第3話 お前等は必要ないんや……
当然、日本も例外ではない。主要都市にイビノムが現れ、国は騒乱としていた。
「一体、何がどうなっている!?」
「そ、それが街の中にいきなりイビノムが現れたとのことです! 現在、警察、国防軍が総員で事態の収拾に動いておりますが、数が尋常ではない為、処理しきれるかどうか……」
慌てる日本政府の上層部は苛立ちから机を叩いているが、事態が解決するはずもなく、ただ無駄に時間だけが過ぎていく。
「そ、そんな事よりもここは大丈夫なんだろうな!?」
第一エリアにある国会議事堂に集まっている政府の上層部は国民の安否よりも自身の命を優先していた。
「時間の問題です。ここには国防軍でも選りすぐりの者達が守衛を務めていますが、どこまでもつかは分かりません。早急に地下のシェルターに避難した方がよろしいかと」
「そ、そんなに地上は不味いのか?」
「外は……地獄絵図です。シェルターに避難しようにもいたるところにイビノムが現れてますので、ほとんどの国民は救助が来るまでその場から動けず、ただイビノムに襲われないことを祈っているだけです」
「な、なんと……! い、今すぐに地下へ避難だ! 外の護衛も引き連れて迅速にだ!」
最早、一刻の猶予もないと己らの身を守るために職務を放棄し、彼等彼女等は国会議事堂の地下にあるシェルターへ避難を始めた。
地下シェルターへの避難が完了し、無線で外と連絡を取るが繋がらない。こんな時に故障したのかと無線機を乱暴に扱って、最後には地面に叩きつけようとした所を止められる国防長官。
「何をしている! それは我々が外部と連絡を取る無線機だぞ!」
「でしたら、どうぞ。こんなガラクタなど持っていても意味はありませんから」
「何ッ?」
受け取った男が無線機の通話ボタンを押しても、何の反応もなく、電子音だけがずっと鳴り続けていた。
「ど、どういうことだ、これは!」
「ですから、先程ガラクタと言ったではないですか」
「まさか、電子機器を破壊するイビノムが現れたのか!?」
「そうだとしたら外の状況が分かりませんよ!」
「そうだ、お前! そこのお前だ! 一旦、上に行って外の様子を確かめてこい!」
地下シェルターへ避難する時、一緒に連れてきた護衛に命令を出して喚き始めた。
「何を言ってるんだ! 彼等がいなくなったら誰が我々を守るんだ!」
「ここは安全だ! よほどのことがなければイビノムに襲われることなどないだろう!」
「そうですな。よほどのことがなければここ以上に安全な場所はないです」
「ん? 国防長官、それは!」
国防長官が懐から取り出したのは携帯端末。最新の無線機が使えない今となっては携帯端末もガラクタに過ぎないが、彼の持っているものは全くの別物である。
しかし、そのようなことなど知らず、外への連絡手段が残っていたのかと周囲の目が輝き始めた。
「もしもし、こっちの準備は終わった」
『了解。すぐに向かうわ』
「頼んだ」
その会話を聞いていた男達は期待に胸を膨らませる。流石は国防長官だ。自分達の知らない奥の手を持っていたかと感心していた。それが絶望であるとも知らずに。
「総理! こちらへ! これで外へ連絡出来ます!」
「お、おお! 流石だ!」
何一つ疑うことなく総理は国防長官の近くへ歩み寄り、彼が隠し持っていた注射器で首を刺された。
「は? な、何をする!」
首を刺された総理はすぐに国防長官から離れた。首を押さえている総理だが、すぐに変化が起き始める。
「な、何だ。こ、これはァッ!」
ボコボコと総理の体が膨らみ始めて、巨大な肉の塊へ変貌していく。その様子を見ていた周囲の者達は恐怖に引き攣った顔をしていた。
総理が巨大な肉の塊へ変貌していく中、護衛の異能者達が国防長官を取り押さえようとする。あと少しで国防長官を押さえるといったところで彼等の腕が宙を舞った。
「「「「なッ!?」」」」
「おっと、悪いな。大事な商売道具を奪っちまった」
そう言って笑うのは沈黙のアズライール。彼は国防長官の前にいきなり姿を現したのだ。
護衛の男達は腕を切られたことを理解して苦悶の表情を浮かべる。悲鳴を上げなかったのは流石だとアズライールは彼等を褒めた。
「流石だな。普通は悲鳴くらいは上げるもんだろうが、鍛えられた兵士だ。だが……実に悲しいな。こんな寄生虫よりも質が悪いヒルみたいなクソジジイ共を守ってるなんてよぉ……」
「それが我々の仕事なのだ……」
「日本人ってのはお固いね~。まあ、そこが美点でもあるんだろうがな」
アズライールが肩を竦めて目を逸らした。
今が好機と男達が一斉に飛び掛かるが、彼の異能は空間操作。襲い来る護衛達の首をアズライールは空間を操作して切断するのであった。
「ま、どうでもいいんだけどな」
「無駄なおしゃべりはそこまでだ。そろそろ始まるぞ」
「お! そうか! くっくっく! 日本のトップである総理様がイビノムに変わる瞬間を目に収めないとな~!」
アズライールの言葉に政府の上層部達が反応する。人間がイビノムに変わるというのはどういう事かと問い質した。
「そ、それはどういうことだ! 総理がイビノムに変わるとは!」
「言葉通りだ。これからこの肉塊となった総理はイビノムへと変わる」
「なんだと!? いや、それよりも国防長官! 貴様、一体何者なんだ!」
「ふむ……。そろそろネタバラシと行こうか」
国防長官は自身の顔に触れると、ドロリと解けるように顔が崩れていく。その光景に誰もが驚愕し、国防長官の顔の下から現れた謎の男に目を見開いた。
「初めまして。私の名前はイヴェーラ教、無貌のルナゼル」
「イヴェーラ教だと! まさか、内部に潜んでいたのか!」
「バカな!? 鑑定や読心の異能者がいたというのに気がつかなかったのか!」
「彼等が無能なわけではない。私の異能は変化。自由自在に姿形を変えることが出来る」
「ま、待て……。本物の国防長官はどうした?」
「貴方達の想像どおりさ」
「ッッッ……!」
本物ではないという事はそう言う事だ。すでに本物の国防長官は殺されており、無貌のルナゼルは国防長官に成りすまして政府内部へと侵入していた。
「それよりもまだ説明をしていなかったな。総理がイビノムに変わる理由の」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべているルナゼルに全員が恐怖する。
「先程、私が総理に打ったのは我々イヴェーラ教が独自に開発した人工的に異能の能力を飛躍的に上昇させ、新たな異能を開花させるものだ。まあ、総理に打ったのはその過程で失敗したものだがね。とはいっても、これがまあ、面白い副作用を引き起こすんだ。人型ではないがイビノムに変貌するのだよ」
その言葉通り、肉塊となっていた総理の体からイビノムが生まれた。見た目は完全にイビノムだが、恐ろしいのはそこではない。
「ふふ、これまた面白いのがこの薬で生まれたイビノムは何故か人しか襲わない。我々の意見としては元の人間に戻りたいからではないかと思っている。まあ、推測であるので分からないが……兵器としては十分だ」
説明を終えたルナゼルはアズライールの傍へ寄り、片手を上げて別れを告げた。
「それでは、諸君。健闘を祈る」
「あばよ!」
二人は消えた。残されたのは異形の化け物となり果てた首相と大臣達とその部下。護衛は既に死んでおり、この状況を覆す方法はない。ここに来て彼らは自分達の罪を思い知る。
『うわあああああああああああああッ!!!』
地下シェルターを逃げ惑い、出口を目指すが外側からがっちりと鍵を掛けられており、外へ出ることは叶わない。彼等彼女等はイビノムとなった首相に食い殺されるのであった。
只一人だけ運よく逃げ延びた男がいる。一真のもとへ向かった男だけである。皮肉なことに彼はイヴェーラ教によって政敵全てを葬り去ることが出来た。
これで日本がいい方向へ変わるかは、まだ分からないが今よりは良くなるかもしれない。
◇◇◇◇
第七エリア。そこでも他の都市と同じようにイビノムが突然、街中に現れ混沌と化していた。国防軍、警察、民間企業の異能者が事態の収拾に向けて動いているが状況はよくない。
やはり、主要都市に比べて異能者の質が低いためだ。勿論、弱いという事はないのだが第一エリアに比べると心許ない。
それでも彼等彼女等は必死に戦っている。愛する者を守るために。
そして、一真の家である児童養護施設アイビーもイビノムの魔の手が迫っていた。
かに思われたが、一真が施していた魔法陣が効果を発揮しており、アイビーは無敵の要塞と化していた。
飛んでくるイビノムを結界で弾き飛ばし、襲い来るイビノムを魔法の光線が一掃していた。その光景に中で怯えていたはずの子供達は大興奮である。
「すげーッ! 行け―ッ!」
「やれーッ! やっつけろーッ!」
「花火みた~い!」
「ピカピカ―! ちゅどーん!」
しかし、職員及びに穂花は険しい顔をしていた。友人、知人に連絡が取れないからだ。ここに来れば安全は保障できるが、連絡が取れず、ここに来れないなら意味はない。
「…………陽向。私、
「え!? 穂花さん。外は危険ですよ! ここで待っていた方が……」
「もし、私が帰ってこなかったら、一真には謝っておいてちょうだい」
「そんな……」
穂花は連絡の取れなかった娘の一人である七海のもとへ向かう事にした。かつて国防軍時代に所持していた片手剣を武器にイビノムがひしめいている街へ、一人出て行くのであった。
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