第三章 震撼する世界、悪意の胎動、そして天上天下天下無双の変態

第1話 お友達ごっこは楽しかったか~~~?

 上空に突如として現れた謎の二人組み。そして、地面ごと宙に浮かんでいる会場。その中心で一真は忌々しげな目で睨んでいた。


「(くっそ~~~! あいつ等! これから俺が脚光を浴びてモテモテになるところを邪魔しやがって~~~! 許さねえ!)」


 恥を知って欲しい俗物であった。異世界で散々、名誉と栄光を手にしてきたくせに一真はまだ求めていた。無理もない。彼が唯一手に入れられなかったのは、時に金銀財宝すら凌駕する女という至高の存在なのだから。


 とはいえ、俗物勇者な一真はすぐに思考を切り替えた。突如として上空に現れた二人について考える。恐らくは敵であろう。

 しかし、目的が分からない。突如として現れたということは、空間系の異能を所持していると見た。なら、態々わざわざ上空ではなく会場のど真ん中に現れればいいものを、何故空に現れたのかが謎だ。


「(制限があるとか? それとも行ったこと、もしくは目にした場所にしか行けないとか? まあ、なんにせよ、敵だよな……)」


 一真が敵だと判断しているのは、上空に浮かんでいる片方から殺気を向けられているからだ。

 何か、恨まれるようなことでもしたかと考える一真だが、何も思い浮かばない。

 一真は心当たりがないと思っているが、彼は多くの人間から恨まれるようなことをしている。犯罪行為ではない。どちらかというと、一真も被害者ではあるのだが、他人からすれば関係ない。


 彼は、魔女アリシア、聖女シャルロットと懇意にしているので彼女達のファン、信者からは敵視されている。

 勿論、彼等も分を弁えているが中には暴走する者も当然いる。とはいえ、一真からすればどれだけ嫌がらせを受けようともなんてことはない。知人、友人、家族に被害が及べば対策は練るだろうが、まだそのようなバカは出ていない。


「(うう~ん、分からん。俺、なんかしたかな~?)」


 うんうん唸って必死に思い出そうとする一真だが、結局何も分からないままであった。


 その一方で上空に佇んでいる二人は地上にいる一真達を見下ろしていた。


「クックック……。見ろよ、あの間抜け顔。傑作だな」

「…………」

「おいおい、アイツが憎いのは分かるが、少しは会話しようぜ?」

「必要ないだろ。さっさと行け」

「へいへい。ま、派手に頼むわ」


 肩を叩いて、片方の男はその場から消えた。下から見上げていた一真達は、消えた男が空間系の異能を所持していると判明はしたが、消えてしまってはどうすることも出来ない。


「……一真」


 残った男が一真の名前を憎たらしそうな声で呟いた。フードを被り、表情は窺えないが奥歯をギシリと鳴らせている音だけが小さく響いている。


「なあ、一真。どう見る?」


 地上の方で男を見上げていた宗次が一真に話しかける。


「目的は不明。ですが、この事態を見るからにテロリストであるのは間違いないかと」

「だよな~……行けるか?」

「無論」

「警備員が観客の避難誘導を……そういえば宙に浮いてたな」

「そうですよ。このまま落とされたら全員死にます。まあ、先輩は念力で浮かべますが大半は死ぬでしょうね」

「となると、アイツにどうにかしてもらわないといけない感じか?」

「それしかありませんけど、犯人が素直に従ってくれるかどうか……」

「無理難題だな~~~」


 会場全体が宙に浮いているので落下すれば間違いなく死人は出るだろう。しかも、これ程の重量物が落下すれば被害は相当なものになる。単に相手をぶっ飛ばせばいいだけではない。


「そもそもアイツが会場を浮かせている犯人かすら怪しいですけどね」

「ああ……。さっきの空間系の異能者以外にも仲間がいる可能性があるのか」

「ですです。つまり、こっちは完全に後手に回ってる状態なので迂闊な真似は出来ません。救助を待ちましょうと言いたいところですが、救助隊も迂闊には手が出せません。なにせ、人質が数百人以上もいますから。てか、このドームって収容人数いくらなんですか?」

「確か、七万人だ。満席だから、人質は七万だな!」

「宗次先輩。誰か隠密系の異能者はいないんですか?」

「うちにはいないが……」


 宗次の視線の先には他の学園生がいる。一真は全員を把握していないので知らないが、隠密系の異能者は何人かいる。透明化や迷彩といった異能を持つ生徒が何人かいるのだが、この状態では今更だ。


「なんとか視線をどうにか出来ればいいんですが……」

「無理だろ。動いた瞬間、ドカンと落とされるかもしれん」

「このまま飛翔続けてても死にますけどね」


 平然と二人は話しているが、今も会場は飛翔を続けている。一真の言う通り、このまま飛翔を続けていれば成層圏を突破し、人間は死に絶えるだろう。


「それまでにどうにかしたいが……」

「お手上げです。てか、国防軍は何をしてるんでしょうかね?」

「そう言えばそうだな。すぐにでも駆けつけてくれそうなんだが」


 と、二人が話していると蒼依が入って来た。


「二人共、ネット見なさいよ! 今、世界中大変なことになってるんだから!」

「「え?」」


 そう言われて二人はポケットに閉まっていた携帯端末を取り出して、ネットを見てみると、そこには驚愕のニュースが飛び交っていた。


「世界各国の主要都市にイビノム出現!? しかも、海洋上には超巨大イビノム!? え、なにこれ!」

「おいおい、マジかよ……。まさか、世界同時にテロが起きてるのか!?」

「あれ、読み込まなくなったんですけど?」

「サーバーが落ちたか! 不味いな、こりゃ」


 現在、日本だけでなくアメリカ、ロシア、中華、イギリス、ドイツ、フランスといった世界各国の主要都市にイビノムが出現している。

 突如として街中まちなかに現れたイビノムに各国の異能者は対応に追われ、一真達の救助に向かうどころではないのだ。


 さらに言えば海洋上に戦艦と同規模の超大型イビノムまで確認されている。小型、中型は年がら年中見かけるが大型は一年に一度現れるかどうかの存在。その大型よりも巨大な超大型が確認されたのだ。

 世界中が大パニックを起こしている。大型が現れただけでもニュースになるというのに、その大型よりも巨大な超大型だ。下手をすれば都市、いいや、国の存亡さえ危うい。国家の存亡をかけた一大決戦が始まろうとしていた。


「突然すぎません!?」

「恐らくずっと準備してたんだろ……。最近、イヴェーラ教によるテロがなかったと思ったが、まさかこの為だったとはな」

「感心してる場合じゃないでしょ! このままだと私達死んじゃうのよ!」

「そうは言ってもな……。正直、どうにもできん。俺達が上にいるアイツを攻撃すればどうなるか分からない。下手をすれば……全滅だ。しかも、このドームがこの高さから落ちてみろ。周囲も巻き込んで被害はもっと大きくなる」

「じゃあ、何もするなって言うの?」

「何もできないが正解だ……が。一真、お前なら――」


 宗次が振り返ったら一真は忽然と姿を消していた。

 どこに行ったのかと宗次が首を動かすと、宙に一人浮かんでいる一真がいた。というよりも、上空にいる男の方へ吸い寄せられるように飛んでいた。


「あれーーーッ!?」

「か、一真ーッ!!」


 念力で一真を引っ張ってみるも止めることは出来ず、彼は謎の男の方へ引き寄せられてしまった。


 突然、上空に現れた男の前に連れて来られた一真は空中では動けないので話しかけることにした。


「あの~」

「……」

「どうして、こんなことするんですか?」

「どうしてか……フッ」


 質問をすると何故か鼻で笑われてしまった。まるで、その答えは自分が一番知っているだろうと言わんばかりに笑っている。


「(え~~~、何こいつ、めんどくさそう)」

「なんだ、お前、その目は?」


 めんどくさい奴だと眉を顰めていた一真に向かって男が少し怒りを露わにした。


「え、いや~……ハハ」


 とりあえず、誤魔化すように笑って見せるが、かえってそれがいけなかったのか男はさらに激昂した。


「そうやって、お前はいつも俺達を見下して笑ってたのか!!!」

「え? どちら様?」

「ハハハ、まあ、分らねえか……」

「聞いたことない声だし……。喋り方から見て男だって分かるけど」

「これでも分からないか?」


 フードを被っていた男は、ゆっくりと見せる様にフードを脱ぎ去った。

 一真はフードの下から現れた男の顔を見て、絶句する。信じたくない、信じられない人物がそこにいたのだ。


「そ、そんな……どうして……どうしてお前が」

「お前には分からねえよ……。俺の気持ちなんて!」

「暁! なんでお前がここに! いや、そんなことじゃない! 何やってるんだ、お前!」

「言っただろうが! お前には俺の気持ちなんてわからねえって!」

「そりゃ分かんねえよ! でも、お前、こんなことしていいわけねえだろ!」

「黙れ!!!」


 ビクッとする一真。暁の怒号に黙ってしまう。


「なあ、一真。俺達を見下して楽しかったか?」

「な、何の話を――」

「お前が紅蓮の騎士なんだろ?」

「そんなわけないだろ。何言ってるんだ。暁!」

「嘘つくなよ、俺は教えてもらったんだよ。お前が紅蓮の騎士だってな! これを見ろ!」


 暁が懐から取り出したのは携帯端末。暁が操作すると画面に一真が人型イビノムの時にトイレへ逃げ込んで、それからすぐに紅蓮の騎士が出てくる映像が流れた。


「なんでお前がその映像を!?」

「やっぱり、お前なんだな。一真……お前が紅蓮の騎士だったんだな!」

「いや、それは違うって」

「今更しらばっくれても無駄だ! お前はそうやって本当の姿を隠して、俺達支援科の人間を馬鹿にしてきたんだろ……! おかしいと思ったんだ。お前は戦闘科の人間に暴力振るわれてもヘラヘラしているし、訓練でも話題になるくらい活躍してるし、どれもこれもお前は紅蓮の騎士だから平気だったんだろ!」


 大正解である。第三者から吹き込まれた割にはいい推理力だ。


「お前さ、俺が国防軍に入るのが夢だって言った時も心の中では笑ってたんだろ!」

「そんなわけないだろ!」

「いつも俺達と話してる時も、ずっと見下してたんだろ。バカにして笑ってるんだろ。どうせ、何も出来ない無能者って! 外れ野郎って!」

「(く、こんな時に桃子がいれば弁明できるのに!)」


 暁の被害妄想であることは間違いない。一真は暁達と談笑している時も桃子に心の中でセクハラをしている男だ。常に下ネタを叫んでいるようなバカなのだ。

 それゆえに、ある意味で言えば無垢なのである。ぼっちであった自分と友達になってくれた暁達に対して一真は何一つ不満を抱えていない。

 むしろ、自分のようなバカと友達になってくれたことを有難く思っているのだが、暁がそのようなことを知るはずがない。


「ほら、見ろ! そうやって黙っているってことはそういうことなんだろ!」

「いや、これはちが――!」

「全部、あの人から聞いたことは本当だったんだ! お前は俺達を馬鹿にして見下してたんだ! お前なんかと……お前なんかを友達だと思ってた俺はさぞ滑稽に見えただろうよ!!!」

「今、なんつった? あの人に聞いたとおりだと?」

「な、なんだよ、その目は! 図星だから怒ったのか!」


 ゾッとするほど冷たい目をする一真に、先程まで怒り心頭であった暁は恐怖を抱き始めていた。


「(暁は誰かに唆された? 一体誰に? いや、そんなことはどうでもいい……。俺の友達に手を出した報いは受けてもらう)」


 先の会話で一真は暁の背後に何者かの意思があるのを悟った。国防軍かイヴェーラ教か、はたまた全く知らない者かは分からないが一真は必ず報いを受けさせると誓うのであった。

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