第12話 鬼ごっこは楽しいだろ~?
スティーブンは一真の問いに答える為、持ってきていたタブレットを取り出した。
事前にアリシアから聞いていたスティーブンは一真が求めている情報を正確に、丁寧に、かつ分かりやすく纏めていた。
タブレットに映し出されたのは、アリシアを襲ったアンソニー・オーガスタスのプロフィール。
身長、体重、年齢、性格、そして顔写真の映った資料をスティーブンは一真に見せる。
「こいつか?」
「ああ。アンソニー・オーガスタス。数年前にアリシアに捕まった極悪人だ。アシッドと呼ばれる異名を持っていて、その名の通り酸を扱う異能者。監獄にいたんだが、恐らく何者かの手引きのより脱獄したとみられる」
「誰かが脱獄に協力したのか?」
「その可能性は高い。何しろ、こいつは異能を三つも持っていた」
「何? 異能を三つも? でも、プロフィールには異能は酸としか書かれてないぞ?」
「ミスター皐月。貴方なら心当たりがあるはずだが?」
チラリと一真を覗き込むスティーブンは、すでに答えを知っているようだった。
彼の言葉を聞いて一真はとある可能性を思い出す。
「まさか……イヴェーラ教か?」
「恐らくはだがね。だが、我々は奴らが犯人だと思っている。今回の一連の騒動はイヴェーラ教による大規模なテロだとね……」
「アイツらにそこまでの力があるのか?」
「分からない。しかし、君も遭遇したはずだ。異能を二つに増やした異常者と」
「……井上と田村か」
「犯人の名前は知らないが、君が白銀の騎士に扮したあの事件の裏側には黒幕がいたはずだ」
「それがイヴェーラ教だと?」
「確証はない。だが、現状怪しいのはイヴェーラ教だ」
「ふむ……」
一真はイヴェーラ教について詳しくは知らない。
無能力者を集め、各地でテロを起こしている狂ったオカルト集団と言う、世間一般程度の知識しかない。
果たして、そのようなオカルト集団がこれ程の大規模なテロを起こすことが出来るだろうか。
否、出来ようはずがない。
しかし、一真が知らないだけでイヴェーラ教は規模で言えば世界最大だ。
戦力、資金、物資なども豊富だろう。
それこそ、イビノムについての研究も下手をしたら世界一だ。
これはスティーブンでさえも知らないがイヴェーラ教の技術力は世界一である。
イビノムの血を凝縮し、それを体内に摂取することで身体能力を格段に向上させ、新たな異能を発現させることにも成功している。
その過程でできた失敗作は人をイビノムに変えると言う、イヴェーラ教にとっては実に都合のいい薬まで作っているのだ。
「まあ、こちらの方は現在調査中なので気にしなくても構わない。それよりも問題はこいつだ」
「そうだな。こいつはどこに行ったか分かるのか?」
「避難民からの話を聞く限りだと、この辺りにいると思う」
スティーブンがタブレットを操作し、地図アプリで表示した場所はアリシアが救援に向かおうとした街だった。
「今は軍が各地でイビノムを制圧しているが、正直厳しい状況だ。頼みのキングも西海岸にいる超大型イビノムと交戦中で、アリシアも……」
「他にも有力な異能者はアメリカにいるだろ? そいつらはどうした?」
「ここから遠すぎるのと、キングやアリシアのように幅広くカバーできないんだ。あの二人は自由に空を飛べるからな」
「ああ、なるほど。まあ、こいつだけは俺の手でぶっ飛ばさないと気が収まらん」
「ハハハ……俺の分も頼む」
「任せておけ。で、頼みがあるんだが」
「なんだ? 俺に出来る事ならなんでもする」
「その翻訳機と端末をくれ」
「ああ。これなら、君の分を持ってきている。必要だと思ってね」
そう言うとスティーブンは自身の異能である
翻訳機を受け取った一真は早速装備して、端末は落とさないようにポケットにしまった。
「ふむ。これでいいのか?」
「それでいい。後は勝手にそいつが翻訳してくれる」
「便利だな。それじゃ、俺はもう行く」
これで準備は整ったと一真が踵を返した時、スティーブンが呼び止める。
「ミスター皐月。感謝する」
「まだ終わってねえよ。感謝はその後だ」
「……すま、いや、このような事を言うのはどうかと思うが、任せてもいいだろうか?」
「ああ。任せておけ。夜明けまでには全部終わらせてやる。アリシアが目を覚ました時、とびっきりの笑顔になれるようにな」
「ミスター皐月……君は……かっこいいな」
「知らなかったのか? 俺は世界一強くてかっこいいんだぜ!」
ニカッと屈託のない笑みを浮かべる一真はぐっと親指を立てて、スティーブンの前から去っていく。
その後ろ姿を見送っていくスティーブンは、きっと彼なら本当に夜明け前に全てを終わらせてくれるだろうと確信し、最大限の敬意を払い、ビッと敬礼をするのであった。
「アリシア。お前の言っていた通りだ。彼に鎖など必要なかった。最初から誠意をもって接していれば良かったんだな……」
彼女の選択こそが正しかった。
何一つ間違っていなかった。
一真との間に無駄な駆け引きなど必要ない。
ただ、嘘偽りなく、聖書に書いてあるように良き隣人として接していれば良かったのだ。
「彼ならアメリカだけじゃなく世界も救っちまうかもな……」
◇◇◇◇
街中でイビノムが暴れている中、一人の男が暴虐の限りを尽くしていた。
「ギャハハハハハッ! やっぱり、シャバは最高だな~!」
真夜中、瓦礫と化した家の中に隠れていた夫婦を発見したアンソニーは夫を半殺しにし、妻を酸で溶かそうとしていた。
「やめろ……! やめてくれーッ!」
「ハハハハハハ! 最愛の妻が目の間でドロドロにされるのを見てるんだな!」
夫の目の前で残虐な笑みを浮かべて、アンソニーは夫の妻に手をかける。
必死にアンソニーの凶行を止めようと夫が這いずって近づくが、その速度は鈍足な亀よりも遅い。
しかし、その光景がたまらなく可笑しかったようでアンソニーは口角を釣り上げて、愉快そうに笑い声をあげた。
「ヒヤハハハハハハハッ! 泣かせるね~……! いや~、感動のあまり涙が出てきちまったよ~」
「た、頼む! やるなら俺を! 彼女は助けてやってくれ!」
「お、お~! なんて素晴らしい愛なんだ! 気に入ったぜ!」
アンソニーの言葉を真に受けて男は希望を見出した。
これで妻は救われる。
死ぬのは恐ろしいが、最愛の妻が助かるのなら自分はどうなったっていい。
そう思っていた夫にアンソニーは口の端を釣り上げて、まるで悪魔の様に歯を剥き出しにして笑った。
「だから、特等席で妻が溶ける様子を眺めてくれ」
「え……」
「きゃあッ!」
そう言ってアンソニーは妻の髪を掴んで夫の前に持っていくと、もう片方の手に酸を出した。
「これからお前の妻の顔がドロドロになる瞬間を、その目でちゃんと見てるんだぞ~?」
「あ、ああ、ああああああああああ!」
「アーッハッハッハッハッハッハッハ!!!」
絶望に叫び声をあげる夫へ見せつける様にアンソニーは狂気に染まった笑い声を上げながら、妻へ酸をかけようとした。
「ッ……」
その時、一陣の風が吹き抜け、アンソニーは思わず目を閉じた。
先程の風なんだったのかと、しかめっ面を浮かべるアンソニーは目を開いた。
そして、目を開いた瞬間、驚愕の光景を目にする。
「お、俺の腕がぁッ!?」
アンソニーの両腕は肘から先が消えていた。
いや、正確に言えばもぎ取られていたのだ。
強引に引き千切られたようで、ズタズタになっていた。
「あ、あ、あアアアアアアアア!!!」
「喚くな、ド阿呆」
「うげェッ!」
襲い来る激痛に絶叫を上げていたアンソニーは腹部を蹴り上げられて瓦礫の山へ転がる。
「あぐぅ……! 一体、どこのどいつが!」
鬼のような形相を浮かべるアンソニーは自身の腕を奪ったであろう犯人を捜す。
すると、すぐ目の前に真っ赤な鎧を身に纏った騎士が立っていた。
その手にはアンソニーの千切れた腕が握られている。
「て、テメエか! テメエが俺の――」
「その臭い口を閉じろ」
「ゲヒョッ!?」
文句を言ってやろうとした瞬間、アンソニーは顎を蹴り上げられた。
その威力は身体強化をしていたアンソニーの顎を簡単に抉り取るほどのもので、彼の下顎は消滅した。
「お前がクズでよかった。殺しても一切心が痛まないからな。だが、安心しろ。俺はお前を殺さん。お前にはまだ価値があるからな。その力を誰からもらったか。たっぷりと聞かせてもらおうか」
冷たい目で見下ろすのは紅蓮の騎士に扮した一真である。
彼はアリシアを傷つけられただけでなく、無辜の民をいたぶり、弄ぶアンソニーを見て、一切の感情を捨てた。
ただ冷徹に残酷にアンソニーを殺すことにしたのだ。
しかし、そう決めたものの、スティーブンからもらった資料になかった異能を持っているアンソニーは、一真達が知らない何かを知っているので殺害から捕獲へ変更した。
「言っておくぞ。楽に死ねるとは思うな。お前が今まで奪った命、犯してきた罪の分だけお前は苦しむことになる。お前は知ることになる。死が救済であるとな」
言い知れない恐怖に襲われたアンソニーは脱兎の如く逃げ出したが、相手は一真である。
どこへ逃げようとも逃げることは出来ない。
一度、補足された以上、一真から決して逃げられないのだ。
「おやおや、どこへ行こうというのかね?」
転移魔法でアンソニーの逃走先へ現れる一真は、まるで悪役の様に振舞っていた。
「あ、う、ああああッ!」
いきなり目の前に現れた一真に目を見開き、冷や汗を流しすアンソニーは恐怖に顔を引きつらせて引き返した。
しかし、またも目の前に一真が現れる。
驚いて腰を抜かすアンソニーは尻もちをついてしまう。
あまりの恐怖に腰を抜かしたアンソニーは這いずって逃げ出そうとするが、一真に背中を踏まれて逃げられなくなった。
「ほらほら、どうした? さっきまではあんなに笑ってたじゃないか。どうした? 笑えよ?」
上手く喋ることが出来ないアンソニーは許しを請うが「あうあう」言っているだけで何を言っているか聞き取れない。
一真はアンソニーの背中を踏んだまま屈んで、耳を近づけるが何を言っているか分からないので聞き返した。
「なんて言ってるんだ? 全然分からないな~」
アンソニーは何度も「許してくれ」と言っているのだが下顎がないせいで上手く発音出来ず、挙句の果てには涙を流してしまう始末だ。
「ほら、治してやるから、何か言ってみろ」
回復魔法で一真はアンソニーの下顎を治した。
ようやく喋れるようになったアンソニーは必死に弁明を始める。
「た、頼む! 許してくれ! 俺が悪かった! もう二度と悪い事はしないから助けてください!」
「さっき言っただろ? お前を殺しはしないって」
「じゃ、じゃあ――」
「殺さないだけで苦しませないとは言ってないがな」
その言葉を訊いたアンソニーは絶望に顔を染めるが、最後の抵抗と言わんばかりに一真へ向かって唾を吐く。
アンソニーの放った唾は酸に変化しており、常人が浴びれば重傷は免れないが一真には意味がなかった。
「汚いものを吐くなよ」
防がれたのを見てアンソニーはもう助からないと理解した。
悪あがきのようにアンソニーは先程の態度は嘘だったように喚き始めた。
「くそ……くそ! なんなんだよ、お前は! 俺はこれからようやく自由だってのに!」
「俺はアリシアの友達だ。だから、友達を傷つけたお前をぶっ飛ばしに来たんだよ」
「な……! アリシア・ミラーの仇か! へへへ! アイツは死んだんだろ!? そうなんだろ! ざまあみやがれ!」
「何を言ってるんだ? アリシアなら俺が治したぞ」
「嘘だ! 俺の異能は酸で傷つけられた奴は治りはしねえ! 俺には不治の異能があるんだぞ!」
「さっきの見たろ? お前の下顎を治したように綺麗さっぱりだぜ」
「ふ、ふざけんな! そんなデタラメなんか信じねえぞ!」
「後で会えるだろうから、その時に確認しな。もうこれ以上お前の相手をしてる時間はないから、くたばれ」
「ぷげぇッ!」
いつまでもうるさいアンソニーの鼻っ柱に一真は拳を叩き込んで黙らせた。
目が覚めて暴れられても面倒なので一真は土魔法でツボを作り、その中にアンソニーを放り込んだ。
風魔法でツボを運びながら一真は先程アンソニーに襲われていた夫婦を助け、他にも街に残っていた人達を救い、イビノムを一匹残らず殲滅させた。
「それじゃあ、俺はもう行く」
「あの!」
「ん?」
「ありがとうございました! 貴方のおかげで妻を殺されることなく、無事に取り戻すことが出来ました」
「それは違う。アンタの勇気が妻を助けたんだ。そのおかげで俺が間に合ったんだからな。大切にしろよ、奥さんを」
「は、はい! あるがとうございます!」
一真はアンソニーが入ったツボを風魔法で浮かばせると、スティーブンのもとへ帰っていくのであった。
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