第62話 切り札は切ってなんぼなのよ!
二振りの槍を振るい、一真は宗次を牽制するも、彼は槍を掴んでへし折った。
いきなり武器を破壊された一真は特に驚くこともなく、冷静に淡々とした動きで折れた槍を宗次に向かって投げつける。対して宗次はへし折った槍を使って器用に飛んできた槍を弾き飛ばし、お返しと言わんばかりに槍を投げた。
飛んでくる二本の槍を器用に一真は掴んだが、その瞬間を狙っていたかのように宗次が飛び出していた。
彼は一真に向かって跳躍し、ドロップキックを放つ。眼前に迫り来るドロップキックを一真は当たる寸前のところで上体を逸らし、華麗に避けてみせた。
身体を翻して一真は宗次に向かって槍を振り下ろすが、受け止められ、燃やされてしまう。燃える槍を手放し、一真は後方へと飛び退き
宗次は手を前に突き出して手裏剣を止めた。正確に言えば宗次は念力で手裏剣をピタリと宙で止めたのである。
「念力、炎、残りは一つか」
「こうもすぐにバレるとはな」
この短いやり取りの中で一真は宗次が
「ふッ!」
短く息を吐き、一真は地面を蹴った。獣の様に低い姿勢で宗次の懐へと飛び込む一真。恐ろしく速い一真に向かって宗次は念力を発動するが、彼は信じられない速度で方向転換をし、念力から逃れた。
「なにッ!?」
動揺に宗次は僅かな隙を見せてしまう。致命的なミスを犯した宗次に一真は一気に接近し、腰に差してある刀を抜刀。居合抜きで宗次を断ち切った。
「む……」
しかし、手応えはなし。一真は自身の居合抜きが空を切ったことを察し、背後に感じた気配の方へ振り返った。
「あ、危ねえ……」
「瞬間移動、もしくは転移か」
「実は透明化かもよ?」
「なわけあるまい。それならば、先程の一閃で終わっている」
「ぐ……。てか、一真。口調変わってない?」
「戦闘するとどうもな」
「ハハ、マジか。キャラになりきってると思ったけど、ハンドル握ったら豹変するタイプだったか」
「無駄口はそこまでにしておいた方がいいぞ」
「ぬおッ!?」
軽口を叩いていた宗次に向かって一真は手加減することなくクナイを投げつけた。いきなり、飛んできたクナイをなんとか上体を逸らして避ける宗次であったが、体勢を崩したところを一真は見逃さない。
煌めく銀閃が宗次を襲う。今度こそ終わりかと思われたが、またもや宗次は消えた。
「短距離転移、瞬間移動、どちらでも構わんが厄介だな」
宗次が現れたのは一真から離れた場所。流石に精神的に疲労が大きいのか宗次は息を切らしていた。
「ふう、ふう……。マジかよ、強いとは思っていたけど、ここまでとは想像していなかったな」
「首を差し出せば楽にしてやるぞ」
「怖い事言うなよ。それに、そう簡単に終わってたまるか」
「ならば、死にもの狂いで俺を倒してみるんだな」
「そんなこと――」
「言われなくても分かってる」と宗次が口にしようとしたが、一真の姿が掻き消える。一真はパワードスーツの限界値を叩き出し、目にも止まらぬ速さで宗次の背後へと回り込んでいた。
これで終わりだと一真が居合抜きを放ち、勝負が決したかと思われたが、寸前のところで宗次が野生の勘を発揮し、彼の放った居合抜きを避けてみせた。
「む……」
「あっぶねー!!! 今、絶対死んだと思った!」
「偶然……ではないか。ふ、ふ……鍛えればどこまで伸びるか」
勘とは言え、一真は攻撃を避けられたことに少々驚いていたものの、嬉しそうに顔を歪めていた。あのダイヤモンドの原石を磨けば、果たしてどこまで強くなるのだろうかと想像している一真は楽しくなっていた。
しかし、今は学園対抗戦の最中。宗次を鍛える場ではないのだ。自粛しなければならないと一真は切り替えて宗次に目を向ける。
「どうした? 攻撃してこないなんて随分優しいじゃねえか?」
「少し考え事をな……」
「む。戦いの最中に考え事なんて余裕じゃねえか」
「余裕さ」
事実である。宗次は善戦しているが、彼からすればの話だ。一真からすれば子供がじゃれてきているだけ。相手にすらならない。ただ、やはり、瞬間移動や念力といった異能が厄介なことは変わりない。こちらが使えるのは純粋な肉弾戦のみである。距離を取られると、中々に辛いものがあるのだ。
飛び道具の手裏剣やクナイも使い物にならないし、置換の異能も置き換える物がないので使えない。はっきり言ってやり辛い相手なのだ。
とはいえ、近づきさえすれば負けることはない。瞬間移動で逃げられる前に神速の一撃を叩き込めばいいだけ。そうと分かれば話は早い。一真は腰を低くして刀に手を添えた。
「来るか……!」
空気が変わったことを察した宗次が気合を入れ直して構えた時、思わぬ客が訪れる。
「吹き飛びなはれ!」
二人の間に現れたのは第二異能学園の
一真と宗次を突風で吹き飛ばし、ビルの屋上から落としたのである。この高さのビルから落ちれば、いくら最強とはいえ流石に無事では済まない。
「ふふふ! 二人だけやないんですよ? 私らもいることを忘れてしまっては困ります。まあ、もう聞こえてないでしょうが」
「勝利を確信した時こそ人と言うものはもっとも油断をする」
「はへ?」
宗次は完全に吹き飛んでビルから落ちていったが、一真は装備していた鉤縄を使って屋上の淵に捕まり、落ちたふりをしていただけ。後は彼女が油断するのを待っていたのだ。案の定、弥生はビルの屋上で激闘を繰り広げていた二人を倒したと確信して笑っていたところを一真によって討たれた。
「まあ、学生に言っても仕方がないことだがな」
呆気ない退場であった。弥生は因縁の相手である宗次も、突如として沸いた最強さえ凌駕する一真も倒せず、彼女は散っていった。
「さて、この程度で死ぬようなら最初から俺の相手ではないが」
両腕を組んで、トントンと指で腕を叩いている一真は宗次が落ちて行ったビルの下を眺める。彼の姿は確認できない。恐らくは、転移で窮地を脱したのだろう。そもそも、弥生に撃たれていたら上空に彼の名前が載っていた。それがないということは、そう言う事だ。
「ふむ……。下りる――」
踵を返し、屋上の入口へ向かおうとしていた時、ビルが傾いた。思わず、一真は体勢が崩れてしまうが、どうということはない。
「ハハハ! ビルの支柱を破壊したか。地形を利用するとはやるじゃないか」
傾いていくビルを一真は愉快そうに笑い声をあげて、宗次がいるであろう下の階を目指して下りようと考えたが、階段を使っていると崩壊するビルに巻き込まれる。
ならば、方法は一つだと一真は屋上から飛び降りた。パラシュートも何もつけていない一真の行動に観客は声を失っている。一体何を考えているのだと。
勿論、ただの自殺願望者ではない。一真は鉤縄を使ってビルを一気に駆け下りているだけだ。
「ああ、お前ならきっとそうするんじゃないかって思ってたさ!!!」
見通しのいいフロアにいた宗次は落ちてくる一真目掛けて炎の塊を放つ。いくら一真が強いとはいえ、身動きの取れない空中では回避は出来ないだろうと思っていたのだが、彼は常識外の存在。
窓をぶち破ってきた炎に対して剣を高速で回転させ真空を生み出し、炎をかき消してみせたのだ。理論は分かるが、そのような芸当を出来るものがいるとは思わなかった宗次は動揺せざるを得なかった。
「なッ!?」
「しッ!」
いつの間にか間合いにまで入られていた宗次は驚きの声を上げる。一真は一切の容赦なく剣を振るい、宗次を斬り裂こうと試みたが、やはり一筋縄ではいかない。
宗次は瞬間移動で一真の斬撃を避けて、間一髪のところで難を逃れた。首の皮一枚繋がっていることを確認して宗次は大きく息を吐いた。
「どんだけバケモンなんだよ……マジで」
「瞬間移動さえなかったら、とっくに勝負はついてるんだが……やはり、情報収集を怠った俺の落ち度か」
責めるのは自分の怠慢。情報収集をしっかりしていれば、すぐに勝負はついていただろうと一真は嘆く。
残念ながら、それは違う。たとえ、一真が情報を集めていたとしても、宗次は学園対抗戦直前に模倣する異能を変えることが出来る。つまり、一真が本気で情報をかき集めても宗次の模倣している異能を当てることは出来ないのだ。
「さて、仕切り直しといきたいところだが……」
「ハハハハ。悪いな。支柱は全部壊したんだ。ここは崩壊するぜ」
「だろうな」
「言っておくが逃がさねえからな。俺は寸前のところで逃げるけど、お前はギリギリまでここに留まってもらう」
宗次は両手を広げると、念力で階段を塞ぎ、瓦礫で窓の外へ逃げられないようにした。
「クックック。先程も言ったが地形をうまく利用した戦い方だ。学生最強と言うのも伊達ではないようだな」
「そりゃどうも。なんか、やりにくいな~。普段のお前知ってると、余計に混乱してくる」
「なに、すぐに慣れるさ」
不敵な笑みを浮かべた一真が残像を残して消えた。ゾクリと背中に危険を感じた宗次は振り返ると、そこには剣を構えている一真がいた。
瞬間移動で避ける宗次。数本の髪の毛しか切れなかった一真は自身の未熟さに舌打ちをする。
「チッ……」
「どんだけだよ……。確か、支援科のパワードスーツは五倍が限界値だろ? どう考えても五倍じゃねえだろ……」
「本人の努力次第で限界などいくらでも超えられる」
「だからって限度ってもんがあるだろうがッ!」
ギリッと奥歯を噛み締める宗次に向かって一真は剣を投げつける。念力で受け止める宗次はお返しだと念力で一真に向かって剣を飛ばした。
飛んでくる剣に向かって一真は器用に身体を翻して、背中の鞘に剣を収めてみせるという神業を見せつける。
「んなッ!?」
「驚いている暇はないぞ」
「くッ!!!」
腰の刀に手を添えた一真が刀の届く範囲にまで迫っている。慌てて宗次は瞬間移動で離脱し、一真の攻撃範囲から逃れたが、そう簡単には逃げられない。
尋常ではない切り返しで一真は宗次が現れた方向へと跳躍し、一気に距離を詰めて刀を抜いた。
「うおおッ!?」
「む……流石に狙いが丸わかりだったか」
首を狙っていたが宗次は予想しており、ギリギリのところで避けてみせた。ほんの少し首の皮が切れているが、致命傷ではない。
その時、ガラガラと瓦礫が崩れ落ちてきて、ビルがさらに傾いた。もう長くはないだろう。このままでは二人共生き埋めである。
パラパラと小さな破片が落ちてくる天井に宗次は大きくため息を吐いた。出来れば、自分一人の力でどうにかしたかったが、ここまで強いとは想像もしていなかった。非常に悔しいが宗次は最後の切り札を切ることしたのである。
「本当はずっと隠しておきたかったんだが……お前相手にはもう出し惜しみはなしだ」
「ほう。ここまで実力差を見せつけたというのに、手を抜かれていたとは思いもしなかった」
「いや、ごめん、嘘。本気、超本気だった。でも、これは俺の力と言うよりかは他人任せなんだよな」
なにやら、使うのを躊躇っているようだが一真からすれば興味深い。一体何を隠しているのかと一真は興奮したように質問を投げた。
「それは気になるな。是非とも、見せて欲しいものだ」
「ああ、これから見せてやるよ。俺の模倣は三つだけじゃなく四つになった。そして、その時に模倣したのがこの星空ノ記憶だ!」
星空ノ記憶。特殊な異能であり、過去現在において確認されたのは一人のみ。第一異能学園に期待の新入生として一時期話題になった
まだ一人しか召喚出来ないが、成長すれば軍隊規模も召喚できるかもしれない多くの可能性を秘めた異能である。
「来い! かつて、日本で多くのイビノムを踏み潰した重力使い!
宗次が召喚したのは七十年ほど前に活躍し、多くのイビノムを撃破した英雄、秤重蔵だった。彼は重力使いであり、多くのイビノムを圧死させた男である。
一真の視界を光が覆い尽くす。星空ノ記憶から呼び出されたのはかつての英雄、秤重蔵。その英雄が今、一真の前に立っていた。
「主よ。打倒するのはあ奴で間違いないか?」
星空ノ記憶で呼び出された者は召喚主の記憶を読み取り、知識を得ている。それと同時に仕えるべき主だと認識しているのだ。
「ああ、そうだ。悪いが一緒に戦ってくれや!」
「承知! この重蔵、主と共に戦おう!」
突然の二対一に観客が沸いた。英雄、秤重蔵と現代最強の学生、宗次が肩を並べている。その事実だけでも驚くべき事なのに、二人が共闘するのだ。このような光景は滅多に見られるものではないと会場は熱気に包まれる。
その一方で資料や動画でしか見たことのなかった英雄が目の前に現れたのを見た一真は興奮していた。この世界で英雄と呼ばれる人間と相まみえるなぞ夢にも思わなかった。別に戦いたいと望んだわけではないが、この機会を逃す手はないと一真は全身に力が漲るのであった。
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