第8話 やっすい奇跡やで~
国内のほとんどのイビノムを殲滅した一真。
しかし、これですべて終わったわけではない。
まだやるべきことは残っているのだ。
翡翠の騎士がいる第三エリアではイビノムの襲撃により、阿鼻叫喚の地獄と化していた。勿論、今は翡翠の騎士の活躍でイビノムは殲滅されているが崩壊した街、飛び交う悲鳴と地獄絵図である。
「誰か、誰か来てくれッ! 友達が死にそうなんだ! 頼むよ、誰か……!」
「お願い! 娘を助けて! 息をしてないの! 誰でもいいから……ッ!」
「ああ、そんな……! 俺の腕が……! うああ……ッ!」
「父さん! 父さん!!! 目を覚ましてよ!」
「嫌だ……! うっ……うぅ……!」
「こんな……こんなのって!」
あちらこちらでイビノムによって傷付けられた人たちが助けを求めていた。
国防軍も必死に救助活動に励んでいるが救える数には限りがあるだろう。
病院も機能こそしているが、すでに受け入れる人数を超えており、麻痺していた。
急遽、病院の外へテントを設置し、仮設病棟を作って受け入れてはいるが、あまりの数に対応できていない。
もはや、多くの者達が死を待つだけとなっていた。
「(救える命を見殺しには出来ん……)」
騎士の目を通していて現場を見ていた一真は広域型回復魔法を発動する。
淡い緑色の優しい光が患者たちを包み込み、怪我を治していく。
その奇跡の光景に誰もが目を離せなかった。
日本にも当然、治癒系の異能者はいる。自然治癒能力を高めたり、外傷を塞いだりと多岐に渡るが目の前で起きているような回復は見たことがない。
否、日本では見たことがないだけで海外にはいる。聖女シャルロットだ。彼女ならば欠損した手足さえも再生し、死んでさえいなければどのような状態であろうと治すことが可能である。
しかしだ。彼女の異能は対象が一人のみという非常に狭いもの。今、起きているように目に見える範囲全ての人間を癒すようなことは出来ない。
もしかしたら、異能が成長すれば可能なのかもしれないが現段階では不可能である。
それゆえに目の前で起きたことは、まさに奇跡であった。
喜びの涙を流し、天に祈りを捧げる。奇跡だ、奇跡だと人々は喜んでいたが、それがたった一人の人間が起こしたことだとは到底信じないだろう。
「(ま、そっちの方が都合がいいけど……。変に崇められても困るしな。宗教とかも出来そうな勢いだわ)」
人が本当に追い詰められたら、縋るのは神様である。そして、恨むのもまた神様である。救ってくれた神様に感謝を、見放した神様には恨み言を。人間とは実に都合のいい生き物である。
「(さて、これで落ち着いたかな?)」
騎士の目を通して、各地の状況を確かめる一真。目に見える範囲のイビノムを殲滅し、建物や地下に潜んでいたイビノムも国防軍の協力で殲滅。
そして、軽傷、重傷を含めた怪我人を治癒。ただ、一真でも死者を蘇らせることは出来なかった。
蘇生魔法は存在するが一真は行使出来ない。修業が足りないとかではなく、単純に神の
それゆえに蘇生魔法が扱えるのは、異世界でも女神から許しを得た聖女と教皇の二人のみ。
その蘇生魔法には条件があり、死亡してから二十四時間以内であること、肉体の欠損がないことの二つが絶対条件である。この二つが満たされていない場合は蘇生魔法が使えない。
一真はその奇跡を何度も受けている。
ハニトラで毒殺された際にとてもお世話になっていた。
なんともくだらないことで神の御業を使わされた異世界の聖女マリアンヌもこれには激怒したことである。普段は温厚で滅多に怒らない彼女も、ハニトラで死んだ一真を蘇生してはメイスで半殺しにしたほどだ。
◇◇◇◇
「いいですか!? こんなくだらないことで神の奇跡を使わせないでください!!」
「あ゛い゛!」
ハニトラで毒殺され、真っ白なシーツが一真の吐瀉物で汚れていたが、その上から真っ赤な血で染められていた。
「蘇生魔法はとても疲れるんです! それはもう想像できないほどに! 魔力は枯渇寸前までいくし、体力だって非常に持っていかれるんですからね!」
「す゛み゛ま゛せ゛ん゛!」
真っ白であったシーツは一真の血で真っ赤に染まっていく。なおも説教を続けるマリアンヌの手には一真の返り血で染まったメイスが握られていた。ダクダクと頭部から血を垂らし続ける一真は朧げな視界でマリアンヌの説教を聞いている。
「貴方は男ですし、すぐに調子に乗りやすいことも一緒に旅をしているので分かります。ですが、毎回毎回美女の誘いに乗って毒殺されるとはどういうことですか! 貴方には学習能力がないのですか!?」
「い゛い゛え゛」
「では、どうして、こうも引っかかるんです?」
「…………」
「沈黙するという事は罪を認めたという事ですね?」
正確には一瞬意識が飛んでいたのだがマリアンヌには知る由がない。
その後も彼女の説教は続いた。終わった時には一真が再び天に召される寸前であった事は容易に想像できるだろう。
◇◇◇◇
蘇生魔法は使えないので一真は各地に散らばった騎士を転移で戻し、異空間に収納し、何食わぬ顔でアイビーへ戻っていく。
アイビーには穂花をはじめとした一真の家族が揃っている。実の母親である久美子に義理の姉である七海と沢山の人がいた。
ただ、問題がある。アイビーの関係者ではなく近所に住んでいる人達までアイビーに押し寄せていたのだ。
一真がアイビーに刻んだのは悪意ある者を拒絶、敵の殲滅、敵対生物の侵入を禁止するといったものだ。つまり、純粋に避難してきた者達はどうすることも出来ない。
何が言いたいかと言うと、避難してきた者達の中にアイビーの人間に文句や不満をぶつけている人間がいるということだ。
「なんだ、これは! 自分達だけ助かろうとしやがって!」
「そうだそうだ! こっちは死ぬかもしれなかったんだぞ!」
「税金も払ってないようなクソガキ達だけ保護しやがって!」
「ここは私達のような善良な市民こそが使うべきよ!」
「貴方達は出て行きなさい! ここの施設だって私達の税金で建てられたんだから私達に権利があるはずよ!」
帰って早々、気分を悪くした一真は殺意を抱いた。
どうして、こうも人間は醜いのか。何故、手を取り合い、助け合おうとしないのか。
理解に苦しむ人種を目の前にして一真はゴキゴキと手を鳴らし、感情のままに暴れてやろうとしたら穂花が一番近くにいた禿げ頭の男性を殴り飛ばした。
「黙りなさい。次に何か言ったらぶっ飛ばすわよ」
とんでもないことを言う穂花に殴られた禿げ頭の男性が食って掛かる。
「も、もう殴ってるじゃないか!」
「ふんッ!!!」
バキィッと禿げ頭の男性を殴り倒した穂花。
「何か言ったらぶっ飛ばすと言ったはずよ」
倒れ伏し、完全に意識を失っている禿げ頭の男性は白目を剝いていた。
その光景を見て、先程まで騒がしかった連中が黙り込む。いくら喚こうとも暴力には敵わない。
しかし、穂花のやったことは立派な犯罪なので普通に言い返される。
「は、犯罪よ、犯罪! 貴方がやったことは――」
「おい、ババア。これ以上、その臭い口を開くと殺すぞ?」
「ひぃッ……!?」
穂花を指差して喚いていた女性の前に一真は転移して、殺気を含んだ目で睨みつけた。
とてつもない恐怖に腰を抜かす女性はガタガタと震えるばかりで言葉が出て来ない。
「イビノムに殺される前に俺がお前等を殺してやるよ。税金も払ってないクソガキとか抜かしやがって……! テメエら、全員死ぬ覚悟は出来てるんだろうな? 言っておくが逃がさねえぞ。たとえ、地球の裏側に逃げようが一人残らず地獄に叩き込んでやる」
「「「「「ひゃぁ……ッ!!!」」」」」
青筋を立てて、ボキボキと修羅の如く手を鳴らしている一真に文句を言っていた者達は後ずさる。
「やめなさい」
「あい……」
一歩、また一歩と一真が迫っていたら穂花に後頭部を叩かれてしまい、彼は大人しく言う事を聞いて止まった。
「さて……賢明な皆様にお願いがありますわ。ここで起きたことは内密に」
人差し指を口元に持って行き、しいっと小さい子供へ教える様に穂花はお願いをした。
「もしも……今回の事を話したら、そうですわね~」
う~んと可愛らしく首を傾げ、トントンと頬を叩く穂花。
しばらく考えた穂花は満面の笑みを浮かべて、とある提案を出した。
「死よりも恐ろしい目にあってもらいましょう。一真」
パチンと指を鳴らし、一真を呼び寄せる穂花。
呼ばれた一真はまるで忍者のように彼女の傍に瞬間移動して片膝を着いた。
「はッ!」
「貴方なら出来るんでしょう」
「無論」
一真は瞬時に土魔法で
「よろしい。皆様、もう一度お願いしますわね。今回のことはくれぐれもご内密に」
非常にいい笑顔ではあるが、あまりの恐ろしさに誰も反論できず、ただ壊れた玩具の様に首を縦に動かすことしか出来ない。
結局、アイビーの人間に文句を言っていた連中は居ても立っても居られないと逃げ出していった。
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