第10話  トロトロにしてあげる!

 ◇◇◇◇


 時は遡り、アメリカでアリシアがイビノムを殲滅している時、彼女の前に立ちはだかったのはイビノムではなく異能者。


「久しぶりだな~、魔女ウィッチ

「誰、アンタ?」


 目の前に現れたヴィランの事をアリシアは覚えていなかった。

 何せ、彼女がこれまで捕まえて来た犯罪者は両手で数え切れないほどいるのだから。有象無象のことなど覚えているわけがない。


「カハハハ! まあ、覚えてるわけねえか……」

「混乱に乗じて収容所から逃げ出したんだろうけど、私の前に現れたってことは死ぬ覚悟はあるんでしょうね?」


 念力で宙に浮かび、周囲の瓦礫を持ち上げる彼女は圧倒的な強者であった。

 それに対して男は不敵な笑みを浮かべるだけで変化はない。自信満々に見えたが虚勢を張っていただけであったかと思われた。


 次の瞬間、有無を言わさぬアリシアの猛攻が始まる。周囲の瓦礫を男へ叩きつけ、押しつぶした。

 瓦礫の塊が出来上がり、男は死んだ。そう思い、アリシアは先へ急ごうとした時、球体の様になっていた瓦礫が吹き飛んだ。


「驚いたわ。まさか、生きてるなんて」

「ゲヒャハハアッ! 今の俺は昔の俺とは違う! 舐めてかかると死ぬぞ、魔女!!!」

「ああ、もううっさい」


 瓦礫の中から元気よく飛び出して来た男であったが、アリシアの念力に捕まる。そのまま彼女が握りつぶして終わり。


「ハアッ!!!」

「なッ!?」


 握りつぶそうかとアリシアが力を込めた時、男が念力を強引に弾き飛ばした。

 予想もしていない反撃に面食らうアリシア。今の今まで念力を弾かれたことがない彼女は酷く困惑していた。


「嘘でしょ? 私の念力を弾くなんて……」

「おいおい、どうした? さっきまでの威勢はよぉ?」

「ッ……! 調子に乗らないで」


 今度はさらに力を込める様にアリシアは両手で掴むように念力を放つ。

 万力に締め付けられるような痛みが男を襲い、押しつぶされていく。

 ミシミシと男の体から嫌な音が響き、このまま勝負はつくかと思われたがまたもや念力は弾かれた。


「ハッハー! 効かねえな……魔女ィ!」


 あり得ない光景にアリシアは動揺する。覚えていないが相手はいつか自分が捕まえた犯罪者の一人。大して強くないはず。

 だと言うのに、これは一体どういうことかとアリシアは疑問を感じていた。


「異能が強くなった? いや、そんなはずは……」


 思考を巡らせるアリシアは一つの可能性を思い浮かべた。それは日本であった突然変異と思われる異能者の事件。


「そういえば、異能が二つに増える事件があったわね。もしかして、アイツもそうなの?」


 であれば、不味い。アリシアは有象無象の事を覚えていない。念力を弾き飛ばした所を見る限り、身体強化の異能があることは分かるが、それ以外は不明。


「まあ、いいわ。どのみち、私の敵じゃない」


 とはいえ、それは大したことではない。

 相手の異能が不明であろうとも彼女の勝利は揺るがない。

 アリシアの異能は念力とバリア。

 念力だけでも強力無比な彼女には絶対無敵のバリアまで備わっている。

 負ける要素が全く見当たらないのだ。


「次はこっちの番だぜェ……!」


 男がそう言うと、地を這うように走り出した。

 その速度は凄まじい速度でアリシアは目で追いきれないが、脅威ではない。

 彼女には絶対無敵のバリアがある。

 相手がどれだけ速かろうともバリアを破られない限りは彼女に傷一つ負わせることが出来ないのだ。


「オラァッ!!!」

「ッッッ!」


 ドゴンッとアリシアの背後から耳をつんざく轟音が鳴り渡る。

 男がアリシアの背後に回り込み、宙に浮いている彼女のもとまで跳躍し、バリアを殴りつけた音だ。

 当たっていれば致命傷は免れないだろうがバリアのおかげでアリシアは無傷である。


「ちッ……。やっぱり、バリアを全方位に張り巡らせてるか」

「残念だったわね。アンタは確かに強いみたいだけど私には勝てないわ」

「ハッ、そいつはどうかな!」


 獰猛な笑みを浮かべた男は大地を抉るように駆け出した。

 土埃が舞い、獣のように駆ける男にアリシアは念力で放つが当たらない。

 瓦礫を飛ばし、攻撃を仕掛けるも男の速度についていけず、彼女の攻撃はまるで意味を成さなかった。


「どうした、どうしたァッ!」

「余所見しない方がいいわよ」

「ああ?」


 ドンッと男は見えない壁にぶつかる。

 先程のアリシアの発言を思い出した男は鼻血を出しながら、忌々しそうに彼女へ目を向けた。


「バリアを俺の進行方向に張ったのか……ッ!」

「止まったわね」

「ぐがッ!」


 バリアに激突した男は体勢が崩れた所を狙われて、アリシアの念力に捕まる。

 今度こそ、終わりである。

 アリシアは両手に力を込めて男を握りつぶそうとした。


「ぐぐぐ……ッ!」

「さっさと楽になりなさいよ!」


 必死に抵抗を続ける男と握りつぶそうと力を込めるアリシア。

 両者の力は拮抗し、均衡を保っていた。

 アリシアが懸命に男を握りつぶそうと力を増すが男も負けじと力を振り絞ると、メキメキと男の体は膨張し、筋肉が膨れ上がった。


「お、おおお、おおおおおおおッ!」

「そんなッ!?」


 念力が破られ、男は解放された。

 その瞬間に男は駆け出してアリシアに接近する。

 そうはさせまいと彼女は念力で飛行し、上空へと退避した。

 しかし、男の執念は凄まじく、上空へ逃げるアリシアを追いかける。


「捕まえ――」


 ガンッと男の鼻にバリアがぶつかる。

 アリシアが咄嗟にバリアを張って男の追跡を阻止したのだ。

 後もう少しと言う所で男はアリシアを逃してしまい、地上へと落ちて行った。


「ちくしょうがァッ!」


 ドカンッと男が地上に落ちてクレーターが出来上がる。

 上空でその様子を見ていたアリシアは珍しく汗をかいており、息を切らしていた。


「ハア……ハア……危なかった。後少し遅かったら」


 そこまで言ってアリシアは最悪の想像してしまい、身震いする。

 もし、あそこで捕まっていたら足の骨が折られていただけでは済まないだろう。

 下手をしたら、脚を千切られていたかもしれない。

 そう思うとゾッとするアリシアは震える身体を抱きしめた。


 クレーターの中心にいる男はむくりと体を起こすと激しく地面を踏みつけた。

 後少しという所で届かなかったことが腹立たしくて仕方がない様子である。

 地団太を踏んで子供の様に癇癪を起していた。


「クソ、クソ、クソがァ!」


 しかし、現状は自分の方が有利であることを男は理解した。

 あの魔女アリシア・ミラーが逃げ出したのだ。

 己の不利を悟って。

 つまり、今の彼女は追い詰められている。

 その証拠にアリシアは今も距離を保ち、こちらを見詰めていた。


「へッ……。悪くねえな」


 自身が優勢であることに男は喜んでいる。

 かつては手も足も出ずに敗北したが、今は違う。

 立場が逆転しているのだ。

 見下ろされているが、切羽詰まっているのは向こうである。

 その事実が男の虚栄心を大きく刺激した。


「すぐにそっから引きずり降ろしてやるよぉ……」


 舌なめずりをする気持ち悪い男はアリシアを見上げる。

 上空からでも男の気色悪い視線を感じたアリシアは酷い嫌悪感を覚えた。

 さっさと始末してイビノムを駆除しに行かなければならないのに、厄介な男に目を付けられてしまったとアリシアは嘆く。


「ここまで離れてれば問題ないだろうけど……面倒ね」


 ため息を吐いたアリシアは、次の瞬間大きく目を見開いた。

 視界の隅には避難しているであろう集団が映ったのだ。

 幸い、男の方はまだ気がついていないが、もしも知られたら最悪な事になる。

 勝つためなら手段を選ばないように見える男だ。

 きっと、彼等を人質にでもするに違いない。


 その予想は当たってしまい、アリシアを見ていたはずの男は避難している集団を見つけて、三日月の様に口角を釣り上げた。

 そして、男はアリシアの方に厭らしい笑みを浮かべると、避難している集団の方へ駆けていく。


「あのクソ野郎ッ!!!」


 怒りの形相を浮かべてアリシアは男の後ろを追いかけていく。

 念力で飛行している彼女よりも男の走る速度の方が速い。

 先に到達するのは男の方だろう。


「ヒャハハハハッ!」


 男が狂ったように笑い声をあげたことで避難していた集団も男に気がついた。

 猛スピードで自分達の方に向かってくる男に恐怖し、悲鳴を上げている。

 その後ろから魔女が猛追していることも知らずに。


「死ねェッ!」


 アリシアよりも先に避難していた集団に辿り着いた男は手から水のようなものを放出した。


「ギャハハハハッ! そいつは酸よ! 当たればグチョグチョに身体は解けてなくなるぜェッ!」


 男のセリフを訊いてアリシアは思い出した。

 アシッドと呼ばれた凶悪な犯罪者の名前を。


「アンタ、アンソニー・オーガスタスね! 最悪!」

「今更思い出しても、もう遅い! こいつ等は溶けて死ぬ!」

「させるわけないでしょ!」


 前方にバリアを張り、アリシアはアンソニーの酸を防いだ。

 これで避難していた人達に被害は及ばない。

 しかし、アンソニーはそれを狙っていた。

 アリシアが避難民をバリアで助ける瞬間を。

 バリアは一か所にしか張れず、アリシアは基本球体にして自身を守っていた。

 そのバリアを避難民に使ったという事は、今のアリシアは無防備である。


「正義の味方は大変だねーッ! 守るもんが多くてよぉッ!」


 アンソニーは踵を返し、アリシアへ飛び掛かる。

 念力でアンソニーを吹き飛ばそうとしても彼の尋常ではない力に押し負けてしまい、アリシアは懐へ侵入を許してしまった。


「ッ……!」

「その綺麗な顔を俺の酸で溶かすのをずっと夢見てたんだよォ!」

「きゃああああああああッ!!!」


 放たれた酸はアリシアの右半身を覆い尽くし、彼女の美しい顔を焼いた。


「ヒャーッハッハッハッハッハッハ! ついにやったぜ~!」


 酸をかけられてしまい、重傷を負ったアリシアは地に伏せた。

 その近くで狂ったように高笑いを続けているアンソニーは置き土産に絶望を残していく。


「いい事を教えといてやるよ……。俺は身体強化に加えて、不治の異能も授かってる。お前はもう助からねえ。絶望の淵に落ちて死んでいけ! ギャハハハハハハハハハッ!」


 満足したのかアンソニーは笑い声を上げながらアリシアを放置して、その場を後にした。

 アリシアによって助けられた避難民が倒れ伏している彼女が持っていた携帯でスティーブンと連絡を取り、彼女は病院に緊急搬送されたのである。

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