第4話 爆発寸前

 紅蓮の騎士が暁を無力化し、会場にいた全ての人間が救われた。宙に浮いていた会場も地面に降りており、落下する恐れもない。

 しかしだ。未だにネットが繋がらず、外の状況が分からない。外の家族や友人、知人に連絡が取れず、多くの人が困惑している。


 それは一真も同じであった。


「む~……携帯がつながらん」

「今は無理だろうな」


 携帯を弄って愚痴っている一真の傍に宗次が近寄る。ちなみに紅蓮の騎士は一真の後ろに立っている。無言で佇む紅蓮の騎士に大半の生徒は怯えており、近づこうとしない。

 敵ではないのだが真っ赤な鎧に見上げるほどの巨体なので威圧感が凄いのだ。それゆえに生徒達はどう接すればいいのか分からないのである。

 ただ、宗次は平気で近づいている。一真を助けた場面を見ているので敵ではないし、悪人という事は絶対にないと確信しているためだ。


 まあ、実は中身に何も入っておらず、人形だと分かれば驚くこと間違いなしだ。しかも、それを操っているのは一真だと知ればどんなリアクションを見せるか見ものである。


「臨時の回線とか使えないんすかね?」

「あったとしても、それは俺達一般人じゃなく政府や軍といった特別な人間だけだ」

「ああ、そうか……。しかし、どうしたもんか」

「そんなことより、そいつどうするんだ?」


 宗次が指を差したのは一真の足元で気絶している暁だ。今回の事件を引き起こした元凶である。宗次は暁を問い詰めれば何か手掛かりがつかめるかもしれないと思っていた。


「う~ん……。暁に聞いても意味はないと思います。さっき空中で話をしましたけど正気じゃなかったんで」

「そうなのか? じゃあ、叩き起こしても意味はないか……」

「ひとまず会場の外にでも出て、外の状況を確認しますか?」

「それなら俺の仲間が確認しにいった」

「お仕事早いですね~」

「まあ、ネットの情報通りなら外にはうじゃうじゃイビノムがいるんだろうがな」

「それ危なくないすか? 大丈夫なんです?」

「危険だと思ったらすぐに戻ってくるように言ってあるから大丈夫だ。それよりも、そっちの紅蓮の騎士さんに話があるんだが」


 一真の背後に無言で佇んでいる紅蓮の騎士を指名する宗次。この状況を打破できるのは彼しかいない。人型イビノムを圧倒的な強さで粉砕し、先程も暁を瞬殺していた。

 紅蓮の騎士ならばどうにか出来るだろう。どれほどの状況であろうと彼一人いればひっくり返せるほどの実力がある。


「そうですね。ちょっと、聞いてみます」


 そう言って紅蓮の騎士の方へ振り返る一真は話しかけた。ただの一人芝居である。

 紅蓮の騎士は一真が操っているゴーレムなので彼の言う事なら素直に従う。むしろ、一真と同期しているので自由自在に動かすことが出来るのだ。


「すいません。ちょっと、外の様子を見てきてもらえませんか?」


 一真の言葉に従い、コクリと首を縦に振る紅蓮の騎士。その様子を見ていた周囲の人達は唖然としている。何故、一真の言う事を素直に聞いているのかと。


 紅蓮の騎士が飛び立とうとした時、宗次が外へ向かわせた生徒達が戻ってくる。息を切らして、肩を大きく上下させており、かなり急いで戻って来たのが見て分かる。よほど伝えなければいけないことがあるとみて違いない。


「外はどうだった?」


 宗次が戻ってきた生徒へ声を掛けると彼等は息を切らしながら必死に外の状況を伝えた。


「最悪だ……! ハアハア……! 街に見たことない数のイビノムがいる!」


 彼等の言葉に多くの生徒が動揺する。先程、ネットで見た情報は嘘ではなかった。この絶望的状況をどうするかと頭を抱えるのだが、ここには紅蓮の騎士がいる。

 そのことを思い出した生徒達は一斉に紅蓮の騎士へ顔を向けた。同調している一真は見られていることに気がつき、どうしようかと悩んだが困っているのは自分も同じなので外のイビノムを殲滅することに決めた。


 そうと決まれば早速行動開始だと紅蓮の騎士は街に向かって飛んでいく。


「よし、俺達も行動するか」

「どういうことですか、宗次先輩」

「戦える異能者を集めてここの守りを固めるんだよ。いずれ、ここにもイビノムが押し寄せてくるだろうからな」

「でも、ここには警備が結構いますけど?」

「緊急時に備えてさ。それに俺達はこういう時の為に鍛えて来たんだからな」

「おお! そうですね! 先輩の言う通りですわ!」


 と言う訳で急遽第一から第八までの学園対抗戦代表選手がチームを組み、会場の守りを務めることになった。

 会場には多くの異能者がいたが、家族や友人、知人が心配という事で大半が会場を去ってしまった。


 しかし、残された多くの観客は戦う力を持たない者がほとんど。ここから出て行けばイビノムに襲われて死ぬかもしれないと思うと動けない。

 その人たちを守るために生徒達は自主的に護衛を務めることになったのだ。


 出来れば紅蓮の騎士には残って欲しかったが誰も倒せなかった人型イビノムを圧倒した実力者だ。ここに縛り付けておくのは余りにも勿体ない。

 彼ならば、きっと多くの人々を救える。それを理解している人達は誰も文句を言う事はなかった。


 そして、一真は携帯で穂花に連絡を試みている。しかし、やはり携帯は繋がらない。一応、アイビーは一真が魔法陣を刻んでおり、無敵の要塞と化しているから安心であるが中にいなければ意味はない。

 もし、穂花が誰かを助けに外へ出ていれば安全は保障されない。一真がお守りを渡したのは友人達であるからだ。


 念のために渡したが、まさかこのような事態になるとは思っていなかった。焦燥感に襲われる一真は何度も電話をかけてみたが電波が入らず、結局つながることはなかった。


「ダメか……」


 どうか無事であるようにと祈る事しか出来ないと一真は諦めかけた時、携帯が鳴った。慌てて電話に出る一真は安否を確かめる。


「もしもし、母さん! そっちは無事か!?」

『一真君!』

「陽向さん!?」


 電話の相手をよく確かめなかった一真は驚いた声を出してしまう。


『大変なの! 穂花さんが七海さんのところに――』


 と、そこで電話が切れた。


 それだけで十分であった。何故、電話がつながったのかはどうでもいい。

 今は穂花が七海の所へ向かったという情報の方が何よりも重要であった。


「ふう…………」


 大きく息を吐いた一真は周囲に人がいない事だけを確認して転移魔法でアイビーへと一瞬で移動した。

 中庭に着いた一真はアイビーの周辺にイビノムの死骸が転がっているのを見て歯軋りをする。どうやら、ここにもイビノムが来ていたようだ。

 そのことを知った一真は怒りでどうにかなりそうなのを必死で抑えて陽向のもとへ向かう。


「陽向さん!」

「え!? か、一真君!? あれ? 第一エリアにいるはずじゃ?」

「そんなことはどうでもいいです! 母さんは?」

「あ! さっきも言ったけど七海さんと連絡が取れなくて穂花さんが迎えに行ったんです!」

「了解! それだけ分かれば十分!」

「待って、一真君! 外は危ないから!」


 外へ飛び出していく一真を止めようと後を追いかける陽向は、空へ飛んでいく一真を見てポカンと口を開けた。


「え……嘘……?」


 一真は光の魔法で屈折を利用して姿を隠すと、空から穂花を探す。七海のところへ向かったと聞いているので一真は姉の七海が住んでいるマンションへ向かっていく。


「どこだ……! どこにいるんだ!」


 ここが異世界であったなら魔力で探すことが出来るのだが、生憎こちらの世界に魔力を持っている生き物はいない。そのせいで目で探すしかない。必死に空から街を見下ろして穂花と七海を探している。


「頼む……! 無事でいてくれ……!」


 今、出来るのは二人の無事を祈る事だけ。一真はいるはずもない神様に二人が無事でいますようにと祈りを捧げるのであった。

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