅蓮の騎士であった。
一体、どう書けばいいのかわからない桃子は憂鬱そうに溜息を零した。
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