第13話 ネタバラシ

 もうすぐ夜明けがやってくる。

 ほんの少し明るくなってきている夜空を一真は飛んでいた。

 夕焼けは何度も目にしたことはあるが、夜から朝になる瞬間は滅多にない。

 だからこそ、余計に美しく感じる。

 朝焼けの空が、うっすらと青みを帯びていく光景はとても幻想的であった。


 ツボに入れたアンソニーを連れて一真はスティーブンがいる病院へ戻って来た。

 病院の外で警備をしていた者達が空から降りてくる紅蓮の騎士に驚きのを声を上げて、すぐにスティーブンを呼びに行った。

 すぐさま、スティーブンが病院の中から駆け出してきて、外へ飛び出して来た。


「よう、スティーブン。終わったぜ」

「ハ、ハハハ。流石だな」

「俺に掛かれば朝飯前だ」

「そうか。ところで、横に浮かんでいるツボはいったい?」

「これか? この中にはアンソニーが入ってる。今は、まあ、拷問中だ」

「そ、そうか……」


 拷問と聞いてスティーブンは渇いた笑みしか出来なかった。

 あの万能にして全能にも思える紅蓮の騎士が拷問を行っている。

 果たして、それは一体どのようなものなのか。

 恐らく常人には計り知れないものだろう。


「それじゃ、こいつはそっちに引き渡してもいいか?」

「それは構わないが……生きてるんだよな?」

「生きてるぞ。見せてやろうか?」

「え……?」

「ふんッ!」


 困惑しているスティーブンを置いて一真はツボを自身の手で叩き割った。

 砕けたツボの中から出てきたのは五体満足のアンソニーである。

 ただし、その表情は焦燥感に包まれており、目は焦点が定まっていなかった。

 見るからに精神になんらかの支障を来しているように見える。

 それを見たスティーブンはツボの中で何が行われていたのだろうかと想像したが、考えるだけでも恐ろしいと頭を振ってそれ以上考えないようにした。


「……死んではないようだな?」

「言っただろ? 生きてるって」

「ハハハ……。疑っていたわけじゃないが」

「まだ詳しい情報は聞き出せていないから、後は頼む」

「分かった。分かり次第、そちらにメールで送ろう」

「助かる」


 そう言って一真はスティーブンに背中を向ける。

 ふわりと空に浮かび上がり、一真は日本へ帰ろうとしたので慌ててスティーブンが呼び止めた。


「ま、待ってくれ! アリシアには会って行かないのか?」

「ああ。もう大丈夫だろうしな。それよりも、日本の方が心配なんだ」

「そうか……。ミスター皐月」

「なんだ? まだ何かあるのか?」

「もし、困ったことがあったら遠慮なく俺に言ってくれ。力になる」

「ハハハハハ! そうか。なら、その時は遠慮なく頼らせてもらうぜ。スティーブン!」

「ああ。任せておけ。こう見えてもアメリカでトップ10に入るくらい大統領に近い男だからな」

「そいつは心強い」


 その言葉が本当ならスティーブンはとても心強い味方であろう。

 一真は政治的な能力は皆無だ。

 はっきり言ってバカなので、真っすぐいって正面から叩き潰すということは得意だが、搦手には滅法弱い。

 ハニトラには簡単に引っかかるし、裏で暗躍されると大体後手に回ってしまうし、挙句の果てには仲間や家族、友人を危険な目に合わせてしまっている。


 それゆえにスティーブンのように政治能力がある人間が味方に付いてくれるのはとても有難いのだ。

 正直、日本にいるよりもアメリカに家族と全員で移住した方がいいくらいなのだが、故郷を捨てることを家族に強要することは出来ない。


 とはいえ、現在の日本政府は信用できないので検討する余地は十分にある。


「それじゃ、スティーブン。俺は日本に戻る。詳しい事が分かったら教えてくれ」

「ああ、分かった。また、会おう!」

「おう! じゃあな!」


 友達のように別れを済ませると、一真は空の彼方へ消えていく。

 雲の向こう側へと消えていった一真を見送ったスティーブンは地面に転がっているアンソニーを回収し、異能が三つに増えた秘密や脱獄した経緯などを調べる為に政府の施設へ連れて行った。


 アメリカに朝が訪れる。

 朝日が世界を照らし、絶望の夜が明けた。

 朝焼けにスティーブンは目を細め、アリシアが眠っている病室へと向かう。


 特別治療室と書かれた部屋に辿り着いたスティーブンはアリシアが眠ったままだと思い、ノックもせずに中へ入ると、そこには完全回復した彼女が立っていた。


「スティーブン」

「アリシア……。目が覚めたのか」

「ええ。それよりも……一真はどこ?」

「もしかして、全部覚えているのか?」

「勿論よ。最初は夢かと思ったけど、傷は全部治ってるし、それに……」

「それに? なんだ?」

「秘密! うふふ! こればっかりは私と一真だけの秘密よ!」


 そう言って可愛らしく笑うアリシアにスティーブンは見惚れたが、彼女の笑顔をまた見ることが出来て嬉しそうに笑った。


「ハハハ、そうか。ミスター皐月との秘密か。なら、聞けないな」

「そんなことよりも、一真はどこ!」

「日本に帰ったよ。向こうも心配だからってな」

「そっか~~~……」


 寂しそうな表情を浮かべるアリシアだったが、すぐにいたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「じゃあ、私が会いに行こうかな~! 義母様おかあさまにも挨拶しときたいし~」

「おいおい……」

「んっふふふ~~~」


 妙にご機嫌なアリシアにスティーブンは一真が何をしたのかとても気になったが彼女が楽しそうにいしてるなら、自分はこれ以上何も言うまいと温かい目で見守るのであった。


 ◇◇◇◇


 空を飛んでいた一真は転移魔法で戻れることを思い出してアイビーへと戻った。

 大分、落ち着いたようでアイビーに避難していた人間はほとんどが自分の家に帰っていた。

 勿論、残っていたのは常識のある人間だ。

 一真が追い出した一部の心無い人間はすでにいない。


「ただいま~」

「おかえりなさい、一真」


 穂花のもとへ帰った一真はあれから何も問題はなかったかと聞いてみた。


「母さん。こっちは何も問題はなかった?」

「こっちは問題なかったわ。政府の人間が押し寄せてくると思っていたけど、それどころじゃないみたいだからね」

「そうなんだ。まあ、何もないなら良かったよ」

「それよりも貴方、第一エリアに行ってたんじゃないの?」

「あ、そうだった」


 スティーブンからの電話で一真は第一エリアから飛んでいったことを思い出した。

 戻るならアイビーではなく第一エリアであった。

 という事で一真は第一エリアに戻ることにしたが、転移魔法で戻ると鉢合わせてしまうかもしれない思い、考え直したがその時はその時だと開き直ることにした。


「それじゃ、ちょっと行ってくる」

「はいはい」


 軽く言葉を交えると一真は転移魔法で第一エリアに戻った。

 一応、アメリカへ向けて飛び立った場所なので周囲に人がいないはず。


「……」

「……」


 転移した先には何故か桃子がいた。

 彼女は第七エリアにいたはずなのに、どういうわけか第一エリアにいたのだ。

 しかも、転移した一真と遭遇してしまった。

 非常に不味い場面を見られたが、一真は日本政府に交渉を持ちかけようと考えていたので丁度良かった。

 最大の協力者を引き込むことが出来ると一真は脱兎の如く逃げ出した桃子の前に瞬間移動する。


「ひえッ!?」


 腰を抜かす桃子は尻もちをついてしまう。

 恐る恐る見上げる先にはニッコリと笑みを浮かべる一真。

 咄嗟に桃子は一真が何を企んでいるのだろうかと心を読んだ。


「(パンツ丸見え!)」

「こんな時にも貴方は下ネタですか!」


 やはり、一真は変態であったと再認識する桃子は先程まで感じていた恐怖がどこかへと消えていた。


「まあ、落ちつけよ。桃子ちゃん」

「だ、誰が桃子ちゃんか!」

「じゃあ、何て呼べばいいんだ? 政府の諜報員? それとも監視員? 読心の異能者?」

「え……あ?」

「今も心読んでるんだろ? 言っておくけど、俺は心を読む敵と戦ったことあるから対策出来るからね」

「え?」

「まあ、今まで自分の能力が通用しない相手がいなかったから仕方ないわな。とりあえず、桃子ちゃん。俺が君達の探し回っている紅蓮の騎士だよ~ん」


 ネタバラシという事で最大限の煽りをする一真。

 衝撃の事実に桃子は今までの思い出がフラッシュバックし、真っ赤に顔を染め、真っ青になり、ゲーミングPCのように七色に顔を変化させると、最後には生気を失ったように真っ白に染まり、彼女の視界は真っ黒になった。


 再び、目を覚ました時、目の前には紅蓮の騎士がおり、思わず心を読んでしまった。


「(目が覚めたか。桃子ちゃん! 俺だよ、俺、俺! 一真だよ!)」


 聞こえてくるのは憎き一真の声。

 桃子は紅蓮の騎士が本当に一真であると確信し、あまりにも信じたくなさ過ぎて彼女は自己防衛の為に再び意識を失ってしまった。


 そして、二度目の目覚め。

 目を開けて一番最初に飛び込んできたのは白銀の騎士。


「(ちなみに白銀の騎士も俺だよ~ん。ねえ、ねえ! 今どんな気持ち~?)」


 どうやら、まだ悪夢は覚めないようだと彼女は三度目の気絶を迎えた。

 まるで屍の様に彼女は目を閉じてしまった。

 再び、その目を開く時が来るのだろうか。

 恐らく、そう遠くないうちに来ることだろう。

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