第11話 王子様のキス特別なんよ! ぶっちゅ~~~!
◇◇◇◇
スティーブンからの連絡を受けた一真はアメリカに向かう事を決めたが、肝心なことを思い出した。
「どうやって行こう……」
一度行った場所なら転移魔法で一瞬で移動できるがアメリカはない。
そこで飛行魔法の出番だ。
音速を超えて、危篤状態のアリシアを救うために全速力である。
しかし、ここでも問題があった。
「正体をどう隠すかな~」
いっそのことバラす方向でいこうかと考えたが、紅蓮の騎士は隠れ蓑としてまだまだ使える。
ほとんどの人間は一真が紅蓮の騎士と気がついているが、それは主に政府や軍といった人間だけだ。
まだ一般人には知られていない。
という事は、まだ隠し通せるわけであり、紅蓮の騎士という隠れ蓑を失くすわけにはいかないと一真は考えた。
「周囲に人影無し! 監視カメラ無し! よし、よし!」
どこぞの猫みたいに周囲の確認を行うと、一真は幻影魔法で紅蓮の騎士になり、空を飛ぶ。
ビルよりも高い位置まで来た一真は、もう一度地図アプリを開いて場所を確認する。
真っ直ぐに飛んでいけば辿り着くように体の向きを変えて、一真は筋肉を解すように肩を回し、屈伸を行った。
「さてと、スティーブンが上を説得していることを願っていきますか!」
基本、未確認飛行物体が飛んで来たら迎撃するのは当たり前だ。
それは勿論、日本も同じである。
かつては遺憾に思っていると口にするだけで何もしなかったが今は当たり前の様に迎撃する。
昔とは違うのだ。
まあ、ミサイルは対イビノムに使うのでどこの国もおいそれとは打たないが。
それは、さておき一真がついに動き始める。
彼は屈伸を終えて、パフォーマンスの一環として首をゴキゴキと鳴らすと空を蹴った。
ドンッと大気が震える。
まるで世界全体が震えたかのような轟音に近くにいた人達は驚きに跳びあ上がった。
「な、なんだ、今の音は!?」
「て、敵襲か!?」
「花火みたいな音だったぞ!」
「どこから聞こえて来たんだ!」
「凄い地響きだ……!」
地上の方で大騒ぎになっていることなど知らず、一真はアメリカへ向かって一直線。
音速を超えて亜光速の一歩手前までの領域へと踏み込む。
ソニックブームが生まれ、海を裂きながら一真は真っ直ぐにアメリカを目指して飛んでいく。
瞬く間にアメリカへ到着した一真は魔法で周囲に被害が及ばないように配慮して、スティーブンから受け取った住所のもとへと急いだ。
日本と違ってアメリカはまだ夜であった。
その上、イビノムの襲撃により大規模な停電までしており、街は闇に包まれている。
これでは目的地が分からないかと思われたが、目的地である病院は非常電源を備えていたようで明かりがついていた。
そのおかげで一真は迷うことなく、病院に辿り着き、屋上へ降り立つ。
「ついたのはいいけど、病室がわからんな」
屋上のドアを開けて一真は病院へ入ると、そこには警備員を務めていたであろう異能者と遭遇する。
突然、屋上から入って来た紅蓮の騎士に遭遇した警備員は驚きの声を上げて、銃を取り出した。
「おわぁッ!? 誰だ!」
「あー……アイアム、クリムゾンナイト!」
「はあ? なんて言ってるんだ?」
一応、英語で伝えるも一真のつたない英語では通じず、警備員の男は銃を構えたまま警戒を解かない。
「う~ん……」
どうしようかと一真が腕を組んで悩んでいると、警備員の男が無線で仲間へ連絡を取り出した。
「至急、屋上のほうへ人を寄越してくれ!」
数分もしないうちに多くの警備員が屋上の方へと集まって来た。
囲まれてしまった一真だったが、異変に気がついたスティーブンが現れて事なきを得る。
「待った! 彼は味方だ! 銃を下ろしてくれ!」
スティーブンのおかげで一真は中へ通され、下へ降りていく。
一真はスティーブンの後をついていき、歩きながら彼に質問を投げ掛ける。
「俺が来ることを伝えてなかったのか?」
「すまない。そこまで気が回らなかった」
「俺、英語喋れないから助かったけど、初めから伝えてほしかったわ」
「本当にすまない。この翻訳機を持っている者は少ないんだ。こっちでは英語が主流だし、万国共通語だと考えてるからね」
「日本語にしろ、日本語に。英語なんてわからんわ」
「ハハハ。どちらかと言えば日本語の方が遥かに難しいのだがね。それよりも、随分と速かったが君は一体どれだけの力を持っているんだい?」
「それは秘密だ。また今度な」
軽口を叩いているとスティーブンの足が止まる。
どうやら、目的の部屋に着いたようだ。
幻影魔法を解いて一真は普段の姿に戻る。
部屋のプレートを見るが英語で書かれているので読めない一真はスティーブンに話しかけた。
「ここは?」
「ここは特別治療室だ。この中にアリシアがいる」
「そうか」
危篤状態と聞いているので一真は早速中へ入ろうと扉に手を掛けた時、スティーブンに肩を掴まれた。
「なんだ?」
「ミスター皐月……。頼む、アリシアを救ってやってくれ! あの子はまだ普通の女の子のような幸せを知らない! 小さい頃に念力とバリアの異能を発現したあの子はただイビノムを駆除する為に兵器として育てられたんだ……! でも、ここ最近のあの子は君のおかげで本当によく笑うようになってくれた! なのに、それなのに!!! 俺は何も……何もしてやれないッ!」
慟哭と呼べるであろう思いをスティーブンは一真にぶつける。
やっと普通の女の子のようになってきたアリシアを彼は救いたかった。
だからこそ、藁にもすがるような思いで一真に電話を掛けたのだ。
紅蓮の騎士である一真ならばきっとアリシアを救えると願って。
「スティーブン……」
「身勝手なことだって分かってる! それでもあの子にはこんなところで死んでほしくない……。ずっと、俺達大人の都合で戦ってきたあの子が報われないまま死ぬなんてことだけは……あっちゃいけないんだ……!」
「お前は良い奴だな」
一真はスティーブンの手を掴み、涙を流している彼の方へ振り返り、真剣な眼差しで向かい合う。
「俺が来たからにはもう大丈夫だ。必ず、アリシアは助けてみせる」
「ミスター皐月……!」
紅蓮の騎士こと一真がそう言うのだ。
もう心配はいらない。
彼ならば本当にアリシアを救ってくれるだろうとスティーブンは溢れる涙を流しながら頭を下げ続けた。
意を決して一真は特別治療室の扉を開けて中に入る。
そこには真っ白なベッドに横たわっているアリシアがいた。
普段の彼女なら一真の姿を見て朗らかな笑みを浮かべて、彼に抱き着いたりするだろうが、今の彼女の姿は悲惨なものである。
右半身は焼け爛れており、酷い異臭を放っていた。
美しかった彼女の顔は醜く爛れており、最早以前の面影はない。
思わず目を背けたくなるようなアリシアに一真は近づき、声を掛けた。
「アリシア」
「…………一真?」
うっすらと目を開けるアリシアは朧げな視界に一真を映した。
夢か現か、定かではないが最後に一真に会えたことが嬉しかったのかアリシアは儚げな笑みを浮かべる。
「えへへ……ごめんね。こんな気持ち悪い顔で」
「何言ってるんだ。アリシアはいつだって可愛いし、綺麗だよ」
「ホント? 嘘でも嬉しいな~」
力なく笑っている彼女の目じりからは涙が零れている。
自分がもう長くないことも、助からないことも悟っているアリシアは最後のお願いだと言わんばかりに一真へ語り掛ける。
「ねえ、一真……。最後にお願いがあるの」
「最後とか縁起のないことを言うなよ」
フルフルとアリシアは首を振った。
その意味を理解した一真は顔を顰める。
「治らないの……。私の体。不治の異能を持つ敵にやられたから、シャルロットでさえ治せないの。現にアメリカにいる治癒系の異能者や最新の医療技術でも治せなかった。だからね、私、死ぬんだ。でも、後少しだけ時間があるの」
激痛が絶え間なく襲っているアリシアはぐっと奥歯を噛みしめ、痛みを耐えると一真にお願いをする。
「最後に……一真。キスしてくれないかな?」
「…………え?」
「ア、ハハ……。やっぱり、嫌だよね。こんな醜い化け物みたいな顔の女なんかにキスするなんて」
分かっていた。
以前の自分ならば世間一般でいう美女であったから価値はあったが、今の自分は顔の半分が焼け爛れた醜い容姿の化け物。
こんな女とキスしてくれなど、無理があっただろう。
分かってはいたが、それでもやはり、好きな人から拒絶されるのは来るものがあるとアリシアは泣きそうになった。
しかし、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと、必死に感情を押し殺し、さっきのお願いは無しだと口にしようとした時、信じられない言葉が聞こえてきた。
「バカだな。最初に言っただろ。アリシアはいつだって可愛いし、綺麗だ。君とキス出来るなら喜んで」
「え――」
それ以上の言葉は出なかった。
一真によって口を塞がれたから。
「(……ああ、神様。ありがとう。最後に私のお願いを叶えてくれて)」
これが夢でも幻でも構わない。
最後の最後に好きな人とキスするという願いが叶ったアリシアは一筋の涙を零す。
それは残酷なほどに綺麗で、儚く美しかった。
もう悔いはないと言わんばかりに彼女は目を閉じていく。
しかし、それを決して許さない男がいた。
「(死なせるかよ……! 死なせてたまるかよッ……! 不治の異能がなんだ! 治せない? ハッ! 舐めるなよ! この俺を!!!)」
アリシアに口づけを落としたまま、一真は回復魔法を発動させる。
不治の異能が発動し、一真の回復魔法を妨げるが、彼がどれだけ戦い続けて来たか。
想像を絶するほど、彼は異世界で戦い続けて来たのだ。
たかが治せなくするという異能如きに負けるはずがない。
毒、呪い、ありとあらゆる責め苦を受けて来た一真だ。
今更、不治程度の異能など敵ではなかった、
神聖魔法を発動させ、不治の異能を完全に除去し、アリシアの体を再構築。
眩い光が彼女を包み込み、光が収まった後、そこには以前と変わらない美しい姿のアリシアが眠っていた。
まるで眠れる森の美女の様に彼女は目を閉じている。
「……おやすみ、アリシア。目が覚めた時には全部終わらせてるから」
優しく、子供を寝かしつける母親のような手つきで一真はアリシアの髪を撫でてから部屋を出て行く。
その顔は今まで見たことのないくらい、冷たい表情であった。
ぐつぐつとマグマのように怒りを滾らせている一真だが、怒りのままに暴れたりはしない。
まずは情報が必要だと外にいたスティーブンへ話しかける。
「ミスター皐月! アリシアは――」
「心配ない。今は眠っている。それよりもスティーブン。アリシアをやった奴はどこにいる?」
ゾワリとスティーブンの肌が泡立った。
自分が睨まれているわけではないというのに、目の前にいる一真から尋常ではない殺気を感じ、スティーブンは本能で理解したのだ。
今、彼は激しく怒り狂っていると。
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