第2話 エロいゴーレムが作りたかったんや……!

 さて、誓ったはいいがこの状況をどう切り抜けるべきかと一真は考えを巡らせる。

 暁は何者かによって唆されていることは判明した。しかし、気がかりなのは暁の異能である浮遊だ。彼の異能は物を浮かばせるといったものであるが、ここまでの力は無い。

 恐らくだが、暁を唆した誰かが何かしらの細工をしたのだろう。まずはその辺りを問い質さねばなるまいと一真は口を開いた。


「暁、一つ聞かせて欲しいんだが、この力はどこで手に入れたんだ?」


 一真は暁の異能を知っている。その性能も知っている。

 しかし、今こうして自身を浮かび上がらせ、さらには会場の地面ごと浮かび上がらせている力は知らない。


「教えると思うか?」


 分かっていた返答である。暁も流石にバカではない。不用意な発言は自身を苦しめる事を分かっていた。先程の一真を思い出せば、嫌でも理解できる。


「まあ、そうだよな。でも、大体想像がつく。どうせ、匿名の人物からメールか何かでさっきの映像を見せられ、あること無いこと吹き込まれたんだろ。そんで最後には怪しい薬でも貰ったんじゃないか?」


 一真は普段こそアホの子であるが決してバカではない。先程のやり取りで暁が第三者に唆されている事は察している。そして、どういう風につけ込まれたのかさえもある程度は予想していた。


「大方、お前の劣等感やそういった被害妄想につけ込んできたんだろうよ。実に汚いやり口だ。ペテン師に騙されてるんだよ、お前は」


 見え透いた挑発であった。一真はこの後、自分が何をされるのか察していた。しかし、それでも暁の注意を自身に引き付ける為には、そうするほか無かった。たとえ、友達から嫌われようとも暁を犯罪者にさせないと一真は彼の想像通りの自分を演じるのだ。


 一真の作戦は大成功だと言えよう。暁は一真の言葉を聞いて顔を憤怒の色に染め上げ、歯を食い縛って睨んでいる。恐らく、一真の予想通りの動きを見せるだろう。


「お前に……お前みたいな奴に俺の気持ちが分かってたまるか!」

「ああ、分からん。俺はお前じゃないし、お前は俺じゃないだろ。人の気持ちなんて分かってたら、争いなんて起きねえよ」


 その言葉に暁は完全に理性が無くなったようで手を振り上げた。


「お前が紅蓮の騎士かどうかなんてどうでもいいわ。死ねよ」


 今までその場に留まっていた一真の身体はどんどん上昇を始める。暁は一真を成層圏にまで浮かび上がらせて殺す気でいた。止まらない上昇に一真は焦った表情を浮かべて暁を見る。


「ハハハ! どうしたよ、さっきまでの余裕は! やっぱり、死ぬのが怖いか!」

「(作戦通り! 暁は完全に俺だけに狙いを定めた! これで後は――)」


 上手く暁の目を自身へ釘付けにすることができた一真は時空魔法を発動する。暁の体感時間を止めて、一真は備えに備えていた最終兵器を起動させた。


 国防軍に気がつかれない様に施設の子供達と遊んでいるように見せかけて、コソコソと刻んでいた魔法陣。そして、賢者ルドウィンから学んだ技術を惜しみなく注ぎ込んだ自動人形ゴーレムを一真は今こそ見せる時だと判断したのだ。


「(ゴー、ガン――! いかん、いかん。流石にこのネタは不味い)」


 心の中で詠唱というより、とある名セリフを叫ぼうとした一真は寸前で止めた。


「(詠唱はかっこよくしたいんだけど、ぶっちゃけ必要ないから、さっさと済ませよう。魔法陣起動、術式解放、魔力回路接続、思考回路同調! さあ、ショータイムだ!!!)」


 遠く、遠く離れた第七エリアの小さな公園で幾何学模様の魔法陣が浮かび上がると同時に紅蓮の騎士が姿を現した。

 周囲に人影はなく、監視カメラもついていない公園で紅蓮の騎士が飛び立った。目指すは主の下。呼び出された紅蓮の騎士は音速を超えて第一エリアへ向かって飛んでいく。


 暁の浮遊でどんどん高度を上げていき、地上から豆粒程の大きさになっている一真に向かって一つの飛来物が激突した。

 その光景を見ていた全員が驚きの声を上げ、唖然としているところに一真を抱えた紅蓮の騎士が降りてきた。


『紅蓮の騎士ッ!?』


 その場にいた全員が驚く。突如として現れた謎の二人組みに今度は人型イビノムを圧倒的な強さで粉砕した紅蓮の騎士が現れたのだ。一体どれだけ驚かされれば済むのだろうかと全員が思っていた。


 そして、上空で見ていた暁は他の誰よりも動揺していた。


「な、なんで……? だって、紅蓮の騎士は一真だって、あの人が言ってたのに! どうして、紅蓮の騎士が一真を助けたんだよ! 紅蓮の騎士は一真だろうが! それがなんで……訳がわからねえ!」


 暁は一真が紅蓮の騎士だと思い込んでいた。しかし、今、暁の視界の先では紅蓮の騎士に助け出された一真の姿がある。

 何を話しているか聞き取れないが、そのような事はどうでもいい。重要なのは一真が紅蓮の騎士ではないということだ。


「そんな……じゃあ、あの人は嘘をついてたのか? 一真の方が本当であの人は嘘つきで……そんな、そんなのって……」


 困惑している暁は頭を抱えてうろたえている。無理も無い。信じていたものが真っ赤な嘘であったのだから、その衝撃は計り知れないだろう。

 それに彼には罪の意識がある。今、自分がやっていることが悪いと分かっているのだ。ただ、それでもどうしようもないほどの怒りが彼を支配し、衝動的になっていた。


「あ、あああ……あああああああああッ!!!」


 自分がやっていたことは完全に間違っていて、取り返しのつかないところまで来てしまった暁は我を忘れて暴走し始める。浮遊の異能が暴走し、周囲一体を浮かび上がらせようとした時、紅蓮の騎士が一瞬で暁へ接近し、彼を瞬く間に気絶させた。


「(これで一件落着ぅ! あとは、気付かれないように魔法で地面ごと浮いている会場をゆっくりと降下させれば、完璧だな!)」


 見事に犠牲者ゼロで抑えた一真は内心ガッツポーズである。しかも、オマケに自身が紅蓮の騎士ではないことを知らしめることができ、一石二鳥であると大満足だ。


 しかし、この男はすっかり忘れている。

 今は世界同時多発テロが起きており、さらにはイビノムの襲撃でネットが落ちているのだ。

 つまり、この現場にいる者以外は知りようがなく、一真が紅蓮の騎士であると思い込んだままだ。


 とはいえ、カメラで録画している者もいよう。事が落ち着き次第、紅蓮の騎士と一真が別人物であると判断されるだろう。

 ただ、一真は学園対抗戦でそれはもう凄まじい実力を披露ている。彼が紅蓮の騎士でなくともスカウトは無くなる事は決してない。


 その事に全く気がついてない一真は心の中で勝利に酔っている。


「(ガッハッハッハ!!! 大勝利~!!!)」


 知らないほうが幸せという言葉があるとおり、彼はアホゆえに幸せであった。


 ◇◇◇◇


 アメリカでは深夜に突然、現れたイビノムに多くの異能者が対応に追われて、街は大混乱であった。

 その中には当然、魔女アリシアの姿もある。彼女はイビノムを念力で捻じ切り、圧死させ、粉砕し、蹂躙していた。


「何よ! こんな時に突然出てくるなんて! しかも、ネットが繋がらないし! もう最悪!!!」


 逃げ惑う避難民をアリシアは念力で救い、そのついでと言わんばかりにイビノムを倒す姿に誰もが戦慄する。敵でなく本当に良かったと多くの者が安堵していた。


 時折、飛んで来る攻撃をアリシアはバリアで防ぎ、攻撃の飛んできた咆哮に顔を向けて、獲物を見つけると念力でバラバラにする。

 見るも無残な姿になるイビノム。しかし、同情の欠片も無い。

 イビノムはただ殺戮を繰り返すだけの化け物だ。害虫のように嫌われている。


「雑魚の癖に楯突かないでくれる?」


 試合が終わったであろう一真にこれから電話をかけようとしていたアリシアは、突然現れたイビノムに対して怒りを見せていた。

 幼子が癇癪を起こしたように彼女は暴れまわっている。


「ああーもう! ムカつくッ!!!」


 宙を自由自在に舞い、イビノムの悉くを滅ぼす彼女はまさに魔女と言う名に相応しかった。


 周囲のイビノムを殲滅した彼女はスティーブンに電話をかける。

 今はネットが使えないが、彼女の持っている端末は緊急時であろうとも使うことのできる代物だ。科学の進歩の結果である。


「スティーブン。こっちは終わったわ」

『悪いが次の現場に向かってくれるか?』

「はいはい。どっちに行けばいいの?」

『東だ。西はキングが対応してる』

「超大型はキングがやるの?」

『戦艦並みのデカイやつをやれるのはアイツくらいだろうよ』

「そんな事無いわ。今なら紅蓮の騎士もいるでしょ」

『そうだったな。ま、彼はまた別だ。兎に角、今はこの事態をどうにかしないと』

「そうね。この騒動の裏側にはあのクソ共がいるんでしょうね……」

『十中八九な。全く、オカルトってのは面倒な奴ばっかりだぜ』


「そうね」とアリシアは同意してから電話を切った。


 首を向ける先には火の手が上がり、黒煙が舞っている東だ。

 今も軍隊が国民を救助し、イビノムを相手に奮闘している。

 アリシアは一刻も早く助けねばと現場へ急行するのであった。


 被害はアメリカだけではない。フランス、イギリス、ドイツ、ロシア、中華と世界各国でイビノムが暴れている。各国の異能者はイビノムの対応に追われ、世界は混乱に満ちていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る