第5話 一真、怒り爆発。一切合切を塵芥にせん

 ◇◇◇◇


「ハア……ハア……!」

「お母さん……!」

「ばあば……」

「大丈夫、大丈夫よ。私は大丈夫だから貴方達は後ろに隠れてなさい」


 穂花の眼前には小型、中型を含めた大量のイビノム。そして、背後には穂花の娘である七海と、彼女の娘である八雲やくもが母親に抱かれながら震えていた。


 今、三人は袋小路に追い詰められている。穂花は連絡の取れない七海をマンションから連れ出すことは出来たが、アイビーへの帰り道でイビノムに襲われたのだ。

 最初は穂花が撃退していたのだが、やがて数が増えてきて対処できなくなり、七海と八雲を連れて逃げていた。


 しかし、街中に現れたイビノムは見たこともない数で徐々に三人は追い詰められた。


 そして、現在行き止まりに追い詰められている。穂花は剣を構えてイビノムを牽制しているが、すでに彼女は満身創痍。ここまで来る途中に何度もイビノムを退けた穂花は額から血を流し、体力の限界で足が震えていた。


「かかってくるなら、来なさい! ただし、この子達に指一本触れさせない! たとえ、四肢が捥がれようとも噛み砕いてやるわ!」


 覚悟の決まった穂花。ここで死ぬことになろうとも決して娘達には手出しさせないと宣言する。


 イビノムが一斉に飛び掛かる。穂花たちを捕食しようとイビノムはその凶悪な顎を大きく広げた。

 迫り来るイビノムに穂花は剣を突き出し、一匹でも多く道連れにしようと踏み込んだ時、彼女の前に空から変態が降ってきた。


 ズドンッとアスファルトの地面を吹き飛ばし、穂花の前に現れたのは他の誰でもない変態こと一真である。ただし、その表情はいつもの飄々としたものとは違い、憤怒に染まっていた。


「失せろ、雑魚共がァッ!!!」


 最早、隠す気がない一真は魔法を使って穂花達を襲っていたイビノムの大群を一撃で消し去った。

 周囲にいたイビノムを殲滅した一真はすぐさま穂花へ駆け寄る。


「大丈夫か!」

「か、一真……」


 息も絶え絶えで今にも倒れてしまいそうな穂花を見て一真は自分の愚かさに歯を食いしばる。


「(俺は何をやってたんだ……! 折角、守る力があるって言うのに、ずっと出し惜しみして! 危うく母さんを失う所だった……! ああ、俺はバカだ! 度し難いほどのバカだ! 何が平穏だ、くそったれめ!!!)」


 ようやく己の愚かさに一真は気がついた。最初から曝け出していれば良かったのだ。アメリカのキングのように、中華の覇王のように、エジプトの太陽王のように、力を誇示し、圧倒的な暴力を見せることで他者を圧倒していればこのような事態は防げていただろう。


 たとえ、畏怖されようとも大切なものを失う事に比べれば軽いものだ。かりに世界が家族に手を出そうとすれば、それなりの報復をすればいい。恐怖で人を縛り付けたくはないが、それでも家族や友人、知人とその他を天秤にかけられるわけがない。


 一真は勇者ではあるが一人の人間だ。全てを守るために戦っているわけではない。彼は身近な人の為、ひいては己の為にその力を振るっていたのだ。

 ならば、躊躇う必要などない。否、躊躇っている場合ではないのだ。大切なものを失う前に一真は決意した。


「母さん。少しジッとしてて」

「何するの?」


 ポワッと一真の手の平が優しい光を放つと穂花の怪我が治った。それを見ていた七海が驚いたが、何も言わずに弟のやることを見守っていた。


「俺、もう何も隠さない。たとえ、世界から恐れられることになっても大切なものを失うくらいなら魔王にだってなってやる」


 今にも泣きそうな表情を浮かべる一真を穂花は優しく包み込み、慈しむように頭を撫でる。


「…………大丈夫。貴方は私の可愛い愛息子むすこ。人は生きてるだけで人に迷惑をかける生き物なの。だから、貴方も好きなように生きなさい。私が全部受け止めてあげるから」


 一真が本当に魔王になって世界を滅ぼしたとしても穂花は怒らないだろう。彼女にとっても大切なのは家族なのだ。彼が家族を手にかけない限りは穂花は全てを許すに違いない。

 それはきっと大罪なのだろうが、人は自分さえよければいいという罪深い生き物だ。誰が彼女を責めることが出来ようか。


「ありがとう、母さん。俺……全部終わらせてくる。ちょっと待ってて」


 穂花に全てを許された一真は立ち上がり、空を眺める。この大空の下で自分はちっぽけな生き物だ。平穏だの、なんだのと随分と下らないことで悩んでいた。もっと早くに気がつくべきだったと一真は笑い、魔力を解放した。


「はあああああああああああああッ!!!」


 嵐の様に奔流する魔力が光の柱となり天へと昇っていく。その光景は多くの者が目撃することになる。この日、世界は真の暴力を目にすることとなるだろう。


「魔法陣展開! 術式解放!」


 荒れ狂う魔力の中に佇んでいる一真が手を広げる。


召喚サモン!」


 魔法陣から現れたのは紅蓮の騎士を含めた一真が作り上げたゴーレムの騎士。白銀、漆黒、蒼銀、翡翠、黄金とバリエーション豊かな騎士が魔法陣から現れると一斉に空へ飛び立った。


「どこのどいつだが知らねえが、見せてやるよ! 本当の暴力ってやつを!」


 散り散りに飛んでいく騎士。一真は一旦、穂花たちをアイビーへと転移魔法で運び、安全を確保してから全てを終わらせるために飛び出した。


 上空で地上を見下ろす一真は自身の頭上に巨大な魔法陣を展開させる。地上に蔓延はびこっているイビノムを捉えると、一真は片手を振り下ろし裁きを下した。


「消えろ」


 幾千、幾万という雷がイビノムだけを貫いていく。直前まで襲われていた人は突然降ってきた雷に驚いたが、それ以上にイビノムだけしか死ななかったことに驚いた。


 時同じく、イビノムに抵抗を続けていた国防軍兵士も戦っていたイビノムに雷が降り注ぎ、何事かと目を見開いていた。しかし、イビノムが死んだことを知ると歓喜の声を上げる。


 第七エリアでは同じような現象が続いていた。これは一体どういうことかと多くの人間が空を見上げた。

 そこには巨大な幾何学模様を背にして浮かんでいる人影を見つける。彼の背後にある幾何学模様から雷が放たれていることを知った。


 それを見た人達はきっと彼は救世主なのだと思い込む。この窮地を救ってくれたのだと歓声を上げていた。


 その様子を空から見ていた一真は鼻で笑う。いずれ、彼等彼女等も手の平を返し、俺を恐れる日が来るのだろう。随分と都合のいい思考をしているのだろうかと腹を抱えたくなるが、それこそ人間であろうと一真は目を瞑るのであった。


「む……そういえばパパ活クソババアを忘れてたな。助けに行くか」


 魔法陣をそのままにして一真は産みの親である久美子のもとへと向かった。


 以前に連絡先と住所を貰っているので久美子のもとへすぐに着いた。


「ここか……」


 立派な一軒家にイビノムが纏わりついていた。まだ中には侵入していないが、時間の問題であろう。

 一真は軽くイビノムをあしらうと、中に人の気配を感じたので玄関から中へ入った。


「誰かいるか?」


 返事はない。恐らく警戒をしているのだろう。このような緊急事態にも悪党はいる。所謂、火事場泥棒というやつだ。彼等は無人となった家に侵入して金品を奪う小悪党である。


 イビノムの襲撃に多くの人達が鍵を開けっ放しにし、急いでシェルターへ向かっているのを見て犯行に及んでいるのだ。命よりも金が大切なのかと呆れてしまうような人種だ。


「おい、パパ活クソババア! 生きてるか!」


 人の気配はするが一向に返事がないので一真は大きな声で母親を呼んだ。すると、奥の方からどたどたと大きな音が響き、出てきたのは久美子とその家族であった。


「か、一真!?」

「しぶとく生きてたか……」

「そ、そんな言い方しないでよ……」


 息子の心無い発言に肩を落とす久美子の後ろには人の良さそうな男性と小さな男の子と女の子がいた。


「貴方が聖一せいいちさんですね。こんな時にですけど初めまして。俺はそこのクソババアの息子である皐月一真と言います」

「あ、ああ。久美子からは聞いてるよ。ハハ、聞いてた通り、中々に破天荒だね……」

「まあ、そこの……」


 一真は後ろに子供達が控えていることを思い出し、必死に言葉を選ぶ。

 しかし、思いつかなかったので誤魔化す方向へ切り替えた。


「とにかく、ここから逃げましょう」

「逃げるといってもどこに? ここら周辺はイビノムで溢れかえってるんだよ?」

「それなら問題ありません。俺は魔法使いですんで」

「えっと……場を和ませようとしてくれてるのかな?」

「ま、信じなくても大丈夫です。それよりも近くに来てください」

「あ、ああ」


 信じられないような話だが有無を言わさない雰囲気が一真にはある。聖一はそれを感じ取り、素直に言う事に従い、一真の傍へと子供達を連れて近づいた。


「では、行きます」


 その言葉と共に視界が切り替わる。目の前には先程まで家の中であったのに、見たこともない建物の中庭にいた。


「こ、ここは一体!?」

「ここは俺の家である児童養護施設アイビーです。ここは俺が結界を張ってますんで安全です。決して外には出ないでくださいね」

「え、あ、ああ……」

「それじゃ、俺はまだやらなきゃいけないことがあるんで行きます」


 そう言って一真が離れていくと、トテトテと二人の幼子が彼のズボンにしがみついた。


「ん?」

「お、お兄ちゃん」

「おにい……」

「……ふ、心配するな。お前等のお兄ちゃんは世界最強だ」


 半分しか血は繋がっていないが確かに二人の兄である一真は優しく微笑んで頭を撫でると、二人を引き離し、空を飛んでいくのであった。


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