第64話 風雲急を告げる!
完全に休息モードへ移行した一真は廃墟エリアの民家にあったボロボロのソファに寝そべって目を閉じている。その様子を映していたカメラは、これ以上は無意味であろうと映像を切り替えた。
一真が目を閉じて休んでいる頃、現実世界では大きな動きが起きていた。
まず、日本政府が一真をなんとしてでも国防軍へ取り込もうと画策し始めた。すでに資料は手に入れているので、一真の弱みを握ろうとしているが、そのような事をすれば一真は確実に敵対する事になるだろう。
愚かな選択しか出来ない日本政府はいずれ後悔する羽目になる。あの時、他の方法で交渉しておけばと。
もっとも、日本政府が今更一真を手中に収めようと動いた所で遅い。あまりにも遅すぎる。
中華、アメリカ、ロシア、イギリス、ドイツ、フランスといった諸国が一真の確保に動いているのだ。
日本は圧力をかけられ、結局何も出来ずじまいで終わるのは間違いない。
だが、一真自身が国防軍への入隊を望めば希望はある。ただし、本人が望むかどうかは分からない。まあ、これまでの事を踏まえると、一真は断固としてお断りするだろう。自業自得である。
とはいえ、まだ希望は残されている。国内に存在する民間企業の所属になれば、少なくとも他国からは文句を言われない。それに国内にいてくれるだけでも有り難いのだ。いざとなれば助力を願えるので。
日本政府は知らないが一真は海外へ行く事はない。家族から離れる事だけはしないからだ。たとえ、どれだけの金を積まれようと、美女をあてがわれようとも行く事はない。まあ、ブレブレの意思で揺れ動くが、愛する家族がいる地を離れる事はしない。
しかし、旅行などで海外に行く事はある。その場合は今回のようにお手製の魔法陣を渡しておくことになる。このようにしばしの間、離れる事は可能だ。
もっとも、今の日本政府に一真が素直に従うかは怪しい所だが。
「くそったれ! あのクソジジイども! 相手が子供だからって舐めた真似しやがって!」
「ど、どうしたんですか!?」
「……皐月一真の育った児童養護施設の補助金を打ち切りやがった。それだけじゃない。彼の本当の母親、叶久美子の夫が勤めている会社に圧力まで掛け始める算段だ。他にも彼の関係者に嫌がらせをする予定もあるらしい」
「え! そのようなことをすれば敵対されるのでは?」
「当然だ。しかし、あのクソジジイどもはそれが分かっていない。金と権力で何もかも自由に出来ると思っていやがる! 子供一人どうとでも操れると鼻で笑ってるのさ!」
政府の男は独自のルートから入手した情報を耳にして、頭を抱えていたが徐々に怒りへ変わり、歯をギリギリと食い縛った。
そして、ドンッと机を叩き、憤怒の表情を露わにする。
「圧倒的暴力がどれだけ理不尽か、分からないわけではあるまい! キングや太陽王を知らないはずがないだろうに!!!」
「あ、あの……」
「急ぎ、皐月一真に接触する。クソジジイどもよりも先にだ! 彼が完全に日本に失望する前にどうにかしなければ!」
「か、畏まりました! すぐにヘリを用意いたします!」
爪を噛んで、焦燥している男はこの国の未来を憂うのであった。
一真の知らない所で政府が動き始めているが、今は学園対抗戦の真っ最中である。
学生最強の宗次と変態一真の戦いに熱狂の渦に包まれていた会場は、その熱が冷め始めていた。
無理もない。学生最強の宗次と変態一真の戦いはとても凄まじかった。それに比べて、他の学生同士の戦いはいまいち盛り上がりに欠けるのだ。
面白くはある。しかし、どうしても先程の光景がフラッシュバックしてしまい、いまひとつ興奮しないのだ。
第七異能学園の生徒が信じられないほどの活躍を見せても、先程の戦いを見ていた観客からすれば物足りない。もっと、こう凄いものを見せてくれという気持ちで一杯であった。
「いや~、今年はとんでもないことが起きてますね」
「ええ。第七異能学園が大暴れしてますね。これは、もしかしてですが逆転総合優勝もあるのではないでしょうか?」
「そうですね。獲得ポイントを見てみますと、第七異能学園は総合順位三位にまで上がってますね」
「このまま逆転優勝も目に見えてきましたね~」
「まあ、皐月一真選手が第一異能学園のエース剣崎宗次選手と第二異能学園のエース天王寺弥生選手を倒してますからね。これは大変大きな功績ですよ。それに第七異能学園にはエース桐生院隼人選手がいますので、優勝は間近です!」
「長年、対抗戦を見てきましたが今日ほど驚いたことはありませんよ。恐らくは、日本中、いや、世界中が驚いていることでしょうね」
まさにその通りであった。
アメリカでは大興奮したアリシアが深夜にも関わらず、マネージャーのスティーブンに電話をかけて長々と話している。
「スティーブン! 見た? 見たわよね!? 見てないって言ったらぶっ飛ばすわよ!」
「オーケー。アリシア。まずは落ち着いてくれ。今、何時だと思ってるんだ?」
「そんなのどうだっていいでしょ! 一真が凄いのよ!!!」
「オーケー、オーケー……。ミスター皐月が凄いのは伝わった。この話は明日にでもしようか」
「この止まない興奮を冷ますには今しかないでしょ!」
怒涛の台詞にスティーブンは根負けしてしまい、そのまま聞き役に徹するのであった。
同じく、フランスではシャルロットが目を輝かせて一真を見詰めていた。彼女はアリシアによって暴露されてしまったB級映画をこよなく愛する自堕落系聖女。
パチモン忍者を幾度となく見てきた彼女は、漫画やアニメで出てくる忍者はきっと見ることが出来ないだろうと思っていた。
しかし、フィクションの中ではなく、現実にいたのだ。ジャパニーズニンジャが。
「わあッ! 一真さんって忍者だったんだ!!! 今度、会ったらサイン貰わないと!」
リアル忍者に興奮が冷めないシャルロットは何度も一真の戦闘シーンをリプレイするのであった。
勿論、アリシアやシャルロットだけではない。イギリスのアーサー王、エジプトの太陽王、中華の覇王といった各国の強者達は皆一様に一真の強さに舌を巻いていた。
そして、同時にこう思っていた。
『是非とも皐月一真と会いたい』と。
そのような事になっているなど想像もしていない一真はクラウンバトルが終わるまで、ずっとソファで横になっていた。
◇◇◇◇
「試合終了!!!」
クラウンバトル最後の戦いが終わり、第七異能学園の生徒達はアナウンスの声を聞いて、ドサッとその場に腰を下ろした。
永遠とは言わないが、仮想空間で二日ほど戦い続けていたのだ。その疲労は凄まじいものであっただろう。
とはいえ、第七異能学園の生徒は勝った喜びが大きい。疲労感でへたり込んでいるが、その表情は歓喜に満ちていた。
それから、ほどなくして第七異能学園の生徒達は仮想空間から解放される。
戻ってきた生徒達はVRマシンから降りると、勝利の喜びに抱きしめあったり、泣いてしまったりと様々な反応を見せていた。
その中で一人だけ欠伸をしており、微塵も嬉しそうにしていない男がいる。一真だ。彼は、彼だけは勝利することを何一つ疑っていなかった。であれば、当然の結果であるので喜ぶ必要はない。
「一真君!!!」
「うわッ! なんすか、会長。俺にはそっちの趣味はないですよ」
「そんなの僕だってないよ! そんな事よりも、ありがとう! 君のおかげで僕は、いいや、僕達は優勝することが出来た! 本当にありがとう!」
「いえいえ、お礼なんていいですよ。先輩達が頑張った成果です。俺はほんのちょっぴりお手伝いしたに過ぎません。だから、胸を張ってください」
「そんな、そんな事言われたら、僕は僕はぁぁぁ!」
号泣、大号泣である。止めどなく溢れる涙に鼻水を垂らしている隼人。不屈の糸使いと称され、多くの生徒に羨望されている彼は恥じも外聞もなく泣き続けた。
「ちょ、さすがに汚いから離れてくださいよ」
「ごめんね、一真君。隼人は学園対抗戦で優勝するのが一つの目標だったのよ。ほら、ウチってば万年ビリ争いばかりしてたでしょ? だから、自分が優勝させるんだって意気込んでたのよ。まあ、結局は一真君のおかげなんだけどね」
一真に泣き付いている隼人を詩織が引き剥がす。彼女は誰よりも隼人を近くで見てきたので、その全てを知っていた。だから、彼女も同じように涙ぐんでいた。
「まあ、先代から受け継がれたものとかあるんでしょうし、なんとなくは理解できますよ」
その気持ちは良く分かる。かつて、自分もそうだったからと一真は目を細める。
と、その時、アナウンスが鳴り渡る。
『これより、表彰式と閉会式を行いますので選手の皆様は会場の方までお越しください』
とのことなので一真達は喜んでいたのも束の間、身支度を整えてから移動を始める。
会場までの道は一本道であり、道中、第一異能学園の代表メンバーとばったり遭遇してしまう。
当然、捕まるのは一真であった。
「よう、一真! やりやがったな、お前~」
「へっへっへ~。優勝いただきやした」
「く~~~! 悔しいぜ! 三連覇を逃した事もそうだが、もうお前と戦えないってことがよ!」
「こちらとしては勘弁願いたいですけどね! 次は負けそうですわ」
「何言ってるんだ、お前! あんだけ、実力差があったのに」
「いやいや、あの星空ノ記憶が成長して軍隊でも呼ばれたら、流石に敵いませんよ」
「ああ、まあな。アレは模倣並みに反則だよな」
「はい。とはいえ、召喚主を倒せば良さそうな感じがするんですけど、当たってます?」
一真は星空ノ記憶で呼び出された英雄は強力であるが、その召喚した人間さえ倒してしまえば消えるのではないだろうかと予測していた。
その予測が正しいのかどうかを本人ではないが、模倣している宗次に尋ねている。
「正解だ。俺を先に倒していたら、重蔵は消えたさ」
「じゃあ、次からそうします」
「ハッハッハッハ! そう簡単にはいかないぜ。二人召喚すればいいだけなんだからな」
「ああ、守り手と攻め手がいればいいんですね。それは確かに面倒そうですわ」
「だろう? もしも、俺達の想像通りに成長すれば如月一星は次期会長だな」
「ひえ~。俺と同じ一年生でそんなのが生まれたら困ります」
「英雄、秤重蔵をほぼ生身で倒したお前が言うなや!」
「ガハハハハハ! ワシャ、最強じゃい!」
「そうだな! なんせ俺を倒したんだから、今度からお前が学生最強だ!」
「お、ノリで言ってみたんですけど、マジですか?」
「そりゃそうだろう。全国中継、ネット中継されてる中で俺に勝ったんだ。認めない奴なんているかよ」
「お、おお……! 俺、モテますかね!」
「へ……?」
出てきたのは浅ましい願望。だが、かえってそれが一真らしいと宗次は豪快に笑った。
「ワッハッハッハッハッハ! そうだな! 超モテるぜ。もうモテモテで大変だぞ?」
「おおお~~~! ワクワクしてきました!」
残念ながら異性からではない。会社、国防軍、海外といった所謂ビジネスとしての意味だ。宗次も数多くのスカウトを受けており、未だに答えは出していないが、今年で卒業するのでどこかに所属するつもりでいる。
宗次はこれから来るであろうスカウトを想像して笑っている。果たして、一真は一体どこに入るのかと。
無論、一真は宗次の言葉の意味を深く考えず、モテモテというワードに大興奮していた。遂に本当のモテ期がやってくるのだとルンルン気分であるが、数時間後には現実を知ることになるだろう。強く生きて欲しい。
◇◇◇◇
会場は閉会式、表彰式を行うように改造されており、選手達が勢揃いしていた。
その様子を観客席から多くの人間が眺めている。今日は歴史的瞬間の一つだ。今まで第一か第二のどちらかが優勝をしていた。
しかし、ついにその均衡を破り、第七異能学園が見事逆転優勝を果たしたのだ。その中でも特に一真の活躍は凄まじい。
学生最強と言われる剣崎宗次、第二異能学園のエース天王寺弥生をたった一人で撃破した功績は後世にまで語り継がれることであろう。
まずは表彰式から始まり、総合優勝を果たした第七異能学園の選手達が壇上に上がった瞬間、それは起こった。
会場全体が揺れ始め、地震でも起きたのかとその場にいた者全てが困惑していたら、揺れが収まった。ただの地震であったかと、多くの者が安堵から息を吐いた時、驚愕の事実に気がついた。
「浮いてる!?」
そう、会場全体が、正確に言えば地面ごと会場が浮かび上がっていたのだ。これは一体何事かと慌てていると、会場の中心、その上空に人影が二つ現れていた。
「あ、あれは誰だ!?」
誰かが指を差して言う。上空に佇んでいる怪しげな二人。果たして、あの二人がこの異常事態と何か関係があるのだろうかと多くの者が目を向けた。
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