第63話 あとはよろしくね~

 振って沸いたまたとない機会に一真は闘争心にさらなる火がついてしまった。先程の攻防でも楽しめいていたが、古強者ふるつわものの登場でより闘争心が高まったのだ。


「クックック、ハッハッハ、ハーッハッハッハ!!!」


 頭でも狂ったのかというくらい、一真が高笑いを始めるので宗次と重蔵は何事かと顔を見合わせる。勿論、モニター越しから見ていた観客も例外ではない。観客も何故一真は笑い始めたのだろうかと不思議そうに首を傾げていた。


「ああ、悪い。混乱させてしまったようだな。俺が笑っていたのは単純に面白いと思ったからだ。かの英雄、秤重蔵と武勇を競い合える日が来るとは夢にも思わなかったのでな」

「なるほど。そういうことか。俺はどっか頭で打ったのかと思ったぜ」

「主よ。気を抜かないほうがいい。あの男から強烈な闘気を感じる。アレは……戦闘狂だ。戦いの中に衆生の喜びを感じる狂人の類だぞ」


 重蔵からの評価に一真は思わず眉を顰めた。自分は断じて戦闘狂とかいう変人ではないのだが、人から言われると妙に考えてしまう。戦闘している時は確かに悪くない気分だ。そう考えると、もしかして自分は戦闘狂なのではと思い込んでしまう。


 戦闘狂ではないが、一真の言動や行動を見る限りでは戦闘狂にしか見えない。まずは、一番最初にしていた口上、そして重蔵を見て嬉しそうに笑い声を上げる。この二つだけで戦闘を楽しんでいる変態にしか見えない。


「う~む……」

「考え込んでいるところ申し訳ないが、生憎ここは戦場。容赦はせん!」


 思考の海に沈んでいた一真に重蔵は容赦なく重力の異能で押しつぶす。完全に決まったかと思われたが、一真は瞬時に思考を切り替え、重蔵の能力圏から離脱した。


「ほう! 主の記憶で知ってはいたが、いざ目にするとやはり強いな、お前は!」

「お褒めに預かり光栄だ。しかし、かの英雄、重蔵がこの程度ならば、こちらとしては少々期待はずれだがね」

「カカッ! 言ってくれるわ!」


 愉快そうに笑う重蔵が床を滑るように移動する。その光景に驚いた一真であったが、すぐに答えに辿り着いた。


「なるほど。無重力で移動しているわけか!」

「頭の切れもあるときたか! 益々、厄介よのう!」


 重力を自由に操れる重蔵は縦横無尽に暴れ回る。四方八方から襲い来る重力に一真は翻弄されるも、苦戦はしていない。むしろ、記録でしか知らない重蔵の戦い方を冷静に観察していた。


「(こ奴! ただ逃げ回っているだけではない。鷹のような目でワシの戦い方を分析しとる! 時間をかければこちらが不利! 短期決戦しかあるまい!)」

「(気付かれたか。表情にこそ出ていないが、少しだけ速度が上がっている。恐らくは短期決戦に切り替えたか)」


 重蔵の変化に気がついた一真は彼の能力圏を掻い潜り、間合いへと踏み込むのだが、敵はもう一人いる。

 宗次だ。彼は瞬間移動で一真の背後に現れて炎を放つ。咄嗟に体を捻って炎を避ける一真は、その回転を利用して刀を振るう。

 すかさず、瞬間移動で避ける宗次と入れ替わるように重蔵が一真の眼前に迫り、重力による押しつぶしを図った。


「(魔法無し、身体強化は五倍、武器は刀と剣のみ! そして二対一! いや~、中々に厳しい状況だ。でも、悪くはない! いけるッ!)」


 ズグンと重たくなる身体で一真はパワードスーツの限界値を振り絞り、重蔵の能力圏から抜け出した。

 そこに狙いを定めていた宗次が炎の弾を乱射してくる。まるで弾丸のように放たれた炎を一真は最小限の動きで避け、最低限の力で刀を振るい、炎を弾き飛ばした。


「見事ッ……!」

「褒めてる場合か!」

「しかし、主よ。あれ程の技は滅多にお目にかかりませんぞ!」

「そんなことはわかってる! それよりも、集中しろ!」


 一真の絶技に敵ながら思わず賞賛を送ってしまう重蔵を叱る宗次。一切の気が抜けない二人に一真は背中から二本の剣を抜いて、思い切り投げた。

 念力で止める宗次と重力で撃ち落す重蔵。一真は重蔵に狙いを定めていた。

 既に一真は重蔵の能力が発動するまでのタイムラグを先程のやり取りで覚えていたのだ。ほんの僅かな時間しかないが、一真にとっては充分過ぎるほどの時間であった。


「重蔵ッ!」

「ぬうッ! 先にワシを狙ってきおったか!」


 重蔵の名前を叫ぶ宗次に牽制とばかりに一真は懐から手裏剣とクナイを投げ付け、ターゲットである重蔵に迫る。

 刀の届く範囲にまで接近した一真は一歩踏み込み、沈むと跳ねる様に刀を抜いて、重蔵を切り上げた。


「なんの、これしきッ!!!」


 咄嗟に重力で一真の刀を重くし、僅かに速度を鈍らせた重蔵は後ろへ跳んで斬撃を避けて見せた。

 一息ついて呼吸を整えようとした重蔵のもとに、一真はさらなる踏み込みで近付き、鞘で重蔵を殴りつける。流石に想定していなかった速度に重蔵は目を見開き、腕を盾にして鞘を防いだ。


「ぐうッ!!!」

「吹き飛べ」


 一真はそのまま軸足をコマの様に回して、後ろ回転蹴りを放ち、重蔵を瓦礫の山へと蹴り飛ばした。

 重力ではどうにも出来ない。このまま重蔵は瓦礫の山にぶつかり、その衝撃で重傷は免れないだろうと思われていたが、宗次が重蔵のもとへ瞬間移動して危機一髪というところで救った。


「他者に触れるだけでも瞬間移動は共に可能か……」


 横目でチラリと二人が現れた場所を見詰める一真。

 連続の瞬間移動というよりは吹き飛ぶ重蔵を受け止めた衝撃でダメージを受けている宗次が息を切らしていた。


「ッ、ハアー! 危なかった!」

「すまぬ、主。迷惑をかけた!」

「気にするな。って言いたいけど、無理だろうな」

「すまぬ……」


 気に病む重蔵になんと声を掛ければいいのか困ってしまう。彼からすれば、期待され召喚されたというのに、この体たらく。ネガティブな思考に陥ってしまうのも無理はない。


 三人の激しい戦闘でビルの崩壊がさらに早まったのか、ガラガラと瓦礫が崩れ落ちてくる。もう脱出したほうがいいだろう。それに丁度いいタイミングだ。

 こちらは少し精神的にも体力的にも疲れてきている。ここらで一旦、撤退して回復するのも悪くはない。そう考えた宗次は重蔵に指示を出す。


「重蔵。俺の瞬間移動で外に脱出する」

「了解した」

「話が早くて助かる。ビルの外へ離脱後、俺の念力とお前の重力で一気にビルを崩す!」


 二人の次の行動を予測していた一真は逃がすまいと駆け出すものの、やはり瞬間移動には勝てず、二人を取り逃してしまう。

 映画であれば崩れ行く一真が一人佇んでいる映像で途切れるが、ここは仮想空間であり、どの位置からでも映像が見れる。


 ビルの外へ逃げ出した二人が念力と重力でビルを最大限の力で崩壊させる。

 崩れ落ちてくる瓦礫に一真は何も出来ずに押し潰されてしまうだろうと多くの観客は残念そうに見ていた。

 折角、ここまで盛り上げてくれたのに、最後は呆気ない幕切れ。観客が落胆してしまうのは当然のこと。


「あ~あ、折角盛り上がってたのに、こんなところで終わりか~」

「まあ、仕方ないでしょ。むしろ、良く頑張った方じゃん」

「だね~。あのコスプレ君も強かったけど、やっぱり剣崎には勝てないって」

「いいところまでいってたのに、残念だな~」


 と、ほとんどの観客が一真の脱落を予想していた。

 しかし、彼らは一体何を見ていたのか。

 一真という変態を真に理解している者達はむしろ興奮いしてた。

 この窮地からどのようにして抜け出すのかを、今か今かと待ち望んでいるのである。


 崩壊するビルの中にポツンと佇んでいる一真は三日月のように口元を歪めると、腰の刀を二本抜いた。

 二刀流に切り替えた一真は崩れ落ちる床を蹴る。彼はゲームのように落ちてくる瓦礫を足場にしてピョンピョンと駆け上がっていく。


 信じられない光景に観客はまたも間抜けな表情を見せる。幻想ファンタジーの中でしか見られないような光景を目の前にしているのだから無理もない。

 崩れ行くビル。ガラガラと瓦礫が舞い落ちるビル内部で一真は瓦礫を足場に上を目指している。


 頭上に大きな瓦礫がふってくる。刀を振るい、真っ二つにする一真は、その瓦礫を足場にして、さらに上へと昇っていく。

 無限とも思えるような時間だ。崩壊するビルは廃墟エリアでもっとも高い。その分、瓦礫の量も多いわけで数え切れないくらいの瓦礫が一真に向かって落ちて来る。


 しかし、彼は怯むことなく上を目指し、落ちて来る瓦礫を切り裂き、足場に変えて上を目指していた。否、正確に言えば上を目指しているわけではない。

 瓦礫の山に埋もれない為に上を目指して上っているだけ。形を保てなくなったビルは重力に引かれて落ちていく。勿論、それは一真とて例外ではない。


 だからこそ、彼はその自然の法則に抗う為、上を目指しているのだ。それが生き残る方法であるゆえに。


 中で一真がどうなっているか全く分からない宗次と重蔵はただ崩壊するビルを見上げていた。

 上空に一真を宗次が撃破したというメッセージは流れない。つまり、まだ一真は生きているという事だ。


「重蔵。信じられないが一真は生きてる。出てきたところを一気に叩くぞ」

「承知。最大の一撃をお見舞いしてみせよう」


 時が来た。完全に崩壊するビルが砂埃を舞い上げる。

 その中から一つの影が飛び出した。今更言うまでもない。その影は一真である。


 宗次と重蔵は飛び出した影が一真だと確信して念力と炎、そして重力をぶつけようとしたが、それよりも先に一真が二人に向かって刀を投げていた。

 あの砂埃の中から一体どうやってこちらの位置を正確に把握したのかと舌打ちをする宗次は重蔵と共に刀を避ける。

 その隙に一真は近くにあった街灯へ鉤縄を巻きつけて綺麗に着地した。


「ふう……。少しばかり骨が折れるような作業だったな」


 コキコキと首を鳴らす一真。その表情は実に晴れやかであった。

 疲れている様子は見受けられない。彼の言葉は嘘であろう。というか嘘しかない。


「重力万倍!!!」


 飛び出してきたのは重蔵である。彼は一真の立っている場所、半径百メートルほどを万倍の重力で押し潰した。

 ぽっかりと穴があき、何もかも押し潰したが、一真はそこにいない。彼は当然のように重蔵の能力圏から脱出していたのだ。


「俺もいるんだぜ!」


 一真の視界に映ったのは瓦礫を浮かばせている宗次の姿。恐らくは念力で瓦礫を浮かせ、こちらに投げてくる算段であろう。


「今度こそくたばれ!」


 宗次は念力で浮かばせていた瓦礫を一斉に一真へ向かって飛ばす。一直線に向かって来る瓦礫など一真にとってはどうと言う事はないが、二体一の戦いだ。

 剣で瓦礫を捌くわけにもいかず、一真は飛んで来る瓦礫を回避しつつ、重蔵を警戒していた。


「(ぬう……。主の攻撃を避けつつ、ワシへの警戒も怠らないか。これは本当に困った相手だ。一人では勝てる気がせん)」


 思考の一瞬。僅かな空白。それもコンマ一秒にも満たない時間。重蔵は数的有利からほんの僅かに気を緩めてしまった。その一瞬を決して見逃さなかった一真は懐へ手を突っ込み、残り全ての手裏剣とクナイを重蔵に投げ付ける。


 無論、重蔵は飛んで来る手裏剣とクナイを重力で叩き落した。当然、次の能力を発動させるまでの時間は無防備。一真は三本目の剣を投げるのではなく蹴り飛ばした。


「皐月流奥義! 蹴突しゅうとつッ!!!」


 咄嗟にそれらしい技名を考えた一真が蹴った剣は重蔵の喉に突き刺さる。彼は能力を発動するまでのたった数瞬の隙を一真が狙っていた事に気がついてはいたが、二対一という数的有利による、ほんの僅かな気の緩みで敗北するのであった。


天晴あっぱれ……」

「中々に楽しめたぞ。英雄、秤重蔵」

「カカッ…………」


 星空ノ記憶で呼び出された重蔵は光の粒子となって消えていく。彼は最後に孫子まごこの世代が立派に育っていることが嬉しくて微笑んでいた。


 数的有利は消えた。もはや、勝ち目はない。これで勝負はついたかと思われたが、誰よりも諦めていない宗次は勝利の余韻に浸っているであろう一真に向かって、拾った刀を握り締めて走り出した。


 勝負はここしかない。一真が重蔵の消失を見詰めている、この一瞬に全てを賭ける。宗次は力強く踏み出し、念力で自身の身体を浮かせ、炎を足から噴射して加速する。ミサイルのように飛ぶ宗次は刀を突き出した。

 悪くはない手だ。直撃すれば確実に一真を倒すことが出来る。

 しかし、宗次は見誤っていた。一真は勝利の余韻になど浸っていない。まだ倒すべき敵がいるのに、隙を見せるはずがないのだ。

 

 宗次は重蔵がやられてしまったことで冷静さを欠いてしまった。それゆえに一真が仕掛けた罠に引っかかってしまう。

 ワザと油断しているように見せかけた一真に宗次はまんまと騙され、無謀な特攻を仕掛けてしまったのだ。


「悪いが、それは俺の武器だ」

「あ……」


 置換で一真は宗次から刀を取り上げ、くるりと反転。そして、瞬間移動を発動する前に神速の斬撃を叩き込み、学生最強の剣崎宗次を見事に討ち取ってみせるのであった。


 この瞬間、この一瞬を待っていた。


「(宗次。貴方の言うとおりだったわ。皐月一真は只者じゃない。キング、覇王、太陽王に並ぶ埒外らちがいの強者。倒すには出し惜しみなんてしてられない。私の全身全霊、全力全開の一撃を放つ!!!)」


 たった一人の狩人が学生最強という釣り餌を犠牲にし、変態こと一真を撃ち落す最速最強の一矢を放った。


「ッ……! 避けそこなったか!」


 突然、飛んで来た矢を一真は避けたが、流石に無傷とはいかなかった。

 心臓目掛けて飛んで来た矢は一真の左腕をもぎ取ったのだ。

 死亡判定こそ受けなかったが、手痛い代償となってしまう。


 息を潜め、宗次の指示に従って廃墟エリアに潜伏していた蒼依は渾身の一矢を避けられ、動揺していた。

 彼女の異能は狙撃。この異能は珍しく武器を具現化することが出来る。蒼依が手にしているのは弓矢だ。

 そして、発動時には視力も向上するといった優れもの。

 弓道部で鍛えた見事な腕前であったが、一真を倒すには少しだけ足りなかった。狙いとタイミングが良かったから尚更に。


「う、嘘でしょ! 間違いなく宗次にトドメを差した瞬間を狙って撃ったのよ!? それを避けるなんて、どんな動体視力と反射神経なのよ!」


 悪態を吐く蒼依はもう一度攻撃を仕掛けようと考えたが、宗次から失敗した場合は撤退するように命じられていたので、速やかにその場から離れていく。


 一真は弾道から敵の位置を予測したが、もうすでにいないだろうと見切りをつけて武器を回収し、廃墟エリアに存在する適当な民家に隠れて一息ついた。


「ふう……。致命傷ではないけど、現実なら失血性ショック死だろ、これ」


 消し飛んでしまった片腕を見て、一真は大きく息を吐く。


「まあ、後は先輩達がどうにかするでしょ。俺は少し休憩しますわ」


 警戒を緩めず、一真は休息に入る。あとのことは隼人達がどうにかするであろうと信じて目を瞑るのであった。

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